―アクセルの街・ウィズ魔法店付近―
―アリス視点
私とゆんゆんは屋敷を出てアンリ捜索の為に早足でウィズ魔法店へと向かっている。途中にアンリがいないかを見渡しながらも。
「アリス、気持ちは分かるけど落ち着いて…、少し歩く速度が早いわよ…」
「…そうですね、すみません。よく考えるとアンリが通常の状態ならいいのですがそうでないとなれば充分に注視して探さなければなりませんし…」
「……え?それって…」
アンリは元々安楽少女。その能力はフルに使える。だから人が多い場所などでアンリは潜伏スキルなどを駆使して見つかりにくいようにしているのだ、その理由は単純な話。
「…アンリは人が多い場所では大抵潜伏スキルを使って目立たないようにしてますからね。もしかしたら冒険者ギルドなどにいたとしても誰もアンリに気が付かない…なんて事もありえます」
「…どうしてそんな…」
「アンリは元々安楽少女ですよ。そういったスキルを使わなければ自然と人が集まりますよ、あの可愛さ故に」
そう、安楽少女の特性である。あの可愛らしさはモンスターとしての安楽少女もフルに活用していた。幼い風貌に可愛らしい外観、純新無垢な瞳、そして控え目な性格。…モンスターとしての安楽少女の場合それは獲物を騙す演技ではあるが。
以前冒険者登録する為にアンリをギルドに連れていった時はそれはもう大変だった。多くの冒険者に取り囲まれて可愛がられる始末、誰もがアンリに庇護欲をかき立てられ魅了されてしまっていたのだ。
アンリとしては、引っ込み思案な性格故に注目されることは好まない。だからその後アンリは誰に言われる事もなく冒険者ギルドなど、人が多い場所では自然と潜伏スキルを使うようになった。ただしっかり意識していればそれを使われても私達にはアンリを視認できていたし何も問題はなかった。
だがこうして1から探すとなるとその可能性も考慮しなくてはいけなくなる。探すのは決して簡単ではなくなってしまうのだ。
「…それってつまり…」
「はい、仮にウィズさんのところにいなかった場合、私達も一度冒険者ギルドへと行った方がいいかもしれませんね。まぁこのまま宛もなく探すつもりもありませんが」
「どういう事?」
「あまり頼りなくないのが本音ですが四の五の言っていられませんからね、ただこういう時に限っていつも仕入れなどでいないのですけど…」
「…あ、そっか。ウィズさんのところには…」
どうやらゆんゆんも気が付いたようだ。今向かっているウィズさんのお店にはそこにアンリがいる可能性以外にも事態を収束させてくれる存在がいる、勿論バニルの事である。
…ただ、問題はあの気まぐれな悪魔が素直にアンリの行方を見通してくれるか、あるいはそれ以前に不在の可能性もある。というよりおそらく不在ではないだろうかと確信めいたものを持っている。
過去何度かバニルの力を借りたいと思い会いに行った事は何度かあったが、いずれもそういう場合に限りバニルは不在なのだ、まるであえてそれを見通して会わないようにしているのではないかと疑ってしまいたくなるほどに。そうする事でこちらの悪感情を得ようとしているのではないかと思うほどに。逆に単純に買い物に行った時など、バニルと逢いたくない時に限ってバニルはしっかりウィズさんのお店で元気に働いていたりするので疑心暗鬼になってしまうのは仕方ない事なのだ。
―アクセルの街・ウィズ魔法店―
そんな事をゆんゆんと話しながらも、私達はウィズさんのお店に到着し、お店の扉をゆっくりと開く。そうすればいつものように扉に設置されたカウベルがチリンチリーンと音を奏でて、来客をウィズさんに知らせてくれる。
「いらっしゃいませお嬢さん方!!おおっとこれはお得意様と元ぼっち少女ではないか!!本日はまたどのようなポンコツ魔導具をお求めかな?」
居た。予想に反して居てしまった。私達がお店の扉を開くなりカウベルとほぼ同時にこの謳い文句である。…いや勿論居ることは良い事なのかもしれない。だけどいざこうして存在するとなんとも言えない感情がこみあげてくる。
「……以前と接客文句が被ってますよ、レパートリーを増やすことをオススメします、それと当然ながら魔導具は買いません」
「フハハハッ、これは一本とられてしまったな。それはそれとして美味な悪感情、ご馳走様である♪」
皮肉すらバニルには通じないらしい。あるいは皮肉と受け取っていないのか、その皮肉を言う私の感情が欲しかったので問題ないだけなのか。
私はそんなバニルに構う余裕もないので目を動かすだけでそこまで広くない店内を見渡す…が、やはりアンリはいないようだ。
「どうかしたかなお得意様よ、何かを探しているようだが」
「…今朝からアンリがいないのです、何か分かりませんか?」
「…ふむ、アンリというと先日見通した小娘か。吾輩としては未だに出逢った事はないのでな。少なくともこの店には小娘どころか客1人とて来ておらんぞ」
「……見通すことはできないかと聞いているのですが」
「アリス。ちょっと落ち着いて」
やはり今の私にはあまり余裕がないのだろう。いつも通りのバニルの調子にイライラすることは変わらないが、そのイライラの方向性が今日に限って違うのだ。
よって敵意に似たようなものをバニルにぶつけてしまう。少し冷静になればこれは宜しくない。バニルがアンリを隠しているとかならまだしも、この件にバニルは現状全く関係ないのだから。
「…すみません、今はあまり余裕がないのです」
「…ふむ…」
ゆんゆんに止められた事で私は冷静になり、素直に頭を下げた。するとバニルは考えるそぶりを見せると。そのまま写真の被写体を見るように両手の指で四角を作って私達を見始めた。
「いつもなら対価をと言うところではあるが、この店の貴重なお得意様ではあるからな、特別に無償で見通してやろう」
「…っ!…ありがとうございます…」
意外にもバニルはすんなりと見通す事を了承した。これは本当に意外だった。
バニルは私達にその指で作った四角を私達に向けたまま静止している。私とゆんゆんは緊張するようにその答えを待っていた。
「……ふむ…、なるほどな……」
「…何か分かったのですか?」
「当然であろう?吾輩は見通す悪魔のバニル、今回の展開は全て見通してやったわ!」
高笑いするバニルだがそんな事はどうでもよかった。まずはアンリの安否なのだから。
「それで…アンリは今どこに…?」
「安心するがいい、小娘なら無事だ。このまま行けばあの小僧が見つけるだろうな、何やら一悶着ありそうではあるが」
「小僧って…カズマ君の事ですか?」
「左様、一悶着とは言ったが大きな問題にはなるまい。汝らは家に戻って帰ってくるのを待つのが吉」
「……」
バニルの話を聞いて私とゆんゆんはほぼ同時に安堵の溜息をつくことになった。気になる事は色々ある、そもそもアンリは何故突然いなくなったのか、今は何をしているのか、カズマ君が関わる一悶着とはなんなのか。
だけどそれ以前にアンリが無事であり、待っていれば帰ってくるということに私達は救われたのだ。
ただ不安なのは。
「…無事なのは良かったのですが…よりによってカズマ君ですか…」
駄目な訳ではないのだが、問題はアンリ側にある。アンリは屋敷のメンバーでカズマ君を誰よりも恐れている。未だに狼さん呼ばわりが定着しているし、カズマ君が近くに来れば即座に震えながら私の後ろに隠れてしまう始末なのだ。
「も、もしかしたら、カズマさんが見付けることでアンリちゃんも少しはカズマさんとの距離が近くなるかもしれないし…」
「…そう上手く行けばいいのですが…、私達は何故今直ぐにアンリの元に行ってはいけないのでしょうか?」
バニルが私達に告げたのは大人しくこのまま屋敷に帰ってアンリの帰りを待つ事。それが吉兆をもたらすらしい。私としてはすぐにでもアンリの元へと駆けつけたい気持ちしかないのだけど。
「そこまで言う必要はない、信じる信じないは汝ら次第である、さぁ客ではないなら帰った帰った、吾輩は忙しいのでな」
「え、あ、ちょっと…!?」
私が更に聞こうとしようにも、バニルは強引に私達の背を押して店から追い出してしまった。そのまま外に出るなり店の扉は閉められると、ポカンとしながらもゆんゆんと顔を見合わせた。
「…ど、どうしよう…?」
「…過去にバニルから何度か進言された時も間違いはありませんでしたし、気になりますが大人しく帰りましょうか…」
「…うん、じゃあ帰りにアンリちゃんが喜びそうなお菓子でも買っていこ?」
「…そうですね」
正直モヤモヤは晴れない。本当ならすぐにでもアンリの元に行ってあげたい。しかしこれ以上バニルに聞こうとしても徒労に終わるとしか思えない。ならば結果を重視するしかない、私としてはアンリが無事に帰ってくるのならそれでいいのだから――。
―アクセルの街・郊外―
―視点変更・無し
アクセルの街は広い。王都ほどではないが旧領主の館であるアレクセイ家や現アクセル領主のダスティネス家などの貴族の家が並ぶ貴族住宅街があり、生産、鍛冶などのエリアから商業、農業や畜産も活発であり、冒険者ギルドからエリス教会、ついでにアクシズ教会とある程度の施設も揃っている。
そんな中、この街の郊外には街の冒険者の男性のみが知っている秘密の施設がある。外観は少し派手な喫茶店、そこには多くの美女美少女がウェイトレスとして働いている。それが外観からの認識だが実際その認識は少しばかり異なる。
「ふう。お仕事完了…、後はお店の前の掃き掃除をして…」
午前中ということもあり、今はその店は閉店のようだ。白と黄緑色の洋服に身を包んだ1人の少女ロリーサは今まで外出していたようで、帰ってくるなり店外にある倉庫から掃除用具を取り出そうとしていた。
見た目は華奢な可愛らしい少女だ、白髪で大人しそうな印象を受ける。だがその正体は人間ではない、下級悪魔であるサキュバスである。
(この時間ならお店に人が来る事もないし…変装は解いちゃってもいいかな…)
ロリーサがそう思えば、一応周囲を見渡し確認する。そして誰も居ない事を入念に見た後に変化が起こる。ロリーサの服装こそそのままではあるが、頭と背中から蝙蝠のような大小の羽根、更にお尻からは悪魔の黒い尻尾が出現した。
「さてと、お掃除お掃除…」
『……』
「…えっ?」
ふと背後から視線を感じ、ロリーサは素早く振り向いた。正体を明かしている状態で誰かに見られるのはまずいと感じたのだろう。それがこの店を知る男性冒険者ならまだ問題はないが、それ以外だと問題大ありである。
ならばわざわざ変装を解かなければいいのだが、彼女としてはそれが普段窮屈だったのかもしれない。
…しかしロリーサが見渡してみるも、特に誰かいるようには見えない。ロリーサは急に怖くなり、再び羽根や尻尾を隠す事にした。
『…お姉ちゃん――、人間じゃないの?』
「ひぃ!?!?」
ロリーサは恐怖のあまりそのまま飛び上がる。振り向いた位置から声が聞こえてきたのだから驚くのも無理はない。
「…あ、あれ?」
ロリーサは声の聞こえた方向を注視する。するとどうだろう、ぼやけるように小さな少女を視認する事ができた。
『……?…………あっ』
すると少女は何かを思い出したかのように、慌ててスキルを解除する。すると少女の姿は目を凝らさなくても鮮明に映るようになった。どうやら自身に潜伏スキルを掛けていたままだった事を忘れていたようだ。
「あ、見えるようになった。って貴女は確か……」
ロリーサは見た瞬間にそれが誰なのか把握する事ができた。今朝自分が行っていた屋敷に住んでいる子だ。名前はアンリ、自身の天敵であるアークプリーストのアリスと暮らしている少女だ。そう思えばロリーサは凍りついたように固まってしまった。
(な、なんで!?なんでですか!?どうしてこの子がここにいるの!?それにこの状況って凄く不味いような…だって今この場面をあの人に見られでもしたら私が誘拐したとか勘違いされて浄化されちゃうんじゃ…)
アンリがいる理由は単純、屋敷で見かけた黒い影を追いかけて来た結果なのだ。一度は見失ってしまったものの、ロリーサは冒険者ギルドの外の道を通って帰ってきたことで冒険者ギルドで朝食を摂っていたアンリに再発見され、そのまま再び追いかけられていたのだ。
『…お姉ちゃん――、ちょむちゃん…知らない…?』
「…えっ!?ちょむちゃん…、ちょむちゃん…?えっ、何ですかそれ…?」
『……?ちょむちゃんはちょむちゃん――』
いくらロリーサでも流石にめぐみんの飼っている猫の名前までは知らない。接点が全くないのだから当然だった。
(ちょむちゃんちょむちゃん……どうしよう、全然わかりません…、でもこの子の機嫌を損ねてあのアークプリーストに睨まれる理由を作る事だけは避けないと…ど、どどどうしたら…)
サキュバスにとってアリスはこの街で一番畏れられている存在である。以前アリスがこの店に立ち寄った際の出来事は一部のサキュバスには完全なトラウマ案件となってしまっていて、それはロリーサにとっても例外ではない。
「…ライトグリーンの髪に花飾りをつけた女の子…、ようやく見つけたわ」
「……え?」
『……?』
アンリとも違う声にロリーサは戦慄を覚えた。ふと声の方向に振り向けば、そこには黒髪で長身の女性が颯爽と現れてその場に立っていたのだから。
バニルがアリスに帰れと言った理由=サキュバスの店の前にいたから。あのままアリスがサキュバスの店に向かっていたらロリーサが懸念する事態になりうる未来が見えた為。