ダクネスとエシリアの模擬戦を午前中に終え、お昼休憩を挟んだ午後のはじまりの時間帯。回り道ばかりしたような気もするがようやく此処に来る事ができた気がする。
―ウィズ魔法店前―
町外れにある私にとって馴染みの深い魔導具店に、私とゆんゆんは他の二人を案内することにしたのだ。
「こんなところに店が…知らなかったな…」
「もうちょっと休みたかった…」
「まぁ、中に入ればお茶でも出して貰えますよ」
「…ここって魔導具店なんだよね?喫茶店も兼ねてるの?」
「車や携帯なんかを買う時だって、お茶くらい出る時もあるじゃないですか」
「くるま?けいたい?」
ゆんゆんが首を傾げているけどややこしくなるので聞こえなかった事にした。まぁこの例えは間違っていない。ようは高額な取引を扱うお店だとそういうサービスは日本のお店でもあった。私なんて既にこのお店に何千万と卸してしまっている。と言ってもウィズさんがお茶を出してくれるのはそういった接待目的ではなく完全な善意からだが。
さて、今回ウィズさんのお店に来たのは言うまでもなく2つの案件があるから。ひとつはゆんゆんの武器制作に必要な高純度マナタイト結晶の有無、もしくは情報。
もうひとつはリアが持っているワイバーンの爪の鑑定。こうして考えるとあの村の件は私達にとって無駄ではなかった、こうしてゆんゆんの武器素材のひとつを入手することができたのだから。後はワイバーンの爪がまともなものであるかどうかだ、流石にあんな大きなワイバーンに変身できるような爪なので普通のワイバーンという事はないだろうが念の為である、その価格も気になるところだ。
そのメンバーは私、エシリア、リア、ゆんゆんの4名。あまり大人数で来ても仕方ないので最低限という形でこのメンバーになった。ゆんゆんは素材の件があり、エシリアとリアはワイバーンの爪に一番関わりが深い。なのでこの中で一番余計な存在は私かもしれない、言ってしまえばゆんゆんの付き添いでしかない気がする。
――チリンチリーン
扉を開けばいつものカウベルの音。そして
「いらっしゃいませお嬢さん方!!おやおや何時ぞやの金銭感覚の狂った小娘ではないか!今日はどのようなポンコツ魔導具をお買い求めになるのかな?」
「ですからポンコツ魔導具を買う事を確定させないでください!買いませんからね!!」
もう店に入るなり疲れた。居て欲しくない時に限って居るから困る。それすら見通してあえて居るのではないだろうかと思えるほどに。
「フハハハッ、真に美味な悪感情、ご馳走様である♪」
「…な、なんなのこの人…」
「…エプロンをしているところを見ると店員なのか?随分テンションの高い店員だな…」
バニルのハイテンションな接客にエシリアとリアの二人は完全に引き気味だ。初めてではないゆんゆんすら圧倒されている。しまった、カズマ君に来てもらうべきだった。このパーティではこのダンジョンに挑むのにツッコミが不足している。
「ふむ、一見さんもいるようなので自己紹介をしておこう、吾輩はバニル。魔王軍の元幹部の悪魔にしてこの店の店員である♪」
「ま、魔王軍幹部!?」
「…悪魔…?」
どうしてこの悪魔はこう事態をややこしくするのだろうか。初見相手には元がつくとはいえ魔王軍幹部で悪魔とかパワーワードすぎる。案の定リアとエシリアは驚き固まっている…いや、エシリアは何故か反応が薄かった。
「おやおやこれは気持ち悪いイヤリングをつけたお客人、悪魔と聞いては黙ってはいられぬか?フハハハッ!」
「……いや、別に…」
「……む?」
エシリアのイヤリングを見てエリス信徒だと確信したのだろうか。バニルは真っ先にエシリアに絡んできたものの、別にエシリアには悪魔を忌み嫌ったりするような理由はない。見通す悪魔のバニルにしてはこの言い回しは意外に感じた。
…と、思えばバニルは何やら被写体のモチーフを見るように両手で四角を作りエシリアを覗き始めた。
「……むう?…なんだこれは……?真っ暗で何も見えぬ…小娘よ、これは…?…まぁいい、今日は何の用があって来た?」
「…何が何だか…」
腕を組んでそっぽ向くバニルを見て、何気にこんな態度を取るバニルを見るのは初めてかもしれないと感じた。バニルのあのポーズは人の心を見通す時に行う動作だ、しかしそれはエシリアには通用しなかったのを見れば、もしかするとエシリアにはエリス様の加護か何かがあるのだろうか、それもかなり強いものが。
というのは同じエリス信徒のダクネスには普通に通用していたバニルの能力がエシリアには効かない、これは異常ではないだろうか。
…まぁいずれにせよ助かった。この悪魔の存在のことをすっかり失念していたのだから。普通なら今この場面でエシリアの元が私だと気付かれる事は避けられなかったはずだ。
「ウィズさんはいないのですか?見てもらいたい物があるのですが」
「いらっしゃいませー♪すみません、奥を片付けていまして…」
奥からウィズさんが顔を出す。バニルしか居なかったらどうしようかと思っていたのでこれには安堵した。とりあえずこれ以上バニルに余計なちょっかいをかけられる前に本題を切り出そう。
「こんにちわ、ウィズさん。今日は見てもらいたいものがありまして…」
「?見てもらいたいもの、ですか?どのような…」
「…これなんだが…何だかわかるだろうか?」
私が目配せすれば、それに呼応するようにリアがワイバーンの爪を取り出す。爪とは人間の物のように薄い板のようなものではない、鋭利にとがった牙に近いものだ、爪と言われなければ爪と認識するのは難しいかもしれない。
「…ふん、見てもらいたいとはな。この店は鑑定屋ではないのだが」
「…鑑定屋というのは基本信用できないと聞いてますので」
鑑定屋。名前の通り、様々な物品を鑑定するお店だ、現在で例えるなら質屋だろうか。アクセルや王都にも一応存在するものの、その評判はあまり良くないらしい。
通常の品々であれば大抵は妥当な金額を提示するのだがそれが高額な物だとわかると二束三文で買い叩こうとしてくるなんてことは珍しくはない。
後に本来の価値が分かって取り戻そうとしても、売買した時点で契約が成り立っているので難しいようだ。
その点ウィズさんなら目利きは確かだと思うしそういった詐欺まがいな事が起こる事もない。何より信用しているのだからそんな心配は全くしていない。
「…では失礼しますね」
ウィズさんがリアからワイバーンの爪を丁寧に受け取るとテーブルの上に広げた紫色の布の上に置き、片手で持てる小さな筒状のようなもので覗き込んでいた、虫眼鏡のようなものだろうか。
「…ほう…これは何処で手に入れたのだ?」
「……遺跡ですけど」
さっきまでそっぽ向いていたバニルは態度がガラリと変わって興味津々の様子だ。それほど珍しいものなのだろうか。しばらく待つと観察していたウィズさんの手が止まり顔を上げた。
「…これはワイバーンの爪ですね。それもただのワイバーンではありません。数百年前に生息していたと思われるブラックワイバーンロードのもので間違いないと思います。お値段はちょっと付けづらいのですが……そうですね…希少なものなのは確かなので1200万エリスにはなると思います」
「せ…1200万エリス!?」
「はい、うちで買取りしたいくらいですが……今はちょっとまとまったお金が…」
金額に驚いたのはリアだけだった。エシリアは価値が分かっていないのかポカンとしている。私とゆんゆんは多額の金額に慣れた部分もあるかもしれない、特に反応はなかった。
「…アリス、1200万って……日本のお金に換算したらどれくらいなの?」
「ほぼそのままですよ、1エリス1円くらいだと思います」
「……は?」
他に聞こえないように小声で聞いてきたので小声で返したら今度は放心状態になってしまった。下手に驚いて声を出さないだけマシだろうか。とはいえ当然だろう、日本にいてそんな金額を身近に感じる事はまずないのだから。…と思えば自身の金銭感覚のおかしさを再確認する事になるのだけど。2億以上のお金を平然と持ち歩く16歳の女の子とか危険な香りしかしない。狂気の沙汰ほど面白いとか口癖になりそうだ。そんな世界観が見え隠れしそうである。
「こんなレアなものまず他にはありませんよ…、その、バニルさん?」
「貸さんぞ。貸す訳がなかろう!大体そこの金銭感覚のおかしい小娘が落とした金はどうした!?まさかまた新たにポンコツ魔導具を仕入れたのではないだろうな!?」
「ポンコツなんて酷いですよ!あれらはとっても良い物なんですよ!」
「売れなきゃゴミも同然だろうがこのポンコツ店主が!!」
申し訳無さげにウィズさんが横目でバニルを見れば、秒でバニルが返答した。マスクの目の辺りが赤く光っていて怒り心頭の様子だ。
「あ、すまない。鑑定だけで売るつもりはないんだ。勿論鑑定代は支払うつもりだ」
「あ、そうなんですか…、いえ、私は正式な鑑定士ではありませんから、お金は頂けません」
「全く……、汝は商売をする気があるのか?」
バニルの怒りは既に通り越して呆れるように聞こえた。日常茶飯事ながらこの辺は同情する。だけど今のそれは、お金を取らない事は悪い事ではないと思う、商売云々よりもウィズさんの人柄なのだから。営利的に見ても一見さんを常連客にする目的の一種のサービスである、それが分かっているからバニルもそれに関しては強く言わないのだろう。
「ワイバーンの爪に関してはこれで良さそうですね」
「…えっとウィズさん、できるだけ高純度のマナタイト結晶はありますか?」
「マナタイト結晶ですか?いくつか在庫がありますが…」
ゆんゆんの注文を聞くなりウィズさんは店の奥へと行き、少し待てばいくつかの掌サイズの魔晶石を持ってきてくれた。
…とはいえ私から見る限りでは違いがあまりわからない。一見するとどれも大差ないように見える。
「単純に魔力の補充などに使うとか、装飾に使うとか、使用用途によってオススメが変わるのですが…何に使うんですか?」
いくらこの店でも普通の魔晶石ならおかしな物は出てこない。バニル曰くポンコツなのは魔導具のみである。この中にゆんゆんが使うに相応しい高純度マナタイト結晶があればいいのだが。
「実は…以前ウィズさんが王都の鍛冶屋さんを紹介してくださったじゃないですか?あそこに行ったのですが…」
「あー…、あそこに行ってそういうのを探しているという事は合格をもらえたんですね!」
「…はい。ですがその…、持ってこいと言われたのが…」
……
「そうですか、あの方もご健在で何よりです。私は事情があって王都には行けませんがせめてよろしく言っておいてください…、それで頼まれたのが3つの材料ですか……」
「ふむ、先程のワイバーンの爪ならばこれ以上はない素材であろう。それで後はマナタイト結晶と特殊な金属という事か」
若干の不安要素でもあったワイバーンの爪だが、この二人のお墨付きを貰えたなら問題ないだろう。これには一安心だった。…だが。
「あの人を満足させるマナタイト結晶ですか…それはちょっとこのお店にあるものだと難しいかもしれませんね…」
「そ、そうなんですか?」
「はい…今この店にあるマナタイトは、特に変わり映えのない一般的なものですから、お値段も100万エリスから1000万エリスくらいのものになります」
「……ちなみに最上級のマナタイト結晶だと…いくらくらいするものなのですか?」
「…そうですね……私が聞いた事があるのは…過去に隣国のエルロードという場所で開催されたオークションで落札されたマナタイト結晶ですね。確か落札価格が20億エリスとか…」
「20億!?!?」
金銭感覚の狂っていると自覚している私でもこれは驚くしかできない。流石にそこまでのお金は持っていない。となれば買う事は不可能と考えた方が良さそうだ。
「いくらなんでもそんな大金は…」
「無理ですね…魔王でも討伐できればもしかしたらそれくらい貰えるかもしれませんがそれでは順番が逆な気もしますし」
もしかしたらゆんゆんの新杖はクリア後の裏装備扱いなのだろうか。とまぁ金額を聞いて慌てふためくものの、いくらなんでもあの鍛冶屋のドワーフさんもそこまで無茶な要求はしないだろう。
「あ、あの、あくまで過去最大の値段のマナタイト結晶がそれというだけで、それを入手しなければならない訳では…」
「だけど…どうせ作るならできるだけ良い物をって気持ちもあるんです…流石に20億エリスもするようなのは無理ですが…」
「ふん、視野の狭きことだな。買う手段しか思いつかぬのか」
「…え?」
思い悩むゆんゆんはバニルの言葉にその顔を上げる、言い方からして助言してくれるのだろうか。
「汝らは冒険者であろう?ならばダンジョンに潜り、自らの力と知恵で獲るのではないのか?」
「…それは…そうですけど…」
言いたい事は分からなくもないが買う事が現実的ならそれは非現実的である。以前にも言った気がするがこの世界はゲームのような世界であってゲームの世界ではない。数千万エリスの価値があるものが隠されたダンジョンなどあればとっくに他の冒険者や貴族の派遣した採掘業者に持っていかれているだろう。
今はダンジョンなどモンスターの巣窟でしかないのだ。知恵のあるモンスターがなんらかの物を隠しているケースもなくはないが、ゲームのような豪華な宝箱などはありはしない、所詮そのようなものは創作上の話の中だけにしかないと言う事か。なんとも夢の無い話である。
「ふん、よく考えてみるがいい。マナタイトとはどのような場所で採掘されるものなのか」
「どのようなって…確かマナタイトは鉱石に多分の魔力が宿ったものを指すのですよね…?」
うろ覚えだがめぐみんがそんな事を言っていた気がする。ゆんゆんは同意するように頷いているし間違ってはなさそうだ。
「そしてそれは魔力の質と量が高いほど高純度になるの。だから強い魔力を持った魔物がいるダンジョンとかには、稀に高純度のマナタイト結晶が採掘されているらしいけど…」
「その通り、では汝らに聞こう、最近そのような場所に行った覚えはないか?」
「…行った事のあるダンジョン…?」
バニルがこんな風に言うという事はなにかしら意図があるのだろう。顎に手を添えて考えてみる。
…私が過去に潜ったダンジョン、王都のクエストでは結構な数のダンジョンに潜ったが強大な魔力を持つモンスターなどはいなかったと思う。後はアクセルの街から徒歩でも行ける場所にキールのダンジョンがあるがあそこは今や初心者向けの低レベルモンスターが棲むだけのダンジョンでしかない。
「…アリス、もしかしてキールのダンジョンじゃ…」
「…キールのダンジョン…、どうしてそう思うのです?」
「確かに今のあの場所は駆け出し冒険者の練習ダンジョンみたいな認識だけど、かつては高名なアークウィザードであるキールが潜んでいたダンジョンなのよね」
「…そう聞いてはいますけど…」
確かその人は後にリッチーとなり長い期間ダンジョンの最奥にある隠し部屋にいた。それを本人の要望でアクア様が浄化してあげたとか。
「ですが仮にキールのダンジョンにマナタイトがあったとしても、とっくに取り出されていると思うのですが…」
「フハハハッ、それは駆け出し冒険者達が探索しつくした場所ならそうであろう。だが、一般的にそうはなっていないエリアがあることを忘れてはいないか?」
「……あ」
なるほど、合点がいった。ゆんゆんやバニルが言う場所はキールのダンジョン…その更に奥にある場所。バニルが新たに建造したあのバニルのダンジョンのことを指しているのだろう。
確かにバニルが創り出したあの場所なら私達以外の探索は成されていない。というのもあのダンジョンには未だにバニルの用意した罠や王都周辺レベルのモンスターが多く残っているらしく、アクセルの冒険者ギルドはバニル討伐後にあの場所を立ち入り禁止区画としている。実際に攻略した私達がはいる分には問題はないと思われる。
「冒険者ギルドはあの場所を進入禁止などとしているが、未だにあの場所は吾輩のダンジョンなのは変わりない。吾輩ですら手付かずな箇所も多くある、よってマナタイトなどの鉱石も残っている可能性は高い」
得意気に言うバニルだが、私としては出来れば二度と入りたくない場所ベスト3にランクインする場所なのだけど。
まぁ決定はゆんゆんに委ねよう。そう思えば私はバニルの言葉を淡々と聞いていたゆんゆんの言葉を待つのであった――。