―アルカンレティア―
正確にはアルカンレティアの入口にあるテレポートサービスに私達3人は到着した。
テレポートを補助する魔法陣から降りて簡易的な建物から外に出る。すると見えるのは巨大な噴水。
噴水からは大量の綺麗な水が溢れ、その下にはとても広大で美しい湖、それが1番最初に視野に入ったものだった。
続いて見えるのは神秘的な造りの橋、湖の上を渡れる巨大な橋と、橋の上から見えるのは水に滴る美しい女神様の像。パッと見アクア様なのだが内情を知ってる人から見ればもはや別人に見えるので不思議である。とまぁ兎に角水の都というだけはあり、どこを見ても水が第一印象に残るのだが、私達にはそんな景色を楽しむ余裕は全く無かった。
「ようこそ水の都アルカンレティアへ!観光ですか?入信ですか?お仕事ですか?入信ですか?参拝ですか?入信ですか?少しでも入信と思った貴方!アクシズ教徒になれば毎日を自由に楽しく過ごす事ができますよ!今ならアクア様の教えが書かれた有難い教本と洗剤をプレゼントしております!」
「ここはアクシズ教の総本山、アルカンレティアです!どうです貴方、アクシズ教に入信しませんか??アクシズ教は水の女神アクア様を崇拝する素晴らしき教えですよ!今ならアルカンレティアの温泉の割引券と洗剤がついてきます!」
「知ってますか?アルカンレティアで作られた洗剤は…飲めます!!」
とまぁ色んな意味で大歓迎状態だった。まさか建物の外に出ただけでここまで猛烈な勧誘を受けるとは思ってなかったので驚き以前にドン引きである。それと洗剤を飲む必要性がわからないのだけど何故そこを力説しているのだろうか。
「これは…」
「…何時にも増してすごい…」
「セシリーお姉ちゃんがいっぱいいます…」
プリーストらしき女性に囲まれて右往左往している私ははぐれそうなゆんゆんの手を握り、強引にその場から抜け出そうとするも中々動けない。特にミツルギさんは大ピンチだ。私達の3倍増しでパワフルなプリーストのお姉様方に囲まれていらっしゃる。
「ちょ…君達、待って…落ち着いてくれ…!?」
「見て皆!!ものすごいイケメンがいるわ!ほら貴方、貴方こそアクシズ教徒になるべき逸材ですわ!!さぁ、この入信書にサインを…あ、ついでにこの婚姻届にもサインしてもよろしいですよ♪」
「ちょっと貴女!!抜け駆けはずるいわよ!!こんな年増はほっといて、向こうでお姉さんとお茶しないかしらー?♪とりあえずまずは入信書にサインするところから…」
「出会ったばかりで婚姻届にサインとかできる訳ないだろう!?いやすまないが離してくれ…!?」
「ちょっと邪魔するんじゃないわよ!貴女の方が年増でしょうが!!この売れ残りプリーストが!!」
「なんですってぇぇ!?私は売れ残ってるんじゃないの、私に相応しい高貴な方を待っているだけなのよ!売れ残りはそっちでしょうが!!」
…今ほど隠密スキルが欲しいと思ったことはないかもしれない。それほどに今の状況は最悪だ。ただ思ったよりミツルギさんは冷静だったようだ。2人のプリーストのお姉さんが取っ組み合いの喧嘩を始めたことでわずかに人波に隙間ができた。
「アリス、ゆんゆん!走るぞ!僕に続いてくれ!」
言うより早くミツルギさんは人混みを掻き分けるように走る。私は手を繋いだゆんゆんを引っ張りながら走る、ゆんゆんも疲弊しながら走る。というより寝不足のせいで辛そうだ。ざっと見てアクシズ教徒のお姉さんが20人はいるみたいでこれは追いつかれると思ったらテレポートで新たな客が来たようだ、そちらの獲物に引き寄せられるように追っ手が二分する。
それでも全力で走っていれば、次第に諦めたのか追ってこなくなった。どうやら持ち場から離れすぎたので戻ったのかもしれない。それを確認するなり3人揃ってその場で呼吸を整えていた。
「…どうしましょう?はやくものんびり温泉で過ごせる空気じゃないのですが」
「奇遇だね、僕もそう思っていたところさ…」
「うん…私も…」
3人揃って綺麗にため息を吐く。これは前途多難すぎるがカズマ君達が来るまでに宿の確保をしておかないといけない、こちらが早く到着する見込みだったので予め頼まれていたのだ。
「とりあえず先に宿を確保しましょうか」
「確か1番高い宿にしてくれって…言ってたね…」
「とは言え僕らにはこの街の土地勘はないからな…誰かに聞くにしても嫌な予感しかしないのだが…」
再び3人揃ってため息がでる。なんというか序盤から強烈すぎた。今回ばかりはアクア様を恨みたいまである。口に出したらその辺のアクシズ教徒から火炙りにでもされそうだから絶対に言わないけど。
「確かこの街にもエリス教の教会はあるはずですよね…?」
「…うん、エリス教なら国教だからこの大陸のどこにでもあるはずだね」
エリス教徒ならまだまともに接することができるはず。ただ問題はそれが何処にあるかもわからないことか。…本当に前途多難だ。やはり無理にでも違う場所を推すべきだったかもしれないが後の祭りである。
「すみませんー」
そんな時に突如声がかかってきたので振り向くと、大きな荷物を持った女性がいた。私達は顔を見合わせるが誰の知り合いでもないようだ、揃って首を傾げている。
「はい、宅配サービスですー、貴方にお友達から荷物が届いてます、こちらにサインをお願いしますー」
「ぼ、僕の友人から?と、とりあえず受け取ろう」
困惑しながらもミツルギさんは宅配の女性からペンを受け取りサインをしようとする。…私が昔よく見かけた用紙に。
「ミツルギさん、その紙をよく見てください」
「……えっ?」
水色の1枚の用紙、それはこの世界に来て間もない頃めちゃくちゃ見た。書いてもらう側だった私はよく覚えていた。そのアクシズ教への入信書のことを。
「こ、これは…」
ミツルギさんはペンを紙につけようとしたところで寸止めした。自然と生唾を飲み込み冷や汗すらかいている。
「ちっ!!」
宅配サービス?の女性は盛大に舌打ちすると荷物を抱えたまま颯爽とその場から走り去った。
もはやサインするなら何でもいいらしい、そこに教えから背くものはないのだろうか、ある意味犯罪なのだけど。
「…とりあえず全面的にサインする時は注意しないとまずそうですね…」
「…前から思ってたんだけどサインしても無視すれば問題なくはないかい?」
「あ、あの、ミツルギさん、その考えは危険ですのですぐに改めた方が…」
「えっ?」
ゆんゆんの忠告に同意するように私はうんうんと頷く。そもそも無視できるような代物ならあのアクシズ教徒がこんなにも執着してサインを求める訳がない。
「大抵はペンの方なんですけど、おそらく契約の魔法がかかってると思います、その状態で名前を書けば覆すことが不可能になります」
「そんな魔法が…失念していたよ、2人とも流石は術士なだけあるな」
ミツルギさんは身震いしつつ賞賛するけどゆんゆんはともかく私はこの世界に来た初日にセシリーお姉ちゃんからその詳細を聞いていたので知っていただけなので気まずいことこの上ない。今思えば契約とかアクシズ教徒が嫌う悪魔のようなやり方なのだけどその辺は大丈夫なのだろうかとも思う。
その時だった。
「アリスちゃぁぁぁぁん!!」
突如砂煙を巻き上げてこちらへと向かってくる人影と非常に聞き覚えのある声が響き渡る。頭の中で警報が鳴り響く。
魔王軍幹部と対面した時でもこのようなことはなかったのにその警報は止まらない、嫌な汗が流れる。そうだ、逃げなくてはと思った時には時既に時間切れ。ガバッと勢いのまま抱擁されて思わず倒れそうになるもなんとか踏みとどまる。
「セシリーお姉ちゃん!?どうしてここに?」
私に一直線に飛び込んできたのはかつてアクセルの街で色んな意味でお世話になったセシリーお姉ちゃんだ、いつもの青いプリースト服に身を包んだその人を見ればミツルギさんもゆんゆんも硬直したまま動かない。
「セシリー…」
「お姉ちゃん……?」
どことなく青ざめているように見えるのは多分気の所為ではないのだろう。というよりふいのお姉ちゃん呼びに余計な誤解を生んでいる気さえする。
「あの、違いますよ?呼んでいるだけで血の繋がりとかはないですよ?確かに同じ金髪で青い目をしてますけど他人ですよ?」
「それはひどいわアリスちゃん!?私達、一緒に同じ屋根の下で過ごした仲じゃないの!?」
「2泊しかしてませんよね!?ずっと一緒にいたみたいに言うのはやめてください!?」
今思えばやっぱり初日にこの人と出会ったのは運が悪かったのかもしれないとまで思う始末。とりあえず面倒だけど説明しなければ。ふと時間を見れば正午を回っているのもあり、落ち着いて話すには丁度いいのかもしれない。
「ところでアリスちゃんはどうしてここに?」
「とりあえずお互いに自己紹介やらしたいのでどこかご飯食べれる場所とかありませんか?なんならご馳走しますので」
「あら本当に?それじゃあこのアルカンレティアで随一の美味しいレストランを教えてあげるわ!お姉ちゃんに着いてきなさい!」
奢りと聞いて張り切って歩いて行くセシリーお姉ちゃん、もといセシリーさんに着いていくように目で訴えてみた。呆然としている2人だけどギクシャクした様子のまま私に続く。二人共に目が『エ』の字になっていた。うぅ…そんな目で見ないで…。
そんな落ち着かない様子のまま私達はセシリーさんに着いていくことになった。
……
レストランにたどり着き、席につくなり私はセシリーさんとの関係を説明した。これは下手に隠すと余計に面倒なことになりかねないと予感した私はアクセルに来たけど財布を落として困ってたところをセシリーさんに拉致…じゃなくて保護されて食事と寝床のお世話になって、本人の希望でお姉ちゃん呼びしていて更にアルバイトとしてアクシズ教の布教活動までしていたことまでそれはもう包み隠さず。
同時にゆんゆんとミツルギさんは初対面なので自己紹介もかねて挨拶した。いちいちセシリーさんが興奮していたけどそこは割愛しておく。
「な、なるほど、そんな事があったんだね…」
「びっくりしたわよ、髪も瞳の色も一緒だしお姉さんって本気で信じるところだったわ」
「それなら信じても問題ないわ、血の繋がりなんて些細なこと、私とアリスちゃんは運命の赤い糸で結ばれているのだから!!」
「ごめんなさいセシリーさん、ちょっと黙っててください」
「っ!?アリスちゃんが冷たい…でもそんなアリスちゃんも可愛いからお姉ちゃん好きよ♪」
ダメだこの人、早くなんとかしないと。私は思わずどこかにデ〇ノートが落ちてないか探してしまいそうになるほど現実逃避したい気持ちでいっぱいだった。
…とはいえめちゃくちゃプラス思考で考えるとセシリーさんに出逢えたのは運がいいともとれるかもしれない。何故かと言うとこの人ならアルカンレティアについてはなんでも知っているだろう、こうしてレストランにも案内してくれたし宿ももしかしたら良い場所を知っているかもしれない。
「ところでセシリーさん、私達は観光でここに来たのですがもしオススメの宿とかあれば教えて欲しいのですが、多少高くても構いませんので」
「そうだったのね、ただ私も宿は普段泊まる訳では無いから詳しくはないけど調べることはできるわ、アリスちゃん達の為だもの、素敵な宿を探してあげるから期待していいわよ!」
ふいに聞いてみたものの、嬉しい答えが帰ってくる、これには私も自然と笑顔になった。ようやく落ち着ける、これが大きい。というより身体を休めることがこれほど大変なのかとも思ったけど。
「本当ですか?ありがとうございます♪」
「いいのよ、お昼ご飯をご馳走になるんだもの、それくらいは任せておきなさい」
どうなるかと思ったけど案外上手く宿が見つかりそうで他の2人も一安心の様子でホッとしていた。私としても前途多難な状態だったのが解決できてようやくゆっくりできそうだと安堵の息をもらす。
しかしこれで終われば良かったのだがセシリーさんのコバルトブルーの瞳は妖しく輝き、それはゆんゆんとミツルギさんに向けられた。…何故か背筋が凍る思いになった。
「ところで…ミツルギさんにゆんゆんさんだったかしら?」
「…はい?僕に何か?」
「あ、はい、どうしました?」
突然の問いかけに2人は不思議そうに首を傾げている。私としても何が言いたいのか想像もつかない。勿論嫌な予感しかしない。落ち着こうとそばにあった水を飲む。
「アリスちゃんは貴方達にはあげないからね!!」
その瞬間私は盛大に口に含んでた水を吹き出した。ミツルギさんはポカーンとしているしゆんゆんは私の吹いた水の直撃を喰らうしで大惨事に。私は慌ててハンカチを取り出してゆんゆんのそばに駆け寄って水を拭き始めた。
「ゆ、ゆんゆんごめんなさい!」
「あ、うん…私なら大丈夫…」
「駄目よアリスちゃん、そういうご褒美は私にやってくれないと…」
「本当にごめんなさい、お願いですから黙っててください!!」
全くぶれない様子のセシリーさんを横目に思うのはやっぱり出逢うべきではなかった。今の私には心からそう思えた。
当然ながら契約の魔法云々は独自設定です。でもありえそうとは思う