突然の出来事に私もエシリアも困惑していたが、少し冷静になればわかる。これが誰の仕業なのかが。
言うまでもなくこんな事が出来るのはクリス…もとい女神エリス様しかいないだろう。
確かに私もエシリアもこうなることは望んでいたし、クリスにもその話をしているが、それは今でなくても良かった。欲を言うならアクセルに帰って誰も気付かれないように秘密裏にやって欲しかった。
今のこの現状を見てみれば、はっきり言って最適な状況ではない。今までアリスはこの村に居なかったのだ。一応誘拐犯だった一部の村人にはその姿を晒してしまってはいるがそれっきりだ。後はクリスの前でしか姿を見せていない。
それが今になってこの村に私が存在してしまっている事は不自然でしかないのだ。
だけど。
「……じゃあ、私はこれからずっとこのままで…」
冷静な考えをしていた私と、今のエシリアの心境はまったく違うものだった。感慨深い様子でいたと思えば、その瞳は僅かに潤んでいて、混乱具合は抜けきっていないが嬉しそうに見える。
それも当然かもしれない、エシリアは存在してからずっとあやふやな存在だったのだから。例え私から離れた思考を持つようになったとしても、私の身体からは出られなかったのだから。
今こうして私と別離したことで、エシリアは真にエシリアとなれたのだ。ひとりの個体である、エシリアというひとりの女の子になれた。それが嬉しくないはずなんてないのだから。
それを見れば、思わず溜息をついてしまうと同時に笑みがこぼれる。自然に口元が緩んだのは、エシリアの幸せそうな顔を見たからだろう。
「……ようやく、逢えましたね、エシリア……はじめまして」
「……うん…、…は、はじめまして……?」
ずっと一緒にいたけれど、こうして現実世界で向き合って話せるのは、今が初めてだった。だから自然とそんな言葉が出てきた。初めてではないけど、はじめまして。そんな想いを込めて。
それはやはりすんなりとは出てこなかったのかもしれない、エシリアの心境が複雑そうだと感じるのは顔を見れば明らかだった。
その時。
「……ん…」
完全に忘れていたが今この部屋には私とエシリアだけではない。リアもいるのだ。目を向ければ上半身を起こして目を擦っている。
…さてどうするか、今アリスである私がこの場に存在するのは不自然なのだ。だけど隠れようにも時すでに遅し、今からどんな動きをしようがリアにはバレてしまうだろう。
「…おはようエシリア………と、そちらの君は…」
「おはようございます、昨日は大変だったみたいですね」
反射的に何もなかったかのように返事をして焦りからか誤魔化すように言葉が生まれる。内心ドキドキしているが私の事はどのように説明しようか、はっきり言ってしまえば考えが全くまとまっていない完全に無策状態である。
リアは少し間をおいて、どこか納得したように頷く。
「蒼の賢者…アリスさん……エーリカとシエロの要請できてくれたのか、こうして話すのは初めてだけど私はリア。救援にきてくれて本当にありがとう」
どうやらリアは今しがた私が此処に来たものと思っているようだ。それならば話ははやいのでそれに乗っかってしまおう…と、考えるも、それだと後々矛盾が生じてしまう。私はエーリカやシエロに出逢っていないのだ、出来る限り話の辻褄を合わせなくてはならないだろう。
「いいえ、お気になさらずに。お話は大体伺ってます。エシリアは私の友人ですので、私としてもお礼を言いたいくらいですよ」
とはいえその考えはまだ浮かばないので辻褄合わせは合わなくなった時に考えよう。今は今この状況をどうにかできれば問題ない。当たり障りのない事だけを発言すれば大きな問題にはならないだろう。
「……それで、エーリカやシエロはどこに…?」
「…えっと……、私は2人に会ってません。此処に来たのは偶然なんです、何があったのかはエシリアに大体聞きましたが…」
私がそう告げれば、リアは不思議そうに首を傾げる。やはり強引すぎたかもしれないが2人に会ってない前提にはしておかないと後に面倒だし話がややこしくなる。
「あ、リアさん、私の事はアリスと呼び捨てで構いませんよ。エシリア同様私とも仲良くしてくれたら嬉しいです♪」
「…そうか、では私の事も気軽にリアと呼んでくれて構わない」
自然な形で握手をする。どうやら話題を逸らすことは成功したようだ。
そうしていると外が騒がしくなっていることに気付く、早朝なのにざわざわと声が聞こえてくる。
「…妙に騒がしいな…、もしかして…」
「……そうですね、おそらく本来の救援が来たのではないでしょうか」
こんな辺境にある村で騒がしくなる理由はそれくらいしかないだろう、ドラゴン騒ぎも解決して間もないのだから。確定付けたところでリアは立ち上がり部屋から出ていく、エーリカやシエロと合流したかったのだろう。
「待ってよリア、私も…」
エシリアも立ち上がり追おうとするも、何かに気が付いたように動きを止めて気まずそうに視線を私に向けた。それに対して私は静かに笑みを向けた。
「私の事は気にしないで、行ってらっしゃい」
「…う、うん!」
そう言えばエシリアも部屋を出ていく。それを見送りながら私は考えていた。
「さてさて…どうしましょうかね…」
確認はしていないが外のざわつきの正体はエーリカやシエロで間違いないだろう。そうなると当然そのふたりだけではなく、カズマ君達も来ていることだろう、そうとしたらこのままではまずい。
エシリアはカズマ君達にあの日の夕方には帰ると言ってしまっているのだ、たが夕方どころかまる一日以上も時間は経過している。
結果的に約束は破られているのだからエシリアがカズマ君達と再会した時にまたいざこざが起こってしまう可能性は充分にありうる。
ただあの時と違うのは今の私とエシリアは分離して完全に別の存在となっていること。私が現れたことでどうなるかは想像もつかないがエシリアひとりが責められることは避けられるだろう。
そんな考えで思考がまとまると、私もまた立ち上がり、ゆっくりと外へと歩き出した――。
―入り江の村・入口―
村の入口付近をそっと木陰に隠れて様子見してみれば、予想通りのメンバーが集まっていた。
「さぁ説明してもらいましょうか?アリスはどこにいるのですか、貴方の言っていた夕方はとっくに過ぎていると思うのですが」
「めぐみん落ち着いて…!アリスのことも大事だけど、今はそれよりもドラゴンでしょ?」
エシリアを前にして対立するように存在していたのはめぐみんだ、それを後ろからゆんゆんが抑えていた。
「何故ゆんゆんが止めるのですか?アリスがいなくて誰よりも取り乱していたのはゆんゆんではないですか、大体そのドラゴンはどうなったのですか?聞いた話だとドラゴンを引きつける為に残っている貴方が何故ここにいるのですか?まさか駆け出し冒険者のあなた達が倒したなんて言いませんよね?それは困ります、私は爆裂魔法にてドラゴンスレイヤーの称号を得る為にここまできたのですから」
「お前はアリスの心配かドラゴンの討伐か目的をハッキリしろよ!?」
「両方に決まってるでしょう、ドラゴンなんてそうそうお目にかかれるものではありませんからね」
どうやら気持ちは私よりドラゴン討伐に傾きかけているようで地味にショックだがめぐみん故に仕方ない。
さて、どうしよう。ものすごく出ていきにくい。こんなに出ていきにくいのはベルディアの口上の時以来である、思えばあの時は死ぬほど恥ずかしかった。
だけど今回は気まずさ故に出ていきにくいのだけどそういう訳にも行かないだろう。
見れば案の定エシリアは責められてるし、リア達は事情が分かっていないので言葉を挟むことができずに不安そうに傍観しているしかできていないし。
「落ち着けめぐみん、アリスを心配する気持ちはわかるがこれでは話が進まない。…エシリアと言ったか…連れがすまなかったな。私はダクネス。私達はそちらの話と今までの経緯を聞きたいんだ。後はアリスのことで知っている事があれば全部話して欲しい…彼女は私達の大事な仲間なんだ」
「…結果的に嘘をついちゃったのはごめん、だけど私も色々あったの…」
絞り出すようにエシリアは言葉を紡ぐ。それを見て思うのはめちゃくちゃ頑張ってると思う、パッと見強がっているような表情ではあるが既に目は潤んで泣きそうである、あのままではいけない。私は少し躊躇しながらも立ち上がり声を出してそれを止めようとした。
「エシリアは何も悪くありませんので、どうか責めないであげてください」
「…っ!?」
私が声をあげた一瞬、時が止まったかのようにその場が静寂に包まれた。勿論それは一瞬、瞬く間にそれぞれが声をあげた。
「アリス!!」
誰よりもはやくゆんゆんが私に向かって飛び込んできたのは驚いた。押し倒されるように私はその場でゆんゆんに抱きしめられたまま仰向けに倒れてしまった。
「もう……!!本当に…アリスは…何度私を心配させたら気が済むの!!…ぐすん…」
「.……」
これには何も言えない。今回は不可抗力でしかないと真っ向否定したいところだけどそんな空気でもない。私の胸に蹲るゆんゆんを見ていたら罪悪感が湧いてくる。
普段なら理不尽に感じたりしちゃう場面なのに、不思議とそんな風には思えなかった。それ以上に、私の事でここまで心配して、泣いてくれてる存在が私には眩しすぎたのかもしれない。
「…ごめんなさい、ゆんゆん……、その…ただいまです」
「……ぐすん…おかえり…」
抱きしめる力が強くなる。少し苦しいけどなんとも言えない心地良さを感じた。ゆんゆんには失礼だけどこれは多分幼い時の自分の母親と重ねてしまったからかもしれない。それだけの母性を感じたのだから。
「……コホン、話を進めていいだろうか?」
「ひゃい!?」
2人して離れて起き上がる。その動作はものすごくはやかった。というのも冷静になって周囲を見渡せば、エシリアは勿論、カズマ君、めぐみん、アクア様、ダクネス、ミツルギさんにアンリ。更にリア、エーリカ、シエロに3人の冒険者と村の人達、コン次郎とナギちゃんまでも勢揃いしているこの場で抱きしめられてたのだ、なんだこの公開処刑。
「アリスについての話は後でするとして、ドラゴンはどうなったのだ?まず現状を教えてくれたら助かるんだが…」
「…そ、それなら私が説明しよう。私はリア、アクセルの街の駆け出し冒険者だ」
困り顔のダクネスに、リアが名乗りとともに前にでた。ドラゴンについての説明はそのまま村の人達にしたことを伝えたらいいのだが、問題は私自身の事だ、はっきり言えば何も浮かばないからこれは困った。
私はリアが説明している間にも、自身の事情について頭を抱えて考えるのだった――。
―村の付近の入り江―
昨日エシリアが物思いに耽っていてクリスと出逢った入り江に私のパーティとカズマ君のパーティの面々は集まっていた。リア達と冒険者3人は村で待ってもらっている。アクセルに帰って話をしても良さそうなのだが何よりも私の事が気になったらしく、こうして今話すことになったのだ。
ちなみにドラゴンについては村の人達の手前真実を告げる訳にもいかないので騙す形にはなったが同じように話した。それによりめぐみんは非常に残念そうにしていたがある意味コン次郎は助かったのかもしれない。元はシルビアによる合成された動物故に普通の動物よりも耐久性はあったようだが流石に爆裂魔法など喰らえば跡形も残らないだろう。
それよりも、問題は私の事だ。結局何一つ打開案が浮かばなかった私は全てを諦めて適当に話すことにした。
「……アリスにもわからないって…どういう事だ?」
「ですから何故私がここにいるのか、私が聞きたいくらいなんですよ。気がついたらこの村にいましたし、時間も経っているようですし…それで…」
「……偶然俺たちと再会できた、と?」
「……はい」
胡散臭そうに見られているのを自覚した。それもそうだろう、言ってる私ですら胡散臭さを感じてしまうのだから。
なんとも言えない空気が場を支配する。それぞれが顔を合わせては首を傾げている。
「…理由に納得できるかと聞かれたら正直に言えば……」
「まぁ納得はできませんね、話が支離滅裂すぎています」
「…うん、そうだね。だけど結果的にアリスは今無事に僕達の前にいるんだ、ならそれでいいんじゃないかな?」
切り出したのはミツルギさんだった。それにめぐみんが頭を抱えながら続くと、同時に私にしがみつく存在が。
『アリスお姉ちゃん――…、無事で、良かった――…』
ゆんゆんのおさがりの黒とピンクのワンピースを纏ったアンリは、私の言った事を疑う様子もない。純粋に私の無事を涙目で喜んでくれていて、これには嘘をついている罪悪感が芽生えるも、それ以上に私は再会できたことを喜んで抱きしめ返していた。
「ごめんなさいアンリ、もう何処にもいきませんからね…」
納得はできないけど今回の件、発端はどこにあるのかと聞かれたら私が安直な好奇心でエシリアへとチェンジしたからだろう。だけど考えようによっては今回の件はかなりプラスに働いたのではないだろうか。
結果的に私とエシリアが分離することができた。村を救えた。エシリアに友人ができた。今回の事は私というよりもエシリアにとって大きなプラスなのだ。
「……ま、アリスがそう言うんならそういう事にしておこうぜ」
「そうね、なんだかアリス、前よりスッキリしているみたいだし」
カズマ君がどこか投槍に言えば、アクア様も同意した。この反応は少し意外に感じたが、私とアンリを見ていてそう思ったのだろうか、あるいはアクア様の場合、スッキリしているという表現は私の中からエシリアがいなくなったことを察しているのだろうか、それはわからないし聞く訳にもいかない。
「まぁそれはそれでいいです、ではもうひとつ気になる事があります。あのエシリアという子は誰なんですか?本人はアリスの友人と言っていたようですが」
一難去ってまた一難。流石はめぐみん、痛い所を突いてくる。…とはいえこれは誰もが疑問に思っていることだろう。それを聞いてきためぐみんは勿論の事、他の面々も同じ疑問があるのか、ほぼ全員が私の答えを待っているようにみえる。アンリだけは不思議そうに首を傾げてるが。可愛い。
まぁこれについては、答えはでているのだが。
「…エシリアは私の友人ですよ。……私と同じ、故郷を持つ…」
「ってことは…うぐっ!?」
カズマ君が大きく反応して何かを言いかけてミツルギさんに口を抑えられた。ミツルギさんも表情は驚いてはいるがそれよりもカズマ君を止めるのが勝ったようだ。
カズマ君が何を言いたかったのかよく分かる。おそらく転生者なのか!?と言いかけたのだろうがそれを言うのはまずい。アクア様はともかく、めぐみんやダクネスもここにはいるのだから。
まぁこの話は嘘ではない。同じ故郷で同じ境遇、それどころか元々は私だったのだから。
これでエシリアの面目は保たれたわけだが私としては面倒くささしかない。私は別にエシリアが私だったことを言う事にエシリアほど嫌ではない。まぁわざわざ言う程のことかと聞かれたら確かにそうだとは思うけど。
何にせよこれで身の回りは片付いた。後は日常に戻るだけ。はやく帰ってお風呂にはいりたい…と、今の私はそんなどうでもいい事を考えていたのだった――。