―アクセルの街―
冒険者ギルドから出てすぐにある冒険者向けの商店街。そこは冒険者向けという名目に従い武器や防具などの装備品、薬や薬草などの販売から手軽に食べる事のできる干し肉などの携帯食までと、冒険をする為のものがほとんどなんでも売っている。
そんな商店街の中をリアとエシリアは必死になってアンリを捜していた。
「何処に行っちゃったんだろ…?でも本当にいつの間に…」
「まさか勝手にいなくなるとは思わなかったからな、朝食も食べ終わってなかったし何がどうなっているんだ?」
冒険者ギルドの中には誰も知らないと返された。よって2人は近場である冒険者向けの商店街に足を運んできたものの、アンリはどこにも見当たらなかった。
エシリア達にとって今の状態はちょむすけを探す事に加えてアンリを探すことにもなってしまった。
「……もしかして…、ちょむちゃんを見かけたから追いかけた、とか?ほら、私達の席窓際だったし、外を見ててちょむちゃんを見つけてそのまま追いかけた、とか…」
「しかしいくら見てなかったとはいえ…流石にアンリが動けば気付きそうなものだが…、いや、実際にこうしていなくなっているんだ。こんな事を考えても仕方ないか」
実際にエシリアの推測は的を射ていた。もっとも見たのはちょむすけではなく、サキュバスであるロリーサなのだが。そしてアンリがいなくなった事に気付かなかったことも無理はない。アンリは冒険者ギルドに入るなり無意識に潜伏スキルを使っていたのだから。リアとエシリアは朝食を摂り会話をしていた為に一時的にアンリを視界から外していた為に認識することが困難になってしまっていたのだから。
そして当の潜伏スキルを使ったアンリは、自身がそうしていることも忘れて、更に偶然窓の外から見えたロリーサに気を取られてそれだけに意識を向けてしまい冒険者ギルドを抜け出した。潜伏スキルを使用したままなこともあり誰の目にも気付かれることもないままに。
「兎に角このまま考察してても仕方ないよ、…探そう、まだ遠くには行ってないと思うし…」
「そうだな、ならば手分けして探そう。私はこのまま広場の方へ向かうからエシリアは…」
リアがそう呼びかけたその時だった。
『緊急クエスト、緊急クエストが発令されました!冒険者の皆様は直ちに街の入口前へと集合してください、戦えない方はすぐに避難してください!」
何も前触れもなくスピーカーによるギルドの受付嬢のルナの声が街中に響き渡る。それはエシリアが聞く初めてのものだった。
「…な、何?」
「このタイミングで…何が起こったんだ?」
周囲は慌ただしくなってきた。露店は慌てて店じまいをし、連れ添って歩いていた親は子を抱き抱えて避難しようと走る。冒険者らしき者は軽く困惑しながらではあるが武器を手にとり街の入口へと走り出す。
本来なら冒険者である2人もすぐに駆けつけるべきなのだろう。しかし今はアンリが行方不明になって捜索している最中であり間が悪すぎる。
思わず足を止めてしまう。周囲を見渡しながらも、エシリアもリアもやがては決意したように深く頷いた。
「…これだけ冒険者が向かってるし…私らがいなくても大丈夫だと思うんだ」
「そうだな、何があったかは気になるがアンリがいなくなったのは私達の落ち度でもある。まずはアンリを見つけてから保護、アンリの安全を確証させた上で迎えばいいだろう」
「うん、それに戦えない人は避難って…それじゃ余計にアンリちゃんの事が心配だし」
方針は決まった。だがアンリが何処へ行ったのかは分からない。それでも探さなければ…、そう思いながらも周囲を見渡し早足で進んでいると…
「エシリア、リア!!」
「…え?」
街の入口の方向から走ってきたのはとんがり帽子に片目の眼帯、黒いローブを羽織っためぐみんの姿だった――。
……
――一方その頃。
―カズマの屋敷―
屋敷のリビングには元々留守番として残ったミツルギ、そしてバニルの忠告に従い帰宅したアリスとゆんゆんがいた。事情をミツルギに話した後に、そのまま待っていても仕方ないのでゆんゆんが紅茶をいれて待つことにしたのだが、アリスはソファに座らず落ち着きがなく歩き回りながら時折視線を入口である大きめの扉へと向けていた。
「アリス?気持ちは分かるけどもう少し落ち着いて…」
「……分かってはいるのですが…やはり心配で……」
落ち着けるはずもない。確かに見通す悪魔のバニルにお墨付きをもらったという安心感は得られている、無事に帰って来るとわかっていてもどうしても不安は拭えない。そしてアリスが落ち着けない理由はそれだけではなかった。
(……私も以前いなくなった時は、皆にこれくらい……いえ、これ以上の心配をかけていたんでしょうね…)
以前とはエシリアが関わったあの時の事件である。あの時もアリスの望む方向とは全く異なる事柄が立て続けに起こり、ついには誘拐されるという大事件に発達してしまっていた。そこにアリスの意思も何もなかったとはいえ、不意に興味本位でエシリアへと変わったのはアリス自身である。となれば発端はアリスでしかないのだ。
更に今回とは違い、あの時はバニルによる見通す力などの安全の確約はない、なのでカズマ達からすればアリスが帰って来る保証は何も無かったのだ。そう思えばアリスは静かに俯いてしまった。
(はぁ……不本意とはいえ私にも居なくなった前科はありますからね、アンリを怒ったりはできません、か……いやまぁあの子に怒るとかそもそもできそうにないんですが)
アンリに対して叱る…それははっきり思えばアリスにとって想像もつかない。それがアリスの素直な感想だった。
これからずっと一緒に過ごすとなるとアリスとしてはアンリに様々な事を教えなければならない、いけない事をしたら叱るのも保護者としての役割なのは元いた世界でもこの世界でも変わらない。アンリには大まかな善悪の区別くらいはついているだろうと思われるがそれでもアンリの精神年齢は幼いのだ。今や半分が安楽少女となってしまったアンリの身体が成長するのかはわからないが、精神的な成長はあると見ていいだろう。
そうなると保護者としてのアリスは今回のアンリの行動がアンリの勝手で行われたものならば叱ることも視野にいれなければならないだろう。そうならなければならないのだが。
「……私にそんな事……できるのでしょうか……」
「……アリス?」
不安から思わず声に出てしまった。決意はあの滅びた村でしてきたつもりだった。だが保護者として面倒を見ることはただ衣食住を提供するだけの単純なものではない。そう改めて思い知らされたのだから。
アリスがこの世界に来て一年以上経つ。本来ならば高校生になっている16歳という年齢だ。しかし環境が変わったことで、ずっとゲームの中のようなこの世界で過ごしてきたことで、アリスの心情も変わってきていた。良い意味では以前よりも大分成長している。人前で話せたり、自身の感情を表に出しやすくなっていた。それは見た目が変わった事で得られた自信でもある。
だが悪い意味を探してみれば、アリスは大人になりきれていないのだ。何故なら誰よりもアリス本人が自分はまだまだ子供だと心から思っている。つまり精神は中学三年生のままなのだ。
そんな状態で誰かを養う事…ヒトの命を預かるという重さを認識した時、それはまさに今なのだが、やはりその過程でアンリの為に厳しく躾けることの必要性を垣間見た場合、アリスに自信がもてないのは当然の話だった。
「……私はアンリの姉として…いえ、こうして養うのですから母親としてアンリを見ていかなければいけないのでしょう。今回はアンリが帰って来ると分かってますから安心はしています。ですが……」
「…帰って来たアンリちゃんにどう接したらいいか分からないから、困ってる?」
「……え?あ……」
まるで見通されたかのように、ゆんゆんは諭すようにアリスに聞いた。一瞬狼狽えたアリスだったがやがて静かに俯く。
「わかるよ、私だって同じ気持ちだもん」
「…え?」
アリスが意外そうな顔をした瞬間、ゆんゆんは少しむくれるように見受けられた。
「…また独りで抱えようとしてる」
「……あ」
アリスが気が付いたように声をあげれば、ゆんゆんはやれやれとため息をついた。それには呆れが混ざったような、アリスらしいと諦めているからか、どこか優しげな感じがした。
「はぁ…、あのねアリス、アリスだってまだまだ若いんだからアンリちゃんの母親として振る舞うのが難しいことくらい私だってわかるよ?だったら私とアリスの2人でそうなればいいじゃない、独りなら未熟でも、2人なら何とかなるかもしれないでしょ?」
「そうだね、流石に父親と呼ばれるのは抵抗があるけど、そういう話なら僕も力になれるはずだ。2人より3人でアンリと向き合えば、負担は軽くならないかい?」
「…ゆんゆん……ミツルギさん……」
「こうして一緒に住んでいるからには、僕達にだって無関係ではない。だからそういった事は、もっと遠慮なく頼って欲しいんだ」
そう言われてアリスは再び俯いた。しかしそれは影を落としたようではなく、照れ隠しに近い。ここまで安心させてくれる仲間達が、アリスにとって本当に心地よく頼りになるのだから…そう思えばアリスの顔は静かに微笑んでいた。
「……そう、ですね。頼りにしてますよ、ゆんママ、ミツルギパパ」
「「……うっ……」」
どうやら地雷を踏んだようだ。一瞬だが2人して引き攣った顔をしてしまうものの、冷静になればそれを黙認した発言をお互いにしてしまっているのだから。
「そ、そうよ、だからアリスママももっとしっかりね!少なくともアンリちゃんの前でそんな不安そうな顔はできないんだからね!」
「うぐっ…!」
ブーメランがアリスに突き刺さった瞬間である。立場的にはアリスもまたアンリの母親であるようにありたいと思ったのだから結果的にはお互い様であった。
「…そ、それとね。もし叱ることを考えて葛藤していたなら、無理に叱る必要はないと思うよ?教育の仕方は人それぞれだ。無闇に叱るのは逆効果な可能性もある。むしろアンリには心から心配していたと思わせる方が効果的だと思う」
「……私ってそんなに分かりやすかったのでしょうか…ですが言われてみればそうですよね」
ようやく落ち着けたアリスは、ソファに腰掛けてゆんゆんのいれた紅茶を口に運ぶ。そんな時だった。
『緊急クエスト、緊急クエストが発令されました!冒険者の皆様は直ちに街の入口前へと集合してください、戦えない方はすぐに避難してください!」
街の魔導スピーカーから冒険者ギルド受付のルナの声が響き渡る。その放送により空気が一変した。
「き、緊急クエスト…?こんな時に…!?」
「避難と言われているのを見るとモンスターの襲撃か?兎に角このままここに居る訳にもいかなくなったようだね」
言いながらもミツルギはその場で立ち上がる。元々アンリがいなくなる前はクエストに向かう予定だったので既にその姿は全身青い鎧姿であり、魔剣グラムも携えた状態だ、よってすぐにでも出立する事が可能だ。
「……ですが…」
予想外の事態に最も困惑を隠せないのはアリスだった。ミツルギ同様にアリスもゆんゆんも何時でもクエストに行けるように装備は整っている。しかしバニルの予言では大人しく屋敷で待っていることを進言されたのだから迷いが生じたのだ。
「…アリスはここで待っててもいいんじゃないかな、なんなら私とミツルギさんだけで…」
「……いえ、気持ちはありがたいですが私もいきますよ」
アリスの気持ちを察したのか、ゆんゆんが進言するがアリスは首を横に振るとそのまま立ち上がった。その顔は先程までの迷いはない。
「モンスターの襲撃とすれば未だに外にいるアンリも被害に合う可能性はあります、このままここで待っているなんて…私にはできませんよ、ですから…」
動きは軽快。足取りは決意するように1歩、また1歩と入口の扉へと向かって行き…そして勢いのまま扉を開いた。
「即そのクエストを終わらせて、また此処でアンリを待つ、それだけです」
アリスの決意に同調するように、ゆんゆんもミツルギも頷いた。どんな強敵が来ても、例え相手が魔王軍の幹部だとしても、この3人ならば揺らぐ事はないだろう…そう思わせるような気迫が、確かにあったのだから――。
「あら、アリス達帰ってたの?それより見てよこれ!なんとドラゴンの卵なのよ!!少しお金がかかったけど、実にいい買い物ができたわ♪」
そして鉢合わせたアクアによって即時に出鼻をくじかれることとなっていた――。