―カズマ君の屋敷・キッチン―
屋敷のキッチンと併設されるようにそこには大きめの長テーブルがあって基本的に朝食はそこで食べられるようになっている。夕食はリビングで摂る事が多い。
というのは朝食を食べる時間に誤差があるから。基本的にゆんゆんが朝食の担当をしてくれていて、後はパーティごとにクエストの有無などで朝屋敷を出る時間が異なる事が多いのが理由だ。それが休日ともなればお昼前まで寝ている人もいるので余計に時間が合わない。
…そんな屋敷の朝食事情はさておき、キッチンに入った私の目には世にもありえない光景が広がっていた。
「おはようございますアリス、先にいただいてますよ」
「おはようアリス、まだ寝ぼけてるのか?焦点があってないぞ?」
迎えてくれたのはテーブルで朝食としてパンやらを食べているめぐみんとダクネス。一見すればいつものように普通に朝食を摂っているだけなのだが問題はそこではなかった。
「……あ、あの…そ、それは…」
私は震えた声でめぐみんとダクネスの胸部を指さした、そうせずにはいられなかった。
「…?どうしたのですか?私の胸が何かおかしいでしょうか?」
「…特に気にはしないが…私に対する当てつけのつもりか?」
おかしいなんてものではない。一言で言ってしまえばめぐみんとダクネスの胸が綺麗に入れ替わっている。そう言ってしまうのが一番てっとり早かった。
「……え、いやその…めぐみんの胸が大きくなってて…ダクネスの胸が小さくなっているような…?」
私がそう言えば、2人して顔を見合わせて、同時に困惑したように首を傾げた。
「…やはりまだ寝ぼけているのか?胸の大きさなど、出逢った頃からずっとそうだろう?」
「そもそもダクネスの胸が大きいはずないではないでしょうに。成人した女性の胸の大きさはその者の魔力量で決まるのですから」
「……その話、詳しくお願いします」
思わず飛びついてしまった。それどころじゃないとわかっていても。
呆れながらのめぐみんの説明を聞けば、女性の胸は魔力の象徴。なので魔力があればあるほど胸が大きくなり、それがないほど胸が小さいのだという、当然ながら私が初めて聞く事柄だった。
当たり前のように言ってくれるがそんな話は聞いた事がない。だけど今の状況からしてみれば辻褄は合ってしまう。
私のステータスは知力魔力はかなり高い。めぐみんもアークウィザードとしての魔力はかなりのものだ。ゆんゆんも紅魔族故に魔力は高いだろう。対してダクネスは騎士という職業故に魔力はそこまで高くはない。筋力体力主体のステータス。
例外はアンリだがめぐみんは成人した女性と言ったのでアンリは適応外なのだろう、よってアンリは普段と変わりはない。
「ふぁ…おはよー…朝ごはんはなにかしらー…?」
そうこう話を聞いているとアクア様の声がしてそのまま振り返ると、私は開いた口が塞がらない状態で唖然としてしまった。
大きいというかもはや巨大なおばけだったのである。めぐみんの言う魔力量と胸の大きさは比例する理論を持ち出せば女神様の魔力量となればそれだけのものになるのかと思うも、これは流石に直視できない、同じ女だとしても。
本当にどうなっているのだろうか。明らかに異常である。果たしておかしいのは世界なのか、それとも私なのだろうか。
「アリス大丈夫?もしかしてあの悪魔に何かされたんじゃないでしょうね?」
「い、いえ…そんな事は…」
アクア様が言うあの悪魔とはバニルの事である。同時に思い起こせばやはり昨日私がウィズさんのお店から出る際にバニルのダンジョンに半ば強制連行された事は間違いない。何かされたかと聞かれたらやはりされてはいるのだ。
…となると結論はひとつしかない。
私はそっと自身の頬を抓った。するとヒリヒリとした痛みを感じた。…あれ?おかしい、こんなの夢か何かでしかないはずなのに、目覚めることが無い。
いや、そもそも夢だと思って頬を抓るという行為はよく見聞きする行動ではあるがそれは実際に効果があるのだろうか?こうなると段々混乱してくる、実はこれが現実だったのかと思えてくるのだ。皆が皆平常運転なのだから私1人が狼狽えているのがおかしく感じてしまう始末。それでもはいそうですかと納得できてしまうような事柄ではないことは確かだった。
……
朝食を終えた私は紅魔の里へ行くことを後にしてもらい、アクセルの街の様子を見ることにした……というのは建前だろう。
こんなおかしな現象、どんな方法を使ったのかわからないがやってのけるのはバニルしかいない。実際こんな現象になる直前に私はバニルに関わっていたのだから第一容疑者になってしまうのは自然な流れであった。
だけど仮にこれがバニルの力だとしたら納得がいかないことがある。それはアクア様の存在。
いくらバニルでもその力が同列であると思われるアクア様までおかしくする事はできないはず、だけど今朝会ったアクア様はまったく疑問も持っていないで胸以外は平常運転だった。あのおばけみたいな胸以外は。
それにしてもこうして歩いて思うのは胸が邪魔である。私はこんなものが欲しかったのかと思ってしまった瞬間でもある。道歩くだけで異性の視線がめちゃくちゃ刺さるし、当然ながらその視線は私の胸である。
なるほど、ダクネスやゆんゆん、ウィズさんとかは普段こんな視線を浴び続けていたのかと私は身震いを起こした。よくよく考えたら胸なんてあっても目立つだけではないか、その大きな胸で異性を魅了する気もなければ注目を集めたい訳でもない、私は昔から目立ちたくないのだ、それは変わらない。
そう思えば自身の胸への渇望がひどく矛盾しているような気もするが、やはり女としてある程度は胸はあった方がいいのだ。何よりも私には元々梨花であった時に胸があったのだからそれがなくなった事で欲しく感じてしまっていたのだから、そして何度も言うがここまで大きいのはいらない、邪魔でしかない。
変わらずすれ違う異性の視線が私の胸にくる、人通りはそこまで多くないのだが歩いていてこれなら冒険者ギルドとかに行ったらどうなってしまうのか。そう思うとあまり行きたくないのだが行かない訳にもいかない。
何故かと聞かれれば私はとある推測をしている。もしかしたらこの胸の現象は私のいた屋敷だけではないかと。
仮にこれがバニルの仕業ならそれは範囲があるのかもしれない、ならばアクセルでは、紅魔の里では、王都ではどうなっているのか。
淡い希望でしかないがそれをなんとしても調べたかったのだから――。
―冒険者ギルド―
「いらっしゃいませー、お仕事でしたら左奥の窓口へ、お食事でしたら右の空いてるテーブル席にどうぞー♪」
いつも通りウェイトレスの可愛らしい女の子が迎えてくれたが、注視すべきはやはり胸である。とはいえ思いのままガン見するのも私がおかしな子扱いされかねないので全体像として見るだけである。
ウェイトレスを職とする者に魔力なんてそう多く持っている者はいない、魔力があるなら大抵はウィザードとして転職したりするだろう。
案の定迎えてくれたウェイトレスの子も、周囲のウェイトレスの子達も大きな胸の子は全く見当たらない。失礼ながらぺちゃパイのまな板ばかりだった。
私が周囲を見渡せば、私に視線を寄せていた男性冒険者は慌てて視線を逸らす。挙動として私の胸を見ていた事がバレバレである。
「いらっしゃいませアリスさん♪今日はどうしました?」
「お、おはようございます…ちょっと見に来ただけですが…変わりはないですか?」
「はい♪リアさん達パーティ一行のおかげで冒険者の行方不明事件も解決しましたし、平和そのものですよ」
窓口に行けばいつものようにあのルナさんがいたがまず服装からして違った。いつもの胸を強調する服はどこへやら、胸元はしっかり閉じていて真面目な事務服といった感じ。そして当然のようにそこにかつてあった大きな胸はない。ものすごい違和感を感じた。
何故だろう。かつての私の考えなら私に胸があってあのルナさんに胸がまったくないのだから一方的な優越感が生まれてもおかしくはないはずなのに違和感しか生まれない。もっともそんな優越感がわくのならダクネスを見た時点で湧いてしまってもおかしくはないのだから。
そんな事を考えていると私に近付いてくる人がいた。
「おはようアリス、どしたの?」
「おはようございますリーン、ちょっと気晴らしに来ただけですよ」
思わずリーンの顔よりも胸を見てしまった、これではまるで痴女ではないか。そして胸を見てやはりおかしな事には変わりなかった、リーンの胸は以前のアクア様くらいの整った大きさになっている。まさに私が望むベストな大きさの胸だ。そんなことを考える余裕はないのに羨ましく思ってしまうと同時にやはりアクセルの街全体でこのような事になっているのだと予想できる。
「そういえばアリス、いきなり居なくなったって聞いたけど大丈夫だったんだね、変わりなくて安心したよ」
「え、えっと…ご心配おかけしました」
当然のように言ってくれるが変わりすぎなのである、主に胸が。しかしリーンに私の胸を気にする素振りは全くない、もはや不気味にまで感じてしまう。
これ以上ここに居ても仕方ない。冒険者ギルドが屋敷の女性陣と同じ状態なのは分かった、ならば他の場所も調べてみなければ。
そう思えば私はルナさんやリーンに適当に何気ない会話をした後に屋敷に帰ることにしたのだった――。
…
―紅魔の里―
屋敷に戻り、私とゆんゆん、そしてこめっこちゃんに逢いたいらしいのでアンリも連れて3人で紅魔の里へ飛ぶ事にした。飛んだ先は里の入口の象徴であるグリフォン像の前。
シルビアによって大半が破壊された里ではあったが今ではゴーレムや使役した悪魔による復興作業もほぼ終わっていて、すっかり元の長閑な里へと戻っていた。
そして私はあって欲しくはなかった現実と直面することになった。
「どうしたのアリス?落ち着きがないみたいだけど」
「……な、なんでもありません…」
なんでもない訳がない。紅魔の里で出歩く女性の胸が言うまでもなく全員巨乳だったのだから。流石アークウィザードの里と言える。全員がその資質を持っているのだから皆生まれながらに魔力が高い。魔力量=胸の大きさの理念が示す通りならおそらくこの里の女性はもれなく全員巨乳なのだろう。
「とりあえずめぐみんの実家にいこっか、ゆいゆいさんにアンリちゃんを預けていこう」
「…はい」
今回私とゆんゆんが里でやるべき事は里の中心にあるシルビアの墓からの魔術師殺しの欠片の採集、そしてあるえさんへのシルビア討伐金の手渡し。
どちらもアンリからすれば退屈なものになるだろうしそれなら仲の良かったこめっこちゃんと一緒にいた方がいいだろうとの考えに至ったのだ。シルビアの墓へは終わって帰る前に改めて行けばいい。
「あらいらっしゃい、元気そうで安心しました。アンリちゃんも元気にしてた?」
『…こんにちわ、ゆいゆいお姉ちゃん――』
「あらやだ、こんなおばさんを捕まえてお姉ちゃんだなんて!♪」
めぐみんの実家に着くなりゆいゆいさんが迎えてくれた。胸についてはもはや語るまい。胸があることで少しは年相応に見えるかと思いきや余計に若々しく見えるのは何故なのか。非常に失礼ながら以前は以前のめぐみんと似通ったちっぱい加減だったのに。
「あ、アリスだ!ゆんゆんとアンリもいる!」
「こんにちわ、こめっこちゃん。アンリのこと、よろしくお願いしますね」
安心すべきはこめっこちゃんを見た瞬間のみだった。まだ成人していない故に特におかしな様子はない、この様子だと王都もおかしかったとしても同じく成人していないアイリスに変化はないだろう、なんとなく安堵した。
――だからと言ってそれなら全て良しとはならないのだが。
今ならはっきり言える、胸なんて邪魔でしかない。男性からの視線はきついし何よりも恥ずかしい。目が覚めてからこの羞恥心は常時発動してるまである。
…となると余計に疑わしきはバニルなのだが、本来なら真っ先にバニルを訪ねるべきなのだがどうして私は呑気に紅魔の里まで来ているのだろうか。
「それじゃ、あるえの家にいこっか、多分家にいると思うし」
「…はい」
ただここで突然帰るなんて言っても不自然でしかない。現状私以外の誰もがこの胸の状態を疑問視していないのだから。とりあえず紅魔の里での用事を済ませてしまうしかないだろう。ゆんゆんを説得できなければどの道帰ることもできない、何故ならここまで来たのはゆんゆんのテレポートでなのだから。
―紅魔の里・あるえさんの家―
ゆんゆんの案内により少し歩いて見えたのは普通の洋風の二階建ての一軒家。特に他と変わり映えのない家に着くなりゆんゆんが扉の前まで立って止まってしまった。
「……ゆんゆん?」
「……」
どうしたのか聞く前にゆんゆんは私へと振り返る、なんだか焦っているようにも見えるのは何故だろうか。
「…あ、あのさアリス、私はその……お友達のお家に来るの初めてで……その、どうしたらいいのかな…?」
「……えっと普通にノックして名前を呼べばいいのでは?」
「…で、でも、ノックした時にあるえが忙しくて機嫌損ねちゃったりしないかな?私なんかが家の前で大きな声で名前を呼んで嫌がられないかな?」
「……」
なるほど、これは焦っているのではない、挙動不審になっているのだ。しかしこれはゆんゆん故に仕方ない……とはならない。
確かに昔のゆんゆんならそんな事を言っても違和感はないが最近はそこまでひどいものでもなかった。何故それが掘り起こされたのだろうか。それはわからないがそれを言うならこのまま家の前にいるだけの方が機嫌を損ねる気もする。もしくは怪しく見られそうだ。
なので落ち着かないゆんゆんを無視して私が扉をノックする。
「あるえさん、いらっしゃいますか?アリスです」
「あ、アリス!?」
ゆんゆんが取り乱すがやっぱり無視しとく。しばらくすると家の中からドタドタと足音らしきものが聞こえてきて、そして扉が開かれた。
「おや、よく来てくれたね。丁度あの小説の続編が出来上がったところなんだ、是非君には読んでいただきたい、あがってくれ」
そうして登場したあるえさん。特に変化はない、はっきり覚えてはいないが多分胸の大きさはあまり誤差がないようにも見える。
…というより一番に胸を見る癖がついている気がする。非常事態故に仕方ないがそれがなければただの変態ではないだろうか。できる限り目立たないようにするしかない。
……
「と、言う訳でこちらが報酬の5000万エリスになります」
「…っ!?」
家に上がらせてもらいお茶をご馳走になり、あるえさんを訪ねた目的であるシルビア討伐の報酬5000万エリス。それを私が説明するなりゆんゆんが収納魔道具から取り出した札束の山。それを見るなりあるえさんは絶句していた。
「…何か悪いね……私は大したことはしていないけど…、ここで断って揉めるのも嫌だし、素直に受け取らせてもらうよ」
「……は、はい、お納めください」
私は多分、今挙動不審になってる。そう自覚した。
というのが私の思うあるえさんは受け取りを拒否するとばかり思っていたから。そんな私の予想とは裏腹にあっさりと受け取ってしまったことはなんとなく違和感を覚える。
とはいえ私はあるえさんの事を完全に知っている訳でもない。ゆんゆんの顔を見れば特におかしく思っている様子もないし、これもあるえさんの一面であるのだろうか。確かに拒否されたら面倒ではあるが、なんとも腑に落ちなかった。
それから適当な雑談をしたのだが、終わって家を出た時にはその内容はあまり覚えていなかった。だけど特に気にすることなく私とゆんゆんはシルビアの墓に行き魔術師殺しの欠片を回収し、そしてアンリを迎えに行ってから紅魔の里を後にしたのだった――。
――なんだかおかしい。
そう思ったのは必然だった。
段々と時間が流れるにつれて、物事がコマ送りになっているような感覚。まるで何かしらの出来事が簡略化されているような。
「……」
「……アリス?どうしたの?」
「……いえ、少し疲れただけです」
屋敷に帰り着くなりリビングのソファーに座り一息つく。はっきり言うと落ち着こうとしているのに全く落ち着かない。落ち着かない一番の理由は間違いなく今もなお胸部に存在する存在感増し増しの大きなふたつのスイカである。
結局この胸に関しては男性からの視線が多くあったくらいで私にこんな大きな胸があるのはおかしいといったものは全く無かった。私が聞いた事の無かっためぐみんの言う魔力量と胸の大きさが比例することは常識の範疇なのだろう。
「戻ったんだね、おかえり」
「ふぁぁ……おっす」
リビングにいるとミツルギさんと欠伸をしながらのカズマ君が入ってきた。カズマ君は今まで寝ていたのだろうか、もうお昼前なのだが。
というのはカズマ君達は先日夜通しであの村まで来てくれたらしいのでそれは仕方ない。ミツルギさんも気遣ってくれてるのか目立たないように見せてはいるがよく見れば眠そうにしていた。クエストに行くつもりもないのでゆっくり休んで頂きたい。
和やかな時の流れを感じる。私も少し休もうかと思えば少し瞼が重く感じてくる。意識が離れていく感覚が襲ってくる。
――アリス!
「……え?」
「どうしたんだい?……っ!!?」
ミツルギさんが声をかけた瞬間だった。激しい轟音がしたと思えば屋敷の扉が派手に吹き飛んだ。
「…なっ!?」
「襲撃か…!?」
すぐに立ち上がるゆんゆんとカズマ君、ミツルギさんは考える前に走ってリビングを出ていく。部屋に魔剣を取りに行ったのだとすぐに理解できた。そして私達は扉のあった場所へと目を向ける。
「……」
「……エシリア……?」
そこには無言で剣を構えたエシリアが、鋭い視線をこちらに向けて威圧していた――。