―紅魔の里・中央―
夕暮れが夜へと変わろうとしている時間、紅魔の里の中心部には広めの何も無い土地がある。
そこは何かしら里の総出で行われる催しがある時に里の人達が集まって様々なことを執り行う場所らしい。
まだ里の復旧が完全ではないにも関わらず、その場所には多くの紅魔族の人達が集まっている。なお現在進行形でゴーレムや契約した悪魔などにより復旧作業は行われているので人が何かをすることはほとんどないらしい。
松明があちこちに灯り、ざわざわと賑わっていて、備えられたテーブルには色とりどりの料理の数々、飲み物もお酒をメインとして大量にあるようだ、私は飲まないので興味はないけど。
今日はそんな場所に、私達は勿論のこと、カズマ君のパーティも招かれた。ちなみにアンリは既におねむの時間なので今はゆんゆんの部屋でぐっすり。
「アリス、その様子だと風邪は落ち着いたみたいだな」
「…カズマ君!その言葉はそのままそちらに返しますよ。特にあんな事になって無事だなんて、本当にカズマ君には驚かされてばかりですよ…」
そんな広場を見回していたらカズマ君から声をかけられた。その周りにはいつものメンバーがちゃんといる。視線をそれぞれに向けてみればアクア様やダクネスも反応して笑顔で返してくれる。だけどめぐみんだけは違った。どこか暗い様子でこちらと目線を合わせようとしてくれない。
はて?また何かあったのだろうかと思ったその時、拡声器による族長の声が広場に響いてきた。
「…コホン。さて皆の衆、よく集まってくれた。事情があって少し遅れはしたが、無事に我らが宿敵、魔王軍幹部のシルビアを倒す事ができた。今日は諸君らの長きに渡る奮闘を労う宴会をしようと思う!大いに食べて、飲んで行ってくれ!」
族長の挨拶により、里の人達から拍手と歓声が起こる。単純にこれが遅れたのはある程度は里が復旧させないといけなかったこともあるがそれ以外にもあるだろう。
「特に!今回のシルビア討伐には里の外の人間が大いに貢献してくれた!我ら紅魔族は彼らに感謝の意を示し、共に労うつもりである!」
再び湧く歓声。それと共に紅魔族の人達の視線は私達に向けられていた。特に向けられた視線は…、私でもカズマ君でもない。何故かゆんゆんへ向けられているように見える。
「……な、なんか凄く視線を感じるのは…なんで…?」
「……気の所為…ではなさそうですね」
自意識過剰ではないが正直に言えば注目は私に来ると思っていたのでそれがゆんゆんに多く行っているように見えるのは意外でしかない。
「…あー、それなんだがな。多分ゆんゆんの冒険者カードに答えがあると思うぞ」
周囲からの視線に困惑していれば、カズマ君から声がかかる。これには私もゆんゆんも何が言いたいのかさっぱりわからない。
「…それは…どういう事ですか?カズマさん」
「いいから討伐履歴を見てみろって」
どこか投げやり気味にも聞こえるカズマ君の言葉にゆんゆんはポーチに入れられていた冒険者カードを取り出し、言われた通りに履歴を見る。
すると討伐履歴には確かに存在している、魔王軍幹部のシルビアの名前が。
「……え、なんで…?だって私が攻撃した後もシルビアは生きていましたよね…?」
ゆんゆんは冒険者カードを手にしたまま震えながら固まってしまっていた。頭の中で思い出せばゆんゆんの言う通りだ。あの魔法を放った後もシルビアは生きていて、更にレールガンの暴発後も生きていたことはカズマ君の言質が取れている。つまりゆんゆんが介入する余裕はどこにもないはずなのだ。だけど現実問題として実際にゆんゆんの冒険者カードの討伐履歴にはしっかりとシルビアの名前が刻まれている、心当たりがないのだからもはやホラーでしかない。
「…その様子だとやっぱり自覚して使った訳じゃなかったんだな…シルビアが言うにはゆんゆんが放った魔法は禁術だったらしいぞ。シルビアの体内でずっと燃え続けてトドメになったんだろうな」
「えぇ!?」
何それ怖い。思わずゆんゆんと顔を合わせてしまう。自覚して使った訳ではないのでゆんゆんからしてみても恐怖するのは当然と言える。
しかしそうなると疑問も発生する。ゆんゆんが注目されている原因がそれだとすると、何故紅魔族の人達はその事を知っているのだろうか。
ゆんゆんが魔法を使ったあの瞬間、紅魔族の人達のほとんどは魔王軍の前線基地にいたはずだ。あの場にいたのは私達のパーティとカズマ君のパーティ…そして…。
「ゆんゆんの活躍はしっかり見た事そのままを伝えさせてもらったよ、今回の戦いは実に素晴らしいものだった」
「あるえ!?」
なるほど、すっかり忘れていたけど確かにあの場にはあるえさんもいた。この紅魔の里はそこまで人が多い訳でもないのでまる2日あれば人伝いに話が伝わるのはそう難しくはないだろう。
「昨日俺も族長さんに色々聞かれたからな…だけど言っちゃって良かったのか?」
「…と言いますと?」
「いや俺は詳しくねぇけどさ、禁術って言うくらいならそんな安易に使っていいようなものじゃないだろ?」
「禁術!?」
あるえさんが派手に反応したことで、カズマ君はやらかしたと言いたげた顔をしていた。ただ言われてみれば例え意図的ではなかったとはいえそんなものを使ってしまってゆんゆんは大丈夫なのだろうか。
「…よくよく考えたら何か副作用とか代償とかないのですか?」
「えっ…何もないけど…というよりあれはアリスのサポートがあってやれたことだからね?普通にやろうとしたら詠唱が間に合わなくて杖が暴発しちゃうと思うし…それに術式もその場しのぎで強引に効率化したからやり方なんて覚えてないし…もう一度やれって言われても使えないわよ」
「…そういえば杖壊れちゃったんですよね…」
杖と魔晶石はあくまで魔法の通り道。本来それは通る事で魔法の威力や性質、制御などを効率化する。しかしそれが蓄積されたら過負荷により壊れるのは当然の事。この紅魔の里か、あるいは王都辺りでゆんゆんに合う杖を買わなければならない。私もフレアタイトの魔晶石を新調しないとなぁと呑気なことを考えていたら、どことなく空気が重苦しくなっていくのを感じた。
「さて、皆も分かってはいると思う。我が娘ゆんゆんが禁術を行使した件についてだ。これには昨日から今日にかけて会議をした結果、ゆんゆんへの処遇が決定した」
「…処遇って…!?」
処遇という言葉には強く反応してしまう。あまり聞こえの良いイメージではない。イメージで言うなら禁術、つまり禁じられた術。それはこのアークウィザードばかりいる紅魔の里では禁忌なのかもしれない。その証拠に族長の表情はどこか納得行かないような険しいものとなっている。
主に若い人がざわめきだす、ある程度歳をとった人達は真剣な表情をしていたり、族長のように険しいものとなっている。これには思わずゆんゆんやあるえさんを見てしまう。
「…もしかして、何か不味いことでも…?」
「…わからない…こんなの初めてだし…」
ゆんゆんはその場で震えていた。あるえさんも聞いた事がないのだろう、目を細めて思い悩むように佇んでいる。
「私もさ、禁術がご法度なんて聞いた事ないけど…もしかしたら古い習慣でそんな掟があるのかもしれない、まず禁術を行使したなんて話、私も初めて聞いたから…」
「そんな…!?」
一体どんな事になるのか、場合によっては紅魔の里の掟なんて知ったことではない、全力でゆんゆんを守るつもりである。そんな想いから、私は自然と物申すように族長さんに向けて声を荒らげた。
「待ってください!あの魔法に関してでしたら私にも原因の一端はあります!」
「アリス!?」
私の発言に周囲は大きくざわめく。族長さんは目を見開いて驚くと同時に周囲のざわめきを落ち着かせるように取り計らっていた。
「皆の衆、静粛に!……アリス君、それはどういう事なのかね?」
「お父さん、アリスは何も…!」
「いいんですよゆんゆん、事実ですから。……私のサポート魔法によりゆんゆんの詠唱速度を上げました。なのであれはゆんゆん一人では使う事ができません。ですから…処罰などがあるのでしたら私も無関係ではないのです」
当然の覚悟だった。ゆんゆん独りに背負わせたりしない。何かあるのならゆんゆんと一緒だ。大事な親友なのだからそこに迷いはない。
勿論理不尽なものであったなら全力で逃げるくらいは考えている。掟だかなんだか知らないがこちらにも事情はあるのだ。
そんな覚悟でいると……なにやら場の空気が変わった気がした。
「……アリス君、君は何か勘違いしていないかね?処罰なんてするはずがないだろう?それでは我が娘が悪い事をしたみたいではないか」
勘違い、そう言われると私は目をパチクリさせていた。そして冷静になれば確かにと思えてくる。
まず紅魔族にとって禁術が禁忌であり、罰せられるほどのものなら発覚した時点でゆんゆんに自由はないと思われる。何よりよくよく考えてしまったらこの紅魔族の人達の間でそんな厳しいルールがあるようには考えづらい。寧ろ禁術とか大喜びしそうなイメージしかない。
「……え?で、ですが……今処遇と…」
「おお、そうだったな。では皆の衆、ゆんゆんへの処遇を言い渡す!」
族長さんはバサッと黒いマントを翻し、大きな声で宣言した。
「これより、我が娘ゆんゆんの異名を『終焉を呼びし黒き焔』とする!!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
周囲から歓声と拍手が巻き起こる。一方私達はただ呆然としている。なんというか温度差が酷い。他にも色々と酷い。紅魔族のはずのゆんゆんですら理解が追いつかず固まってしまっていた。
「…あ、あの……、なんですかそれ?」
「うん?あぁこれは紅魔族の掟でな、禁術を使えたものには里が異名を贈る風習があるのだよ。もっとも禁術を扱えるものなど最近は全く現れなかったからな、もしかしたら若い者は知らないかもしれない。私としても初めてのこと…ましてやそれが我が娘の事となると……」
言いながら族長さんは感涙してしまっていた。盛大な歓声と拍手はまだまだ止みそうにない。そしてどこからか沸き起こるコール。
「「「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!!」」」
「「「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!!」」」
「やめて!お願いだからそれ呼ぶのやめて!!」
めちゃくちゃ噛みそうになりそうな異名を連呼され顔を真っ赤にして全力で嫌がるゆんゆんに、私は何もできない、無力である。強くなってくださいゆんゆん、陰ながら応援してます。と思いながらも私は未だに感涙する族長さんに話を促した。
「…あ、あの…では何故先程まであんな納得いかなそうな顔を…」
「うん?それはだね、私は『深淵よりきたれし破滅の黒炎』を推していたのだが多数決で『終焉を呼びし黒き焔』に決まってしまってね。アリス君はどちらがいいと思うかね?」
「……えっと…」
どうしよう、物凄くどうでもいい。なんでこんなどうでもいいことに昨日と今日と二日も会議の議題で費やせるのか私には理解ができないし理解したくない。ただ口に出すとまた面倒そうなので無言を貫くことにしておく。
「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん、お前がナンバーワンだ!」
「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!貴女こそこの紅魔の里の誇りよ!」
周囲のゆんゆんを讃える声はどんどん増していく。ただゆんゆんがそれだけの事をしたのは事実でもあったりする。
いくら詠唱速度が上がったとは言えど、上級魔法を立て続けに詠唱するのと、蓄積された魔力の制御を同時に行う。こんなこと右手と左手で別々の文字を書くようなものである。私も何かの漫画のように2つの魔法を同時に使えたら凄いなぁと安易にチャレンジしようとしたことはあるが全然できなかった。
そんなことをゆんゆんは上級魔法4つもまとめて放つという荒業を土壇場でやってのけたのだから奇跡であれまぐれであれ素直に凄いとは思える。
ただここでそんなゆんゆんへの賞賛を素直に聞いてはいられない人物が一人いた。彼女はその場で俯いていたその顔をあげて、そして高々と言い放った。
「さっきから黙って聞いていればこの私を差し置いてゆんゆんゆんゆんと随分言いたい放題言ってくれるじゃないですか!なんですかあの程度の魔法!禁術か何か知りませんが我が爆裂魔法の足元にも及びません!!」
「ばっ、お前…!?」
それは勿論爆裂魔法の申し子のめぐみんだった。それにカズマ君が慌てている様子だけどどうしたのだろう。そう思っていると、さっきまでのゆんゆんを讃えていた空気が一変、不穏なものとなっていく。
「……ば、爆裂魔法……?」
「……あれってひょいざぶろーの娘さんだろ?確か学年一位で卒業した…」
まるで狼狽えるような紅魔族の人達。それはまるで信じられないといった様子でめぐみんに視線が注がれていく。それに対してめぐみんは強気な表情は変わらないが、僅かに身体が震えている気がした。
「…あ、あの、ゆんゆん、これは一体…?」
「…そういえばアリスに話したことはなかったわね……その…爆裂魔法はね…、紅魔族にとってもネタ魔法として見られているのが一般的なの…だからアークウィザードばかりいるこの里でも爆裂魔法を取得しているのはめぐみんくらいしかいないわ…」
それは私にとって意外な情報だった。あんなド派手な魔法、紅魔族なら喜びそうなものと勝手に思っていたし。
だけど私としては今のこのめぐみんが蔑まされている状況は決して気持ちのいいものではない。めぐみんの爆裂魔法に助けられたことだってたくさん……いや少し……、もとい2、3回はあるのだから。
「な、なぁ、めぐみん、爆裂魔法を取得しているとは凄いじゃないか!ほ、他にはどんな魔法を取得しているんだい?」
「……他なんてありません、私は爆裂魔法と爆裂魔法の為のスキルしかとっていませんから」
「……っ!?」
だけど里の人達の気持ちも分からなくはない。あの視線は残念がるような、どうしてこうなったんだと思われているような。それは目を見るだけで伝わってきそうだ。
(あぁ、学年一位のあの子がまさかそんなことになるなんて…)
(まともに上級魔法を取得していたら今頃ゆんゆん以上の使い手になっていたかもしれないのに…)
(もったいない…せっかくの才能が…紅魔族随一の天才とも呼ばれた神童が…)
確かに爆裂魔法そのものの破壊力は凄まじいものがある。めぐみんが爆裂魔法を持っていなかったらおそらくあの機動要塞デストロイヤーは止まらなかった可能性もある。アルカンレティアでハンスにトドメをさしたのも爆裂魔法だ。
だけど本来そのような大物と戦うことは非常に稀である。その無駄に高すぎる火力は使用できる場所が限定され、更に一度撃てば即魔力切れとなり動けなくなってしまう。せめて私の魔法のように味方や地形に損害を与えないのなら使い所は増えるのだけどそれを私が言ってしまえばめぐみんにとっては嫌味でしかないだろう。
それでも私はなんとかめぐみんの擁護をしようとして…すぐにやめた。
それはあの時、シルビアとカズマ君がいなくなった後、そして今日ここで出逢った時の無言の視線を思い出したから。
今のめぐみんを見て、その理由がよく理解できた。
めぐみんは悔しかったんだと思う。私やゆんゆんが活躍する中、自分は里を守る為に何も出来なかったことが。
だから私やゆんゆんがめぐみんを擁護しようとしても、あの子は素直に私達の言葉を受け取らないだろう。…それにそれはどちらかと言うと私達よりも…。
「おいお前ら、めぐみんをそういう目で見るのをやめろ」
「…?あんたは?」
それはカズマ君だった。普段はどこか適当さはあるけど大事な仲間を悪く言われて黙っているような人間じゃない。それは横にいるダクネスやアクア様も同じだ。
「そりゃ確かに使い勝手なんか全くない爆裂魔法だ、使えば魔力切れで倒れるしこいつには散々苦労をかけられた。…でもな、こいつがいたからあの機動要塞デストロイヤーや魔王軍の幹部であるデッドリーポイズンスライムのハンスを討伐できたんだ。おいめぐみん、黙ってないでさっさとお前の冒険者カードにある討伐履歴を見せてやれよ」
「そうよそうよ、らしくないわよめぐみん!」
「…っ!」
ようやくめぐみんの調子が戻ってきた。カズマ君の発言を聞き、ざわめきが増す中、めぐみんが高々と冒険者カードを掲げれば周囲の人達から少しずつ歓声があがる。
何より有難いのはめぐみんのおかげでゆんゆんや私から周囲の視線が離れたこと、これに尽きる。
なんだか開始から既にいっぱいいっぱいなのだがこんな形で紅魔の里での宴会は幕を開けたのだった――。
……
※2月12日追記
次話は8割ほど完成してますがちょっと文章作りに詰まっていて中々進んでません。もう少々お待ちくださいm(*_ _)m