―紅魔の里・図書館―
私とゆんゆんはあるえさんに簡潔に事情を説明した上であまり長居できないことを強調してみた。あくまでアンリのことなどはややこしくなるので話していない。今はこの図書館でモンスターに関する本を探しながらもあるえさんの話を聞いている。そしたら何故か文通友達のお誘いがきた。
「文通…ですか?」
「うん、せっかく今や時の人である蒼の賢者と出逢えたんだ、私はこの出逢いを無意味なものにしたくはない、貴女なら私の小説の良さを理解しているようなので是非小説も読んでもらいたい」
「……まぁ…いいですけど…」
別に断る理由はない。小説だって配役を気にしなければ良き暇潰しにはなるかもしれないし。それは構わないのだけどそうなると疑問も浮かんでくる。
「…ゆんゆんとは文通をしないのですか?」
これに尽きる。ゆんゆんにあのような小説が届いたのはおそらく今回が初めてなのだろう。ゆんゆんの父親の手紙に紛れ込ませたような形だったし。今ゆんゆんは離れた場所の本棚を物色しているしせっかくだから聞いてみようと思っての質問だったけど、あるえさんは少し困ったような微妙な顔をしていた。
「それは私としても是非したいのだけど…断られてしまってね」
「…ゆんゆんが、ですか?」
意外な答えが返ってきた。ゆんゆんがそういったことを断るのは考えにくいと思うのだけど。むしろ喜んで受けるイメージしか湧いてこない。こうして見ていても仲が悪いようにも見えないし断る理由がわからない。
「ゆんゆんが里を出る数日前にね、卒業することで離れ離れになってしまうしこれを機に文通をしようと誘ってみたことがある…するとゆんゆんは『私なんかと文通なんて、あるえに迷惑をかけちゃうと思うし』とかなんとか言っていた気がするね…」
「…それはあれですよ、あるえさんの押しが足りないのですよ」
「えっ」
私の答えが予想外だったのか、呆気に取られている様子のあるえさんを後目に、私の言葉はまだ続く。
「ゆんゆんはお友達が欲しいと思うのと同時に遠慮という名の壁を作る子ですから、簡単には折れませんよ、『私なんか』とか言い出したら更に押すのです、そこで屈してはいけません、つまりその時点で負けて身を引いたあるえさんが悪いのです」
「言われてみればわからなくはないけどそれは私が悪いのかい!?というより文通を誘うだけなのに何故勝ち負けの話になっているんだい!?」
当然である。私がこの世界で出逢ってもっとも面倒臭いと思えた人は間違いなくゆんゆんである、甘く見てはいけない。あの子はチョロ甘と見せかけて実は難攻不落なのだ。王都に来たばかりの頃はあの容姿故にゆんゆんはナンパをよくされていたのだけど声をかけた男の人は5分もすれば戸惑いながら苦笑気味に立ち去って行く。あの顔は間違いなく面倒臭いと思っていると確信できるしその気持ちがわかるくらいには初期のゆんゆんは面倒臭かった。
「まぁそれは過去のゆんゆんですけどね、今のゆんゆんでしたら問題なく受けてくれると思いますよ?」
「そ、そうなのかい?それなら後で声をかけてみるよ…それにしてもゆんゆんの事をよくわかっているんだね…」
「ふふっ、親友ですからね」
さぞ当たり前のように言って見せれば、あるえさんは穏やかに笑いだした。私から見たそれは純粋に嬉しそうに見えて、自然と安堵させてくれる笑み。その様子だけで察した。あるえさんもまた、ゆんゆんの事を心配していた一人なんだって。友達がいないと言ってはいたゆんゆんだけどこうして見れば里の人達にはしっかりと愛されているように見える、私にはそれが嬉しくもあった。
それと同時に、ゆんゆんに少しだけ嫉妬した。里の皆はとても温かくゆんゆんを気遣っている。それは過去の私にはなかったものだから…。
「あの子は昔から変わり者でね、里の中でも浮いた子だったんだ。だからこうして今、君のような友人がいる事をとても嬉しく思うよ。私ではそこまでの関係にはなれなかったからね…、まぁ私も執筆にばかり夢中でそういう気が回らなかったのもあるけど…」
「でしたら、これから文通友達として仲良くしてやってください、きっと喜ぶと思いますよ?」
ただ一つだけ言うならばゆんゆんが変わり者と言うよりもゆんゆん以外が変わり者なのが正しいのだけどそれは仕方ない。この里ではそれが一般的なのだから。何故こんな里で生まれ育ってゆんゆんのような感性を持った人ができたのか凄まじく謎ではあるけど。そう思えば環境に負けずに自我を無くさないゆんゆんは何気に凄い子なのかもしれない。
「アリス、紅魔の里近辺のモンスターに関する資料なんだけど……って、二人で何を話していたの?」
そんなことを考えていたら奥の本棚を見ていたゆんゆんが数冊の本を持ってやって来た。気付いたら適当にとった本を数ページ捲った程度のままあるえさんと話し込んでしまっていたことに気が付けば、私は自然とバツの悪い気持ちになる。
「なに、ゆんゆんと文通をするにはどうしたらいいか相談していただけだよ」
「えっ…」
気まずい気持ちになっていたらあるえさんが穏やかな視線をゆんゆんに向けていた。対してゆんゆんはキョトンとしている。驚いていると言うよりはどこか不信感を持っているような。正直これはこちらとしても予想外だし、その反応にはあるえさんも僅かながら不安そうな顔つきをしていた。
「…これでも私はゆんゆんのことは心配していたんだよ?暫くしたらまた里を発つのだろう?なら連絡くらいはとりたいじゃないか」
「いや…その…文通はいいんだけど…」
「?」
予想通りとは行かないものの、ゆんゆんはあっさり承諾はした。したのだけどどこか気まずそうに口篭っている。これには理由がわからない。
「…その…以前誘ってくれた時ね、本当は凄く嬉しかったの。だけどあの時の私は…その…、私なんかと文通をしてあるえは楽しくならないんじゃないかなとか、手紙でのやり取りなんてした事なかったからちゃんと文通ができるかな?とか、色々不安になっちゃって……」
ゆんゆんの独白で場の空気が一気に重苦しくなってきた。やはり人間はそう簡単に根本から変えることは難しいのかもしれない。今のゆんゆんは私から見れば完全に昔の面倒臭いゆんゆんにしか見えない。
…とはいえここまで自分の気持ちをしっかり言う事もまた、昔のゆんゆんではありえなかったかもしれない。だけどそれは私にはわからない。私とゆんゆんは出逢ってそれほど経ってはいない、だから昔のゆんゆんを出すのならあるえさんの方が熟知しているはずだ。
「はぁ…」
何を言ってくれるのか期待しているとあるえさんは呆れるように溜息をついた。その気持ちは凄く分かる。分かりすぎる。
「…あのねゆんゆん、普通人と関わることで、いちいちそこまで考える人間はあまりいないよ…」
「…そうですね、それは相手のことを思いやるゆんゆんの長所ではありますけど同時に短所だと思います」
「…だけど」
あるえさんと私の言葉を遮るように放たれた言葉、それはあくまでも昔の自分だと言いたいのだろう。どこか真剣な顔つきは、そう思わせるには充分なものだ。
「今でもその気持ちはあるけど…、それでもあるえの気持ちになって考えたら…結果的に断る事になっちゃったから…それが気まずくて…私は凄くやりたかったのに…だからその…私の方こそ、よろしくお願いしますっ…!」
それはもし何も知らない第三者が聞いていたらたかが文通をするだけなのに重すぎると思われそうな、まるで恋人にでもなるのかと錯覚してしまいそうな気にすらなってしまう。
だけどゆんゆんにとってお友達とはそれくらいの価値があるのかもしれない、それくらい渇望するものなのかもしれない。それはよくわかる。
だって、お友達を大切に想う気持ちは、私も同じなのだから――。
「…まるで恋人にでもなるかのような勢いだね…」
そんなゆんゆんを見ながらも、少し呆気に取られたあるえさんは苦笑気味にそう返せば、私は少しだけ笑っていた。
「ふふっ、ゆんゆんにとってお友達は恋人と同意義かもしれませんからね」
「そ、それはちょっと…考え直してもいいかい?」
流石に恋人はやりすぎだ。しかも同性で。色々と危ない空気になってきたのを自覚したゆんゆんの顔は再び真っ赤になっていた。
「違うから!?流石にそこまでではないから!!」
私の余計な一言のせいで場が混沌としてしまったけど、なんとかあるえさんとゆんゆんは今後文通をすることになった。かつてゆんゆんが断ってしまったあるえさんとの文通、それを改めて受ける事ができた。
それだけでも、ゆんゆんにとってこの里帰りはとても良いものになったのではないかと思えた。
「…でもあの小説に私を出すのだけはやめてね!!」
「そんな!?既に第3章の考察に入っているのに!?」
という事は2章は既に書き上がっているということなのか。読みたいようなそうでもないような複雑な気持ちである。
「…というより私達は既に死んだ流れでしたから別に問題はないような…」
「…ふふっ、その読みは甘いよ。少しネタバレになるけど実は君達は死んでなかったんだ。だけど魔王軍に洗脳されて…少年少女と母親はやがてめぐり逢い…そして様々な想いを胸に…互いに武器を構えて……どうだ?中々燃える展開だと思わないかい?」
「絶対に私達を出さないでね!!」
話していて我慢できなくなったのか、少しネタバレどころか内容をほとんど話してしまっている気すらする。あるえさんはがっかりしていたけどゆんゆんが嫌と言っているのだから仕方ない。もっともゆんゆんは小説に出されることよりも、単純にあのカズマ君の子供を作らないといけないという自身の勘違いを引きづっているだけと思われる。…そっとしておこう。
閑話休題。改めてこの図書館に来た目的を果たさなければならない。
私とゆんゆんは2人で探し集めた安楽少女の情報が載っていると思われる本を片っ端から読み漁っていた。だけどめぼしい情報はない、どれもガイドブックに記載されていたような注意喚起や対処法などばかりで今のアンリに役に立ちそうな情報は見当たらなかった。
「…二人して何をそんなに熱心に調べているんだい?」
本来ここに来たのは小説のネタ集めの為らしく、あるえさんは歴史書を読んでいる。あくまでもノンフィクションに近いような世界観にしたいのだろうか。
とはいえ今のアンリは無害とはいえモンスターである安楽少女。安易に正体をバラす訳には行かないしどうしたものか。
「この里に来る時にその…安楽少女を見かけてね、凄く可愛いモンスターだったから、少し興味があって…」
流石できる女ゆんゆん、嘘ではないしこちらが困る情報は流していない。私は調べながらも静かに頷くことで同意を示した。
「安楽少女?あぁ、里の周辺の森にいるモンスターだね。あのモンスターはそもそも歴史自体は浅いものらしい」
「……何か知っているのですか?」
あるえさんの言葉に私とゆんゆんは大きく反応を示した。二人して読んでいた本をそっちのけにあるえさんに迫るものだから、これにはあるえさんも驚き身構えてしまっていた。
「お、落ち着きなよ…、前に小説の題材にならないかと調べたことがあるんだ。確かこの歴史書にも……」
あるえさんは持っていた本をパラパラと捲り、目当てのページを見つけるとともにそのページを私とゆんゆんに見せてくれた。
――安楽少女の歴史。
安楽少女は凡そ50年ほど前に突如発生した変異種と見られている。元々は疑似餌などで動物を誘い、捕食する植物だった。
だが知恵をもつ彼らは進化を遂げたのか、少女の外見となり人間を魅了して誘い込むようになった。分かっていても簡単には駆除できないその愛くるしさは人間にとって脅威以外のなにものでもない。一匹の植物がそうしたことで、他の仲間の植物もそれを真似たのだと思われる。
「……これって…」
「突如発生した変異種…他の植物はそれを真似たもの…」
頭の中で考えを巡らせる。そして推測すれば、この突如発生した変異種というのはアンリ自身のことではないだろうか。そして他の植物はあくまで疑似餌の要領で擬態化することでそれを模倣した。そう考えれば…アンリには効いて、他の安楽少女には効かなかった《セイクリッド・ブレイクスペル》の結果も納得はできる。
だがそうなると疑問も残る。
アンリは食人植物に襲われた記憶を持っていた。それが何をどうしたらアンリ自身が安楽少女の元祖となってしまったのだろう。突然変異という言葉だけで片付けるには少し弱い気もする。単純に知恵のあるらしい植物が少女のふりをして誘い出す方法を思い付いた可能性もあるけどそれまで疑似餌を使い獲物を誘い捕食していたのに何故突然狩りの方向性を変えたのか。
ただ歴史書というジャンルはノーマークだったので改めてそのジャンルや、関連の薄そうな本にも手を伸ばすが、結局それ以上の情報が入ることはなかった。
……
一方その頃――。
―族長の家―
ようやく目を覚ましたアンリはゆんゆんの部屋のベッドからゆっくり降りると、周囲を見回す。そしておそるおそるリビングへと足を運び…そのまま扉の後ろへと隠れ、顔だけを出してリビングにいたミツルギさんを警戒するように見つめていた。
「おや?起きたのかい?おはよう」
『……お姉ちゃん達は――?』
「アリスとゆんゆんなら今は出かけているよ、お昼には帰ると思うからそれまでは僕と一緒にお留守番だ」
『…――』
ミツルギさんはできるだけ優しく穏やかに言うがアンリの警戒は緩まない。怯えるように身体を震わせて動かずにミツルギさんをじっと見ていた。
「…そ、そんなところにいないでこっちに来たらどうかな?」
『…お姉ちゃん達…食べちゃったの――?』
「えっ」
ミツルギさんにとって予想外な言葉が返ってくる。アンリとしてはめぐみんの言った『男は狼』を純粋に信じた形なのだけどミツルギさんはそんなことを知らない。よって戸惑うしかできない。
「いや、だから出かけているんだよ、ほら、朝食もまだだろう?用意してくれているから食べないと…」
『…私も太らせてから…食べちゃうの――?』
「食べないよ!?どうしてそうなるんだ!?」
結局ゆんゆんのお母さんに助けられる形でアンリに朝食を食べさせることができたミツルギさんだったが私がこの話を聞いて萌え死にそうになったのは言うまでもなかった――。