この小説始まって以来初の試み。アリスちゃん出番無し
視点変更―無し―
―魔神の丘―
アリス達が紅魔の里を観光していたその日、ダクネスを除いたカズマ達のパーティもまた、同じように観光をしていた。
「ここが魔神の丘です、この丘のてっぺんで告白し結ばれたカップルは魔神の呪いにより永遠に別れることができなくなります」
「めちゃくちゃ重いうえにこえーよ!?」
どこか疲労を感じさせるツッコミが風吹く丘で響き渡る。実際にカズマはここに来るまでめぐみんの案内で里の観光をして疲れきっていた。それが理由ではないが今はこの見晴らしの良い魔神の丘で休憩するようにカズマは草原に寝転がっていた。
「…でもまぁ、そーいうのを気にしなければ良い場所だな、風が心地よいしなんか落ち着く」
「そうねー、お弁当でも持ってくれば良かったんじゃないかしら?ダクネスも付き合い悪いわねー」
「そういえば行きたい場所があるとか行ってましたね、何処へ行ったんでしょう?」
カズマ、アクア、めぐみん。3人は心地よい風を感じながら呑気にだべっていた。アクセルとはまた違った平和な様子はとても今現在魔王軍に攻められているとは思えない、それもまた魔法のエキスパート紅魔族の強さが垣間見える。
「そーいえばカズマさん、あんたアリスにちゃんと謝ったの?」
「…え?なんで?」
「ほらあの子って清楚って言うかなんというか、カズマさんお得意の下ネタとかに耐性があまりない感じじゃない?そのうち屋敷を出ていきます!とか言いそうなんだけど、私としてはこんなくだらない事で貴重な信徒を減らしたくないんですけど」
「下ネタが得意ってなんだよ!?いやだから言っただろうが!?あれはめぐみんのお母さんが強引に…」
「と言いつつ結局昨夜も私の部屋に来てましたよね、ちゃっかり布団に潜り込んでましたよね、カズマなら潜伏スキルとか使って逃げるのは難しくないですよね?そんなに私と一緒に寝たかったんですか?それともそれ以上のことを期待していたのでしょうか?流石はクズマさんですね」
「違うわよめぐみん、カスマさんよ」
二人から浴びる言葉のエクスプロージョンでカズマのライフはもうゼロに等しい。確かに逃げる事は容易いかもしれない、これがミツルギならそもそもめぐみんの家に泊まるまですることもなく里にある宿で寝泊まりしているだろう、カズマにも財力的にそれは安易にできることである。
そんな言葉責めを受けながらもカズマはこの場を逃げ出す方法を考え、目線で周囲の様子を確認していた。それは言わば苦し紛れに近しい。
そうそう逃げ出す口実など見つかりようがないのだが、そこはカズマの幸運の高さが作用したのかもしれない。
遠くを見た時に自身の目に映るものを認識すれば、カズマはすかさずその場で立ち上がった。
「お、おい、あれを見ろ!?」
「なんですか突然、話はまだまだ終わっていませんよ?」
「いいからあそこを見てみろって!」
慌てて指差す様子にめぐみんとアクアは信用のない目を向けてみていた。そしてそれがその場逃れのはったりではないことに気が付くと、2人もまた立ち上がり焦燥した様子でその場所を見つめていた。
「…あれは…先日の下級悪魔?数は少ないですがあのままでは里の中に侵入を許してしまいそうですね…。まったく懲りない連中です、かなり派手にやられているはずなのですがまだ撤退していないとは」
「だけど警報の鐘とか鳴ってないところをみると里の人は気が付いてないみたいだ、行くぞおまえら!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
これはこの場を逃れたいカズマにとってこれ以上の事態はなかなかない、対峙したとしても先日カズマ自身でも討伐が可能なことはわかっていたので恐れる必要もない。まさにナイスタイミングである。カズマとしてはむしろお礼を言いたいくらいであろう。持ち前の幸運の高さが妙な発揮の仕方をしている気もするが、カズマは構わずその場へと向けて走っていき、めぐみんとアクアもそれに続くことになった。
―紅魔の里・郊外―
畑の柵を越えて里に侵入する下級悪魔。その数は4人。里に侵入したが周囲に人気はない。悪魔達もそれを確認した上でこの場にいる。警戒を怠らないままの様子ではあったものの、すぐに発見されてしまっていた。
「貴様ら!!こんなところで何をしている!?」
「…っ!?ちっ…見つかったか…だが相手は1人か、なら問題ないな」
「あぁ、見たところ紅魔族じゃねーみたいだしな、さっさと倒して先に進むぞ」
悪魔達の道を阻むように颯爽と現れたのは美しく長い金髪の騎士、クルセイダーのダクネスだった。白銀の剣を両手で構え、既に臨戦態勢に入っている。悪魔達もこれ以上の失敗は許されないのか、気迫に満ちた様子で次々と武器を手に襲いかかる。
剣と剣、鎧と剣、鎧と斧、篭手と槍、激しい剣撃の音が響く、しかしダクネスはまるで怯む様子はない。まるで岩の塊にでも攻撃しているような手応えの無さに、悪魔達は狼狽えていた。
「なんなんだこの女…こっちの攻撃にまったくびくともしねぇ…」
「しかもあっちから攻撃してくる様子はねぇ…何が狙いなんだ…」
「どうしたもう終わりか?魔王軍とやらの攻撃はその程度のものなのか?私はまだ何もしていないぞ。…さぁもっと打って来い!!この私を楽しませてみろ!!」
気迫に満ちたダクネスの声に悪魔達は完全に萎縮してしまった。まだ攻撃も喰らっていないのに、攻撃しただけで心が折れかかってしまっている。
勿論ダクネスが攻撃したところで当たらない。いつものように華麗に空を斬るだけだ。そして自身が攻撃を受けることはむしろ本人にとって望むところ、その性癖故に。だがそんなことを知らない悪魔達にはそれが何より恐怖を呼ぶことになってしまっていた。もっともダクネスの本性を知ったところで恐怖する意味合いが変わるだけで恐怖すること自体は変わらないのだが。
「…まったく…相手は一人じゃないの、何を手間取っているの?」
「…お前は…?」
悪魔達を掻き分けるように登場した大柄の女性。その長い髪の根元は茶色から毛先にかけては燃えるような赤色をしている。小麦色の肌と大きな胸を包む水着のような上半身と、足まで隠したロングスカートにベルト、その腰には自身の武器なのか、丸く巻かれた鞭が携えられていた。
「シ、シルビア様…申し訳ございません…!この騎士がなかなかしぶとくて…」
「ふん…貴様がこいつらの親玉か?雑魚の相手にはこちらも飽き飽きしていたところだ、遠慮なくかかってくるがいい…!」
「へぇ…この私を前にしても臆せず向かってくるつもりなの…?ふふっ、いいわ、その度胸に免じて相手をしてやろうじゃない…」
女性は片手で自身の髪を撫でてその視線をギラつかせる。もう片手には鞭をにぎり、構えて高々と振り上げて、バシッと降下させれば、鞭の先端は硬そうな地面を軽く抉り飛ばした。
「この魔王軍の幹部が一人、シルビア様がね…私に刃向かうことを…せいぜい後悔することね…!」
そんな口上を受けてもダクネスに怯む様子はまったくない。むしろ意気揚々と剣を握る手に力を込めていた。…勿論それは期待から。
魔王軍の幹部ならダクネスは何度か対峙したことがある、どれもその攻撃は凄まじいものだった。更に今回の相手の武器は鞭。
彼女にとって大満足できそうな状況が完璧に整ってしまっているのだ。これでダクネスが満足しないはずがない、期待せずにはいられない。
「ふっふっふ……そうか、それは楽しみだ…」
「…は?」
あまりにも予想外すぎる返答にシルビアは呆気に取られてしまった。なぜならその台詞だけならまだしも、ダクネスの表情は本当に期待に満ちていて恍惚としている。鞭を軽く動かすだけでその度合いは激変して行く。
シルビアとて過去幾度となく様々な冒険者、勇者と名乗る者、英雄視される者など対峙しては葬ってきた強者だ。こうして人間と戦うことは初めてではない。
だが今目の前にいる騎士はなんだ、今までに見たことがない様子でいる、自身に対する恐怖が微塵も感じられない。これは本当に今まで出逢った誰よりも強者であるか狂者であるかどちらかでしかない。
無論後者が正しいのだがシルビアはその様子にたじろいで自然と後退してしまう。これには部下である悪魔も困惑めいてしまった。
「ダクネス!!助けに来たぞ!!」
「…ちっ、新手か!?」
ダクネスの後方から走ってくる3つの人影、それはすぐに存在を明らかにさせた。緑色のマントを羽織った少年、青色に包まれた水色髪の少女ととんがり帽子を被った少女。これにはシルビアも慌ててしまう。その証拠に頬には焦りの色を見せるように一筋の汗が伝っていた。そしてダクネスは明らかに不満そうな顔をしていた。
「……なるほど、その余裕はそういう事。仲間が来るまで時間稼ぎをしていたなんてね…してやられたわ…だけど…」
一呼吸置くようにするシルビアはその視線をダクネスの隣にいるカズマへと向けた。威嚇するような視線はカズマを一瞬怯えさせるには充分すぎるものだ。
「甘くみられても困るのよね…たった四人でこの私と張り合うつもり?」
「お前達、気をつけろ!こいつは魔王軍の幹部だ!!」
「…っ!?」
これはカズマとしては予想外すぎた。下級悪魔ばかりと思っていたがまさか親玉が潜んでいたとは思わなかったのだろう。まさかこのまま直接戦う訳にも行かない。今はアリス達も見当たらない。このパーティだけで戦ってはロクな結果にならないのは目に見えている。
まずこんな街中でめぐみんの爆裂魔法は使えない。使ってしまえば近隣の民家に被害が出てしまう。アクアにしても下手にやらせると里を洪水に巻き込んでしまう。
となると攻撃手段は自分しかないのだが今は弓も剣も持っていない。完全に手詰まりである。
よってカズマが出した結論、それは。
「…はっ、なるほど、魔王軍の幹部か」
「…?…何がおかしい?」
ハッタリに徹することだ。ここで戦う訳には行かない。だからカズマは上手くハッタリを聞かせてシルビア達を退却させるつもりなのだ。
「ふっ…ベルディア、バニル、ハンス…どいつもこいつも中々強敵だったが…俺達の足元にも及ばなかったぜ?」
「…こいつら…まさか…!!いやしかしこんな奴らが…」
「だったら見せてやれよ、2人とも!お前らの冒険者カードに刻まれているベルディアとハンスの名前をな!」
「……っ!?」
「ふっ、いいでしょう。さぁ我が功績を見るがいい!」
アクアの冒険者カードにはベルディア、めぐみんの冒険者カードにはハンスの名前がしっかりと刻まれている。めぐみんが高々と掲げた冒険者カードをシルビアは遠目ながら確かに確認した。なおバニルの名前はアリスの冒険者カードに刻まれているのでこの場にはないが、ハンスの名前を見せただけでもその信憑性は高まっていた。
「…ベルディアのことは聞いていたけど…まさかあのバニルとハンスまで討伐されていたとはね…素直に驚いたわ。そこの坊や、貴方の名前を聞こうじゃない」
落ち着いて話すシルビアだが内心かなり焦っている様子はカズマから見た限りでは明らかだった。このまま撤退してしまえばこちらの面目は守られるしこの少数でシルビアも無茶はしないだろう。
だからカズマは高々と名乗りをあげた。
「よく聞け魔王軍…俺の名前は……ミツルギだ!!」
(直前でヘタレたー!?)
めぐみんの心の叫びは虚しくめぐみんの心中で響く。カズマが名乗ったその名前は魔王軍側から見ても知られたものだ。悪魔達は既に臆していた。
「…ミツルギ…あの魔剣の勇者の…?それにしては今は魔剣は持ってないみたいだけど…?」
そう言いながらもシルビアの動揺は収まらない。既にベルディアやハンスの討伐の証拠を見せつけられているから。確かに魔王軍の幹部を倒せるほどの者となれば魔剣の勇者くらいのネームバリューがあってもおかしくはない。この時シルビアの頭の中には既に撤退しか頭にはなかった。
…しかし。
「シルビア様!!近くにいたガキを捕らえました!」
「っ!?」
一人の下級悪魔が小さな女の子を捕まえ、その細い首に腕で締め付けて拘束していた。これは予想外でカズマ達には焦りだす。しかもその子供は…。
「こめっこ!?」
何故めぐみんの妹であるこめっこがこんなところにいるのか、その理由は簡単なことだ、今いるこの場所からめぐみんの実家までそう離れていない距離にある。シルビアに気を取られていて完全に油断していたことで一気にピンチに陥る事になってしまった。
「くそー、離せー!?変態ー!」
「うるさいガキだなくそっ、大人しくしてろ!」
使えない下級悪魔だったがシルビアとしては今は褒め讃えたい気持ちが強くあった。相手がなんであれ人質さえいれば敵は手出しが出来ない。楽に目的が達成できそうだ。そんな想いからシルビアはすぐにその下級悪魔に声をかけた。
「よくやったわ、そのままこちらへ連れて…」
形勢逆転、一瞬ではあったがシルビアにも悪魔達にも油断が生じていた。本来なら人質を上手く使ってカズマ達を牽制するのが確実なやり方だろう。そんな油断を察知したのか、すぐ様動き出したのは
「させる訳ないでしょ!!《セイクリッド・エクソシズム》!!」
「ぐぎゃぁぁ!?!?」
それはシルビアが安堵した一瞬の隙を狙ったのか、速やかにアクアから放たれた。まるで雷光のような光の一撃は対悪魔特攻の上級魔法、こめっこを捕えた悪魔に即座に命中することで消滅させた。なお、あくまでも対悪魔特攻の魔法なので人間には無害である。
「ふん、味方を巻き込まないで攻撃できるのはアリスの専売特許じゃないのよ!」
「アクアよくやった!つーか普段からそれくらい有能でいてくれ割と切実に!!」
「こめっこ!!」
「お姉ちゃん!」
すぐさまめぐみんがこめっこの元へ走り保護することに成功する。これでピンチからは脱却できた、完全に仕切り直し。カズマとしてはそんな状況だったが、対するシルビアの状況は苦悶に満ちた顔つきをしていた。
「……味方を巻き込まない攻撃魔法…そんなのありえないと思っていたけど…なるほど、確かにアークプリーストなら可能よね、それにこの女からは結構な魔力を感じる…失念していたわ…貴女があの《蒼の賢者》って訳ね…」
「えっ?」
今のアクアの攻撃と青色が主体の服装、そしてアークプリーストという職業。アリスを見た事がない、話でしか聞いた事がないからこそ、シルビアは盛大に誤解してしまっていた。
「そしてハンスを葬った紅魔族…、情報では蒼の賢者と常に一緒にいる紅魔族がいると聞いた事がある…そこまで揃っているとなると…これは流石にこちらが不利かしらね…」
つまりカズマの嘘名乗りをきっかけに偶然に偶然が重なりシルビアは…、カズマをミツルギと、アクアをアリスと、そしてめぐみんをゆんゆんと完全に誤解してしまったのだ。
「はぁ!?それってまさかゆんゆんの事で…むぐっ…!?」
(いいから黙ってろ!!誤解してくれた方がこっちとしては都合がいいんだよ!)
自身がゆんゆんだと思われてると悟っためぐみんは即座に抗議の声を上げようとするがカズマが強引に口を塞いで阻止する。感情に任せて物申したい気持ちが強かったがめぐみんとしても状況は察した。このまま戦闘になれば自分の自慢の爆裂魔法は満足に使えそうにないことを。
そうなれば非常に納得が行かないものの、めぐみんは内心歯噛みしながらもそれ以上何か言うことはなかった。
「……?まぁいいわ、ここでやられる訳には行かないし、こちらは一時退散させてもらうとするわ。別に戦ってもいいけど…周辺の民家がどうなっても知らないわよ…?」
脅すように告げるシルビアだがカズマとしては自身の望む展開なので追うつもりは毛頭ない。だから演技だけでカズマは悔しそうな表情を浮かべていた。
「…それにあんた達には私の自慢のティラノレックスを壊されたお礼もしたいしね…次に会う時には…覚悟しておくことね…」
シルビアは再びカズマを睨みつけ、そのまま踵を返して去っていく。カズマとしてはまったく身に覚えのないことだが今この時を切り抜けられれば後はどうでもいい。そんな想いだった。
何故なら。
「…よし、早速魔王軍の幹部が現れたことを里の人やアリス達に報告しておこうぜ」
「…あの、カズマ?まさかそのまま他人任せにするつもりではないでしょうね?」
「そのつもりだけど?紅魔族だけでも大丈夫なのに更にアリス達もいるんだぞ?俺達の出る幕なんかねぇって」
「あれだけ言っておきながら結局はそれですか!?どこまでヘタレなんですか!?」
こうしてなんとかシルビアを撤退させたカズマはこめっこを送る為にも帰路につく。仲間達から罵声を浴びまくりながら――。