遅くなりましたm(*_ _)m
―アクセルの街・屋敷前―
ゆんゆんの調子も戻り、私達はその日の昼過ぎには無事アクセルの街へと帰ってきた。カズマ君達もまた私達に合わせてテレポートの魔道具により帰還した。
移動含めて一週間と経ったものの、こうして帰ってきてみると実にあっという間だ。
――そんなあっという間に過ぎた紅魔の里での日々だったけど、得られたものもあった。……それは新しい家族。
「アンリは一度見てますけど、今日からここがアンリのお家ですよ」
『……おっきい――……』
前回は寝不足めぐみんを休ませる為に来たのでアンリにとってカズマ君の屋敷を見るのは2度目になる。あの時のアンリの心中は自身の故郷を探す前ということもあって落ち着いて見てはなかったのだろう。アンリは改めてキョロキョロと落ち着かない様子で屋敷を見上げ、感情豊かではないので分かりにくいが、驚いた様子で見回しているように見受けられた。
「アンリを住ませることは全く問題ないんだけど部屋はどこにするかな…」
「それならご心配なく、私の部屋で寝かせますので♪」
「お、おう…」
当然である。見た目も精神年齢も一桁のアンリを独り部屋にするつもりはない。そんな私の発言に対する視線は様々だ、カズマ君のように呆れているようなのもあれば、ゆんゆんやアクア様のような羨ましそうなのもある。
「それじゃ僕はこれでお暇させてもらうよ、皆お疲れ様。アリス達はまた王都で会おう」
「…あ、ミツルギさん。テレポートで王都まで送りますよ」
そんな様子を見送ると和やかな表情をしてミツルギさんが言うなりゆんゆんが提案する。ミツルギさんは未だに私達に対してどこか遠慮があるのが玉に瑕だ。テレポートなしで帰るとなるとアクセルからは馬車を使うしかないのだからもっとこちらを頼ってくれてもいいのに。
…そんな中、そっとミツルギさんに近付き、その手を握ったのは、アンリだった。
「…おや、どうしたんだい?」
『――ミツルギお兄ちゃんは――…一緒じゃないの…?』
「…え?…そ、それは…」
『…お兄ちゃんが一緒じゃないと――、やだ――…』
アンリは今にも泣き出しそうな顔をしている。出逢った当初は完全に怖がっていたというのに凄い心境の変化だと思う。私としてもできる限りミツルギさんに慣れて欲しかったから私が傍にいれない時はミツルギさんにアンリの事を頼みきりだったこともあり、今のアンリにはミツルギさんがいる事が当たり前になってしまっていたのだろう。
私から見る限りミツルギさんがここに住まない理由は遠慮しているくらいのものだろう。以前カズマ君もミツルギさんにここに住まないか?と誘っていたこともある。だからミツルギさんの気持ち次第では皆と一緒に住む事は難しい事ではない。
「…ミツルギさん、アンリもこう言ってますし…」
「…し、しかし…」
困り果てた様子でミツルギさんは周囲を見渡す。だけど以前と違ってそれを嫌がる素振りを見せる人は私達の中には1人もいなかった。
私とゆんゆんは期待を込めたような、ダクネスは柔らかい笑みを浮かべて、めぐみんは何故かニヤニヤしている。アクア様は何故か首を傾げている、理解できてないのだろうか。
「前にも言ったぞ、俺はミッツさんが住む気持ちがあるなら迎え入れるぜ」
「…サトウカズマ…しかし僕は……」
「全く、何を気にしているのかはわかりませんが今見る限りでは反対する人は1人もいませんよ、部屋は空いてるのですから住むなら遠慮なく住めばいいじゃないですか。毎回貴方をテレポートでいちいち送り届けるゆんゆんに申し訳ないと思わないのですか?」
「いや……私は別に……、で、でも、ミツルギさんだけいつまでも独りなのは…私も気になってました…」
きっかけはアンリだった。だけど何時からか、皆が疑問に思っていたのだろう。ミツルギさんだけが一緒に居ない事に違和感を覚えてきていたのだろう。私もそう思っていた1人なのだから、気持ちは皆と同じだった。
「ミツルギ殿、確かに以前カズマが提案した時は私達も驚いたし受け入れにくい気持ちもあった。…だが今は違う、今や私達は魔王軍の幹部ハンス、更に今回のシルビアを相手に互いに背中を預けて戦い抜いた同士であり仲間だ。そんな貴殿が此処にいない事が今や違和感を覚えるくらいはある。勿論無理強いはできないが、アンリもこう言っている事だ、前向きに考えてみてはどうだろうか?」
ダクネスが言うように共に戦ったこと。これが一番ミツルギさんを屋敷に引き入れたい理由なのかもしれない。あの時とは既にミツルギさんとの関係は変わっている、こうしてそれぞれの反応を見てみれば私にはそう思えた。
私とゆんゆんは元々パーティメンバーなのもあるから別として、カズマ君達は違う。それでも、カズマ君達の意識がここまで変わっているのなら、それはミツルギさんにも同じ事が言えるのではないだろうか。
「……そうだね…そこまで言われたら断れないな。では近い内に王都の宿を引き払ってお邪魔させてもらうよ」
ぎごちなさを感じるものの、ミツルギさんもどこか嬉しそうに見える。一番に嬉しそうにしたのは他でもないアンリだった。まるで花が咲いたかのような笑顔を見せられたらこちらも嬉しくなる。
――こうして、屋敷に新しい住人が2人も増えましたとさ。
―アクセルの街・ウィズ魔法店―
夕刻手前の時間帯。空を見れば日が傾いてきているが私としては複数の事情からすぐにでもこの場所に来たかった。
結局ミツルギさんは今日は王都へ帰還することになったのでゆんゆんのテレポートで送り届けた。だけど明日になれば宿を引き払ってこちらにお引越しすることが決まっている。今日のところは宿を引き払う手続きなどやる事もできたので仕方ない。そこはなんとかアンリも納得してくれた。
そして今、私達はウィズ魔法店の前まで来た。此処に来た理由は3つ。ひとつはアンリのことを紹介したかった。経緯は違えどウィズさんもまた元々は人間で今はリッチーというモンスター。アンリの事を話せばきっと味方してもらえるだろう。
2つ目は壊れてしまったフレアタイトの魔晶石の在庫確認。フレアタイト自体はマナタイト鉱石と並んでメジャーな魔法鉱石であり、珍しいものではない。前回購入した時は駆け出し冒険者の街故に売れる事はほとんどなく品薄状態ではあったが私が購入したことでウィズさんが新たに仕入れている可能性はある…という願望。ないならないで王都で購入すればいいのだけどそこは通い詰めたお店で買いたいという気持ちもあった。
3つ目は壊れてしまったゆんゆんの杖。これが一番に優先しなきゃいけないことだろう。今のゆんゆんは予備の短杖含めて駄目にしているので武器は非常時用の短剣しかない。
そんな3つの事柄がウィズさんのお店でなんとかなればこちらとしても楽なのだけどゆんゆんの杖に関してはあまり期待していない、あればいいな程度のものである。ウィズさんのお店は魔道具店、武器屋ではないのだから。
「それにしてもカズマ君やめぐみんまで来るのは意外でしたね」
「俺は来たくなかったんだけどな。めぐみんが魔法封じ対策の魔道具が欲しいって言い出してな…」
「当然でしょう、あの魔法封じがなければ私とてゆんゆんやアリス以上に活躍していたはずなのですから。あの時の私と2人の差はそれくらいしかありません、あれで勝ったと思わない事です」
「いつから勝ち負けの話になってんだよ…あまり高いのだったら自分で買うか諦めろよ?」
この2人が着いてきたのは私とゆんゆんの身につけている指輪が魔法封じ対策だと知ってからだった。それまでは単純にペアリングのようなものだと思われていたらしい。
その効果を知っためぐみんはカズマ君に猛抗議して買う事を強要、今に至る。
「…ちなみにアリスやゆんゆんがつけてるのはどれくらいするんだ…?結構高そうだけど」
「1000万エリスですね」
「……は?」
反射的、そんな感じでの返答とともにカズマ君の顔はみるみる青ざめていく。次第に冷や汗らしきものが流れていく。
「…ふ、2つで?」
「いいえ、2つなら2000万エリスです」
明らかに金額に驚愕しているのは見ているだけでもわかる。だけど私からしてみればこれは必要経費だ。私やゆんゆんがしている指輪がなかったら、シルビアとの戦いはどうなっていたのかわからないのだから。
「何を狼狽えているのですかカズマは。高品質の魔道具ならそれくらいするのは当たり前ではないですか」
「よぉしわかった、ほら帰るぞめぐみん」
「なっ!?カズマならその程度のお金は持っているじゃないですか!?それをパーティの戦力向上の為に使わずにどうするつもりですか!?少しはアリスを見習ってはどうです!?」
「よそはよそ!うちはうちのやり方があるんだよ!!」
ギャーギャーとお互いに引かない言い争いはどんどんエスカレートしていく。それも店の前で。明らかに営業妨害でしかないのだけどいいのだろうかと思うも、よくよく考えたらこのお店に私達以外のお客さんを見た事がないので別にいいかなどと失礼なことまで考えてしまったり。
「やめなさいよめぐみん!こんなところで騒いだらウィズさんの迷惑になるでしょ!大体それってカズマさんにたかっているだけじゃない!みっともないわよ!」
流石に黙ってはいられなかったのか、ゆんゆんが注意をするがめぐみんの様子は変わらない。そう思っていたら一瞬だけめぐみんの口元が緩んだのを私は見逃さなかった。
「いいですよねゆんゆんは、アリスからちゃんとした魔道具を買って貰えて」
、
「買って貰った訳じゃないわよ…これはアリスから借りてるだけだし…」
そう言いながらもゆんゆんは顔を赤くしながら自身の人差し指に嵌めた指輪を大事そうに握りしめている。まるで恋人からもらったもののように。大事にしてくれているのは嬉しいのだけどその反応は誤解を招くのでやめてもらいたい。
「…まぁ形式的にはそうなりますけど…それはずっとゆんゆんが持っていることに変わりはないでしょう。ゆんゆんが私のパーティを抜けるなら話は別ですがそんな事はないと思ってますし」
「ぬ、抜けないよ!?」
「でしたらアリス、私にも買っていただけますか?同じ友人であるゆんゆんにも買ったのでしたら問題はないでしょう?」
カズマ君が無理だと判断したのか、今度は私にたかってきた。どこまでも強かな子である。めぐみん自身もお金を持っていない訳ではないはずなのだけど。
「うーん……、まぁいいですけど」
「っ!?」
「ちょ、ちょっとアリス!?」
あっさりと了承した私に三人とも絶句してしまった。言ってきためぐみんですら私が買うとは思っていなかったのだろう。あるいは金銭感覚がおかしい子扱いされているかもしれない。だけど私としても考え無しでそう言った訳ではない。
「勿論条件はありますけどね」
「……ち、ちなみにその条件とは…?」
ゴクリと喉を鳴らすめぐみん。それ程までに欲しいのなら自分で買えばいいのにとは思うけど。
「いくら友人とはいえ、誰彼構わずそんな真似はしませんよ。ですからめぐみんがカズマ君のパーティを抜けて私のパーティに入ってくださるのでしたら喜んで買いますよ♪」
「……っ!」
「…そ、それは…っ!?」
冗談めいた言い方をしているがそれならそれでもいいかなと割と思っていたりもする。私には《マナリチャージフィールド》がある。だから爆裂魔法を撃っておしまいというめぐみんの欠点を補えるのだ。魔王軍幹部ではなくても以前戦ったティラノレックスなど、めぐみんの爆裂魔法があればより楽に片付いただろうと思う。
だけどめぐみんはそのまま俯き口を閉ざした。勿論断られる事は分かっているし本当にそうするつもりもない。まず私はともかくライバルであるゆんゆんと一緒のパーティになるというのはめぐみんのプライドが許さない。それに何だかんだ言いながらカズマ君達への負い目もあるだろう。更に本気でめぐみんがこちらに来るなんてことになれば気まずいことこの上ない。カズマ君達と亀裂が入ってしまう。
「…非常に魅力的なお誘いですが、遠慮しておきます。私が抜けたらカズマも困るでしょうし」
「べっ、別に困らねーし!?お前が行きたいんなら好きなところにいけばいいだろ!?」
「はいはい、私はカズマのパーティが好きなのでこのままいさせていただきますよ」
慌てて言い放つカズマ君だが誰の目から見ても照れ隠しなのは目に見えてわかる。それにめぐみんは淡々とした口調で流すように返した。これには私にも和やかな笑みが浮かんでしまう。
そもそも何故私がこんな事を言ったかと聞かれれば、単純に場を鎮めたかっただけである。それ以上の意味はない。
「それは残念ですね、とりあえずいつまでのお店の前で話していても仕方ないですから入りますか」
気付けばアンリは完全に置いてけぼりになっているし、可哀想に思えてきた。私は不思議そうに見ていたアンリの手をとってもう片手でお店のドアを開き、カウベルを鳴らした――。
「いらっしゃいませー♪」
店内にカウベルが鳴り響くと。それに反応するように奥からウィズさんの明るい声が聞こえてきた。
店内を見渡すと分かってはいたがやはり他のお客さんはいないようで閑散としている。それだけを見れば日本にあった古い駄菓子屋のような状態なのだが店の清掃は行き届いていて埃などは感じさせない。きっとこまめに掃除しているのだろう。裏を返せばそれだけ暇ということにもなる、失礼な考え方だが多分的は射ていると思われる。
そんなことを考えている間にも奥からいつも通りのウィズさんの姿が。同時に思うのはバニルはいないようだ。いるなら扉を開けて即座に目の前にいるはずなのだから今見える位置にいないということは不在なのだろう。
「お邪魔しますよ、ウィズさん」
「先日はテレポートありがとな、ウィズ。おかげで助かったぜ」
「これはこれはカズマさんにアリスさん、それに初めて見る子もいますね♪」
笑顔で応対するウィズさんはすぐにカウンターから出てきてアンリの傍に寄り中腰にしゃがんだ。普段なら遠慮なく近付いてこようなら私の後ろに隠れるアンリだけど今回はそのようなこともなく、自然とウィズさんを見つめている。
『……アンリ――です…』
「アンリさんと言うのですね、私はこのお店の店主で、ウィズと申します、どうぞ今後ともご贔屓に♪」
丁寧な言葉使いと裏腹にウィズさんは母親のようにアンリの頭を優しく撫でている。…というよりウィズさんはアンリの正体に気付いていないのだろうか?今のところあくまで普通の少女と接している感じしかしない。
「…あの、ウィズさん…アンリは…」
「?…どうかしましたか?」
何故だろう、凄く言いづらい。と考えるものの言いづらいのはおそらくアンリの目の前で彼女がモンスターであると言ってしまうことでアンリ自身が傷ついてしまうのではないか。そんな風に思ったからだと思う。
ウィズさんも元人間だから…、そんな理由だけでアンリを紹介するつもりで連れてきたものの、今思えばそれは安直すぎたのかもしれない。
「…いえ、なんでもありません…」
結局何も言うことはできなかった。ウィズさんは本当に気付いていないのか、不思議そうな顔で首を傾げている。だけど考えようによってはそれでもいいのかもしれない。
ウィズさんほどの実力者がアンリの正体に気付かないのならアクセルの街の人々がアンリの正体に気付くことはないだろう。実際紅魔の里でも誰一人アンリの正体に気付く者はいなかった、唯一知っているのは私達が相談した族長さんだけだ。
まぁ……今ここにはいないバニルにはどう足掻いても気付かれてしまうだろうがあの悪魔が気付いたところでアンリに何かしら悪影響をもたらすとも考えにくい。何だかんだそれくらいの良識はあると思っている。それでもいなくて良かったと心から思えるのはアンリより自分達の精神的な危険があるからだろうか。
「……ふふっ、大丈夫ですよ。分かってますから」
「……え?」
ウィズさんの儚く見えた笑顔に、私は完全に固まってしまった。裏があるようには見えないのに、私の心を見透かされたような感覚。
それはアンリの正体についてなのか。あるいはそれを含めた私の心境までなのだろうか。
ただ単純に理解者のように振る舞うウィズさんの笑顔は、私をどこか安心させてくれた気がした――。