―冒険者ギルド・酒場―
時間は経って夕刻、空の日は沈みかけ、オレンジとコバルトブルーが混ざった空となり、外から見た街の建物の窓からは灯りが見えだしてくるそんな時間。
私は約束した通り、エシリア達に夕食をご馳走すべく冒険者ギルドの酒場に集合した。
勿論エシリア達だけじゃない、屋敷に住んでいるゆんゆんやミツルギさん、カズマ君のパーティにも迷惑をかけてしまったこともあり、今回は私の奢りという形で大人数での食事をこのアクセルの街の冒険者ギルドで摂ることにしたのだ。
メニューとしてはこの酒場ではメジャーなジャイアントトードの唐揚げやカエル肉のシチュー、そしてキャベツ収穫が終わったことでキャベツ炒めやキャベツサラダ、ロールキャベツなどの大量のキャベツ料理が所狭しと並べられた。
このキャベツ、栄養が豊富で味も美味。倒すよりも食べる事で経験値をより獲得できるとあって駆け出し冒険者には大人気の食材である。元より1玉1万エリスという高額なことで高級食材となっているので本来ならば駆け出し冒険者が手が出せるようなものではないのだがキャベツ収穫のあった今だけは話が別であり、収穫したことで懐が潤った冒険者のほとんどが迷いなく召し上がる逸品なのだ。冒険者ギルドとしても、経験値が得られる料理ということで収穫があった時の限定メニューとしてこういったキャベツ料理が格安で売られている、それもまたひとつの駆け出し冒険者育成の手段となるのだから。
ちなみに私が収穫したキャベツは全てあのサキュバスのロリーサという子にあげてしまった。アンリを保護してくれていたことは事実だったようだしその御礼もあるのだが私としては以前無駄に騒ぎを起こしてしまった償いでもある。
例えどんな商売をしていようがそれが人に害を及ぼしてないのなら私の早合点でしかないのだから少しながらの後ろめたさは持ち合わせていた、それもありちょうどよかったとも言える。
……というのは建前であの大量のキャベツをギルドに持ち帰れば収穫クエスト前のルナさんとの約束を破ることになってしまうからだ。完全に不可抗力とはいえあれだけの量のキャベツを持っていけばルナさんは苦笑いをし、他の冒険者は間違いなくいい顔はしないだろう事は想像するまでもない。だからこそキャベツの処理先を見つけられたのはこちらとしては助かった。
そして話は逸れるがどうやらあのキャベツ達は最初からアンリ目指してあんな行動をとっていたらしいと推測された。
実はキャベツについてその生態は謎に包まれているらしい。そして今まであのような行動をすることはなかった。
しかしメリッサさん曰く、メリッサさんとアンリに向かい落ちてきたキャベツはどれも目が♡マークであって、落ちた際にはアンリに当たらないように綺麗な円を作って着地し、それはまるでキャベツが土下座をしたかのような状態だったらしい。キャベツが土下座ってちょっと意味が分からなかったが、それはまるでアンリに向かって是非私を食べてくださいと言わんばかりに。
これもまた推測なのだが、アンリが元々安楽少女、つまり植物のモンスターであったことで、何か同調するものがあったのかもしれない。
『――もぐもぐ……美味しい――…』
まぁ…もしもその推測が的を射るものならば、今アンリに食べられているキャベツはきっと本望なのだろう。
「あらぁ、食べてる顔も可愛いわね〜♪ほぉらちょむちゃんも食べてもいいのよ?」
「なー?もぐもぐ…」
そして私の隣に座るアンリを幸せそうに眺めながらその腕にはちょむすけを抱いてキャベツを食べさせているのはメリッサさん。ダメ元で誘ってみたのだが意外とあっさり着いてきてくれたのは多分アンリとちょむすけのおかげかもしれない、出会い頭のクールビューティは見る影もない、少なくともこの様子を見ていると何か裏があるのではないかと疑っていたのが馬鹿馬鹿しく感じる程度には私の警戒は解けてきていた。
こうして私が食事に誘ったのはメリッサさんが私達のパーティに加入する事が決まったからである。ただし条件付きで。
その条件はさておき、キャベツを食べる猫とは一体。異世界では猫がキャベツを食べるのは当たり前なのだろうか、それを見て不思議そうな顔をするのは少なくとも私とエシリア、あとはリアとミツルギさんくらいだ。
「…ネコってキャベツも食べるんだ…」
「…私としてはちょむすけを猫と言っていいのかが疑問なんだが…」
「まぁ…羽がありますし普通の猫ではないのは分かってますし…」
「どうだっていいわー♪こんなに可愛くて私にも懐いてくれてるものー♪」
メリッサさん曰く当人は可愛らしい小動物などが大好きなのだが過去動物に懐かれたりした事がまったくないらしい。だからこうして胸に抱いていても逃げもしないでいるちょむすけに夢中になっていた。
そんなちょむすけ、カズマ君曰く火を吹く時もあるとかなんとか。本当に謎の存在なのだが最近になって気になりだした事もある。
「まぁそんな話はいいじゃないですか、せっかくの料理が冷めてしまいますし、さっさと食べませんか?」
「あ、うん、そうだね」
そう切り出したのは飼い主であるめぐみん、そして同意するゆんゆん。皆がどう思っているのかはわからないが、最近になって思ったのはまさにこれなのだ。
ちょむすけの話が深く掘り起こされれば決まってめぐみんが自然な流れで話を変えようとする。まるで掘り起こしたそれを別の話題で再び埋めてしまうかのように。自然な流れなので最初は気にならなかったのだが、それは聞く度に違和感を呼び起こす。
もしかしたらちょむすけには、私達の知らない何かがあるのだろうか――?そう勘ぐるのも仕方ないほどの違和感を――。
……
閑話休題。とはいえ今のようにはぐらかすのならそれは言い難いこと、あるいは言えない理由があるのかもしれない。これが出逢って間もないくらいの仲なら問い詰めることもあるが、相手はめぐみんだ。それにゆんゆんもいる。
どちらも一緒に住んでいて、ゆんゆんに至っては私にとってこの世界で1番の親友だと想っているしそれはゆんゆんも同じ気持ちでいてくれていると思う。
なので少しばかり気にはなるものの、私の方から聞くことはしないことにした。無理に問いただすのもなんだかゆんゆんを信用していないみたいになる気がするし、本気でまずい案件ならきっと私達に話をしてくれるだろう。
それはそれとして更に気になる事があった。
「あの…カズマ君?」
「去年も食ったけどやっぱ納得いかねえ……なんでただのキャベツがこんなに美味いんだよ……って、どうしたアリス?」
頭を抱えながら複雑な表情でいて食べる口は止まらないというよくわからない状態のカズマ君に話しかけにくさはあったものの話しかけてみた。それだけ気になるのだから仕方ない。
「いえその…アクア様の姿が見えないのですが…ちゃんと誘ってくれたのですよね?」
「……あー、まぁ誘ったは誘ったけどな、あいつがアリスに合わせる顔がないんだと」
「……え?」
そう言うなりカズマ君は席を私の隣へと移した。元々そこにはゆんゆんが座っていたのだが今はリア達と話しているようで席を立っていたのだ。そして変わらずキャベツ炒めを食べながらも小声で説明を始めた。
…まず一番にアンリの為に服を作って欲しいと依頼して渡したお金を全部使ってしまったこと。どうやら最近お金がないとバイトをしていた理由はそれのようだ。
更に今日カズマ君からお金を借りてそれを服の材料費に充てようとするも、アクア様曰くドラゴンの卵を買ってしまってそれに全てのお金を使ってしまったこと。
そして極めつけは今回のキャベツの収穫クエストである。アクア様は今回大きな籠いっぱいのキャベツを収穫することに成功していたのだが、なんとそれだけの量のキャベツが全てレタスだったらしい。それが去年に続き2度目だと言うのだからもはや同情しかできない。
「…私としては別になんとも思ってませんけど…、お金が足りないなら融通しますし、女神様へのお布施と思えば…」
「いいやそれは駄目だ。アリスの気持ちは嬉しいけどそこは心を鬼にしてくれ、ただでさえ駄女神なのに甘やかすと余計につけあがるからな。『当然よ、この私は女神なのよ!』とかなんとか言ってな!」
私としては本心だ。アクア様にこの姿で、本来有り得ない力を持った上で転生させてもらったからこそ今この世界での私があるのだから、そういった想いはミツルギさんに近いものがあると自負できる。
それだけじゃない、ベルディアやマクスウェルとの件でもアクア様には散々助けられているのだから。例えこの転生がアクア様にとって日頃のお仕事でしかなかったとしても、私にとっては文字通り人生を変えたきっかけなのだから、この力がなければ私はこの世界でモンスターにやられて死んでいた可能性すらあるのだから。
とはいえアクア様と日頃一緒に行動するカズマ君からして見れば私が甘やかすことで歯止めが効かなくなってしまうことへの危惧も理解はできるので大半は気持ちだけで抑えておくしかないだろう。
「…言いたい事はわかりましたよ、ただ私の想いとは別にアンリの服は確実に作って欲しいのでそこにお金をかけるのは変わる事はありませんが」
もはや最重要事項である。私とお揃いの服をアンリが着てくれるとか考えただけでどうにかなりそうなのだから。是非見たい、一緒に並んでお散歩とかしたい、多分それだけで私は幸せに包まれて死ぬかもしれない。
後に聞けばこの時の私の顔とちょむすけに夢中なメリッサさんの顔は完全に一致していたとかなんとか。
「お、おう…とりあえずその顔はやめとけ?確実に作りたいのならお金じゃなくて材料を直接渡した方がいいかもしれないな」
「……そ、そうですね。そのうちアクア様と買い出しに行くとしますか、任せきりにした私も悪いと思いますし」
私は今どんな顔をしていたのだろうと気になるものの、どうせ買うのならいい物を揃えたい、それなら買い出しは王都に行ってすればいいだろう。王都ならゆんゆんの杖がぼちぼち完成すると思うから受け取りに行きたいし。
……ゆんゆんの…杖……?あっ
「そういえばカズマ君、確か王都の鍛冶屋でめぐみんの杖を頼んで…むぐっ!?」
それを聞こうとした途端、カズマ君は慌てて立ち上がると同時に私の背後に移動して口を塞ぐ為にその手で蓋をした。これには周囲も何があったのかと私とカズマ君を見てしまう。
「頼むアリス、それに関しては他言無用にしておいてくれ」
多分カズマ君としては必死に自然に出た行動なのだろう。小声でそう告げるなり主にめぐみんに視線を寄せていた。…実際こんな行動、フィクションの作品の中でならよくある光景かもしれない。
だけど実際に突然異性にこんなことやられたら驚くし恥ずかしいしで私の顔は真っ赤になっていることを自覚すらできてしまう。
その瞬間ガツンとにぶい音が聞こえてきた。カズマ君はたまらず私を解放するなり蹲ってその場で後頭部を抑えている。
「まったく節操のない男だとは思っていたがこんな大勢の人がいる中でお前は何をやっている!?」
「…ダクネス?」
何が起こったのか理解できた。どうやらダクネスがカズマ君の後頭部を思いのままに殴ったらしい。ダクネスは顔を赤くさせながらその握り拳を見せたままだった。
…はて?確かに恥ずかしくはあったし解放されて助かったのだけど皆のこの反応の違いはなんなのだろうか?これくらいの事ならカズマ君とめぐみん、アクア様とかなら日常茶飯事である。
「だ、大丈夫アリス!?」
「佐藤和真!!貴様という男は…!?」
ゆんゆんは慌てて私の元へ駆け寄るわ、ミツルギさんは怒り心頭の様子だし一体何が起こっているのか理解が追いつかない。大丈夫かはカズマ君に聞くべきだと思うのだけど。
そして悶絶しているカズマ君の元にゆっくりと近寄る小さな影。
「……あ、アンリさん?」
何故か敬語になりつつ見上げたカズマ君は、その場で固まっていた。
『…アリスお姉ちゃんを――、食べないで…!』
悲願するようなアンリの訴えに、カズマ君は勿論のこと私すら何も返せずにいてしまっていたのだった、そして――。
「よくわかりませんが物凄くイライラするのですが、これは何故でしょうか」
「奇遇ねめぐみん、私もそう思ってたところよ」
そこにはなんとも言えない表情のめぐみんと、いつの間にか酒場に顔を出していたアクア様の姿もあったんだとか。