時刻ははやくも夕刻になっていた。勧誘していて慣れもでてきたものの、少し冷静になると込み上げてきたのはどうしようもない羞恥心と罪悪感。ちなみにその間の食事がとくにひどい。
エリス教徒が無償で他のエリス教徒に配給しているパンをわけてもらうのだがセシリーはそれを強奪しようとしていたのだ、普通に犯罪である。
結局は勧誘方法と同じように私が涙目上目遣いでわけてもらった。やっぱり恥ずかしいし罪悪感がぱないのは変わらなかったのだけど一応は相手の合意が得られているだけ強奪よりは明らかにマシだろう。
そしてそのパンの見た目と味には非常に覚えがあった。この世界にきて初めて食べたものとまったく同じ味なのだ、忘れるはずがない。そう、教会にやけにパンだけが大量に置いてあったのはつまりはそういうことなのだ。もはや何も言えない。
遠回しにそういうのはやめた方が…とセシリーに告げるとセシリーは何言ってんだこの子って顔で私を見てきた。完全にこちらがすべき顔である。
アクシズ教の教義にエリス教徒への嫌がらせは当たり前みたいなことがあるらしい。聞いた時はかなり引いた。そして後から知ったのだけどエリス教とはこの国の国教になるほど巨大なものらしい。通貨単位がエリスなことからもある意味日本でいうところの仏教以上かもしれない。
話が逸れたが昨日の今日で私はアクシズ教が嫌われている原因を充分に理解した。今後関わらないようにしようと心に決めた瞬間である。もう手遅れな気がしないでもないけど。
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とまあ様々な葛藤と心の中で戦いながら私はアクシズ教の教会に戻って休んでいた。セシリーはというと今日得ることができた大量の名前入りの入信書を抱えてアクセルにあるアクシズ教の総支部に行くらしい。その顔はかなりのホクホク顔であった。どうやら入信書を持っていくことで教会の運営費やらセシリー個人の報酬がもらえるようで昨日のセシリーの勧誘とこの教会のボロボロ具合を見る限りまさに納得の一言である。
ちなみに今日勧誘できた人の数は39名。
39名だ。39名もの罪の無い人達が犠牲になったのだ。中にはエリス教から改宗した人もいてしまった。恐るべしロリ美少女パワーである。客観的に言えてしまうのは私が私の顔を未だに自分として認識してしまっていないからだろう。この姿になってまだ2日なのだからそれは仕方ない。私は罪悪感でいっぱいになり頭を抱えた。内部事情を知れば知るほどアクシズ教にははいりたくないと思えた私にとってそれはそれは申し訳ない気持ちしかでてこなかった。
「ただいまぁ♪アリスちゃーん、今夜はご馳走よー♪」
テーブルに寝るように沈んでいたらセシリーお姉ちゃんが帰ってきたようだ。相変わらずのホクホク顔でその両手には様々な食材やらお酒が詰め込まれた袋を持っている。
中には屋台で買ったのだろうか揚げた骨付き肉だったり串焼きのようなものやら既に料理として完成しているものもある。この世界にきて質素なものしか食べていない私にとってそれは自然とごくりと生唾を飲み込ませたのは言うまでもない。
それにしてもこのセシリーお姉ちゃんなんだけど…アクシズ教云々を抜きにしたらお調子者の優しい美人お姉ちゃんて感じなだけにアクシズ教がプラスしたことでかなり色々と残念なことになってるのでそれについては本当にもったいないと思えてしまう。
「まだ夕食には少しはやいけどー…今日はいっぱい頑張ったしお腹も空いてるでしょ?さぁ飲んで食べて騒ぎましょう!」
そんなことを考えていたら様々な料理が既にテーブルに並べてあった。まるで宴会でも始めるかのような勢いに私は苦笑した。
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様々な濃い味付けの料理に自身の舌と胃袋が歓喜する。ただ少し冷静になると、一部何のお肉か分からないものがあったので少し怖かったがとりあえず美味しかったのでよしとする。聞くのも怖いので聞かなかった。また、何も遠慮もなくお酒を勧められたものの、15歳の私は当然飲んだことがないし飲むつもりもなかったので丁重に断りをいれてちびちびとりんごジュースを飲んでいた。この世界ではお酒に関する法律とかがないのだろうか?日本にいた時に生活していていちいち法律など意識したことがないので、その考えに違和感を持ちながらも、夢中となって美味な料理を噛み締めていた。
「あ、そうだ。はいアリスちゃん♪今日はご苦労様でしたっ」
食事もある程度進んで落ち着きを見せたところで、お姉さんはおもむろに懐から便箋を取り出し私に手渡した。
中に入っていたのはアクシズ教の入信書…は何事もなかったようにどけて、そして何枚かの紙幣らしきもの。初めて見るお金に、私は目をパチクリさせていた。紙幣の数字を見て驚く。この世界の文字で10000と書かれた紙幣が5枚もはいっているのだから。つまり5万エリスである。1日働いてこの額はかなり多いと思うが相場がさっぱりわからないのでなんとも言えない。
「本当はもう少し払いたかったんだけど…その、教会の修繕費とかにもあてたかったから…」
セシリーは申し訳なさそうにしているもののこちらから見たらもらいすぎである。こんなにもらっていいのだろうか。
「えっ?もちろんよ!アリスちゃんのおかげで、久しぶりにこんな贅沢できてまとまったお金もはいったのよ、遠慮なく受け取って。」
少し迷ったもののやはり相場がわからないしこちらとしては充分なのだ、私は笑顔でありがとうございますと返しつつ、再び差し出された入信書を丁寧にお返しした。なおこの会話の間、ずっと無言で入信書を差し出されては無言で断っているのは今更の話。
…とりあえず変な方向ばかりに話が進んで行って一時はどうなるかと思ったけど、結果だけを見れば2日もの間お金を使わず過ごせておまけに5万エリスものお金を得ることができた。異世界生活のスタートとしてはむしろ出来すぎではないだろうか。その内容に目を向けなければ100点満点だと思う。うん。
これからの目的としてはセシリーさんが言ったように冒険者ギルドってところに行くべきなんだろう。そこで冒険者カードさえ作れば身分証明にもなるらしいからそれだけの理由でも余所者の私としては是非とも欲しいところである。
セシリーお姉ちゃんと食事の片付けを済ました後に、私はその話を持ち出すことにした。
「う、うぅ…やっぱりそうよね。私としては…このままここでアリスちゃんがいてくれても全然構わないのだけどいやむしろ望むところバッチコイ!てまであるのだけど。」
たまーにアクシズ教云々抜きにしてもセシリーお姉ちゃんは妙な発言をするから気が抜けない。いやむしろこれもアクシズ教効果なのかもしれないけど。
その気持ちは嬉しいけどせっかく異世界にきてただのほほんと過ごすのもね、いやこのままここにいてまずのほほんとなるとは思えないけど、むしろ波乱万丈な日々が続きそうだけどそれは私の望むのとは大分違う気がするしやっぱりアクシズ教にはこれ以上関わりたくないし。
まぁなんだかんだお世話にはなったのでアクシズ教を悪く言うつもりはないし言わないのだけどそれでもここをでて冒険者としての1歩を踏み出すのは確定事項。でも単純にセシリーお姉ちゃんの顔を覗いてみるとその表情は凄く寂しそうに見えた。そうだよね、凄い性格はしてるけどこんな町外れの小さな教会で1人でいるのは誰であっても寂しい。だから私は、また遊びに来てもいいですか?と笑顔のまま聞いてみた。
「も、もちろんよ!いつでもきてくれていいわよ!アリスちゃんなら、お姉ちゃん大歓迎しちゃうんだから!」
セシリーお姉ちゃんの寂しげだった表情に光が宿り笑顔になる、本当に嬉しそうにしてるのを見ると、やっぱりこんな場所で1人でいるのは寂しいのだろう。
奇天烈な出会いだったけど、別れを前にした今となっては良い出会いだったかなと素直にそう思えた。
「ただ、行くにしても今日はもう暗いし泊まって、明日いきなさい?もちろんお布施なんてケチなことは言わないからねっ」
元気を取り戻したセシリーお姉ちゃんに、私は笑顔で返事をした。
セシリー編おしまい。次はいよいよ冒険者ギルド。