―岸辺―
―視点変更・アリス―
今いるこの場所が何処なのかはわからない。あえて言うのなら岸辺。最低限の設備がある古く小さな船着場。そんな場所で木造の足場に正座させ両手を上げさせた男達は全部で四名、その誰もが戦闘とは無縁そうなくたびれたおじさんだった。
私の予想通り、この程度ならエシリア単独で武器がなくても余裕で制圧が可能だっただろう。
…とはいえ、どんなに強くなろうともそれは与えられたものであり自身で努力して得たものではないので順応するまでは時間がかかる。気弱な少女にどんなモンスターでも倒せる高性能な銃を持たせたとしても上手くはいかないだろう、精神面が追いついていないのだから。私がそれに気が付いたのは後になってからなのだけど。
突発的に思い付いたのはエシリアが無理なら私がやればいい。正直に言えばいい加減表に出たかったのもある。今ならリアさん達も眠った状態だし問題はないだろうと判断した。
(ほら、簡単でしょう?)
(……)
結果は大成功。おじさん達は恐怖に震えて降参状態。 リア達はまだ船の中で眠っている。更に外に出る事でわかった事もある。空は朝日が立ち込めていた、つまり一夜を船の中で過ごしたのだろう。その事象に憂鬱にはなるが今何を思っても結果は変わらない、ならば最善を尽くす為にこのおじさん達を冒険者ギルドに突き出して一刻も早く帰ることだろう。
(……私としては、同じ私であるアリスがここまでやれちゃうことの方が驚きなんだけど……)
(……それは年季の問題ですよ)
…一年。それは年季という短い言葉で表すには足りないほどの密度の濃い日々だった。
エシリアの精神状態がこの世界に来たばかりの私と同一であるのなら、私とエシリアには一年の経験の差がある。本来エシリアという存在が生まれたきっかけは私がアリスであろうとする上で自分はアリスという存在であって有栖川梨花ではない、そんな想いから生まれた二重人格、それがエシリア。だから考え方としてはこの世界に来たばかりの私と解釈しても間違いではないと思う。
その一年の内容は既に4回もの魔王軍の幹部との死闘、王都で盗賊に襲われたりもしたこともある。モンスターなんて数え切れないくらい討伐した。そんな経験を経た私にとって、駆け出し冒険者程度しか狙えないようなおじさん達を鎮圧するなんて簡単な事だ。ベルディアとの一騎打ちを思えばこの程度何の恐怖も感じない。比較対象がおかしい気もするがそれを言えば誰もが納得してくれるとは思う。
「…さて、まずは誘拐した子の武器を持ってきてもらいましょうか?妙なことをしたら…こうなります」
「……っ!?」
無言で魔法陣を展開、そして離れた位置にあった岩山に《ランサー》の魔法を撃ち込んだ。爆発音とともに岩山は見る影もなく崩れてしまい、おじさん達はより恐怖に震えてしまった。少しやりすぎただろうかとは思うも、私の見た目はチンチクリンな少女でしかない。なめられる訳にはいかないのでこれくらいやった方がいいだろうと開き直った。
睨みつけたところ、震えながらも一人の男がゆっくり立ち上がり、船の中へ移動して槍や杖、短剣、そしてエシリアの両手剣を重そうに引きづってきた。
「ゆ、許してくれ!これには深い訳があったんだ!」
「そ、そうだ、オラ達はやりたくてこんな事をした訳じゃ…」
おじさん達は深々と頭をさげ、土下座に近い状態で謝罪している。
…そうだ、これは初めての誘拐ではないはずだ。冒険者の行方不明が起こった事自体は最近の事らしいが、私達より前に誘拐されてしまった駆け出し冒険者が何人かいるはずだ。
「今回のように誘拐した冒険者がまだいますよね?どこにいるのですか?」
「……そ、それは……」
質問すると全員が目を逸らした。その様子は懺悔するような、申し訳なさそうな気まずさを感じるもの。下手したら既に無事ではない可能性すらあることに、私は苛立ちを隠せなかった。出逢ったこともない冒険者達ではあるが、それでも助け出せるのなら助けたい気持ちは強かった。
「はっきり言ってください」
鬼気迫るように問い詰めるもそれでも口が開く気配はない。よほど言い難い事なのだろうか?これは私達以前に攫われた冒険者達は既に無事ではないと考えた方がいいのかもしれない。
「……質問を変えましょう、貴方達は私達を誘拐してどうするつもりだったのですか?」
気になる点があるとすればこれくらいだろう。駆け出し冒険者など誘拐したところでお金になる訳でもない。ダクネスのような貴族なら話は別だがあれは特殊すぎる。基本的に駆け出し冒険者なんて貧乏である。誘拐して身代金を要求したところで稼ぎになるとは思えない。装備品を奪ったとしても大した金額にはならないだろうし。
…となると、目的は駆け出し冒険者そのものかもしれない。
私がこの世界に来てまだ耳にしたことはないし出逢った事も無いが、人身そのものを奴隷として売ろうとしていたのではないだろうか。それが私の推測だ。異世界転生系のラノベの読みすぎと言われたら返す言葉はないが、現実的に攫われたのは若い女性冒険者ばかりらしいし可能性としては高いのではないだろうか。
もしそうなら許すつもりはない。芋づる式に奴隷の売買商人まで調べ尽くして王都にしょっぴくつもりだ。王都のクレアさんに話をすれば融通がきくだろう。
そう思い言葉を待っていたら、少し意外な言葉が帰ってきた。
「あ、あんた、高レベルの冒険者かなにかかい?もしそうならオラ達を助けてくれ!」
「そ、そうだ!あんな岩山を魔法で破壊できるあんたなら俺達の村を救えるはず…お願いだ!」
「……は?」
まさかの懇願である。それも泣きながら。確かに事情があって誘拐をしていただろうとは事前の会話で把握はしているが相手は先程までこちらを誘拐しようとしていた現行犯の犯罪者である。それにいつまでも私のままでいる訳にもいかない。リア達が起きる前にエシリアに戻っておかないと。
となると、この話を私主体で進めることはあまりよくない。エシリア達に進行してもらわなければ。
私は男が持ってきて地に置いてある両手剣を手に取った。…ずっしりとした重さを感じる。エシリアはこんな重いものを振り回しているのか、力はミツルギさんやダクネスくらいあるのかもしれない。
「その話は後で私の代わりの者が聞きます。私は仲間の様子を見てきますからそのまま大人しくしておいてください」
そう告げるなり両手剣を持ち上げて引きづり船の中へ移動する。はっきり言ってめちゃくちゃ重いけどそこは我慢。私にエシリアのような筋力ステータスは皆無なので当然のことなのだが顔に出さないように移動する。そして男達から見えなくなった場所でエシリアと入れ替わる事にしたのだった――。
……
エシリアへと戻り、エシリアは船内の倉庫に眠らされているリア達を起こす。簡潔に事情を説明した上で4人揃って件のおじさん達と話す事になった。ちなみにアリスとして私がしたことは全てエシリアがやったことになっている。3人揃って困惑した様子ではあったが震えているおじさん達、アクセル近郊ではない見たことのない地。それらを見てエシリアの説明と合わせて今の状況を呑み込むしかなかった。
「…まさかとは思っていたが…私達まで被害者になるとはな…すまないエシリア、助けられてしまったな」
「え?…い、いや…私は…」
エシリアとしては複雑な心境かもしれない。何せエシリア自身は何もしていないのだから。頬をかくエシリアを後目にエーリカは不機嫌そうに腕を組んでおじさん達を見下していた。
「それで?どうするのよこのおじさん達。アクセルに戻って冒険者ギルドに引き渡せば今までの行方不明事件も解決するんじゃないの?」
「エーリカちゃん…話はそんな簡単じゃないみたいだよ…」
諭すように告げるシエロに合わせるようにエシリアは頷く。ここで当然の反応と思い身構えていたのだが、おじさん達から私がいないことへの反応はあまりなかった。それよりも実際に被害者となった面々と顔を合わせるのが辛いように視線を下に向けている。後悔からなのかわからないがこちらとしては有難いことだった。
「…それでおじさん達は…その、どうしてボク達を誘拐したりしたのですか…?」
シエロがぎこちない話し方ながらもなんとか聞く。それに対するおじさん達は口を紡いでいる。やがてお互い顔を見合わせたと思えば、一人の男が重い口を開けた。
「…あんた達には本当に悪かったと思っている…だけど、こうしないと、オラ達の村はおしまいなんだ…」
「…それはつまり…何か理由があってしたことで、本来ならばやりたくてやった訳ではなかったということか?」
リアの強めの口調に、再び怯えるように小さく頷くおじさん達。ここは一番しっかり者であるリアに進行を任せた方が良さそうだ。そう悟ったのか、シエロはそっとリアの後ろに行き、エーリカもまた不機嫌そうなまま口を紡いだ。
「…あぁ、オラ達はこの近くにある村で暮らしているんだ…だけど最近になっておっかないドラゴンが村の近くの森に住み着いたんだ」
「ど、ドラゴン!?」
「…あぁ、ドラゴンはオラ達に若い女の生贄を要求してきた。よこさないと村を滅ぼすと脅されてな…、定期的に生贄さえ差し出せば村の守り神として村を付近のモンスターから守ってくれるとも…」
「確かに俺達の村の付近には一撃熊のような厄介なモンスターが生息しているから、そいつらから守ってもらえるのはありがたい話なんだ…だけど村には若い女なんてそんなに何人もいねぇ…元より最初はそんな事受け入れるつもりもなかったんだ!!だけど村には年寄りも多くて逃げる事なんてできなかった…苦渋の決断だったが生贄の要求に応えるしかなかったんだ……だから俺達は…」
まさかの黒幕がドラゴンとは驚いた。それも知性を持ち言葉を話せるらしい。確かにこの話が真実なら村だけでどうにかできるような問題ではない。
だがそうなると別の疑問が生じてしまう。
「なるほど、話は分かったが…何故国や冒険者ギルドにその話をしなかったんだ?」
リアの言う通りだ。モンスターによる被害なら、冒険者ギルドに依頼すれば済む、それだけの話である。そうする事で私達のような冒険者が動く事ができる。村の危機、そんな話を耳にすればミツルギさん辺りは黙っていないだろう。私としても同じ気持ちだ。
「…そりゃあ…それができたらそうしている…できないからこんな事をしているんだからな…」
「はぁ?どういう事なの?」
悪態をつくエーリカにすら怯むおじさんは、苦しそうな顔をしながらも言葉を続けた。
「俺達の村は国に税金を支払っていない、それだけじゃない、そもそも国に俺達の村があること自体知られてはいないんだよ」
「そ、それは…」
話を聞くなり納得した。この世界は私達のいた日本のように国の隅々まで調べ尽くされている訳では無い。
通常この国では、王都ベルゼルグが首都となっており国の中心となっている。その国の中にはアクセルの街、アルカンレティアなど、大小あるものの多くの街や村が存在している。
それらの街や村は、王都へ税を払うことで冒険者ギルドという国営の機関が建てられる。ギルドを通じて街の安全の確保を行っているのだ。
余談ではあるが紅魔の里には冒険者ギルドが存在しない。魔王軍と拮抗する程の力があることで完全に独立が可能だからこそ、国とは不干渉なのだろう。
話は逸れたが実際問題、国に許可を得ることなく集落を作り暮らしている人達もいる事は聞いた事があった。この人達がその一部なのだろう。
「オラ達の村は人口30人くらいの小さな集落だ…自分達のそれぞれの暮らしだけでギリギリなんだ、とてもじゃねぇが国に支払える金なんて用意できないんだ…」
「……」
今度はリアさん達が黙り込む。言えてしまうのなら私達がそのドラゴンを討伐してやるくらい言いたいのだろう、だけどこれはそう簡単なものではない、軽はずみな正義感で言ってしまえるようなことではない。
相手はドラゴン。種類にもよるがドラゴンの討伐など王都の高難度クエストでも中々お目にかかれない。そんな依頼を普段アクセルで活動している駆け出し冒険者のリア達が安易に受けられる訳がないのだ。それこそ自分だけではなく仲間の犠牲をも覚悟しなくてはならない。
「リアちゃん…」
「だ、だからさっきの金髪の子はどこに行ったんだ!?あの子ならドラゴンにだって勝てるかもしれないのに!」
「……金髪の子?」
はて?とリアさん達はお互いに顔を見合わせて首を傾げる。エシリア以外は。
私としては私の事がバレても全然構わないのだけどやはりエシリアとしては良くないようだ。背中に携えていた両手剣を片手で握っておじさん達に近付いた。
「あの子については絶対に触れたら駄目だから…」
「ひ、ひぃ!?」
小声ながら圧がかかった脅しにおじさんはまたも震えてしまった。ゴリ押しではあるけどそれ以上おじさん達が私を求めることはなくなった。よほど怖かったのだろう。…そこまでしてバレたくないのかと私としては呆れてしまうけど。
「エシリア?」
「なんでもない、…提案なんだけどこの人達の村に行ってみたらどうかな?今の話の真偽を確かめる事だってできるし」
「俺達は嘘なんてついてねぇ!!」
「.…黙ってて、決めるのはこっち……」
「…ひぃ!?」
話をすり替えることに必死なのか、今までにない圧力をかけるエシリアに、リアさん達もそれ以上何も言えずにいた。だが村に行くのはいい案とも思える。村のちゃんとした位置も調べたい、どれくらい時間が経ったのかも調べたい。村人の言うことの真偽も勿論ある。
だが問題は村人の言うことが全て真実だった場合だ。本当にドラゴンなどいるのなら流石に駆け出し冒険者であるリアさん達、そして冒険者になりたてのエシリアには手に余る。かと言って私一人でドラゴンを倒せるかと聞かれると微妙である。それこそ一度アクセルに帰還して私のパーティで攻略に挑むくらいは考えた方がいいのかもしれない。ミツルギさんやゆんゆんならきっと困っている村の人の為に動いてくれるとは思うし、なんならカズマ君達だっている。この件が無事解決すれば今後駆け出し冒険者の行方不明事件など起こることはなくなるだろう。
少し悩んだリアさんだったけど、結局エシリアの言う事を聞き入れて、おじさん達の案内で村へ向かう事にしたのだった――。