―紅魔の里―
私とゆんゆん、ミツルギさんとカズマ君の4人は簡単に情報交換していた。
まずミツルギさんとゆんゆんについては予想通り警報を聞きすぐに魔王軍の迎撃に参加していたらしい。
だが普段ですら紅魔族の圧勝なのにそれにミツルギさんやゆんゆんが加われば負ける理由はない、あちらの指揮官と見られるシルビアはこちらにいたのだから余計に楽勝だろう。
ダクネス、めぐみん、アクア様は遅れてあちら側に参戦したものの、特にすることはなかったそうな。まったく負傷者がいない訳でもなかったようなので、今はアクア様が治療の為に回っているのだとか。
それよりも私としては気になる事があった。アンリの安否だ。ミツルギさんにそれを聞けば、ゆんゆんのお母さんが避難場所に連れて行ってくれたらしい。これには私もホッと胸を撫で下ろす。
「あ、あの…アリス…」
そんな報告中に気まずそうな様子なゆんゆんを見てどうしたのかと思うもすぐに心当たりを自分の中で見つける事ができた。
「そういえばゆんゆん…ゆんゆんが教えてくれた温泉なんですが…」
シルビアの件でうやむやになってしまっていたけどそもそも何故ゆんゆんは私に混浴であることを教えずに温泉へ誘ったのだろうか。それを聞こうとすれば、ゆんゆんはその場で勢いのまま素早く深々と頭を下げた。
「その……ごめん!!まさか直接カズマさんが入ることになるなんて知らなくて…!」
「……どういう事です?」
ゆんゆんの言い方だとまるで何か裏があるかのように聞こえてしまう。だけどゆんゆんが悪意や悪戯心で私を混浴であることを伏せて温泉へと誘ったとは考えにくい、というよりそのようなことは元から考えていない。ゆんゆんは私がそういうのを嫌っているのは知っているしどういった事情があるというのか。
「それならその件の元凶から直接話を聞いた方が早いと思いますよ」
すると背後から声が聞こえてきた。見えたのはパジャマの上から黒いローブを羽織っためぐみんだ。その横には長身の男性……らしき人がいる。
「や、やぁ……」
「…貴方は確か…ぶっころりーさん……ですよね?」
曖昧な表現をしているのには理由がある。声を聞く限り確かにぶっころりーさんなのだけど、その顔はたんこぶでボコボコになっていた。今回の魔王軍の襲撃で負傷してしまったのだろうか。そう思えば私は心配からぶっころりーさんに駆け寄った。
「…あ、あの、大丈夫ですか?なんなら治療しますけど…」
「それには及びませんよアリス、事情を聞けば貴女も殴りたくなると思いますから。ちなみにこれをやったのは私とダクネスです」
「…えっ……?一体何が…」
何故だろう。嫌な予感しかしない。そっとゆんゆんに目を向けると未だに申し訳なさそうに俯いていて、ぶっころりーさんもまた気まずそうだし。
「とりあえず順を追って説明しましょうか」
考えても仕方ない、めぐみんの話を聞くしかないだろう。
……
視点変更―無し―
――夕暮れ前、カズマ達とアリス達が別れた直後の時間。
「良いかい?すぐに仲直りしようとしてもそれは難しいんだよ、まずはお互い気持ちを落ち着かせることから始めないとね」
「…なるほど、『急がば回れ』ってやつか…」
「なんですかそれ?」
「俺の国の言葉だよ、目的を確実に成功させたいのならあえて遠回りして余裕を持って行動するって感じかな。似た言葉に『急いては事を仕損じる』って言葉もあるぞ」
「なるほど…確かに一理あるな、お互いに険悪な気持ちが昂っている今は何を話しても上手く通じ合えないだろう、アリスは気難しいところがあるから特に気遣った方がいいかもしれないな」
「それじゃあどうするつもりなのよ?」
カズマ達のパーティとぶっころりーはその場で作戦会議をしていた。最初は不安だったカズマも、今の言葉を聞いて意外とまともな事を言うぶっころりーに関心を示していた。
「とりあえず勝負は明日だね、カズマ君……実はね…」
「うん?」
ぶっころりーはカズマに近寄り肩を組んで女性陣に聞こえないように耳打ちした。
(今夜は里の温泉でゆっくり浸かっているといい、リフレッシュできて心も落ち着けるだろう。それにあそこは混浴でね、運が良ければ誰かしら女性が入ってくるかもしれないよ?)
(…っ!?)
これにはカズマも強く反応を示した。こうして紅魔の里にいて思うのはこの里の女性は誰もが美人揃い。そんな場所での混浴というアドバンテージを得ることはカズマにとって素晴らしく魅力的だ。いとも簡単に釣られてしまう形となってしまう。
あくまで作戦は明日。今日はカズマ自身も落ち着く為にも温泉にでも入れというぶっころりーの提案、カズマには断る理由はどこにもなかった。
「…何をこそこそと話しているのですか?」
「なんでもないよ、とりあえず今日はこのまま解散しよう、俺は一応族長に魔王軍幹部の件を報告してくるからさ」
めぐみんは怪しむようにぶっころりーを見るが、ぶっころりーはさっさと退散してしまった為にそれ以上聞く事ができず、カズマに問い詰めたところでシラを切られるだけだった。
……そしてぶっころりーは族長の家へ向かい、訪ねるなり入口にて、ゆんゆんと出会うことになった。その表情は冴えたものではない、おそらく友人を心配しているのだろうとぶっころりーはすぐに察することができた。
「お邪魔するよ…族長はいるかい?」
「…あ、はい……、今呼んできますね」
「あ、ちょっと待ってくれ、どうも心配でね。あの子の様子はどうなってる?」
「…アリスのことですか?…不機嫌なままです…、本人は大丈夫って言ってますけど…もう…何かあったらなんでも相談してねっていつも言ってるのに…」
「気持ちは分かるけど、時には距離を置くのも友達としてはありと思うけどね、何かある度に心配して声をかけていたら彼女は成長しない、時にはあの子を信じて見守るのも、ひとつの友達としての在り方なんじゃないかな?」
言っていることは分からなくもない。ゆんゆんは難しい顔をして考えるが、本当に親身になれる友人はめぐみんを除けばアリスは初めてできた大切な友人。どんな形であれ、アリスが元気になるのなら、それはゆんゆんにとっても喜ばしいことだ。
「でもそのまま放っておくなんて…」
「そこで提案があるんだけどね。アリスちゃんを温泉に誘導してくれないか?」
温泉。それは一度落ち着かせるには都合がいいかもしれない。そんな考えが一瞬ゆんゆんにも浮かぶものの、すぐに頭を切り替えた。それだけはまずい理由があるのだから。
「ダ、ダメですよ!この里の温泉って混浴じゃないですか!?アリスはそういうのは大の苦手なんですよ!大体、なんでそんなことを…」
大の苦手という表現は得てして妙でもある。得意な人はそういないだろう。そんな考えからぶっころりーは表情を変えない。そのまま当たり前のように話を続けていた。
「勿論、温泉で待ってるのはそけっとだ。今夜は他の人が入らないようにもしておく。占い師である彼女に相談したら、少しは何かをつかめるんじゃないかな?」
そけっと。紅魔族であり里で占い師をしている女性、ちなみにぶっころりーが密かに想ってる人である。
なるほど、一理あるとゆんゆんは思った。ゆんゆんとしてもそけっとのことはよく知っている。落ち着いた優しい女性だ。自分が力になれない悔しさはあるが、彼女に頼ればアリスも現状よりマシになるかもしれない。
「……確かにそけっとさんなら任せられますけど…それならわざわざ温泉に行かなくても直接そけっとさんに会いに行けばいいのでは…?」
もっともな疑問。そして当然ながらこれはぶっころりーのでっち上げである。まずそけっとにそんな事は頼んでいない。
「いいかい?アリスちゃんはまず落ち着かなければならない、だから温泉でリフレッシュすることで話しやすくなってもらうのさ。自分の中の状態をまず落ち着かせないと、話も何もできたものじゃないからね」
「……それはそうかもしれませんけど……」
ゆんゆんは迷っていた。おそらくぶっころりーは先程見たアリスとカズマの険悪な状態を見て心配から動いてくれているとは思う。
「おや、ぶっころりーじゃないか。どうしたのかね?」
「あ、お邪魔してます族長。実は知らせたい事が……、ゆんゆん、それじゃ上手く頼むよ!そけっとにはもう話してあるから!」
「あっ!ちょっとぶっころりーさん!?」
そのままぶっころりーは族長とともに家の中に入っていってしまった。見れば先程の報告をしているようで真面目な雰囲気、そんな話の邪魔はしづらい。決断が難しいものの、そけっとには既に話しているとなると、アリスか行かなければそけっとは無駄に温泉で待ちぼうけになってしまうではないか。それはそけっとに申し訳がない。
何故そけっとに話す前にこちらに何か言ってくれないのかなど、色々と納得は行かなかったがゆんゆんはぶっころりーの作戦に乗ることにした。
そしてその夜、早々に温泉に入っていたカズマと、遅めにやってきたアリスは出会うことになり、今に至る――。
……
「と、言う訳らしいです、で?どういうつもりでそんな事をしたんですか?」
この案件がバレたきっかけは実にあっさりとしたものだった。そけっと本人が今まであった魔王軍の迎撃に参加していたのだ。ゆんゆんはそけっとを見かけてアリスはどうしたのかと聞けばそけっとはアリスのことを全く知らなかった。出逢ったことがないので当然だ。それで迎撃が終わり、ぶっころりーを問い詰めているとめぐみん、ダクネスが合流。事情を聞いて二人にタコ殴りされることになる。
「そ、それはね…お互い開放的になって話し合えれば仲直りできると思ったんだよ。実際に仲直りできてるようだし、やはり俺の考えは間違っていなかっただろう?これからは我が名はぶっころりー、険悪な関係の二人を仲直りさせたもの!と名乗ってもいいんじゃないかな」
「…なるほど、話は分かりました、今治療しますね」
その発言にはこの場にいる全員が意外そうな顔をしていた。私がぶっころりーさんにヒールを唱えれば淡い光とともに、タンコブがみるみる引いていく。それを見てぶっころりーさんは嬉しそうに頷く。
「わかってくれたかい!やはり俺の考えは正しかったんだ!」
ぶっころりーさんは本気で喜んでいる。めぐみんあたりは納得のいかない顔をしている。…当然、私も納得いっているはずはない。
「何ズレたこと言ってるのですか?あんなボコボコだと私が殴る場所がないじゃないですか♪」
「……え?」
嬉しそうな顔から一変、ぶっころりーさんの表情は一気にひきつり出す。まさに天国から地獄。結果が良ければ全て良しになるはずもないのだ。そんな私の目が笑っていない微笑みに、カズマ君が便乗した。
「アリス、俺も殴ってもいいか?」
「えぇ!?」
とりあえずもうヒールをするのをやめてくれと言うまでボコろう、なぁにこういったお仕置はダストで慣れている、まったく躊躇する必要はない。
「はっはっは、皆元気そうで何よりだよ、今回はお客人の手まで煩わせてしまいすまなかったな」
「…お父さん!」
そんな中登場したのはゆんゆんのお父さんである族長さんだ。その後方にはダクネスやアクア様、他の紅魔族の人達もみえる。流石に族長さんの前でやる訳にもいかない。ダクネスやめぐみんにボコられたようだし、脅しにはなっただろう。少し納得はいかないものの、ぶっころりーさんについてはそれ以上言うことはしなかった。確かに結果だけ見れば仲直りできたのも確かだし。納得はしてないけど。
「皆さんは無事ですか?私もアークプリーストですから治療が必要でしたら言ってくださいね」
「それなら心配には及ばないよ、多少シルビアと関わった者に怪我人は出たがすぐにアクアさんが治してくれたからな。里の被害も大したことはない、服屋が何やら盗まれたと言っていたが気にするほどではないだろう」
盗まれたというのが少し気になるものの、特に問題はないようだ。それだけにやはりシルビアを逃がしてしまったことが悔やまれる。いくら紅魔族の圧勝している現状とはいえ、このままいつまでも魔王軍に攻められ続ける訳にも行かないだろう。このままでは里の観光や生活に影響が出てしまう、経済が回らなくなれば、いくら紅魔族でも衰退してしまう。
「それよりも族長…!」
「……うむ、そうだったな」
後ろから紅魔族の男の人が族長に声をかければ、族長の顔は引き締まった真剣なものになる。やはり族長もまた、私と同じ考えなのだろう。このまま魔王軍の前線基地とやらに突入するのなら私としても手を貸すつもりだ。
そんな気持ちで族長の言葉を待っていたのだけど、私はそこで違和感に気が付いた。
族長の後方にいる紅魔族の人達の視線のほとんどが、私に向けられていたのだ。はっきり言おう、この暗がりでこの紅い瞳による大量の視線はめちゃくちゃ怖い。ちょっとしたホラーでしかない。自然と後退りしてしまう。
「アリス君、君はアークプリーストだったね、…では、先程の眩い光魔法は一体なんなのかね?君が使ったのか?」
「…え、あ、はい…シルビアと交戦してましたから…」
興奮気味に聞いてくる族長は少し怖い。しかし何故ここまで詰め寄って聞いてくるのか理解ができない。族長に続くように後方の紅魔族の皆さんも同じ感じだしこれは怖い。
「…ゆ、ゆんゆん…これは一体…」
「…あのねアリス、知ってると思うけど…この里の人達はほとんどアークウィザードなの、そんな人達が集まる場所で、アリスの未知な魔法を見ちゃったら…ね?」
「いや、ね?と聞かれましても」
「頼むアリス君、君の魔法を直に見せてもらいたいのだ!今ここにいる者達はそれを期待して集まっているのだよ」
族長さんに懇願されるけど個人的に余計に魔力を消費して攻撃したこともあって割と疲れている。…そこで閃く。何も攻撃魔法ではなくてもいいではないか。皆戦闘後で魔力を消費しているだろうし丁度いいかもしれない。
私は意を決して杖を構え、そして告げた。
「わかりました、ではよく見ておいてくださいね。《マナリチャージフィールド》!」
紅魔族の方々がざわめく中、私を中心に青白い霧状の光が展開される。範囲を示す青い球体が皆を取り囲むように回り回れば、すぐに魔力の促進を感じさせてくれた。
「……アリス君、この青い霧のようなものは…?」
「《マナリチャージフィールド》といいます、範囲内にいる方の魔力を回復させる効果があります、…空っぽから全快までは1時間ほどかかりますが…」
「なんと!」
族長は驚いている。この世界での魔力の回復は睡眠による休息か、高価なマナポーションを飲むくらいしか方法はない。ドレインタッチもあるがあれは本来普通の人は使えないので除外。
アークウィザードとなれば魔力の回復は重要な事だ、これなら満足してもらえる、…そう思っていたのだけど。
「…確かに…魔力が回復してる感覚はあるな…」
「そ、そうね…確かに凄いわ…、だけど……」
「……なんか……地味だな……」
どうやら紅魔族の方々はお気に召さなかったようだ。少なくともめぐみんはめちゃくちゃ驚いて反応してくれたけどもしかしたら彼女の場合爆裂魔法に深く関わることだからなのかもしれない。少し申し訳ない気もするけど無闇に魔法を使って見世物になるのも嫌なので乗り気にもなれない。
そんなことを考えていたら……、私達に大きな爆風が走ってきた。
非常に大きな轟音、そして強烈な光。前世でアニメとかでしか見た事がないものが紅魔の里を抉るように光速で貫いて、里の一部を壊滅させた。
「……い、今のは!?」
「なんだあれ!?ビームか!?レーザーか!?」
カズマ君が表現するように、まさにロボットアニメとかで見るようなビーム砲のような光の一撃、それが外部から里の中心近くまでを瓦礫に変えてしまったのだ。
街を破壊していることからこれは魔王軍の攻撃に間違いない。さっき撤退させたばかりなのに、もう次がやってきたと言うのか。
これには紅魔族の人達も黙ってはいられないはず、何せ自分達の里が壊されているのだ。族長もそれを見て息を飲んでいた。
「なんだ今のかっこいい魔法は!?」
「あっちから放たれたわ!見に行きましょう!」
街が破壊されたと言うのに全く気にしている様子もなく砲撃があったであろう方向へ走っていってしまった。これには私達も唖然とするしかない。
「……もう滅べよこんな里…」
「…なんかすみません…」
「…言ってる場合じゃないですよ…、今のがなんなのかは分かりませんが今までにない攻撃です」
「僕達も行った方がいいだろう、嫌な予感がする」
カズマ君が嘆くようにぼやけばゆんゆんが謝り、私が意識を切り替えるように告げて、ミツルギさんの先導により走っていった紅魔族の人達に着いていくように私達は走り出す。
今の砲撃の正体はなんなのか、誰の仕業なのか。分からないけど放ってはおけない。ただ思うのは…非常に嫌な予感が、私の心を蝕んでいた――。