内気な少女がこのすば世界に行ったようです   作:心紅 凛莉

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episode 176 アンリは狼が怖い

 

 

 

 

 

―アクセルの街・サキュバスの店の前―

 

「あ、あの…どちら様でしょうか?お店はまだ営業してないんですけど…」

 

「うん?…あぁ喫茶店か何か?私は客じゃないわ。ちょっとそこのお嬢ちゃんに用があるだけなの」

 

『…――?』

 

アクセルの郊外には一際目立つピンク色が際立つ建物がある、その派手な外観とは裏腹に目立たない位置にある故にあまり知られてはいない物件だ。

その入り口の前には箒を持ったロリーサとアンリ、そしてその子らを見据えるように皮袋を片手に背負ったメリッサがいる。

アンリに用があると言うがアンリは当然メリッサとは初対面だ。人見知りするアンリはロリーサの後ろに隠れるようにしがみついている。

 

「あ、あの…失礼ですがこの子は貴女の事を知らないみたいなのですけど…」

 

「それはそうよ、私は今日この街に来たばかりだからね。…まぁそうなると私がその子を探しているのは確かに不自然よね、いいわ、話してあげる」

 

メリッサはその場で肩に背負っていた皮袋を降ろすと、楽な体勢になり落ち着くように壁にもたれかかった。アンリの様子は変わらない、ロリーサの後ろに隠れたまま警戒するようにメリッサを見つめたままだ。

 

「私はメリッサ、この街に来たばかりのトレジャーハンターってところかしら。その子を探している理由は単純にその子を探している子に頼まれたからよ、確かめぐみんって言ったかしら?」

 

「めぐみんさん…あ、確かにこの子の家に住んでる紅魔族の方ですね」

 

『……めぐみん…お姉ちゃんが?』

 

「そうよ、ライトグリーンの長い髪に花飾りをつけた小さな女の子。アンリって子はその子でしょう?私がお家まで連れて行ってあげるから、こちらに渡してくれないかしら?」

 

「……」

 

ロリーサは思案する。正直に言えばアンリの保護者の事を考えればロリーサとしては一刻も早く手放してしまいたい。本来アリスの人格を知っている者ならばそこまで嫌うことはないはずなのだがサキュバスという種族故にロリーサはアリスやアクアの事をアークプリーストという職業だけでも警戒を最大限にしている。とくにアリスの場合は以前お店でいざこざがあったことでより恐怖の対象となってしまっている。

 

ならはさっさとメリッサに引き渡して自身は無関係を貫けばいいのではないだろうか。是が非でもそうしたい。

だが問題は目の前にいるメリッサという人間を信じていいものなのだろうか。いくら自身が悪魔とは言ってももしもこんな小さな女の子が危険な目に合うことになれば罪悪感もある。それにそうだった場合、自分は誘拐を手引きしたとして無事ではいられないのではないだろうか。

 

「あ、あの、いくつか質問してもいいでしょうか?」

 

「…?なにかしら?」

 

「…大変失礼ですが私から見て貴女は単純な善意のみでそんな事をする方には見えません、貴女の目的はなんですか?」

 

「…本当に失礼な子ね。…まぁいいわ、私でもそう思うし。そうね、確かに私はその子を送り届ける事で蒼の賢者に『貸し』を作ろうとしているわ」

 

まずは今聞いた事で疑問に思った事を素直に聞いてみる。すると意外にもあっさりメリッサは話してくれた。言い方からしてメリッサは嘘をついていないように感じられた。

 

「そ、その『貸し』とはどういう…」

 

「そこまで詳しく言う義理はないわね。…まぁ簡単に言えば私は蒼の賢者と交渉をしたいの、そうするに当たって自分に有利な材料が欲しいってだけよ、納得してくれたかしら?」

 

「……はぁ…そういう話なら私は構いませんが…」

 

「……これ以上問答するつもりはないわよ?大体この子にとって貴女はなんなの?見る限り赤の他人よね」

 

「そ、それはそうですが…」

 

「別に構わないのよ?私はその子を連れ戻そうとした、だけど貴女に遮られたとそのまま蒼の賢者に報告するだけだから。目撃情報だけでも立派なカードにはなるだろうしね」

 

「そ、それは!?」

 

メリッサとしてはこの言葉に大した意図はない。これがロリーサの正体を看破していたなら立派な脅し文句になるのだか現状メリッサはロリーサの正体に気が付いていない、ただの喫茶店の店員程度の認識だ。よってロリーサが狼狽える理由は分かっていない。

だがそれはロリーサには抜群の効果だった。そんな事を言われたら余計に厄介な事になってしまいかねない。アリスを敵に回す可能性だけは作る訳にはいかないのだ。そうなれば最悪この街に居ることすらできなくなってしまう。自分だけでなく仲間のサキュバス達にも迷惑をかけてしまう、その可能性の芽は確実に潰す必要がある。

 

本来ならロリーサにアンリを引き止める権利などない。ただアンリがロリーサの傍にいてしまっているだけなのだから。ロリーサとしてはアンリ自身の意思の問題もあると言おうとしたが、そんな話でもなくなってしまった。

 

 

「わ、わかりました。……ね、ねぇ?あの人がお家に送ってくれるって言ってるよ?」

 

『……でも…ちょむちゃんが……』

 

それを聞いてロリーサはハッとする。未だにちょむちゃんがなんなのか分かってはいないロリーサだが、アンリにとっての問題は何一つ解決していないのだ。

 

「ちょむちゃんってもしかして、貴女の家の猫のことかしら?それについてもめぐみんって子が家に居るって言ってたわよ?」

 

『……!……本当――?』

 

「ええ、確かにそう聞いたわ」

 

ずっと探していたちょむすけの居場所が分かったことで、アンリはそのまま瞳を輝かせる。

それに気付いたメリッサは口元を緩ませた。そのまま連れて行けば蒼の賢者に恩を売れる。

 

メリッサとしては今言った事に何一つ嘘はついていない。熟練のレンジャーでありトレジャーハンターを自称するやり手であるメリッサがこんな駆け出し冒険者が集う街に来た事自体、蒼の賢者と繋がりを持ちたかったからなのだから。

 

ロリーサとしてもこの展開は喜ばしくもある。多少の不安はあるものの、アンリから解放されて自分は無関係を装える。アリスと関わる接点を断ち切る事ができる。

 

アンリはおそるおそるロリーサから離れると、ゆっくりとメリッサの顔を伺うようにメリッサの方へと向かう。そこでメリッサは何かに気が付いた。

 

「……?」

 

アンリが近付くにつれて湧き上がる謎の感情。か細く、可愛らしく、不安そうな瞳が上目遣いでメリッサに襲いかかる。

 

「あ、あのね、別に貴女を誘拐しようとかそういうのじゃないんだから、だからそんな不安そうな顔をする必要はないのよ?」

 

『……うん――』

 

返事はしたものの、やはり不安は拭えないようだ。メリッサが先程から感じているのはこんな小さな女の子を利用しようとしている罪悪感からだろうか。普段のメリッサなら表向きは子供相手でもそこまで下出に出たりしない。なのにこの込み上がる気持ちはなんなのだろうか。

 

答えは単純、安楽少女としてのアンリの習性。相手の庇護欲をかきたてられるものである。もっともこの街でアンリが安楽少女と知っている人は意外と少ない、冒険者ギルドで登録はしたものの、無闇にモンスターであるとバラす必要もないのでアンリの正体を知っているのは一緒に暮らすアリス達、ウィズやバニル、更に冒険者ギルドの職員くらいだろう。例外のエシリアは元々アリスだったことで知っているくらいだ。

 

なので初対面のメリッサも、ロリーサでさえもアンリの事は人間と思って接している、よって警戒心などあるはずもない。

 

つまり――。

 

 

(……な、何この子……きゃ…きゃわわわ、きゃわいい…!!なんでこんなに護ってあげたくなっちゃうの!?)

 

メリッサは盛大にアンリの魅力にハマってしまうことになった。明らかにメリッサの態度が変わる。クールビューティな印象を抱かせた彼女は瞳を輝かせて身体をくねくねとさせてもはやクールもビューティも面影が消えかかっていた。

 

(…さっきとは違う意味で…大丈夫なのかな…?)

 

これにはロリーサもドン引きである。別の意味で不安になるのは当然だった。

とはいえこれでロリーサ的には万々歳、この案件から外れられる。

 

そう思ったその時だった。

 

 

「ちょっと待ってもらおうか!!」

 

「っ!?」

 

唐突に聞こえた若い男の声に、一同は振り返る。そこには走ってきたのか、肩で息をしながらもその場で止まり、呼吸を整えている佐藤和真の姿があった。

 

 

 

 

 

 

――…

 

 

 

 

 

 

「…誰?」

 

茶がかかった黒髪、一見すればどこにでもいそうな特徴という特徴が少ない人間の青年。それを見たメリッサは興味なさそうに問う。

 

「俺はカズマ。佐藤和真だ、聞いた事くらいあるだろう?数々の魔王軍の幹部を倒してきた冒険者だ。そこのアンリの保護者だよ、あんたが誰なのか知らないが、こちらに返してもらおうか」

 

「知らないわよ、興味もないし。……保護者…?この子の保護者は蒼の賢者じゃないのかしら?」

 

「アリスもそこのアンリも、俺の屋敷に住んでるんだよ。だから俺も保護者って立場になるってこと」

 

「……ふーん…」

 

確かに保護者ならば大人しくアンリを渡すのは構わない。ここで拒否でもすれば間違いなくメリッサは誘拐犯扱いされてしまうだろう。

 

しかし、そうはしたくない、する訳にはいかない理由ができてしまった。

 

「…貴方…カズマって言ったわよね?」

 

「あぁ、なんだよ?」

 

「貴方…誘拐犯か何か?」

 

「は!?なんでそうなるんだよ!?」

 

「貴方を見るこの子の目よ、保護者を名乗る男に向ける目じゃないと思うんだけど」

 

「……え?」

 

カズマが登場してから肝心のアンリはメリッサの背後に隠れて怯えるように小刻みに震えている。恐怖の対象としてみるその目は何も知らない者から見れば不審に思われても無理はない。

 

「……あ、あの、アンリさん?俺だよ、カズマさんだよー?」

 

『…狼さん――…』

 

「いやいや、カズマさんだろう?」

 

『狼さん――!!』

 

アンリは震えながらも再びメリッサの背後に隠れてしまう。これについてはカズマが悪者に見られてしまうのも仕方ない。そう呼ばれる事になった由縁もカズマの自業自得な部分もあるので仕方ない。

 

「大丈夫よ、お姉ちゃんが守ってあげるからねー?」

 

「おいおいなんで俺が悪者扱いされてんだよ!?」

 

仕方ないのだがメリッサの目的が不明なことから事態はあまりよろしくない。カズマとしてもここまで拒絶されてるのには半泣き状態である。

 

「あ、あのー…」

 

「…はっ!?」

 

「…何かしら?」

 

割って入るのに躊躇ったのか、ロリーサは2人の間に入るように申し訳無さげに声をかける。

 

「そこのカズマさんなんですが…お店の常連さんでして、そこのアンリちゃんの保護者というのも嘘ではないと証言できるのですが…」

 

カズマにとっての幸運はカズマとアンリの関係を知っている存在が目の前にいたことかもしれない。そもそもアンリに警戒されまくってる時点で幸運の方向性がおかしい気もするがそれはさておき。

 

「ほら、ちゃんと証言してくれた人もいるぞ?俺は何も嘘は言ってないんだからな!」

 

「……ふぅん、仮にそれが嘘じゃなく、貴方が保護者だとして…、貴方がちゃんとした保護者という保証は何もないわよね?」

 

「…は?」

 

「だってそうでしょう?まともな扱いを受けた子なら、この子はこんなに貴方の事を怖がらないと思うのよね、この子がこんなに怖がってるのに、保護者だからってはいそうですかと渡す訳にもいかないわよ」

 

至極真っ当な理由である。何も知らない者が見ればそれもまた当然の解釈だった。

 

「ち、違う!俺がアンリに何かしたとかそんなのじゃないんだよ!同居人が男は狼とかアンリに吹き込んだもんだから真に受けてしまって怖がられてるだけなんだよ!!」

 

「何よその今頭捻って作ったような適当な言い訳は、そんなの素直に信じる馬鹿がいる訳ないでしょ?それとも私の事を馬鹿にしてるのかしら?」

 

「…あー、確かに一緒に住んでいるミツルギさんとは仲良さそうに歩いてるのを見た事がありますね…」

 

「お前は余計な事言うんじゃねーよ!?そもそもあいつだって最初は避けられてたんだよ!!」

 

ロリーサから見れば同居人という点に関して擁護はできても内情についてまでは分からないので擁護のしようもない。もはや言い訳すればするほど泥沼状態である。

 

 

そんな泥沼化待ったナシの状態で――、カズマは異変に気が付いた。

 

 

 

――キャベ――キャベ――

 

 

 

「…なぁ、何か聞こえなかったか?」

 

「はぁ?今度はどう誤魔化そうとするつもり?」

 

「い、いえ、私にも聞こえましたけど」

 

『――あっち――…』

 

メリッサの背後からアンリが指した方向、それは街の外側だ。郊外故にその場所は街の隅っこにある故に街の防壁がすぐ傍に見受けられる。

 

そして。

 

「…っ!?キャベツ!?」

 

「あー、確かに考えたらそんな時期でしたねー…」

 

「呑気にしてる場合かよ!?あいつらそんなに強くないけど体当たりされると結構痛いぞ!もしアンリにでも当たろうなら…!」

 

防壁を飛び越えて街に侵入してきたのは黄緑色の丸い物体に目がついた……キャベツである。それも次々と数が増えていく、ひとつ、またひとつとキャベツが防壁を登って越えてくる。

 

「ちっ…仕方ないわね…、お嬢ちゃん、私の傍を離れちゃダメよ?」

 

「兎に角話は後だ!ロリーサ、お前も手伝ってもらうからな!」

 

「わ、わかりましたよ」

 

次々と襲いかかるキャベツ達の群れ、今ここにアンリをキャベツから守るパーティが結成されたのであった――。

 

 

 

 

 

 

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