切っ掛けを作ったのは確かにキョウヤ先輩だった。
だけど……これに関しては完全に私が悪い。
だからこそ、キョウヤ先輩に合わせる顔がなかった。
罪悪感で押しつぶされそうになる。想起した有栖川梨花の記憶が私を蝕む。
まさかこの世界に彼がいるとは思わなかった。
これは…過去を断ち切るチャンスなのか
それとも、過去を償う私の試練なのか
ただどうしたらいいのか、私にはわからなかった。
ミノタウロス討伐の時、私はじっと彼を見ていた。
魔剣グラムの力なのか、キョウヤ先輩の力なのか、強大で巨大な牛の怪物、人型で大きな斧を持ったそれは、どれも一撃で倒されていった。
そんなキョウヤ先輩は、活力に満ちていた。
一方私は…まともに詠唱すらできない状態でいて、私は2回ほど他のミノタウロスに襲われたけど、ゆんゆんが何とか助けてくれた。
何度もゆんゆんは私の名前を呼んだ…けど、私はやっぱり立ち直れなかった。
それによる罪悪感で、私はゆんゆんにも顔向けできなかった。
本当に、情けない。
きっかけは夢だと思って、この姿を変えた。
だけど完全に変わりたかった私は、名前をも捨てた。
そして強くなった。私は変わったと思った。…だけど…
私は何も変わっていなかった。変わりたいと嘆いていたあの時の私のままだった。
私の自殺した切っ掛けはキョウヤ先輩。だけど、キョウヤ先輩が死んだ切っ掛けは……私なのだから。
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闇夜に染まる王都の街は僅かな街灯と建物からの明かりに照らされていた。私は冒険者ギルドから出た後、宿にも戻らずに薄暗い公園のベンチに1人座っていた。
その場所はアイリスとゆんゆんとピザを食べた場所。土地勘のまだあまりない私は、ここくらいしか1人になれる場所を見つけられなかった。
「……っ!やっと見つけた!」
突然の声に私はハッとして俯いていた頭をあげた。…声の主は青い鎧で身を包んだ…ミツルギさんでした。こちらを見るなり駆け寄ってくる、私の心拍数があがる。逃げ出したい気持ちになる、だけど私は動けなかった。
「色々聞きたいことはあるけど…僕は君に先輩と呼ばれてずっと考えていたんだ、僕を先輩なんて呼ぶ人は……いや、なんでもない…」
公園に僅かながらの風が吹き抜けた。だけどその風の音すら聞こえない。ミツルギさんの声だけが私の聴覚を支配していた。…おそらく先輩と呼ぶ人は前世にしかいないと言いたかったのだろうけど、仮に私が元々この世界の人間だとしたら、そう言ってしまえば的外れでしかないと思ったのだろう。
そんな彼は…何も言わない私を気にしているのか気まずそうに言葉を続けた。
「……今から言う事の意味がわからないのなら、僕の話はそこで終わりだ…、だから1つだけ聞きたい。……君は日本という言葉を知っているか?」
それは凄く遠回しな質問だった。当然ながら彼は私と同じように転生者であることを隠しているのだろう。それは言い紡いだ言葉からも察せられた。…実際私が転生者であることは同じ境遇であるカズマ君と転生させた張本人であるアクア様しか知らないこと。
……この質問は分岐点。私がここでとぼけてしまえばそれで話を終わらせることは可能かもしれない。
確かにそれをしてもミツルギさんは簡単には納得しないだろう。だけど彼が私を転生者と疑っている理由は私が彼をキョウヤ先輩と呼んだことだけ。私の国では尊敬する相手に先輩とつけるとか適当な嘘をつけばしぶしぶながら納得する可能性はある。
それに彼はおそらく転生特典で姿まで変えられることは知らないと予想できる、実際ある意味私以上の裏技を使って女神様を特典として連れてくるという荒業を成し遂げたカズマ君でさえも最初は姿を変えられることまでは知らなかったしこの話をした時に俺もイケメンになっておけばよかった、などと言っていた。
何よりも彼にその確証があるなら私にもっと直接的な言葉で聞いている可能性が高い。そう思えた。
…だけど、本当にそれでいいのだろうか。
私の中で何かが訴えてくる。この話をしたら…おそらく彼は自分を責めるかもしれない。あるいは私を責めるかもしれない。だけど話をしたいという気持ちがどんどん強くなる。
質問されてどれくらい時間が経ったのか、私にはわからなかった。
10秒かもしれないし10分かもしれない、1時間と言われても驚きはしない程度には時間の流れを感じていた。…それでも彼は…私の言葉を急かす事なく、ずっと待っている。
……おそらくこれを乗り越えなければ、私はずっと何も変われない。
これが多分、有栖川梨花としての唯一やり残したことだろうから。
だから私は……どれくらい経ったかわからない静寂の中、力なく返事をした。
「……なら…君も転生者なんだね…?」
再び私は頷く。そして重苦しい口を、私はゆっくりと開いた。
……1人の少女の話をします。聞いて貰えますか……?
ミツルギさんは、それに頷くと少し距離を置いて私が座っていたベンチに腰掛けた。
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こことは違う世界。日本という場所に、1人の少女がいました。
名前は有栖川梨花。中学三年生で、15歳になりたての、大した取り柄もない、探せば何処にでもいるような、漫画やゲームが好きなだけの少女。
だからと言って暗いわけでもなく、特別明るい訳でもない。何もかもが平均的な少女。
とある日、少女は通学中でした。片手にはスマートフォンを持ち、イヤホンをつけてゲームを楽しんでました。
更に朝の通学時間とあって、その時の少女は寝ぼけてました。
だからこそ気が付かなかった。自分の目の前を通ろうとする大型トラックの存在に。
ふと気が付いたら少女には大きな衝撃がかかりました。耳にしていたイヤホンは外れ、スマートフォンは地面に落とし、画面はヒビだらけになっていた。
少女は何かに前方から弾き飛ばされたようだった。だけど目の前に止まっている大型トラックではないことは明らかだ。もしそうなら少女は無傷でいるはずがないのだから。
ふと視線をトラックの前にやると、茶髪の学ランを着た男の人が、血塗れで横たわっていた。
その瞬間に察した。少女は彼に助けられて、彼は少女を庇って犠牲になったのだと。
……後に知る男の人の名前は御剣響夜。即死だったらしい。
少女が後から知ったその人は類稀のないルックスと優しい性格で地元の女の子からはアイドル的な存在だったようだ。
と、いうのは少女は知らなかった。ゲームに夢中だった少女は、異性に興味があまりない子だったから。
…そこから少女にとっての地獄は始まった。
彼に想いを寄せていた人はいくらでもいた。そんな人達が少女の、歩きスマホなんかで、想い人が亡くなったことなんて許せるはずがなかった。
まずこの歩きスマホによる悲劇はマスコミの格好の餌食となる。それにより少女の周囲では状況が加速した。
テレビドラマで再現されたようなイジメの数々は一通り受けた。机に花が添えられて、その机には安直に死ねと書かれてたり、中には御剣さんを返してという文面にはひどく少女の心に堪えた。
トイレにはいれば待ち構えてたかのように頭上からバケツごと水を被せられ、離れてる間にお弁当の中に虫やゴミや塵クズなどがいれられたり、体操服や上履きは見るも無惨に切り裂かれたり。
直接的な暴力はほとんどなかった。だけど逆にそれが厄介だった。それらの行為は少女を学校から遠ざけるには充分すぎるものだった。何よりそれらによって少女は先輩を殺したと完全に思うようになっていた。
だけど家に引き込もっても少女が許される事はなかった。部屋の窓は何者かにより石を投げられて割られて、それが1度や2度ではなかった。
脅迫めいた手紙や家の壁にスプレーで人殺しと書かれて、流石に両親の通報で警察も動いたけど、犯人は特定できなかった。
少女の唯一の味方は両親だけだった。多くなかった友人はこの事件以降少女に関わろうとしなかった。…そんな唯一の味方は…少女のせいで喧騒は毎日のように続いた。
母は引っ越そうと言っていた、おそらく母も少女の母親ということでなんらかの被害を受けたのかもしれない。少女のせいで辛い想いをさせてるのが少女はとても辛かった。
父はそれで逃げて何になる、立ち向かわないと駄目なんだ、それに仕事があるのに安易に引っ越せるわけがないだろうと言った、むしろ後半が本音のように聞こえた。前半をやれと言うにしてもそれは少女にとって到底できるものでもなかった。
少女に味方は…もう、いなかった。
もはや少女は存在してはいけない人なんだと思ったら、行動は早かった。
誰もが寝静まった深夜。少女は2階の屋根に登って、怖いという感情を押し潰して、下に見えるコンクリートの壁にぶつかるように狙って…飛び降りた。
深夜なだけあって虚ろな様子のままそれをした少女の前には、気が付いたら水色の髪の美しい女の人がいた。
意識がはっきりしなかった少女は、話を聞いて…ゲームのキャラクターそのものにして欲しいと願った。
その時はどうせ夢なんだから面白そうなことをやってみようみたく思ったけど、違った。
少女は、自身という存在を心から捨てたいと思っていたのだから。
……
重苦しい空気に押し潰されるような感覚がした。
身体がまったく動かなかった、だけど私のせいで命を落とした彼にはなんとしても言わなければならなかった。だから、そっと私は無理矢理にでも立ち上がり、ベンチに座る彼に向かい…その頭を深々と下げ、謝罪した。
ごめんなさい…ごめんなさい…と意思はあるものの力なく、どんなに謝っても許される事ではないのはわかっている。そして同時に全てを話した事を後悔もしていた。
私が転生者である以上、前いた世界で私が亡くなったことは嫌でも繋がってしまう事、つまりこの場所に私がいることがその証明になってしまうから隠しようがなかったとはいえ、私は話してしまった。
「……そうか…僕が死んだ後そんな事に…」
ミツルギさんはベンチに力なく座ったまま俯いていた。戦っていた時の彼とは違い、今の彼は弱々しくすらあった。彼が罪悪感を持っているのはすぐに理解できた…彼は何も悪い事はしていないのに。
「…ごめん、正直なんて言えばいいか思い付かない。あの時の僕は…何も考えていなかった。ただ君が…有栖川さんが危ないと思って気が付いたら飛び込んでいた……だけど、ひとつだけ言える事はある」
ミツルギさんはそのまま顔をあげると、本当に私を心配しているのが伝わってくるような、そんな真っ直ぐとした目をしていた。
「有栖川さんはもう許されていいのだと思う、例え世界中の誰がなんと言おうと…彼女は充分に罰を受けたんだ。だから僕は…有栖川梨花さんを許す」
その言葉に…思いもよらないその言葉に、私の瞳からは次々と雫が落ちた。それは止まることがなく、いつまでも流れ続けた。なんて言えばいいのかわからなかった。ただその場に立ち尽くして、私はその涙を拭うことなく、泣いた。
そんな私に彼は立ち上がり、そっと頭を撫でてくれた。暖かな温もりが確かに私の心に伝わってきた。
「今まで辛かっただろう…今の僕は君が泣き止むまでこうすることしかできないけど…」
私は何も言えず、ただ彼の優しさに甘えるように、ずっと溜まっていたものを、前世から引き継いでしまったそれを、何時までも流し続けるのだった…。