カズマ君にスキルを教えた日の帰りに、アクア様に呼び止められた。
「なんだかんだ貴女には散々助けられたからね。一度お礼をしておきたいと思ったの。」
悪い事もしたし…と小声で付け加えるアクア様は、私に青色の魔晶石をくれた。何気に私の事を忘れていたことを気にしていたのだろうか。と思いながらも杖にピッタリはまる大きさのもの。これはまさに水の魔晶石だった。
属性の付与された魔晶石はこの世界では中々手に入らないので私としてはかなり嬉しいまであるのだけど…。
「うん?どうしたのよ?この女神アクアの力を込めて作った唯一無二のものよ!遠慮なく受け取りなさい!」
問題は魔晶石の価値だった。私が今持っているフレアタイトの魔晶石は300万という額だった。ならば順当に考えてアクア様が作ったというこの魔晶石はそれと同じ値段、或いはそれ以上してしまうのではないかと考えたら簡単には受け取れない。
何より聞いた話ではあるけどカズマ君やアクア様は現在馬小屋生活という話だ。そんな生活を送っている人達からこんな価値がありそうなものを受け取るのは罪悪感が半端ない。
「これを売ってお金にできるなら私はとっくにしてるわよ。こんなのいくらでも作れるんだから。」
希少な魔晶石をこんなの扱いだから流石の女神様である。確かに女神様が本気になれば魔晶石くらいは余裕で作れそうでもある。
そしてこれを大量に作ってなお売ったりしたら…なるほど、と頷ける。
確かに莫大なお金がはいると思う、だけどそれをしてこの世界を管理しているらしい女神エリス様が黙っているだろうか?と考えたのだ。そうでなくても例の天界規定云々が関わりそうだ。ちなみにエリス様の話はこの世界で生活していると嫌でも耳にはいるのでいつからか自然と理解していた。
「それに、ね…」
アクア様はふいに私の手を両手で包むように掴んだ。気付いたら泣きそうな顔をしている。突然のそれに私はたじろいだ。
「アリスだけなの…アリスだけなのよ…私を女神として見てくれるのは…。私は女神なのに、本当に女神なのに、街の人からは痛い子扱いされて、カズマはカズマで私の扱いがめちゃくちゃ雑だし…。」
その潤んだ瞳のアクア様の様相に私は内心でドン引きしていた。ただ街の人に関しては仕方ない。まさか本物の女神様が街中を歩いていて、酒場でシュワシュワを飲んでいて親父臭くぷはーっとかやってたり、更には宴会芸までしていて、挙句の果てにはジャイアントトードの粘液で全身べとべと状態で泣きながら歩いている様子を見て誰が女神様と考えるだろうか。とても一般的な女神様像からはかけ離れすぎである。私は頭を抱えたくなった。
私はアクア様をなぐさめつつ、そういう事ならとその青色の魔晶石を受け取ることにした。今度少し高めのシュワシュワでもご馳走しようと思いながら。
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それから数日後。いつものようにクエストに行こうと冒険者ギルドへと向かっていた。そんな時だった。茶色い三角帽子の私と同じくらいの身長の少女が歩いているのが見えたのだ。手には以前よりも立派になったマナタイトの杖が大事そうに握られていた。
「おや?アリスではありませんか。先日はお世話になりました。」
てくてくと歩き近付くと私は挨拶ながらも自然とその新調された杖に目配せした。それに気が付いたのかめぐみんは嬉しそうにその杖を私の前に見せるように差し出した。
「これですか?先日のキャベツの収穫で買いました。」
嬉しそうにいうめぐみんだが私はそのキャベツの事を知らなかったのでただ首を傾げる。するとめぐみんは不思議そうな顔をした。
「アリスは参加しなかったのですか?年に一度の大きなイベントだったのですが。」
そこからめぐみんから話を聞くに、先日突如緊急クエストが発令、キャベツの大群が街に向かってきたのだという。この世界に来たばかりの私ならちょっと何を言っているかわからないと現実逃避しただろうが今の私は知識だけではあるが知っていた。
この世界のキャベツは飛ぶのだ。そして春先になると遥か彼方へと向かい大群で移動するのだ。活きのいいキャベツはとても美味だという。そして今年のは特に活きのいいキャベツで1玉1万エリスでの買取りという太っ腹な状態だったらしい。
ちなみにめぐみんから聞いた話だとカズマ君はこのクエストで100万エリス以上稼いだのだとか。幸運値が高いらしい彼ならではである。実に羨ましい。
なお私はテイラーさんのパーティでクエストの為に遠出していたので参加できなかったのだ。非常に惜しいことをしたと後悔するも後の祭りだけどそれはテイラーさん達も同じなので何も言わないでおこうと思う。
「なるほど、見ないと思ったらそういうことだったのですね。それで今日は何を?………クエストですか?ですが今は高難易度のクエストしか残っていませんよ?」
それは意外な言葉だった。アクセルの街で高難易度の依頼しか残っていない、そんなことは半年以上この街にいる私からすればまず考えられないことなのだから。どうしてそんなことに?と聞くとめぐみんは表情を変えないまま言葉を続けた。
「ギルドの話ではこの街の付近に魔王軍の幹部が来たらしいです。もっとも、詳細はまだ全然わかっていないらしいのですが。」
私は静かに驚いた。今までずっと縁のなかった単語がごく自然に飛び出してきたのだから当然である。魔王軍の幹部…一応私も打倒魔王という名目でこの世界に来たので暇な時に簡単に調べたこともあった。魔王軍にはその中でも強い力を持った8人の幹部がいるのだとか。そして簡単なクエストが少ないのにもなんとなく理解を示せた。
アクセルの街のクエストとなると多いのはジャイアントトードやゴブリンなどあまり強くないモンスターの討伐。だけど魔王軍の幹部なんてのが来たらそれらは身の危険を感じて逃げてしまうだろう。それにより討伐対象がいなくなったクエストそのものがなくなってしまったということだろう。
それはそれとしてめぐみんは何処へ行くつもりなのだろう?彼女が向く方向は街の外に向いている。クエストにしても爆裂魔法を使うにしてもカズマ君達パーティメンバーのいずれかがいなければその場で倒れて帰れなくなってしまうはず。
「カズマは小金持ちになったからか今日はゆっくりするそうです、アクアはバイトです。ダクネスは実家に帰って筋トレすると言ってました。それで私は新たに爆裂魔法を撃てる場所探しですね、今まで近郊でやっていたのですが守衛さんに怒られてしまいまして。」
当たり前の一言に尽きない。私はもはや何も言えず呆れていたが同時に思った。魔王軍の幹部がいるかもしれない現状、不用意にアクセルの街の外に出ていくのは危険ではないだろうか?
「それはそうですがいくら私でも街中で爆裂魔法を使う訳には行きません。ちなみに言っておきますが爆裂魔法を使わないと言う選択肢はありません。紅魔族は1日1回爆裂魔法を使わないと死ぬんです。」
ゆんゆん、ゆんゆんは何処!?と私は必死に思った。とりあえずこの様子では諦めてくれそうにない。私は完全に諦めたように溜め息をつくなりめぐみんに同行することを提案した。クエストは高難易度しかないらしいがアクセルでの高難易度クエストなら私なら受けられる可能性はあるけどメンバー探しから考えると時間がかかるしめぐみんをほっとく訳にもいかない。めぐみんと一緒に高難易度クエストをやるという選択肢もあるにはあるが彼女のレベルはまだ高くないのでギルド側が受理しない可能性が高い。
「本当ですか!?アリスが来てくれるなら助かります、上手く行けば2.3回は爆裂魔法が撃てそうですし。」
本当に何がそこまで彼女をそうさせるのだろうと私は内心頭を悩ませながらも、めぐみんに同行するのだった。
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「実は既に目星をつけている場所があります。」
めぐみんがそう言って着いてきてみればそこは崖の上に建てられた古城。白い城壁に赤い三角の屋根。それは初めてこの世界に来た時に見かけた城だと思い出すと、若干ながら感慨深くなった。当時はいかにもRPG風のお城と表現したが今となってもその感想は変わらない。
…それはいいのだけどまさかあのお城に向かって爆裂魔法を放つとでもいいたいのだろうか?
「察しがいいですね、その通りです。一度建物に向けて思いきり撃ってみたかったんですよ。あの古城なら今は誰もいないらしいですし我が爆裂魔法の的には…え?危ないからやめてくださいって、何を言っているんですか。」
やはり紅魔族はどこか感性がおかしいらしい。もし万が一誰かがいたら大変なことになる。百歩譲ってどうしてもやるならせめてあの古城の中に人がいないことを確実にすべきですと私は猛抗議した。
「まったくアリスは真面目ですね、そこまで言うなら仕方ありません。さっさと入ってみましょう。」
再び私は慌てて止めた。めぐみんは忘れたのだろうか?魔王軍幹部がアクセル近辺にいるかもしれないということを。
「もちろん覚えてますよ。ですがアリス、考えてもみてください?仮にあんな目立つ場所に堂々と魔王軍幹部がいるのなら既にギルドは把握しているはずです。それにあんな如何にもな場所に当たり前のようにいるはずないじゃないですか、アリスの心配のしすぎです。」
さぞ当たり前のように言うめぐみんの言葉には謎の説得力があった。だけど私は確実性のないことに賭けることを好まない。もし魔王軍幹部がいるようならすぐに逃げることを考慮した上で、早足で既に城へと向かうめぐみんに着いて行くのだった。
…その時2人は知らなかった。魔王軍幹部がこの古城にいるという情報が、2人がアクセルを出た辺りでギルドに伝わっていたことを。