時間をかけてなんとか落ち着けた私は宿の部屋に備え付けられていた紅茶をいれて飲んでいた。日本で宝くじでも当たったらこんな心境になるのだろうかなんて考えながらも、私はゆんゆんに事情を説明していた。
「6000万エリス……な、なるほど、そういうこと…」
話を聞いたゆんゆんはまるで先程の私の症状が移ったかのように身震いを起こしていた。とりあえず冷静に考えれば当面の金銭の心配はまったくしなくても問題はないだろう。今にして思えば別室と銘打ってギルド長の部屋で内密に報酬を授与してくれたギルド側の配慮には感謝の言葉しかない。アクセルの冒険者ギルドのように堂々と渡されたらめちゃくちゃ目立っていたことはまず間違いないのだから。
「そ、それもだけど…王都はアクセルほど治安が良い訳じゃないみたいだし…そ、その、窃盗とかそういうのもあるのかも…」
なるほどと私は納得した。確かに盗賊のような素早い職業の人にスティールされようものなら私はまず捕まえきれない自信がある。見た目からして後衛職の少女とか盗賊にしてみれば極上の獲物でしかない。またルナさんが手紙を用意してくれなければ私は口頭で伝えなければならなくなり、そうすればベルディアを討伐したこととその多額な報酬がもらえることを他の冒険者に知られた可能性が高い。つくづく冒険者ギルドに感謝の意を持ったことは言うまでもなかった。
「そ、それにしても魔王軍幹部を倒したのって本当だったのね…めぐみんに話は聞いてたけど…またいつもの誇張なのかと…あの子昔から話をする時に色々と盛るところがあるから…」
という事はめぐみんも6000万もの大金と魔王軍幹部討伐という栄誉を…!?と小声で呟きながらゆんゆんはわなわなと震えていた。私はとりあえずこの宿のお金やら全部もつことをここぞとばかりに提案してみた。
「だ、ダメよ!?馬車で王都では対等にしようねって約束したでしょ!?」
どうやら敬語云々の時に話したことを言っているようだ。あくまでそれはゆんゆんとより仲良くなりたかったから敬語の壁を払拭したかっただけなのだけど。私はその言葉に頬を膨らませて無言の抗議をすることにした。
「そんな顔してもダメったらダメ!それにそういうのはお友達とかそういう問題じゃないというか、むしろお友達だからこそしっかりしておきたいと言うか…」
変なところでしっかりしているゆんゆんに私は諦めの溜息をついていた、確かに馬車の中の話ではないが逆の立場で考えたら私も同じ事を言う自信がある。完全に馬車で放ったブーメランが今になって戻ってきていたと私は舌を巻いていた。
…それにしてもこんな良い子なのにゆんゆんは何故ここまでお友達が少ないのだろうと私は真面目に思った。
一般的な話、大金がはいったお友達が気前よく奢ってくれると言ったらそれを断る人はどれくらいいるだろうか。おそらく大して考えることなく受け入れる人が多数のような気がする。
━━━━━━━━━━━━━━━
とりあえず6000万エリスものお金を無造作に置いておく訳にもいかないので金庫などを買った方がいいのだろうか。あるいはそういった魔道具などもあるのかもしれない。それに生活する上での細かい物を買う必要もあるので私とゆんゆんは散策兼買い物で街に出ることにした。
宿の主人にそういったものを売っている場所を聞いて改めて王都の街を歩いているが改めて見てもやはりここは広かった。この世界の他の街を知らないので比較対象がアクセルしかないのだけど少なくともこの王都以上に栄えている場所はそうそうないだろうとも思った、それだけ巨大な城下町だったのだから。
「あの…まずはご飯でも行かない…?その、王都に着いてから何も食べてないし…」
確かに私達は馬車での食事以降まともに食事をしていなかった。それに馬車での食事は日持ちするものがほとんどで飽きていたし別の物を食べたくもあったので私はゆんゆんの提案に笑顔で頷いた。
「あれなんてどうかな?手軽に買えそうだけど…」
ゆんゆんが指したのはピザのお店だった。お洒落な赤レンガの外装にも関わらず店外からも気軽に買えるように窓口のような場所で、そこには1人の女の子がいるだけで大して混んではいないようだ。私とゆんゆんは善は急げと足早にその後ろに並ぶことにした。
「まぁ、ピザを戴くのにはお金が必要なんですか?すみません、知りませんでした」
すると私の前を並ぶフードをかぶった少女は残念そうな表情で店主にそう告げた。…どこの箱入り娘なんだと内心呆れたのが本音でもある。
目の前の少女は地味な茶色のフード付きのローブを纏ってはいるものの、中から僅かに覗かせる純白のドレスはとても一般的なものではない。貴族の娘さんなのだろうか?フードから覗かせた金髪も相まって可愛らしい様相をしていた。
「そりゃそうだよお嬢ちゃん…うーん、お嬢ちゃん何処かで見たような…」
終始困り顔のピザ屋の店主は気まずそうに頭をかいていた。とりあえずこちらとしてはお腹も空いていたし、私は後ろからここのオススメのピザを3箱お願いします、と注文してみた。
「あっ…」
背後からの私の注文に気が付いた少女はそれを聞くなり私にカウンターの前をゆずるように動くと気まずそうに俯いていた。それを見た店主も気まずそうではあるが私の注文を受け付けた。
「あの、ア、アリス…?」
多分割り込むように私が買おうとしているのに思うところがあったのか、と考えゆんゆんの声にあえて私は反応しなかったが何故か驚くように少女が反応した。何なのだろうと考えていると梱包が終わったのか店主がピザの入った箱を手渡してくれた。
「1500エリスだよ、…まいどあり」
1箱500エリス。大きさから見るにこれくらいならアクセルで買うと1箱300エリスくらいだろうか。確かに若干物価が高いのかな、などと考えながらも私は店主にお金を払うと、そのうちの1箱を少女に差し出した。
「えっ…あ、あの、これは?」
勿論黙って自分らのだけ買うなど私にはできるはずもなかったので、良かったらどうぞ、と笑顔で手渡すと、少女はフードの中からとても嬉しそうに笑った。それを見たゆんゆんも安堵の表情をしていたことから察してくれたようだし、ピザ屋の店主もそれに気付くと微笑ましそうにしていた。
「よろしいのですか?ありがとうございますっ、そ、それであの…」
そう言うなり少女の目はゆんゆんに向いていた。予想外の視線にゆんゆんは戸惑いながらも目をパチクリさせている。
「今、私の名前を呼びませんでしたか?失礼ですがお会いした記憶がありませんでしたので…」
「え?えっと…貴女もアリスと言う名前なの?」
アリスと聞いた少女はハッとしてまたも気まずそうにしていた。本当になんなのだろうと私はただ首を傾げるしかなかった。
「す、すみません、私の聞き間違いだったようです。それよりお願いがあるのですが、もし宜しければ一緒にピザを食べませんか?1人で食べるのも、寂しいですので…」
私とゆんゆんは顔を見合わせると共に口元が緩んだ。特に断る理由もないし、1人で食べる寂しさを私もゆんゆんも痛いくらい理解できていたりする。2人して頷くと、少女の表情は眩しいくらいに笑顔になった。
「ありがとうございます、嬉しいです♪それでは近くに広場がありますので、そこで食べましょう?」
こちらとしてはまったく土地勘がなかったので気軽に食べられる場所を教えてくれるのはありがたい話だった。
━━━━━━━━━━━━━━━
「わ、我が名はゆんゆんっ!アークウィザードにして、上級魔法を操る者!やがて紅魔の里の長となる者っ!」
綺麗にポーズまで決めたゆんゆんのおかげで広場は静寂に包まれた。最近聞かなかったけどゆんゆんにはこれがあることをすっかり忘れていたし案の定少女はキョトンとしていた。とりあえず私はフォローを入れるように彼女の故郷ではこの挨拶の仕方が当たり前なのですよと言っておいた。
「そうなのですね、それは知りませんでした。紅魔族の方とは初めてお会いしますが、話に聞いた事はあります。一族全員が高い知力と魔力を持ち、アークウィザードの適性を持っていると」
ポーズのせいなのか紅魔族が褒められてるせいなのかわからないけどゆんゆんは顔を赤くしてベンチに座り込んだ。続くように私も自己紹介をした。勿論普通に。
「アリス様と、ゆんゆん様ですね。私は……イリスと申します。」
イリスと名乗った少女の自己紹介に私は内心首を傾げた。確かに似ている名前ではあるものの、アリスと聞いて聞き間違えるほどだろうか?とはいえその辺は人の感性次第な気がしないでもないので特に何も言うことはなかった。
「それでは…いただきますね」
3人並んでベンチに座り、ピザに頬張る。…素直に美味しい。赤いトマトソースとチーズ、ハムやピーマンなどの彩りも良いバランスの具材。ピザ生地はところによりサクサクしてたりふわふわしてたりで飽きない。ピザ自体はアクセルでも食べた事はあったけど今食べるそれは前世含めて食べた事があるどのピザよりも美味しく感じた。
「口いっぱいにソースとチーズの味が広まって…とても美味しいです!」
「本当に美味しい…」
3人して幸せそうにピザを食べていたのだけど私は地味に気になっていた。イリスはどうしてあんな場所に1人でいたのだろう?こちらを様付けしたり、ローブの中から見えるドレスはどう見ても一般的には見えない。
「え…えっと…ちょっとした事からピザの事を知ったのですが、その…どうしても食べたくなりまして…こっそり抜け出してきたんです…」
…段々とパズルのピースが増えてきた。丁寧な口調、世間知らずな箱入り娘、とても一般的に見えないドレス、そして抜け出してきたという単語…
何故だろうか。まだ完全に答えが出ている訳ではないのに私はこの少女からはやく別れたほうがいいと心底で警告を出していた。…とはいえピザを食べ終わりはいさよなら、では流石に無責任のような気もした。アクセルならともかくこの広い王都で自分よりも歳下であろう少女を1人置き去りにするのも危険な気がするのだから。
私は、ピザを食べたらお家に帰りますか?送りますよ。と告げるとイリスは少し残念そうな顔をしていた。
「い、いえ、お二人はこれからどうするのですか?もし御迷惑でなければ、私も着いていきたいです。その…こうやって外に出る機会もなかなかないので、もっと外を見てみたいのです」
更に警告が心の底から響き渡る。とはいえどんなに警報がなったとしてもとっくに手遅れな気がしないでもなかった。
ただ生活用品を買いに行くのも味気ないのでこのまま服を見たり遊んだりしますか。と告げればゆんゆんもイリスも笑顔で頷いていた。とりあえず王都初日は遊び尽くそう。