フィナウ
爆裂魔法と並ぶ威力でありながら違いは明らかすぎるものだ。まずアリスの魔法の特性上、その痕跡を残すことは無い。爆風もクレーターも無い。しかし収束された全てを白に変える一撃の巨大な光の柱は神々しく無慈悲。カズマやゆんゆんからして見ればそんな圧巻する一撃がダクネスに直撃してなお無事なのには違和感が拭えない、例えアリスの魔法の特性を知っていたとしても。だからこそ2人は絶句した、あの全てを終わらせる光を浴びて助かるはずがないと確信めいた錯覚を持てるのだから。
終わったみたいです。そう告げたアリスの心境は複雑だった。その場に倒れたまま再び冒険者カードを見れば、そこにはバニルの文字が見えた。間違いなく討伐した証だ。
魔王軍の幹部にして大悪魔の討伐、それだけなら喜ばしいものだった。
「…ウィズさんにどんな顔をして会えばいいのか…わかりません」
「アリス…」
その言葉を聞いたゆんゆんはアリスの傍に座り込んだまま俯いた。どんなに理由を並べようが、ウィズが納得していようが、それでもウィズの友人をこうして死なせてしまった。友人を死なせてしまった。友人を…。
もし自分の友人が殺されたらどう思うだろうと、アリスはそっとゆんゆんに視線を寄せた。悲しげに項垂れたゆんゆんを見ていたら、自然と涙が溢れてきていた。勿論ゆんゆんとバニルでは境遇が違いすぎる、それでも短絡的に考えてしまったら心が痛い、でもどうしたら良かったのか分からなかった、アリスはそんな悲痛な気持ちを涙で表していた。
……
一方カズマはダクネスの様子を見ていたが意識がないものの呼吸はあるのを確認して安堵していた。するとドタドタと複数の足音がダンジョン内に響くのを確認し、それが近づいていることに気が付けば自然と自分達の降りてきた階段に顔を向けた。すると案の定見知った顔がこの場に集う。
「はぁ…はぁ…、や、やったのですか!?」
「めぐみん…ちょ、まっ…てぇ…」
めぐみんとアクアだった。2人はここに来るまでずっと走ってきたのか肩で息をしていた。ダンジョン内に今やモンスターが全くいないとはいえ2人だけでここまでこれたのはカズマも驚いたがアクアの存在を視認するなりその声をあげた。
「あぁ、終わった。アクア、ダクネスを診てやってくれ」
アクアは呼吸を整えながら周囲を見渡し遠目からいつものめぐみんのようにぐったりしているアリスを見つけると、おそらく魔力切れだろうと軽く納得したようにダクネスの元へ駆けていく。めぐみんは興奮気味にアリスの元へと近付くが頭の良い彼女もまたアリスとゆんゆんの状況を見て察した。
終わったのだろうと。そしてこの友人を過剰に大事に思うこの2人のことだ、バニルを倒したことでウィズに対して罪悪感にかられているのだろうと察してしまった。本来ならフィナウの件で私も見たかったとか色々言いたかったもののこの状況ではとても言えそうにはなく、そっとアリス達の傍に近付き、お疲れ様ですと小さく労った。
いつまでもこうしている訳にはいかないとアリスは落ち着くなりゆんゆんからマナポーションを受け取り飲み干すと即座に《マナリチャージフィールド》を唱えて回復を待つ。一方カズマはこのフロアの奥に鎮座するひとつの宝箱を発見するが…。
「…いや絶対開けない。今度はもう絶対開けない」
もはやトラウマになっているカズマは頑なに開けることを拒んだ。それを見た何も知らないアクアは当然のように首を傾げる。
「なんでよ?確か手紙には倒したら宝がもらえるとか書いてたじゃない?」
そう言いながらもアクアは近付きすぐさまその宝箱を開けた。ニコニコと期待の笑みを見せていたアクアの表情は段々と怒りに変わっていった。
「…な、なんなのよこれはー!?」
カズマは1人怒り狂うように宝箱に八つ当たりするアクアを見ながら、どうせこんな事だろうと思ったとヒラヒラと飛んできた1枚の紙をキャッチして見ていた。『スカ』と簡素に書かれたその紙を。
カズマもまたアクアのように八つ当たりしていたかもしれないがアリスの様子を見た後だと不思議とそんな気持ちにはなれなかった。ふうと息を吐くとそっと手に持つ紙を放し、それはヒラヒラと地面に落ちる。
(…やっぱり理解できないな、悪魔の考えることなんてな…)
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翌日。
戦いの疲れを癒した一行は冒険者ギルドにバニル討伐とキールのダンジョンの報告に来ていた。
魔王軍の幹部バニルの討伐、それは冒険者ギルドとしては両手を挙げて歓喜する事態であり、実際アリスが冒険者カードを見せた時に受付のルナは驚き声をあげていた。
朝ということで冒険者の数は疎らであったがそれでもその話を聞いた面々は驚き、称え、歓声をあげていた。
討伐報酬2億エリスという額はアクセルでは直ぐには用意できないとなり、後日受け取れる流れとなった。
「…なぁ、提案なんだけど」
冒険者ギルドから出てきた一行は重い足取りでウィズの魔道具屋へ向かっていた。そんな中呆けた様子でカズマが口を開いた。
「今回のバニルの討伐報酬さ、全部ウィズにやろうと思うんだけど、駄目か?」
「はぁ!?」
カズマの提案に真っ先に喰いかかったのはアクアだった。信じられないものを見るかのようにカズマの胸ぐらを掴んでグラグラと揺らしていた。
「何言ってんのよ!?あんた正気!?」
「私は別に構いませんよ」
「ちょっとめぐみんまでどうしたのよ!?」
「いえ、そもそも私は今回何もしてませんので」
「…うっ!?」
言われてみればとバツの悪い表情になるアクア。自然とカズマを解放するなり気まずそうにしていた。というのもめぐみんと同じくアクアもまた、今回は何もしていない。精々終わった後にダクネスにヒールをかけたくらいだ。
「わ、私も構いませんけど…その…」
ゆんゆんはただ言い淀んでいたがその気持ちは理解できた。お金を贈ったところでウィズの友人であるバニルが帰ってくる訳でもない、それは逆にウィズに対して失礼に当たらないだろうかと不安を表していた。
「俺達はまだデストロイヤーの報酬待ちだからいいだろ?ゆんゆんも問題ないみたいだし後はアリスとダクネスなんだけど…」
「私も構わない…アリスはどうだ?……アリス?」
ふと一行が立ち止まる。アリスは俯いたまま何も言わずに歩き続ける。まるで放心状態、ふとめぐみんが追いかけて顔を覗き込めば、それでも気が付かないのか思い詰めた表情のままただゆっくりと歩いていた。
「アリス!!」
「…っ!?は、はい!」
耳元でめぐみんが呼べば流石に気が付いたようでビクりと背筋を伸ばして返事をしたアリスを見て、誰もが感じた。
重症だ、と。
アリスは昨日からずっとこの調子だった。心ここに在らずで、ただ俯いて。
皆が心配して話しかける度に大丈夫ですと力の無い返事をする。ゆんゆんですらここまで酷くはない。少なくとも、こんなアリスをゆんゆん含め誰も見たことは無かった。
ひたすら自身で突きつける罪悪感はアリスをただ蝕んでいた。
「いい加減にしてください!何時までそうしているつもりですか!」
「わ、私は別に…」
「いいえ大丈夫ではありません!気持ちは全くわからないとは言いませんよ?でも仕方なかったじゃないですか!」
「…っ!」
めぐみんの声が突き刺さる。その場で俯いているアリスはより罪悪感を強く持っていた。あぁ、気が付けば皆に心配をかけてしまっている、確かにこの状態でウィズに会うのは卑怯かもしれない、1番悲しいのはおそらくウィズで、自分ではない。
「アリス、この件に関してはお前1人の問題じゃない」
「…」
ダクネスは穏やかでいてどこか儚い笑顔をしていた。そっとアリスの肩に手を乗せると、そのまま優しく言葉を続ける。
「少しだったが、私の中にアイツはいたからな、だからバニルが本当に望んでこうなったことは間違いない。…アリスは何も悪くないんだ、ウィズになら私も一緒に頭を下げよう」
「ダクネス…」
「バニルが消える直前にな、私はヤツの感情を感じ取れたんだ、どうやら破滅願望とやらは本物らしい、本当に嬉しそうにしていた。それこそ未練などなく、な。理解は難しいとは思うが…きっとこれで良かったんだと思う」
「……はい」
短く返事をしたアリスは、そっと顔をあげた。とりあえずウィズに謝ろうと。ウィズのことだから今のダクネスのように儚い笑顔で大丈夫と言ってくれるだろう、その優しさすらもアリスには痛いものだったが、それでもまずは謝らないと。
そんな気持ちからアリスが歩を進めると、自然と他のメンバーもそれに続いた。アリスの足取りは先程のような力無きものではない、ゆっくりではあったけど、その1歩ずつには確かな力強さを感じ取れた。
「バニルか、まぁ確かに悪いやつじゃなかったよな」
ふとカズマがもらせば、ダクネスも頷いた。
「あぁ…エリス教徒である私が悪魔に対してこんなことを言ってはいけないが…その…嫌いなヤツではなかったよ」
……
ウィズの魔道具屋の入口の前に着き、自然とアリスの緊張は高まった。そっと手を伸ばして扉を開けばカウベルが店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませー」
いつものウィズの声が聞こえてきた。そして…
「フハハハハッ!いらっしゃいませお客様方!おや?どうしたそんな顔をして固まって?まさか吾輩が本気で滅んだとでも思ったのか?ところが残念!この通りピンピンしておるぞ!フハハハハッ!!」
タキシード姿の上からピンクのエプロンをつけたバニルがいた。その様子はまるで憑き物がとれたかのように活き活きとしていてテンション最高潮の状態だった。
「それはそうと、鎧娘よ。嫌いなヤツではなかったよとか恥ずかしいことを言っていたが吾輩は悪魔故に性別はないので汝の告白には答えられないのだが」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
ダクネスが一撃でやられてしまった。その場にしゃがみこんで両手で顔を隠しているダクネスにいつものように「美味な羞恥の感情ご馳走様である♪」と言ったところでカズマがわなわなと震えながらバニルを指さした。
「お、おおお前…!?あんなの喰らってまだ生きてたのか!?」
「む?吾輩とてあれほどの攻撃は予想外であったぞ?おかげでしっかり逝くことができたわ、フハハハハッ!」
「いや生きてるじゃねぇか!?」
「何を言う、よく見るがいい!」
バニルはカズマにその顔を近付けると自身の仮面の額部分を力強く指さした。そこにはよく見ると『Ⅱ』の文字が刻まれている。
「この通り今の吾輩は1度死んだことで残機が減って2代目バニルさんということだ!」
「なめんなっ!!」
フハハハハッと店内に響き渡るバニルの笑い声、怒り荒れるカズマ、しゃがみこんで顔を隠すダクネスと状況はカオスになっていた。ウィズに至っては苦笑しかできていない。
「あ、あの…それで貴方は…これからどうするんですか?」
そんなカオスな状況ではあったがゆんゆんがおそるおそる問う、その質問はカオスだった空間を落ち着かせるには充分なものだ。気付けば全員の視線がバニルに移っていた。
「吾輩は今後この店で働くことにした、なお魔王には魔王軍幹部は昔から1度死んだらやめると言っておったのでな」
「…では…もう貴方を…」
「む?」
ずっと無言で震えていたアリスがここでようやく口を開いた。その目は涙ぐんでいて、思わずバニルは半歩後退した。
「…貴方を倒す必要は…もうないんですよね…?」
「…い、如何にも…、戦いたいと言うのなら受けてやらんでもないが今の吾輩は魔王軍の幹部ではない」
その瞬間にアリスの感情は爆発した。生きててよかった、ウィズを悲しませることにならなくてよかった、もう戦わなくてもいい、そんな想いが爆発するとアリスはその場で座り込んで大泣きしてしまった。これにはバニルも呆気にとられるばかりである。
「…ウィズさんはお友達なんでしょう?…でしたら…あまりお友達を心配させないでください…!」
「……友情の概念が異常に重い少女よ、それは価値観の押し付けだ。…とはいえ今後このようなことはない、なので安心するがいい」
そんなアリスにウィズはカウンターから出てきてアリスの頭を優しく撫でていた。ゆんゆんと立ち直ったダクネスはアリスを優しげに見守り、アクアはたじたじになった悪魔を煽りたかったがやれやれと息を吐き、カズマとめぐみんは無言でそんな様子をどこか微笑ましく見ていた。
「…やれやれ、その感情は吾輩の好みの感情とは違うのだがな…」
もはや嘆きに近いバニルの独白は誰の耳にも入らなかった。