―魔王軍前線基地―
紅魔の里から出て見える位置にそれはあった。森の木々により分かりにくさはあるものの、平原と隣り合わせになっている場所には以前族長が言っていたように立派な施設が建てられている。それは魔王軍としても長期戦を想定したものだと思わせる。
そんな施設の前には魔王軍の幹部シルビアが中央に陣取り、その周囲には数えるだけ億劫に感じる数の下級悪魔、ゴブリン、そして明らかにつぎはぎが目立つ巨大なモンスターが数体。これが最終決戦だと言わんばかりの布陣。…だが、何よりも気になる事はそんなことではなかった。
「…あれは……ちぇけらさんとこの物干し竿か!?」
「あんなにカッコ良くなれるのかあれは!!」
紅魔族の方々が目を輝かせているのはさておき、物干し竿…とは言うがあれはそんなものではない。服屋の物干し竿代わりに使われていたライフル。あれが今はシルビアの右腕と同化してしまっていた。それだけでも厄介なのに先程まで歩くのがやっとの様子だったシルビアは、まるでダメージがなかったかのように元気そうな様子でいる。その顔からは自信と余裕が垣間見えていた。
「お間抜けな紅魔族には本当に頭に来るけど…まさか世界を滅ぼしかねない兵器が堂々と外に置かれていたなんてね。腕を一本犠牲にはしたけど、それ以上の価値があったわ…あっはっはっ!!」
「せ、世界を滅ぼしかねない兵器だって!?」
これには紅魔族の人達も動揺を隠せない。服屋で物干し竿として使われていたものがまさかそんなものだとは思いもしなかったのだろう。かく言う私も思わなかった。
それにしてもシルビアは何故あのライフルを世界を滅ぼしかねない兵器だと断定できたのだろうか。この世界に銃系統の武器の概念は存在しない、なので紅魔族の人達はあのライフルを見て変わった物干し竿と信じて疑っていなかった訳なのだけどそんな知識は魔王軍側も同じのはずだ。
いや、そもそも。
「…そもそも何故魔王軍は『世界を滅ぼしかねない兵器』やらがこの里にある事を知っていたのでしょう?」
「それは当然ですよ、『世界を滅ぼしかねない兵器』や『魔術師殺し』が封印されている施設という名称で紅魔の里の観光名所になっていますからね」
「んな宣伝してたら魔王軍に狙われるに決まってるだろーが!?誰がそんなアホな事を考えやがった!?」
「……すみません、うちのお父さんが…」
紅魔族の人達の後方で私が疑問を口にすれば、即座にめぐみんが答えてくれた。そしてまさかの族長発案である。この里はもう駄目かもしれない。
しかし封印されていると言う事はあの物干し竿ライフルは実は別物ではないだろうか、と思うも束の間、すぐに私は謎施設にあった手記に書かれていたことを思い出した。あの手記には確かレールガンという名前で造られたものがあったはずだ、同じ銃系統であることからあれがそうなのかもしれない。実際にその威力は凄まじいものだった、あれが連発されたら瞬く間に里は滅びてしまうだろう。
だけどシルビアは一発撃っただけで今のところそれを再度使う様子はない、流石にあの火力だ、連発はできないのかもしれない…と思うのは楽観的かもしれないけど、そう思いたいという希望的観測があった。
やはり魔王軍の狙いは二つの兵器なのだろう。そしてそのひとつは既にシルビアの手中。となるともうひとつの『魔術師殺し』も狙っている可能性が高い。
「ゆんゆん、その『魔術師殺し』は大丈夫なのですか?」
「あれは大丈夫と思う…、封印施設は凄く頑丈な造りだし、そもそも紅魔族を含めて誰も封印を解いたことがないの」
となると当時あの兵器を作った者が直に封印していると。…そう聞けば不安が湧いてくる。何せおそらくレールガンと名付けられたあれが物干し竿代わりとして使われていたのだから。
「あんた達紅魔族にも恨みはあるけど……いるんでしょう?サトウカズマとその仲間達!!」
そんな事を話していればシルビアの怒号が周囲に響く。あれほど派手にやったのだから目を付けられているのは仕方ない。これにはカズマ君も思わず『げっ』と漏らして嫌そうな顔をしていた。
紅魔族の人達の人混みを掻き分けるように前に出ればシルビアの目線はカズマ君へ、そして私へと向かう。
「完全に騙されていたわ…、ありえないと思っていたけど…サトウカズマが無傷なのを見る限り間違いなさそうね……貴女が『蒼の賢者』なんでしょう?まさかこんなお嬢ちゃんだったなんてね…」
「……」
おそらくあれだけの私の魔法をシルビアと共に喰らったカズマ君の状態を再確認したのだろう。シルビアは確信を持って私に告げるが、私は別に隠していた訳では無い。あちらが勝手にアクア様を蒼の賢者と勘違いしただけである。
「貴女のおかげでこんな辺境まで飛ばされることになった私の気持ち、分かるかしら?こっちは何千という部下が貴女一人の犠牲になったのよ」
おそらく王都での襲撃の事を言っているのだろう。あれはシルビア管轄のものだったらしい。それはこの里に来た時に遭遇した下級悪魔達の存在で予測できてはいたけど。
ただ妙に被害者ぶった言い方は気に入らない。私は意外にも平然として返事をすることができた。
「……降りかかる火の粉は、払い除けるのが当然だと思いますが」
あちら側がどんなに被害を訴えようとこちらの心は痛まない。そもそもそれが嫌なら人間を襲わなければいいのだ。国を攻める事をやめたらいいのだ。きっかけはあちらなのだから、文句を言われる筋合いはない。
「ふん、当然の反応よね。まぁいいわ、それよりもサトウカズマ?貴方に提案があるのだけど」
「…なんだよ」
再び視線を向けられたカズマ君は露骨に嫌そうな顔をしている。そんな様子に気付いているのかいないのか、シルビアは話を続けた。
「貴方……私のモノにならない?先程のこの兵器の威力は見たでしょう?貴方達に勝ち目はない。もし私のモノになってくれるのなら、この里にある『魔術師殺し』を頂いた後に里への攻撃はやめてあげる、元々それが手に入れば…こんな辺境の里に用はないからね」
「…え?」
つまりカズマ君一人を生贄にすれば紅魔族の人達は無事に済むということなのか。普通に考えたらそんな提案をカズマ君がのむ理由はないし当然拒否するだろう。
それ以前にシルビアをここで見逃す訳にはいかない。シルビアがこの里のふたつの兵器、それを得て何をするのかは一目瞭然、再び王都へと侵攻する為だろう。
いくら強者が揃う王都であってもあんなものを撃たれでもしたら一溜りもない、紅魔の里よりも王都には大勢の人間がいるのだ、たくさんの人が命を落とす危険性がある。
ただ話は…私のそんな真剣な想いとは裏腹に、妙な方向へと流れていた。
「聞こえなかったかしら?つまりはね…私は、貴方に惚れたってことよ♡」
「……っ!?!?」
シルビアのウインクがカズマ君を襲う。これは本気なのだろうか、判断が難しい。
一方カズマ君は一瞬顔を赤くしてだらしない表情になったと思えば、一歩前に進み突然凛々しい顔つきになった。その変化をしっかり見ていた私には呆れることしかできない。まさか承諾するつもりではないだろうかと思うも、いくらなんでもそんな提案受ける訳がない。そう信じていた。
「シルビア!本当に俺がお前の元へ行けば、里の人達に手を出さないんだな!」
「…っ!?何を言い出すのですかカズマ!?」
「そうだぞカズマ!自分が言っていることを理解しているのか!?」
「ちょっとカズマさん!?あんた正気なの!?」
当然カズマ君のパーティからは猛抗議の声があがる。私は呆れて何も言えずじまいだった。更にはゆんゆんやミツルギさんも黙ってはいない。
「カズマさん!相手は魔王軍の幹部なんですよ!」
「佐藤和真、よく考えるんだ!そんな事は誰も望んではいない!」
ミツルギさんの熱い言葉にカズマ君はピクリと反応した。そっとミツルギさんに目を向けると、その表情は歯を食いしばりながら涙まで流している。
「…ミッツさん、あんたにはわかんねぇよ…この俺の気持ちはさ…」
「……?」
「…軽蔑されたっていい…!魔王軍に寝返ってもいい!…やっと掴んだモテ期なんだ!!」
カズマ君の魂の叫びが周囲に響く。…と言うよりこの人は一体何を言っているのだろうか。普段まともな仲間が欲しいと言いつつ自分も充分まともではないのだけど。せめて空気を読んでいただきたい。
そんな気持ちは私以外も同じのようで、少なくともカズマ君以外の私の仲間達は呆れを通り越した目になっていた。とはいえそんな理由で納得するはずもない。
「いい加減にしろカズマ!今はそんな事を言っている場合ではないだろう!?」
「大体なんですかモテ期って!?そもそもカズマにそんなものはありませんから諦めてください、早く正気に戻ってください!」
「うるせぇ!!なんだよお前ら揃いも揃って引き留めやがって!何?そんなに俺の事好きなの?他の女と一緒になるのが嫌なの?」
「お、お前と言うやつはどこまでデリカシーがないんだ!!」
場が混沌としてきてしまった。本当にカズマ君のパーティがいるとまともに話が進まない。一応カズマ君の名目は里を守る為に自分が生贄になる的な形だったのに完全に欲望をさらけ出してるし。今は魔王軍の幹部との最終決戦だということを自覚しているのだろうか、多分してない、それどころでもない。
そんな混沌とした口喧嘩のなか、カズマ君の隣に一人の男性が近付き、その肩にポンと手を乗せた。
「カズマ君、君が里の為にその身を犠牲にしようとしている気持ちは嬉しい、だけど本当にいいのか…?」
「…あんたはぶっころりーさん…?…あぁ、男に二言はないぜ!」
ぶっころりーさんだった。何処か神妙な顔つきをしているけどまさかカズマ君の言う里の人達の為にとやらを完全に信じているのだろうか。
「…そうか、まぁ人にも色々と性癖とかあるからな…そこまで覚悟があるのなら俺からは何も言わない…」
「……え?あの、性癖って?」
「まさか君が男好きだとは思わなかったよ、それなら多分シルビアとも気が合うんじゃないかな、…それじゃそういう事で」
「……え?え?」
ぶっころりーさんはそう告げるとそっとカズマ君から離れていく。そして何故か場がシーンとなってしまった。
カズマ君の顔色はどんどん悪くなっていく。ずっとシルビアを見つめている。
「あら?話し合いは終わったかしら?」
「……えっとあの……シルビアさん…?貴方ってもしかして…」
よく見てみれば大柄なだけではない。喉、肩の大きさなど、見ようと思えばいくらでも不自然な点は見受けられた。
…なるほど、そもそもシルビアはグロウキメラ、自身そのものが合成モンスターなのだからどんな容姿であろうと関係はない。
「あぁ、私?男だけど♡まぁ相思相愛の二人に性別なんて些細な問題でしょう?ちなみに貴方がずっとガン見している私の胸は後からつけたのよ♡」
「……っ!?!?」
時が止まったかのような感覚がした気がしたが別にそんな事はなかった。もといカズマ君だけがそんな感覚になっていると思われる。がくりと力無く項垂れてしまっていた。なんだか情けないとか呆れたとか全て通り越して不憫にすら思えてしまってきた。
と、いうよりなんなんだろう、これは。
「茶番は終わりでいいですね?そろそろ始めたいのですが」
「茶番だなんて失礼なことを言う子ね、結構本気だったのに」
「誰がどう見ても茶番でしかありません」
杖を構えればたくさんの視線を感じた。これは紅魔族の人達の期待の視線だ。ようやく私の魔法が見れるというそれにはすぐに気が付いた。気が付いたと同時に非常にやりにくさを感じてしまう。味方のはずの紅魔族の人達が敵のように見えてしまう程度にはやりにくい。
「ふふっ、さっきみたいには行かないわよ?もっとも……」
シルビアは不敵に笑う。切り替えるように他の皆もそれぞれ構える。目の前にモンスターの大群がいるのだ、紅魔族の人達であっても戦闘準備にかからない者はいない。視線だけはこちらに向けているけど。私は誰と戦っているのだろうか。
こちら側の紅魔族の注目が私に向いていたからこそ、シルビアにとってはやりやすかったのだろう。シルビアはその場でモンスター達に襲いかかるように指示し、そして――
「私は参加しないのだけど♪それじゃ、せいぜい頑張ってね♡」
「……っ!?」
シルビアはその場で姿を消した。またもやテレポートを使ったのだと思われる。
一体何故?そもそもシルビアは何が狙いでこの里に侵攻しているのか、紅魔族と戦う為ではない。私達と戦う為でもない。
その時私は……とんでもない事実に気が付くことになる。
「……ゆんゆん、『魔術師殺し』が封印されている施設というのは……ここから見てどの方向になりますか……?」
「…えっ?それなら……あっち……っ!?」
ゆんゆんも気が付いたようだ。その方向に指を向けたまま、まるで悪夢でも見たかのような怯えた顔をしていた。私とてそれは同じだろう。
封印されているから――。誰も解いたことがないから――。
そんな事実から、完全に安心しきっていた。だけど今ゆんゆんが指した方向は――。
「皆さん!!すぐに『魔術師殺し』が封印されている施設に!」
そう言ってもすぐには動けない。今や大量のモンスターが襲いかかってきている。それの相手でそれどころではない。
「アリス君、何をそんなに慌てているのかね?『魔術師殺し』なら封印されているから何も問題は…」
「でしたらその施設をここから見てください!!」
「……一体何を…………な、何ぃ!?!?」
族長の悲鳴にも似た驚愕の声が聞こえてきた。これには紅魔族の人達も狼狽えている様子だ。
私達はこの場所に来た時点で、シルビアの策略に嵌っていた。
ゆんゆんが指した方向、それを見れば……
シルビアのあのライフルによって、綺麗にビームが通り過ぎた軌跡が残っていて…、その施設と思われる場所の屋根は無惨にも崩壊して穴が空いてしまっていたのだから――。