「――エシリア。…この名前を出せば…あの人達は絶対に動いてくれると思う」
あの人達とはカズマ君達のパーティ、そしてミツルギさんとゆんゆん。悩み悩んだ末に私はエシリアにこう言わせた。
動いてくれるのは当然だろう、エシリアはあちらにとって現在行方不明となっている私の唯一の手がかりなのだから。申し訳なさはあるがこれだけでも間違いなく来てくれるはず。
「だから冒険者ギルドを通さないで、彼らに私の事を伝えて欲しいの。そして生贄に行くのはリアじゃなくて、私…」
その声は震えていた。
言わせたのは全て私。だけど――。
言ったのは、それを口に出したのは、エシリアの意思でもあったから。
それでも、それに賛同してくれるかと言うと、それもまた別の話にはなるし、当然――。
「エシリアがひとりで行くのは勿論反対なのだが…エシリアはあの人達と親しい関係だったのか?」
当然この疑問が生じることになる。リア達の中でのエシリアはアクセルの街に来たばかりの女の子でしかなかったと思うから。
「…うん、リア達に会う前に、ちょっとね…それに私だって死にたい訳じゃないし、ちゃんと作戦だってあるから…その…お願い!」
懇願する。3人して複雑な表情をしているのが見ていられなかったけど、同時にエシリアは嬉しかったんだと思う。出逢って間もないのに、こうして友達として心配してくれていることが。それは私まで伝わってきた気がした。きっと同じ身体だからだろう。
まだまだ一悶着あったが、何よりも時間が惜しい。こうしている暇があるのならすぐにでもアクセルの街へと救援を要請すべきなのだ。
……――。
「……本当に、大丈夫なんだな…?」
「…うん、私なら大丈夫だから、リア達は一刻も早く助けを呼んでほしい」
結局、納得はしていないだろうがリア達は折れてくれた。そうと決まれば時間がない。すぐにでもアクセルの街へと行かなければならない。
リア達が早く行けば行くほど、エシリアの生存確率はあがる、こうやって揉めている時間など全くない、そのように説得したことでようやく事が動いたのだ。
今はまだ朝。ドラゴンの指定した期日は今日の夕刻。半日あるかないかの時間、その時間でアクセルまで行きカズマ君達に直接救援を求める。そしてひとり残ったエシリアは夕刻ギリギリに生贄として森にある遺跡へと向かう。
それも勿論大人しく生贄になるつもりもない。やれるのなら倒すことが目標だ、それで全てが丸く収まるのだから。
そしてそれはエシリアひとりではない、中にいる私も同様だ。エシリアに手に負えない、あるいは物理耐性が強いドラゴンとかなら私が入れ替わって魔法で対抗して時間を稼ぐ。流石にリア達の前で入れ替わる訳にはいかないのでエシリア単独になる事が前提条件だった。
流石にこの案は無謀ではないかとエシリアも考えたが私にはドラゴンより強いと思われる強敵と一騎打ちをした実績がある。かの魔王軍の幹部ベルディアとだ。
推測でしかないがいくらドラゴンでも流石に魔王軍の幹部よりも強いってことはないだろう。あの時よりも私のレベルは遥かに高い。装備がない不安があるが回復魔法もあるし時間稼ぎ程度ならやれる自信があった。
…まぁ寝間着姿なのは流石にあれなので適当なものに着替えたさはあるが。
……
―村の外れの入江―
リア達に救援を託し、見送った後。まだ時間があるのでエシリアはひとりで海が見える入江に来ていた。岩場に腰を下ろして潮風を感じ、穏やかな気候と感じながらも自らを落ち着かせるように息を整える。
(……ようやくゆっくりできますし、この際ですからいくつかエシリアに質問があるのですが)
(……何?)
少し緊張しているのだろうか。どうも話し方が単調だ。というのもそれも当然かもしれない。ゴブリンですら怯えてたエシリアが今度は巨大なドラゴンの元へ行かなければならないのだ。流石にドラゴンなど見た事もないがゲームでは見た事がある。どんなゲームでもラスボスクラスの扱いをされている事は珍しくはない、ファンタジーでは定番の強敵だ。
それはそれとして、気になっていた質問をしてしまおう。
(エシリアはゆんゆん達を、まったく知らないのですか?)
(ゆんゆんってのが名前なのはわかるよ、だけどそれがどの人なのかまではわからない……)
ゆんゆんと聞いただけで名前とわかる。だけどその顔は知らない。それは少し不可解に感じた。
(私は今の形になるまで朦朧とした意識でしかなかった存在なの、私が私だって意識が持てたのはこの姿になれたあの時。だからそれより前の事は曖昧で、僅かな記憶だとアリスの周りのことをラジオで聞いていたような感じかな…)
(……)
私は少し勘違いをしていたのかもしれない。それはエシリアについてだ。
記憶違いでなければ初めて私とエシリアが出逢ったのはあの王都での会食で倒れた時だろうか。そしてもう一度出逢い、エシリアは完全に精神を独立させた。そう思っていたけど…。
多分、王都の会食で倒れた時に出逢った梨花と、今こうして話をしているエシリアは別人なのではないだろうか。もとい別人という言い方はおかしいのだけど。元々は全て私なのだから。
(勿論アリスが梨花と会話してたのも知ってるよ、あの時の私の立ち位置は…アリスでもあって、梨花でもあったと思う)
(……そんなあやふやな存在でいて…怖くは無いのですか?)
(……)
言った瞬間に後悔した。こんな事を今の状況で聞いてどうするというのだ。マイナス要素にしかならない。まずエシリアの精神がもつわけがないのだから。
お互いの無言が続く。聞こえるのは僅かな波の音だけ。なんとか話題を変えたりもしたかったけど、どうしたらいいのかわからなかった。
(……怖いんだと思う。アリスはアリスとして存在してるんだから、なら私は何者なんだろう?ってなっちゃうかもしれない)
(…エシリア…)
(…そう、今の私はエシリアだから。アリスと同じ過去を持つ別人だから)
…私はそれ以上何も言えなかった。
だけど、これだけは思った。
今みたいに入れ替わるのではなく、エシリアはエシリアとして、完全な別個体として存在してほしい。…だけどそれは現状不可能だろう。それこそ神様にでも頼らなければどうしようもない案件だ。
――……神様?
――『魔王を倒した暁には、どんな願いでもひとつだけ叶えてあげましょう』
(…っ!)
(…アリス?)
ふと思い出した事で私には電撃が流れたかのような感覚が襲っていた。そうだ、確かにアクア様は私をこの世界へと送る直前にそんな事を言っていた気がする。
なら、その願いを別個体としてエシリアを存在させる、なんて事も可能かもしれない。
(この世界に来る時に、アクア様が言った事は記憶にありますか?)
(…この世界に…?う、うーん…何か言われた?)
(魔王を倒した暁にはどんな願いでもひとつだけ叶えてくれると言ったのですよ。今までそれについて深く考えた事はありませんでしたけど、ようやく私にも叶えたい願いができました)
(…え?)
(エシリアが望むのでしたら、私はその願いをエシリアが別個体として存在できるようにお願いしようかと思ってます)
(…っ!?)
エシリアは驚いて固まってしまった。だけど私の言った事を理解すると同時に感じたのは期待感だと思う。次に感じたのは動揺だろうか。
(そ、それは私だって嬉しいけど…まず魔王なんて本当に倒せるの?それに倒せたとしても、そんな貴重なお願いをそんな事に使ってもいいの?)
(倒せるかはまだ分かりませんけど…今の今まで願い事なんてありませんでしたからね。この世界に来てからというもの、大抵のことは得る事ができましたし…)
これ以上何を望めばいいのか、そう思えるくらい様々なものを得る事ができた。ゆんゆんを初めとする友人、仲間、この世界で生き抜けるだけの力もある、容姿も美少女になれた。お金はたっぷり稼げた。
(それに、そんな事と言いますが私の事でもありますからね、流石にずっとこのままですと不便ですし)
(……それは…そうだけど…)
そんな事を考えながらもふと気が付くのはエシリアの片耳につけられたエリス様のシンボルのイヤリング。未だにわからないのは何故これが初期装備でついているのだろうか。しかも外れないときた。
やはりこれについて一度エリス様に聞ければてっとり早いのだがエリス様…もといクリスとはあの誕生日以降逢えていない。というより出会い辛さがかなりある、最後のあの事を思い出せばそう思わずにはいられなかった。
そんな会話をエシリアとしていた時だった。
「……っ!」
(…エシリア?)
ハッとして顔をあげるエシリアに疑問を持つが、その理由はすぐに理解できた。地面の砂利の上を歩く音がゆっくりと聞こえてきて、それに気付いて顔をあげたのだ。
一応はドラゴンのおかげでこの近辺には魔物はいないらしい。ではエシリアの様子を村の人が見に来たのだろうかと思ったが、それすらも違った。
「…えっと、アリス…だよね?」
「……え?」
エシリアは驚き身構えた。エシリアを見てアリスと呼ぶ、そんな人がいるとしたらひとりしか存在しないだろう。
だがエシリアは初めて見る。短めな銀髪、頬に傷があり、ケープとマフラーを身に着けた軽装の少女…クリスが、気まずそうな様子で目の前にいたのだから――。
……
膠着状態が続いた。
私にはその理由が手に取るようにわかる。
まずエシリアは自分を見てアリスと呼ばれたことでかなり驚いているのだと思われる。そりゃ現状私とエシリアが同一人物である事を知っている人はいないはずなのだ、しかもエシリアとしては知られなくはないらしいのもあって混乱していると思われる。
一方クリスだが、こちらは単純に前回の別れの時のあれを未だに引きづっていると思われる。ただ意外なのはエシリアを見てアリスと呼んだこと、これはもしかしたらクリスでさえも今の私達の状態を把握しきれてないのかもしれない。そしてそれでもエシリアを見て私の名前を呼んだ、これはエシリアの耳にあるエリス様のシンボルの存在もあって、エシリアの身体…パラメータースロットについては知っているものと推測できる。
ただこの状態だと話は進まない。
(…エシリア、私と変わってください)
(…え?何言い出すの!?知らない人の目の前でそんなことできるわけ…)
(できるわけあるんですよ、目の前の人は女神エリス様ですから)
(……は?)
エリス様の名前を出した途端にエシリアは再びフリーズしてしまう。その答えが予想外すぎたのだろうか。まじまじとクリスを見つめるなりようやくその言葉は出た。
「……ぱ、パラメータースロット、チェンジ…!」
「…っ!?」
エシリアは周囲を見渡してクリス以外に誰もいない事を確認すると早口で合言葉を言う、そうすればその姿は一瞬で寝間着姿の私にチェンジする。
「……これで話せますね、お久しぶりですクリス」
「あ、あれ?使いこなせてるんだね?だったらなんで…?」
「…落ち着いてください、ひとまずお互いの情報を整理したいです」
「…あ、うん、そだね…」
まずはそこからだ。とはいえクリスの言い方からして大体の推測はできる。できるもののそれでは一方通行にしかならないだろう。この情報交換はクリスが望むところなのだろうから。
私達は目立たない岩場の影に身を移してお互いの状況を話すことにしたのだ。
結果的には私の方が話す内容が多くなってしまった。主に私とエシリア…精神が二分してしまった件を話せば私の中から嫌そうなエシリアの感情が湧いてきて、クリスはただただ驚いていた。
そしてクリスから得られた情報は、エシリアの言っていた内容と少し違うものだった。
「アリスの誕生日にあげたネックレスね、あれにはアリスの能力の外付け効果があったんだ」
「…外付け効果…?」
「うん、ゲームにもあったよね?サブキャラクターって概念が。私はその機能をつけたネックレスをアリスにプレゼントしたんだ、だけどあの時に言うのを忘れちゃってさ…」
何気なく話しているがクリスが最初に言ったのは「私の正体は誰にも言わないでね!!」だった。とりあえず隠すのは無理だと判断したのだろうか、こちらとしては特に言いふらしたりするつもりは全くないので二つ返事で了承した。よって気兼ねなく今のように話している。
しかしエシリアの話だとアクア様がてきとーにやったからできた副産物と捉えられていたこの機能がまさかエリス様のネックレスが原因だったとは。
(…わ、私は多分って言ったもん…)
確かにその機能を見つけただけでも凄いとは思えたがエシリアはエシリアとしての自分を見出したことでなんとか私から独立したい意思があったのかもしれない。だからこそ執着したことで発見できたのかもしれない。
しかしながらこれでイヤリング化しているネックレスが外れない理由がよく分かった。ネックレスのシンボルによる変身効果なのだから外すも何もない、これこそが本体なのだから。呪われてるなんて思っていた件はなかった事にしておこう、うん。
「そういう事でしたか…てっきりエシリアの事を把握した上でのことかと…」
「いやいや流石にそこまではわからなかったよ!?…その、やっぱり内面では色々大変だったんだね…」
「いいえ、結果的に妹ができましたので私としては問題はありませんけど…」
私って妹扱いなの!?とエシリアの抗議に似た声が聞こえてくるけどとりあえずスルー。話が進まない。そしてクリスは思い悩むように片手を頬に添えていた。
「……うん、魔王を倒した際のお願いとして、エシリアちゃんの身体を…だったよね…」
ここまで話したのならいっその事聞いてしまえと聞いてみたのだ。クリスは未だに思い悩むようにしているがやはり無理なのだろうか。
「…できませんか?」
「いや、無理ではないんだけど……ちょっと前例がないことだからさ、流石に私個人の判断だとね…上にも話をしないといけないし…」
濁した言い方をしているがつまりはアクア様やエリス様の上司にあたる創造神様とやらの許可が必要なのだろう、とりあえずここははっきり無理だと言われなかっただけマシだと思おう。
前例がないのは当然とも言える。自分以外の身体が欲しいなんて話に前例があった方が不自然なことだろうし。
「そうですか…それより気になりましたがクリスはどうしてここに…?」
「そのネックレスを身につけておいてくれれば、私からアリスの居る場所くらいなら分かるからね、昨日の夜にネックレスの説明をしに屋敷まで行ったらアリスが行方不明だーって皆大騒ぎしててさ、それで状態を調べたらアリスが姿を変えてるのがわかって、だから知らずに姿を変えて戻れなくなっちゃったのかな?って思ったんだよね」
なるほど、妥当な推理である。まさかこんな事になっているとはと続くクリスの言葉を苦笑気味に聞いていた。同時に案の定大騒ぎになっていることには頭を抱えたくなる、戻ったらゆんゆんを筆頭に大目玉だろう。
私が悩ましげにしているとクリスは何かを思い出したように懐のポーチからひとつの腕輪を取り出した。
「!…それって私の…」
「うん、流石にパジャマ姿じゃあれだし困ってると思ってさ、こっそり持ってきておいたよ、杖や服も入れておいたから」
それは私の部屋にあったはずの私が普段使っている収納用の魔道具。中にはお金からアイテムから色々と入っている。これは素直に有難い。ちょうど人目の付きにくい岩場にいることだしさっさと着替えてしまおう。
「ありがとうございます、これでドラゴン相手にするのに大分勝率が上がりましたよ♪」
「ううん、それくらいどうってこと……って、ドラゴン!?!?」
笑顔から一変、クリスはかなり驚いていた。そういえば今この場所にいる経緯を説明していなかった。クリスとしてはこのままアクセルに帰る気満々だったのかもしれない。だけどそういう訳にもいかない、この村の件については何も解決してはいないのだから。
「せっかく来て頂けましたし、クリスにも手伝ってもらいますからね♪」
「ちょ、ちょっと待って、せめて事情を説明してくれない…?」
時間はまだある。私はクリスに今回の件についてより詳しく説明することにしたのだった――。
(……私、忘れられてない…?)
そんなエシリアの声に、少しながらの罪悪感を覚えながら。だけど仕方ないよね、エシリアが初対面のクリス相手に普通に会話ができるならまだしも無理だろうし。