嫌な予感は拭えないもののそれ以前に気になることもある。クレアさんやレインさんの姿が見えないのだ。いつもなら大抵はアイリスの横に立っているのに今日はどうしたのだろう?
「今日はクレアもレインも忙しいようで、私1人で待っていたんです。お城の中ですし衛兵の方々もいるので護衛は必要ありませんと私が強く言ったのも大きいかもしれません」
これから遊びに行くことで常に楽しそうに話すアイリスにはいつも癒される。それでいて私はなるほどと納得した。抑止力がいないからこそのこの服装と言う訳だ。流石にこの格好ではクレアもレインも止めにかかることは間違いない。ただアイリスの言うことにも一理ある。
私は遊ぶ為と割り切ってはいるものの、だからと言って護衛という概念を完全に捨て去ったつもりまではない。だからこそこうしてアイリスを迎えに行く際は、私もゆんゆんもクエストに行くのと同様に完全武装状態だ。冒険者としての普段着と言えばそうかもしれないけどそれでも身分を隠す為にラフな格好でいたアイリスと並んだ時には若干の違和感は拭えないのかもしれない。
…本当にそれだけの理由でアイリスが武装した格好なら問題はないかもしれない。だけどせめて帽子くらいはつけてもらわないと普通に身バレは有り得るのだけど。とはいえ今の格好に帽子は流石に似合いそうにない。
…少し考えて私は自身の後頭部に付けているお気に入りの紺色のリボンを解くと、アイリスの後ろに回り、それでアイリスの髪を束ねた。
「わわっ、アリスさん?」
肩まで届いていたアイリスの髪はお団子のように後頭部にまとまり、それを見たゆんゆんは楽しそうに持っていた手鏡をアイリスに見せた。
「確かにこれなら一見アイリスちゃんと思わないかも…それに凄く可愛くなりましたよ!」
「そ、そうですか?普段髪はあまり触らないので少し恥ずかしいですが…その、嬉しいです♪」
元々アイリスはそんなに王都の街の人の前に顔を出すことはない。だから髪型が変わるだけでも意外とわからなくなるものだ。一方ダクネスはそんな私達の一連の流れを見て驚愕の表情で固まっていた。ダクネスが思った以上に私達がアイリスに対して気安すぎたせいでもあるかもしれない。ただアイリスの本当に嬉しそうな表情を見て半ば諦めたようなため息をついたかと思えば微笑ましそうにアイリスの傍に近寄った。
「とてもお似合いですよアイリス様」
「ありがとうございます、ララティーナ。それでこれから街に行くのですから、私の事はイリスと呼んでくださいね?言葉遣いも普通に接してくれないと、私の身分が気づかれてしまいますよ?」
「そ、それは…!?」
これには予想していなかったのかダクネスは面食らったようにたじろいでいた。私達に着いてくるならこれくらいは想定内のはずなのだけど。どうやらダクネスとしては完全に『アイリス様の護衛』と認識していたからかそこまで考えに至らなかったのかもしれない。
「……ぜ、善処致します…」
「…ララティーナ?」
「うっ……わかりま…わかった……イ、イリス…様…さん…」
全然善処できてないと頬を膨らませたアイリスは可愛らしかった。それにしてもダクネスは頑なすぎる。私としては私達よりもダクネスの方がアイリスの気持ちは理解できるものだと思っているのだが。
「…それはどういう意味だ…?」
「あ、あの…さっきから気になっていたんですが…ララティーナさんって、ダクネスさんのことですか?」
「…あっ」
どうやらダクネスはゆんゆんに正体をバラしてないのを完全に忘れていたらしい。この際だから言ってしまってもいいのではないかと思うのだが。カズマ君は知ってるようだしアクア様やめぐみんにも近い内に話すつもりなのだろうしそれなら順番がおかしい気もするけど今や一緒に住んでいるゆんゆんに言っても問題はないはず。
「…そうだな…すまないゆんゆん、よく聞いてくれ。私の真名はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の一人娘だ」
「……えぇ!?」
それを聞くなりゆんゆんはある意味アイリスが王女と知った時よりも驚いている。気持ちはわかる、あんな性癖持ちが王家に近しい貴族の出という身分だなんて思うはずがない。ある意味最高の隠れ蓑なのだから。
「…す、すみません、ララティーナ様、私ったら家で色々と失礼なことを…!?」
「お、おい待てゆんゆん!?私は別に…!」
さてさて、ゆんゆんの反応は天然でこうなっているのだろうけど私としてはよくやりましたゆんゆんと褒め讃えたいくらいの気持ちだった。突然のゆんゆんの対応に困惑気味なダクネス…もといララティーナ様に向かい私は丁寧に頭をさげた。私としてもララティーナ様に対する無礼の数々、真に申し訳ございません、と。
「…いやだからやめてくれ…!?まず私をララティーナと呼ぶな!!」
「……ララティーナ?今の貴女なら私の気持ちを理解して頂けるのではないでしょうか?」
「アイリス様…!?そ、それは…」
ようやくダクネスは理解したのか、ララティーナと呼ばれた恥辱で顔を真っ赤にしながらも声も出せずに縮こまってしまった。私が言おうとしたこともアイリスが言ってくれたし、まさに計画通りである。少しだけ間を空けてダクネスはようやく落ち着いたのかその顔をあげた。…それはもはや諦めたようなぐったりしたものだった。
「…わかりましたイリス…では私の事もダクネスと呼んでいただいてもよろしいですか?」
「…っ!…はいっ!よろしくお願いしますね、ダクネスっ♪」
対してアイリスは本当に嬉しそうに笑顔で返事をした。ようやく落ち着いたかと私も笑顔になる。ゆんゆんはまだ少しおどおどしてたけどアイリスの言葉を聞いてなんとか落ち着いたようだ。
……それにしても不意な出来事とはいえ、アイリスとゆんゆんには感謝の言葉しかない。何故なら思わぬところでダクネスの弱点を知ることができたのだから。
もし次にドM全開で迫られるようなら「お戯れがすぎます、自重してくださいませ、ララティーナお嬢様」とでも言ってやろう。そう思うと私は内心ニヤリと笑っていた。
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「さぁ、クエストに行きましょう!クレアとレインには内緒ですよ♪」
城から離れて歓楽街にきたところでアイリスがとんでもない爆弾を投下してきた。ものすごくいい笑顔でそう言うのだけど流石にそれは能天気な私でも看過できることではない。ダクネスにはあー言ったもののカズマ君に次いで国家転覆罪の疑いをかけられるのは真っ平御免である。
ぶっちゃけてしまうと予想してはいた。以前私とゆんゆんがクエストの話を話題として出した時のアイリスの顔はそれはもうキラキラと純粋に憧れますオーラを醸し出していたのだから。
「アイ……イリス、流石にそれは駄目とわかるでしょう?お友達に迷惑をかけるものではありませんよ」
当然の如くダクネスからストップがかかる。偶然とはいえダクネスがいてくれて良かった。私とゆんゆんなら色々言われて押し通された可能性があるだけに。
「そうは言いましても…この街もある程度回りましたので飽きてしまいまして…」
「それでも我慢してください、本当なら私としてはこうやって街に出ているだけでも心臓が止まりそうな想いなのですから…」
そう言うダクネスは実際に自身の胸を抑えて苦しそうにしていた。私としてもこればかりはダクネス寄りの考えだけど何か手はないものかと考えるものの…クレアさんから出された条件をクリアできる案は浮かびそうにない。
「…あ、あの…これも駄目かもしれないけど…例えばアクセルの街に来てもらうとか…」
「…っ!?本当ですか!?アクセルといえばあの冒険者サトウカズマがいるのですよね?私、是非お会いしてみたいです!」
しまった、
「そ、そうですね、クレア様の許可があれば吝かではありません!」
流石に街の外に出る事をクレアさんが良しとするはずもない。アイリスは少し不満そうだったけど渋々了承してくれた。ゆんゆんはゆんゆんで失言だったと気が付いたのかバツの悪い顔をしていたけどこうなれば結果オーライである。とりあえず今日もまた王都の街で楽しんでもらおうと私達は歓楽街を進んでいった。
……
数時間が経ち、ダクネスは不思議そうな顔で私に近付いてきた。
「気になったのだが…常にイリスとゆんゆんが手を繋いでるのは何故だ?」
それは私達がアイリスと過ごす際の基本的なスタイルだった。手を繋がなくてもいいけどできる限りどんな時もゆんゆんが近くにいることは絶対だ。アイリスに悟られないように私から手を繋ぐことも少なくはないけど。
「だからどうして……?…なるほど」
ダクネスはふと納得したように安堵した顔を見せた。おそらくダクネスが考えていることは正解だろう。
ゆんゆんにはテレポートがある。だから有事の際にはすぐにでもアイリスを王城前まで飛ばすことが可能だ。それだけではない、お花摘みなんかでもゆんゆんのテレポートでそうするようにしている。アイリスが孤立することを避ける為に。
また、食事に関しても完全にではないが気を配っている。食べる時は基本的にアイリスが食べたいものと同じものを頼んで私やゆんゆんが先に食べたり、あるいは個別に配られるものならさりげなく私やゆんゆんのどちらかのものと交換したり。やっていることは完全に護衛の役割だけどクレアさんから頼まれて自然な形でそれらをやるようにしていた。決してアイリスに気を使わせないようにさりげなく。
「…だったら最初から教えてくれ…そこまでしているのなら私もあそこまで胃を痛めることもなかったんだが…?何より護衛としてしっかりやっているようにも見える…」
その言葉には否定しかできない。あくまでも私の定義でアイリスはお友達なのだから。
アイリスというお友達と一緒に問題なく遊ぶ為にこのような処置をしているだけ。普通ここまで自然にやるのは私にもゆんゆんにも無理だ。だけど私としてもゆんゆんとしても、共通する認識はお友達はとても大切な存在だから。お友達の為にと動く私とゆんゆんは強いと言いきれるくらいの自信はある。だからアイリスとお友達でいられる為にと思えばこの程度のことは何の苦にもならないし率先してやってもいいくらいある。
…特に私の場合、この世界に来て初めてお友達というものを知ることができたから、大切にしたいと思えるのはごく自然なものだったから――
……少し余計な事まで話したかもしれない。ダクネスは黙って俯いていた。
「それは…普通に護衛をするよりもかなりハードルが高いことではないか…?」
言われてみればそうかもしれない。形式的には護衛する上でそのそぶりをアイリスには一切見せずにお友達として仲良く接している。だけどだからなんだと言うのか、私とゆんゆんのお友達に対する想いは尋常ではないのだ。それでクレアさん達が納得してなおかつアイリスが笑顔でいてくれたら何も問題はない。…そんな私の気持ちを聞いたダクネスは、軽く衝撃を受けたような顔をしたと思えばその顔はすぐに安らいでいた。
「…そうか。1つ聞きたいのだが…、そのお友達には私も入れてもらえるのか?」
突然の申し出に少し驚いたものの、私は笑顔で頷くことができた。ドM対策は完璧なので断る理由がないし何より一緒に暮らすルームメイトでもあるのだから、仲良くしたいと思う気持ちは本物だった。
「2人ともー?そろそろ次に行きますよー!」
「イ、イリスちゃん、そんなに慌てなくても…!」
ふとアイリスの声が聞こえてくる。顔をあげればアイリスはゆんゆんを引っ張って楽しそうに走っていた。私はダクネスに微笑みかけると、ダクネスは苦笑混じりでありながら楽しそうにアイリス達の後を追うことにした。
ダクネスとしてももしかしたら気軽にお友達と付き合うことは少なかったのかもしれない。クリスがいるけど彼女は中々出会えないし。だからこそ、私が頷くことで見れたダクネスの表情は本当に嬉しそうだったのだから。