「……流石に少し安直じゃないかな…?」
ここまで来た経緯をクリスに説明すると、帰ってきたクリスの言葉がこれだった。いつもの陽気な様子は何処へやら、クリスの厳しい視線が私にぶつかってくる。これには予想外で面食らってしまう。
「…安直…ですか?」
「悪く言うと愚直だよ。いい?確かにアリスは強いと思うよ、蒼の賢者って通り名に恥じない活躍だってしてると思うし、近年稀に見る転生者の中でもかなり上位の働きをしていることは認めるよ。…だけど慢心したら駄目だと思うんだ」
私は今クリスに怒られている。困惑めいた状態だったけどそう捉えた。流石に愚直なんて言われたらこちらとしてもムッとしてしまう。
「わ、私は慢心なんて」
「してるよね?ベルディアと一騎討ちした経験が自信になってるんだろうけどあの後誰かさんと話しましたよねー?割とガチで危ないところでしたよねー?」
「…それは……」
反論しようとするがそれを言われてしまえば返答に困る。まさにぐうの音も出ない。口調がクリスとエリス様が混ざってる感じになってるし。
確かにあの時の私は死にかけ寸前だったらしいし、めぐみんが運んでくれるのがもう少し遅かったらどうなっていたことかと思い出せば身体の芯から震えをもたらせる。
「で、ですが、私もあの頃よりかなりレベルも上がってますしっ」
「それも慢心だよ?言っておくけど魔王や魔王軍の幹部以外のモンスターが全部それよりも弱いと思っているならすぐに考えを改めた方がいいからね」
そう言われて冷静になる。少し考えてみれば魔王軍以外での脅威を挙げれば出てくるのはまずは機動要塞デストロイヤー、冬の極寒を現したとされる精霊である冬将軍、更に最近戦った悪魔マクスウェルもまた、魔王軍とは無関係の存在だ。マクスウェルについてはあの魔王軍の幹部ハンスの乗っ取りを行ったことから実力が上なのは間違いないだろう。
確かに言われてみれば安直すぎたかもしれない。このままクリスがここに来る事なく、ドラゴンと戦ってそのままやられでもしたら、リア達が呼んだカズマ君達が見る光景は私の無惨な死……なんてこともありえるのである。
そう思えば後悔と恐怖、さらに後ろめたさから私は無言になってしまう。
「…ようやく自分が何をしようとしていたか、わかってくれたみたいだね」
「…はい。確かに安直…いえ、愚直だったことはこの際認めますが…」
それでも納得はいかない。自分なりに考えて最善と思える行動をしようとしたまでに過ぎないのだから。
「うんうん、わかってるよ。アリスは村の人達を助けてあげたかったんだよね?それについてはきっと女神エリス様も褒めてくれていると思うよ!」
なんてね、と冗談ぽく笑うクリスだけどこちらは素直に笑えなさがある。
それにしてもクリスに言われるまで全然考えもしなかったが確かに私は慢心していたのかもしれない。いや、慢心というよりは自己正当化しようとしていたのだと思う。
(…この人の事、信頼してるんだね。私は聞いていてお説教ぽくて嫌に感じたけど)
(……エシリアにはそう聞こえましたか)
なるほど、確かにこれはお説教だ。自分がこうすれば大丈夫と確信を持っていたものを否定されるのは辛いし悔しい気持ちも勿論ある。
だけど聞く人によってはお節介に感じても、鬱陶しく思えても、反発したい気持ちがあるとしても。
今の私はそうは思わなかった。
(……そりゃあ信頼くらいしますよ、クリスには今のも含めて何度も何度も助けてもらってますからね…)
それは私の事を本気で心配して言ってくれているのだと思えば、マイナスな気持ちよりも照れに近い気持ちが湧いてくるのだから。正体を知ってなお、クリスの存在には感謝しかないのだから。
「つまり、無茶なことはするなってことだよ。これでも心配してるんだからね」
そういう意味ではエリス教徒になってしまってもいいのかもしれない。だけど私としてのクリスとの関係は信徒と信仰する女神様ではなく…
「クリス、貴女のようなお友達がいて、私は本当に嬉しく思ってます――」
「えっ、と、突然どうしたの!?」
そう、大切なひとりの友人でありたいから。女神様をそんな風に想うのはエリス信徒の人から見たら不敬かもしれないけど、こうして顔を赤くして驚いてるクリスを見ていたらそう想わずにはいられなかった。
「あー!何私の顔見て笑ってるの!?女神様をからかったら天罰なんだからね!」
「ふふっ、それは怖いですが今私の目の前にいるのは友人のクリスですから何も問題はありませんよね?」
「うっ…いやまあそうだけど…」
そんな事を言うものだから余計にクスクスと笑ってしまう。この心から感じる暖かな温もりが、凄く心地よくて。クリスとの距離が凄く近しく感じて、色々と悩んでいたのが嘘のようにすら感じてしまう。
正体なんて関係ない。クリスがエリス様だからなんなのか、女神様なら既に身近にアクア様がいたし今更な話である。
ただ…わざわざ私の為にここまで来てくれた友人の存在が、頼もしくて、嬉しくあったんだと思えたのだから――。
……
「それじゃ改めて、私はクリス。王都やアクセルの街で活動してる盗賊の冒険者だよ、よろしくね♪」
「…よ、よろしくお願いします…」
閑話休題。クリスがエシリアと話してみたいと言ったので今の私は再びエシリアへとチェンジしている。陽気に自己紹介するクリスだが対するエシリアはタジタジだ。明らかに女神様だと正体を知ってしまったので萎縮しているのだと思われる。
「そんなに緊張しないで、あ…アリスの中にいたから私の正体も知ってるんだよね…お願いだから他言無用でよろしくね?できたら気軽に接してくれたら私としても助かるんだけど」
「…善処します…」
全く善処できてないのは誰から見ても明らかだろうけどこれは少し考えたら仕方ないと思える。
まずエシリア自身が初対面の人と話すのが得意ではない、私も昔はそうだったし気持ちはよく分かる。それが今目の前にいるのは神様である、完全にハードルがあがりすぎだ。
そんな緊張した様子のエシリアを見つめて、クリスはクスクスと笑っていた。
「……な、何?」
「あははっ、ごめんごめん。やっぱり元は同一人物なんだなって思ってさ。だって今のエシリアの様子見てたら昔のアリスそのままだからさ」
可笑しそうに笑っているものの、こちらとしては照れはするが悪いようには取れなかった。クリスにとってそれが悪意のないものだったからかもしれない。
「だけど、昔のアリスでももう少し自信みたいなのを持っていたよ?今のアリスには素敵な仲間がたくさんいる。だったらエシリアにだって、それはそこまで難しいことじゃないんじゃないかな?私はそう思うけどね」
「…っ!」
核心をつかれたかのようにエシリアは何も言えずに俯いてしまった。
そっか。自分のことでもあったのに私はエシリアの想いについて考えきれていなかったのかもしれない。
今のエシリアは言わば生まれたてで、ましてや私の中にいる存在。これからどうなるのか、どうして行けばいいのか、不安でしかないんだ。
こうして今は私が内側にいるけど、短期間でもこうしていると、確かにこれは恐怖してしまいそうになるかもしれない。この状態では、外側の話やエシリアの目線からの情報は入ってはくるものの、こちらから何かを伝える事は自力では不可能だ。いわば閉じ込められているのと変わらない。
だから、その不安の度合いは当時の私以上なのは間違いないと思われる。
「だからまずは、私ともお友達になってほしいんだ、ひとりの冒険者クリスとして、ね?」
「……うん」
「心配しないで、エシリアのことはなんとか上をうまく説得してみせるからさ」
説得というのはエシリアの身体のことだろう。それは私としても有難いし、エシリアとしても願ってもないことだろう。大きな反応を見せると、エシリアは涙ぐんではいたけど、ぎこちない笑顔をクリスに見せた。
それにしても本当に私達の心を見透かしているかのように慰めてくれる。かつての私を慰めてくれたように。それはきっと女神様とかそういうのじゃなくて、クリスそのものの本質なのかもしれない。そう思えば、私自身も自然と笑みがこぼれていた。
……
「うーん、まずはそのドラゴンについての情報が無さすぎるね、黒くて大きなドラゴンだけじゃ流石にね…」
「…そうですね…」
再び私に身体を戻して本題にはいるものの、ふたりして悩むように頭を抱えてしまう。クリスが来た事で状況は幾分かマシにはなった。リア達3人には悪いけど駆け出し冒険者のあの3人よりも王都で活動する盗賊であり本気を出せばあのバニルとも互角で戦える正体女神様であるクリスひとりの方が何倍も頼もしく思えるのは仕方ない。
「だけどどうも腑に落ちないんだよね。喋ったってことだけでかなり長生きなドラゴンだとは思うけど、そんな知恵のあるドラゴンは基本的に人間を襲ったりはしないんだよ。人の来ないような山とかで静かに暮らしているはずなんだ」
「…そうは言いましても実際に村では被害が出てますからね…」
「若い女の子の生贄ってのも意味がわからないし…食べる為なら女性である必要なんてないしね」
やはりそのドラゴンについて相対するより前に調べたいところである。事前に情報があるのとないのとでは雲泥の差なのだから。
「……よし、今から行こうか」
「…今からですか?」
「うん、勿論直に会う訳じゃなくて偵察ね。私には潜伏スキルがあるし、そう簡単には見つからないよ」
にししと笑うクリスだが頼もしさはかなりある。正体が女神様ということもあっておそらくアクア様がアークプリーストのスキルを全てレベルMAXにしているように、クリスの盗賊スキルも全てMAXなのだろう。
結局私はクリスの提案に乗ることにした。まずは偵察、その上でドラゴンが討伐可能な存在であるなら討伐する、厳しいのならカズマ君達を待つ、そして。
カズマ君達が揃ってなお討伐が不可能なほどのドラゴンなら…村人達をアクセルの街まで避難させる。そこまでは考えた。
村の人口はそこまで多くない、ならばカズマ君の持つテレポートの魔道具とゆんゆんのテレポートでの移送は可能だ。
もっとも、私やゆんゆん、ミツルギさん。そしてカズマ君のパーティ…これらが揃って討伐が不可能なドラゴンなど想像もしたくはないが。あくまで可能性の話である。
―森―
村の海側と反対方面には広大な森がある。人があまり立ち寄らないその森はとても深く、中に入ればまだ真昼間なのにも関わらず薄暗い。アクセル付近や紅魔の里への道中など、この世界の森へは何度か立ち入った事があるがこの森はそんな様々な森の中でも上位の深さと言える。
実際にアクセル付近の森は街の木こりや冒険者などが多く出入りしているし、紅魔の里への道中の森も一応は道という道があった。だが今回のこの森は人の手がほぼ加えられた形跡が皆無なのだ、ある道と言えば獣道だろうかと思わせるような凡そ道と呼ぶには難しい道ばかりだった。
そんな道ではあったが一応ドラゴンが根城にしている遺跡までの道にはなっているようだ。それは生い茂った草木の中に踏み鳴らされただけの一本道のように続いていた。
「さぁて、こうして一本道にはなっているけど、馬鹿正直にこの道を通って行ったら多分ドラゴンには気付かれるだろうね」
「…そうだとしたらどうすれば…」
「あははっ、何言ってるの、私は盗賊だよ?潜伏も潜入もお手の物さ、アリスはこのままここで待っててよ、私がちょちょいと見てくるからさ」
「えっ、でも流石にそれは…あ」
私が言い終わる前に、クリスはその場からいなくなってしまった。潜伏スキルを使ったのだろうか。クリスの腕を信用していない訳では無いが相手は得体の知れないドラゴンだ、確実とは言いきれない。いくらクリスでも単独でドラゴンと鉢合わせでもしたら危険なことは変わりないだろうし。
だけどそれを伝えたところでクリスの事だ、プライドが傷ついて反発しまう可能性もあるから言って止まるとも思えないし難しい。
(…だ、大丈夫なの?)
(心配してない訳ではありませんが、もう行ってしまいましたしクリスを信じるしかないですよ…)
仮に警戒心の強いドラゴンなら、私がこれ以上踏み込むことでもドラゴンはこちらの存在に気が付くだろう。そうなるとそれはクリスの邪魔をすることにもなるしクリスの言う通りこのままこの位置で待っていた方が良さそうだ。
一応身構えてはいるものの、とくにモンスターが出たりはしない、雰囲気的にはいつ襲ってきてもおかしくないくらいはあるのだが、元々いたモンスターはドラゴンの存在に恐怖して逃げ出したのだろうか、そんな気配は微塵も感じなかった。
……――。
時間としては二時間程経過したものの、クリスが戻ってくることはない。仮にクリスが見付かったとすればドラゴンの咆哮が聞こえてきてもよさそうな気がするがそれもない。ドラゴンによりモンスターもいないので森は変わらず静寂を保っている。
(……戻ってこないね)
(……そうですね)
二時間という時間は何もしなければかなり長い時間だ。エシリアは10分おきくらいにこうして声をかけてくる。おどおどとして落ち着かないのがよくわかるしそれは私としても同じだった。
そう思っていたら、僅かに木々が揺れた。
葉が鳴らす音に私は身構える…が、すぐに力を抜く事ができた。
私の目の前には、二時間前と変わらない笑顔のクリスの姿があったのだから。