初の試み第三者目線
時刻はぼちぼち夕刻になろうとしていた。いつもならばアイリスを王城へと連れ帰ることを考える時間帯だ。…しかし、自然な流れで確かに不自然なことが起きていた。自然な流れなので誰もがそれに気が付かない。
状況は相変わらずアイリスが先導してゆんゆんの手を引っ張り、そしてその後をアリスとダクネスが追うような形。出店でクレープを買って食べたり、公園の噴水を眺めたり、行動的なアイリスにより目まぐるしく場面は変わっていく。今もなお、アイリスによる先導が続いているのにようやく違和感を感じたのはダクネスだった。
「アリス、聞きたいのだがこの先は何があるんだ?」
「…この先は行ったことがないです、ダクネスは知らないのです?」
「…あぁ、私の拠点はアクセルだからな。王都にもよく来るがこのような裏路地にまで入ったことはないし普段入る必要もない」
裏路地と表現されたその場所は夕刻近いとはいえ、まだ日が天にあるのにも関わらず薄暗い。本来遊ぶという名目で王都を駆け回るアイリス達にとって今居るこの場所はまず縁のない場所に等しい。アイリスは何故こんな場所に来たのか、今も尚走っているのか、わからないがこれ以上この先に進んでも遊べるような明るい場所があるようには見えない。
「…イリス!ゆんゆん!ちょっと止まってくれるか?」
そんなダクネスの真に迫るような声にアイリスもゆんゆんもまた、その足をピタリと止めた。振り向けば2人ともに何かあったの?といった感じでキョトンとしている。その表情にはこのような場所にまで来ている疑問は全くなさそうだ。
「イリス、迷いなくこの奥を目指してますがこの先には何があるのです?」
「アリスさん?……そういえばそうですね…」
「えぇ!?イリスちゃんもわからないで来てたの!?」
アイリスから奇妙な答えが返ってくる。理由もなくこのような人のいない薄暗いところに来たというのだからこれが奇妙ではなくなんなのか。アイリスが普段天然で謎行動をとるような性格なら呆れながらも笑い話にもなろうものだがアイリスは若干世間知らずな面はあるもののそのような性格ではないし過去そのようなことをしたこともない。この状況は4人に緊迫感を与えるには充分なものだった。とくにアイリスには。
「…本当に私は何故こんなところに…?」
「…とにかく、この先に用事がないと言うのなら戻るべきです、時間的にもそろそろ城に帰る頃合でしょう。…2人もそれで構わないな?」
困惑するアイリスに対してダクネスも不安を隠せていなかった。ゆんゆんはダクネスの言葉に震えるように首を縦に振り、アリスは何をすることもなくただそこに立ち尽くしている、まるで何かに集中するように。
「…アリス?どうした?」
「……視線を感じます、それも複数の」
「…っ!?」
女性は視線に敏感と言う話をよく聞くがアリスのそれはそれどころの精度でもなかった。彼女はこの世界に来てから様々な奇怪な目で見られたりしている経験から敵感知スキルほど優秀ではないが敵対視するものなら即座に感じ取れるくらいのものは持っている。一気に緊張が高まる、アイリス以外の全員が武器を構える。
…本来それは悪手だ。何の為にゆんゆんはアイリスの傍に常にいるのか。即座にテレポートを使えばそれで終わる問題だった。幸い全員近くにいるのだから敵がいるとしてもまずはアイリスの安全を優先すべきだ、冷静な判断ができたならゆんゆんもすぐにそうしていただろう。
「…おいゆんゆん、早くテレポートを!」
「…え?……っ!?は、はい!!」
しかしゆんゆんは冷静ではなかった。突然の状況に即座に対応するほどの強靭なメンタルは彼女にはない。それでもダクネスの一声ですぐ様思い出すようにゆんゆんはテレポートの詠唱を始める。次第にその詠唱に呼応するように4人は光に包まれていく。だが…その詠唱は1秒遅かった。
「行きますっ!テレポー――……っ!?――っ!!」
後1文字言えば発動したであろう転移魔法は光包むだけで術者の残り1文字を待つだけなのに…その残り1文字が出てこない。
「…ゆんゆん?…っ!?まさか沈黙の魔法か!?」
よく見えばテレポートの光とは別に周囲には白い霧のようなものが充満していた。…それは沈黙の魔法―サイレント―で間違いなさそうだ。
「――っ!」
これが影響するのはゆんゆんだけではない、アリスもまた同じだった。そしてアイリスも。誰一人喋れないかと思いきや1人だけ無事な者がいた。
「くっ…全員固まれ!敵に隙を見せるな!」
それはダクネスだった。彼女はクルセイダーでありそのスキルポイントは全てを防御寄りに振っている。それは状態異常からの守りも例外ではない。もっともダクネスが効かないからと言ってそれは戦力的にはあまり意味は無い、沈黙は魔法詠唱やスキルを阻害する状態異常なのだから。それでも戦力的には意味がなくても戦略的には意味があった。まずこうして他の3人に指示を出すことができた、…それだけと言われればそこまでだが。
「なんだ?クルセイダーなどいたのか、情報になかったぞ」
「誤差の範囲だろう?俺達のすることは変わらねぇよ」
1人、また1人とその場を囲むように姿を現していく。数は8人。それぞれが20~30歳ほどの若い男で王都の華やかさとは無縁そうな様相、見た目的には盗賊やら山賊やらと言った方がしっくりくるような者ばかりだった。
「おいおい、金髪のガキは2人いるぞ、どっちなんだ?」
「そこまで知らねえよ、どっちも攫っちまえばいいだろ?」
「貴様ら…!」
ダクネスは剣を構える。だがダクネスの攻撃は当たらない。それは少なくともアリスとゆんゆんは理解していた。勿論ダクネスとて理解している。だからこそダクネスがやる事は時間稼ぎ、防御に徹してダクネスからは攻撃を仕掛けることはしない。そうしないと攻撃が当たらないことが気付かれてしまう。だが術者2人はどちらも優秀なメイン火力、沈黙さえ治れば返り討ちにする、あるいはテレポートで最悪アイリスだけでも逃がす、どちらでもできる。
お喋りな賊だが目的は理解できた。金髪のガキを攫うつもりだという。この中で金髪はゆんゆん以外の3人、ガキ…子供の容姿を持つのはアリスとアイリスの2人。そして目的が誘拐となればアイリスがターゲットの可能性は高い。
それに伴い、アイリスの周囲を囲むように3人が背中合わせになった。相手は数が多い、流石にダクネス1人での対処は難しい。これが低能な魔物ならダクネスのスキル『デコイ』で全ての敵意を引き受けることも可能だがそもそもデコイは知能が高い人間などには全く効果がない。また、賊がダクネスの攻撃が当たらないことに気付いた場合はダクネスを完全に無視してアイリスを攫うことにするだろう。
…状況は最悪だった。あえてマシな事柄をあげるなら、今喰らった沈黙の魔法は魔道具によるもののようだ、その証拠に賊の中に術士らしき者は見当たらなかった。
ダクネスの目の前の2人の賊が同時に片手剣、片手斧をそれぞれ大振りに振るい襲いかかる。攻撃ならともかく防御ならダクネスはそこらのクルセイダーよりも強い。手に持つ白銀の両手剣でそれらを同時に受け止める。重厚な金属音が静かな場所で響き渡る。そして2人同時にも関わらず鍛え抜かれた剛腕は強引にそれらを押し払うことすら可能にした。
「この女…なんて馬鹿力だ!?」
「おい、このクルセイダーはこっちに任せてお前らは獲物を狙え!」
尻餅をつきながらも賊達は諦めない。何が目的でそこまでさせるのか、意を決したように他の賊も動き出す。今度は3人がダクネスに向かい、残り3人はアリスやゆんゆんに向かっている。ゆんゆんは片手に短剣を構えているが誰が見てもわかるようにその身体は恐怖で震えている。通常でも難しいのに大の男の攻撃を凌げるようにはとてもではないが見えない。これはダクネスも覚悟をした…その時だった。
「ぐわっ!?」
「馬鹿な、魔法だと!?まだ沈黙が切れるにははやいはずだ!?」
見ればアリスの持つ杖は先端の十字架が丸く光っていた。アリスがそれを振るうと賊に向けて光弾が発射される。それに当たる賊は次々に倒されていくがそこまで威力は高くないようだ、賊達はすぐに立ち上がった。
《パワーウェーブ》
これはアリスの持つ転生特典スキル。ただしそれは詠唱を経て攻撃したりするもの…アクティブスキルではなく、通常攻撃での遠距離攻撃を可能とするパッシブスキル。魔力の消費もないそれの威力は実際に杖で殴った程度の威力でしかないので非力なアリスが使ったところでダメージはさほど無かった。それでも魔法が使えないとタカをくくっていた賊が警戒して動きを制限するには充分なものだった。
「――っ!!」
アリスの背中側から聞こえた続く鈍い金属音。ダクネスのそれと違い受け止めたのはゆんゆん、アリスの牽制により多少落ち着けたのか、迫る片手剣を両手で支えた短剣により受け止める事に成功した。…だが彼女は所詮アークウィザード、腕力で大の男に適うはずもなくダクネスの時とは逆に横凪に払われてしまい体制を崩してしまう。短剣から離された片手剣は無情にもゆんゆんを狙い振り落とされる。
そして衝突による大きな金属音が鳴った―
「…こ、このガキ!?どこにそんな力が!?」
ゆんゆんを庇うように前に出たのはアイリス。その両手にはあのどう見ても普通ではない剣、持ち主曰く『なんとかカリバー』。剣を持つその少女の表情はいつもの様な愛らしいものではない、片手剣を振り落とした賊の目の前の少女は幼いながらも凛々しく王族としての気品をも備えた1人の美しい剣士に見えた。沈黙によりスキルは使えない、だがただの賊を相手にした彼女にとってそれは何のハンデにもならなかった。剣で強引に抑え込むと同時に流れるような一閃は、煌びやかで見る者を魅了すらしそうになる。
「――っ!?」
1人を撃破した。前に出たアイリスに横から違う賊が襲いかかる。同時にアリスにも別の賊が。ダクネスは今もまだ3人もの賊を抑え込んでいる。
アリスはすぐ様光球を飛ばして賊を怯ませる、その後ろから迫る身軽そうな男がニヤリと笑ったのを確かに見た。
「スティール!!」
両手を伸ばした賊の手にはアリスの持っていた杖が握られていて、それ見たアリスの表情には焦燥の色が見えた。スティールは盗賊のスキル、効果は窃盗。対象の持つ装備やアイテムをランダムで盗む。ランダムとはいえその効果は使用者の幸運値が判定に左右し、その賊はそれが高かったようだ。狙い通りの成果に盗賊は気持ち悪い笑みを浮かべていた。
それと同時にアイリスは横から迫る賊の攻撃を目視するまでもなくしゃがむことで回避し、起き上がると同時に下から上へと剣を振り上げた。隙のない斬撃は賊を切り裂き流血をみせ、そのままその身体は派手にふっ飛ばされるとアリスと対峙していた盗賊にぶつかる。
「ぐっ…!?」
盗賊はそれによりアリスから奪った杖を落としてしまう。その場のほとんどの者の視線がアリスの杖に集中した。
アリス自身が、強引に3人の攻撃を押し返したダクネスが、剣による牽制を続けるアイリスが、そして杖を落とした盗賊が強引に斬られた仲間をどかせて拾いに行く。
「…アリス!!」
声の主はゆんゆん、ゆんゆんが即座に回収した杖はそのままアリスに投げられ…アリスはそれを掴み取る事に成功した。長く感じた沈黙は終わりを告げたことをゆんゆんの声が証明していた。これなら反撃できる…が。
「…みんな集まってください!…《ウォール》!」
アリスのウォールが発動すると同時に全員がアリスの傍に揃った。何も知らない賊は一斉に襲いかかるが全ての賊はその場から弾き飛ばされる。そして沈黙の効果が切れたのならゆんゆんがする事はひとつしか無かった。
「…テレポート!!」
「くそっ!!待ちやがれ!!」
賊の叫びが聞こえてきたと同時に、アイリス、アリス、ダクネス、ゆんゆんの4人は光に包まれると同時にその場からいなくなる。アリスとゆんゆんが取った行動は反撃ではなく、アイリスの身の安全を1番に考えたことでの撤退だった。