―アルカンレティア・高級ホテル―
食事も終わり、セシリーさんがアクシズ教ネットワークを駆使して人気の宿を調べてくれた結果、お城のようなホテルを見つけてくれてチェックインして今に至る。勿論レストランを出る時もホテルへのチェックイン時もしっかりアクシズ教の入信書が出てきたので丁寧に突き返しました。
アクシズ教ネットワークとは単純にその辺にいるアクシズ教徒の住民に聞き込みするだけのものだ。ちなみにセシリーさんはホテルに案内してくれるとお仕事があるからと去っていった。どんな事をしてるか知らないけどお仕事中にレストランでご飯食べていたのだけどそれはいいのだろうか。多分いいのでしょう、アクシズ教教義にも汝我慢することなかれ、やりたい事はやりたい時にやるべしとかあるらしいし。
ちなみに部屋は二人部屋を4部屋とっておいた。男性であるミツルギさんはカズマ君と一緒になることが確定で私は自然な流れでゆんゆんと一緒にいる。残り2部屋は適当に別れてくれるだろう。
そんな訳で部屋にいるのだけどこれがまた広い。ふかふかの大きなベッドが2つあってテーブルの上には高そうなワインが籠に入って置かれている、私もゆんゆんも飲まないし後でアクア様にでもプレゼントしておこう。
窓も大きく、そこからはアルカンレティアの街並みを一望できてしまう。こんな豪華な部屋に泊まったことはないので落ち着かないまであったりする。
「ねぇアリス、私思ったんだけど…めぐみん達ってどうやって私達と合流するの?」
疲れ果てていたのと睡眠不足が原因でグロッキー状態なゆんゆんは部屋にはいるなりベッドに倒れるように寝てそのままの状態だったりする。
「あ、そうですね、ゆんゆんちょっと荷物失礼しますよ」
私は断りを入れるなりゆんゆんの鞄から水の魔晶石を取り出す、本来アクア様の力が宿っているそれは信仰心のある街にいるからか、淡く綺麗な青色の光を放っていた。
「…それってアリスが普段杖につけている魔晶石よね…?」
「アクア様曰くこれの位置が把握できるから大丈夫だそうです」
なんでも自分の力が込められているから察知するのは簡単らしい。後はそれを頼りにアクア様達がホテルにチェックインして名前を言えばホテルの受付の人が部屋に案内してくれる手筈になっている。これならわざわざアルカンレティアの入口で待ちぼうけする必要もない。
「ふーん……ねぇ、そういえばミツルギさんといいアリスといいなんでアクアさんをアクア様って呼ぶの…?」
「…えっ」
予想外の質問に思わず舌を巻く。正直に言っていいものかすら判断に困るしダクネスやめぐみんは本人が名乗ったところ全く信じて貰えなかったらしいのでそれでいいのだけど私から言ってしまうのは流石に躊躇する。
「それにー……その魔晶石作ったって聞いたけど…そんなこと普通無理だよね………」
ゆんゆんの声が段々小さくなってきた。ふとゆんゆんに近付くとすうすうと静かな寝息をたてていた。そりゃ一睡もしないままここまで来て既に午後3時ですしいつ限界が来てもおかしくはなかったけどようやくといったところか。そんなゆんゆんの寝顔を見ていたらこちらも眠くなってきた。
「おやすみなさい、ゆんゆん」
可愛らしい寝顔を見てたらなんだか安らいだ気がした。ゆんゆんの身体にそっとシーツをかぶせると、私もまた隣のベッドに横になる。
ミツルギさんとはしばらく休むと言ってあるので問題はないだろうとそのまま私は意識を手放した。
……
真っ白い空間にいた。
どこを見渡しても果てしなく続く白。それに終わりは見えない。
だけど不安にはならない。むしろ逆に安心する。
きっとこれは加護なのだろう。女神様の加護。それが目に見えたらこのようになるのだろう。何故か私の頭にはそんな確信があった。
そんな中見えたのは黒い手。それは私に掴みかかろうと襲ってくる。
「……っ!?」
思わず身構える、だけど私に触れるまであと少しというところで止まる。気付けば私自身が発光しているような状態で、その光にぶつかり黒い手は消滅する。
だが黒い手はひとつじゃなかった。2つ目、3つ目と襲いかかる。
だけどやっぱり私に触れることは適わない。
「ヒュー……、ヒュー……」
無音の中、突如木霊する音。
…これは音なのだろうか?ふと聞こえたそれは不気味に感じた。
風が吹いただけのようにも聞こえて、誰かが口ずさんでいるようにも聞こえる。
「ヒューヒュー、今は近くにいないんだね」
聞こえたのは少年のような声、私は確かにそれを聞いた。だけど周囲には誰もいない。次々と出てきていた黒い手はいつの間にか消えている。
「ヒューヒュー……、寂しいよ、ヒューヒュー……」
「……誰?」
貴方は誰ですか?何処にいるの?と聞きたかったのに、声が詰まってこれしか出なかった。
「僕?僕はね…マク――」
「アリス!アリス!」
途端に声が聞こえなくなり、女の子の声が私を呼ぶ。
この声はゆんゆんだ。そう思ったら、白い空間全体が大きく光り輝き出した。
……
「アリス!!」
ふと目を開けると見えたのはシャンデリア。そして心配そうに私を見つめるゆんゆんの顔。
途端に私は瞬きを大袈裟にしてしまう、そして今のは夢だったのかなと思うのにかかる時間は体感5秒前後。
「……ゆんゆん?」
「良かった…大丈夫なのアリス?凄くうなされてたし凄い汗だよ?」
そう言われて重く感じた身体を起こすと、暑くもないのに汗だくだった。率直に言えば気持ち悪いし思い出すとまたあの声が聞こえてくるような錯覚を感じて私はその場で蹲った。
「少し怖い夢を見ました…」
気付いたら身体の震えが止まらなかった、まるで夢の中の黒い手に掴まれているような錯覚すら覚える。怖い――そう思っていたら私の身体を優しい圧迫感が包んだ。
「大丈夫、もう大丈夫だからね…?」
感じたのは母性。ゆんゆんが私を抱きしめてくれたことでその安堵感は、次第に私の身体から震えを取り除いていった。私に余裕はなくて、それに甘えるように抱き返した。それだけで心に温もりを感じた。
次第に呼吸が落ち着いたことを自覚した。自然と抱きしめる力が強くなる。いつもなら遠慮するのだけど今の私にはそんな余裕はなかった。
…ただふと目を開けば第三者の痛い視線を感じて私はそっと目線をそれにずらしてみた。
「あのー…一応私もいるのですが」
「「…っ!?!?」」
多分めちゃくちゃ早かったと思う。めぐみんと目が合った瞬間、私はゆんゆんから離れて距離をとった。ゆんゆんもまた顔を真っ赤にして同じように。多分私の顔も今は赤いと思う。
「いやそれ以前にゆんゆんは私がいることを知ってましたよね?夕食に呼びに来たのですからね、もしかしてわざとやってます?なんだか夕食を食べる前なのに既にお腹いっぱいなんですがどうしたらいいと思います?」
「だってその…アリスが心配だったから…」
「はいはい、では私は夕食に行きますので2人はどうぞお構いなくここでイチャイチャしておいて下さい、それではお幸せに」
「ちょ、ちょっとめぐみん!?そういうのじゃないから!?」
めぐみんは呆れ顔のまま部屋から出ようと去っていく。ゆんゆんが何やら言ってるけど寝起きのせいか段々と頭がぼんやりしてくる。だけどさっきのような怖さはもう、なかった。
それにしてもめぐみんが居るということはカズマ君達御一行は無事に到着したらしい。夕食と言ってたから時間は18時~20時辺りだろうかと首にぶら下げていた懐中時計を開けば19時半と結構時間が経っていた。
「アリス、めぐみんの話だと皆食堂にいるらしいからそろそろ私達も…」
ゆんゆんはそう言って部屋から出ようとするものの、私としてはこのまま行く訳にもいかなかった。私はベッドから立ち上がるなり自身の状態を確認すると、案の定身体中が悪寒による汗で侵食されていた。…こんな風になるのは初めてで流石に動揺する。
「うーん…流石にこのまま行きたくないですね…シャワーを浴びたいです…先に行ってください、すぐに向かいますので」
「う、うん、それなら私も一緒にはいる」
「…そうですね、さっき私の汗がついちゃってると思いますし」
それ以前にここに来てからそのまま寝ていたのでリフレッシュするのにも良さそうだ。そう思えば行動は早かった。ブレザーは予め脱いでいたのでそのまま首元のリボンを外すとソックスを脱ぎ捨て、カッターシャツとスカートだけの状態でシャワールームに向かう。
「…広いですね…」
シャワールームと言っても現在日本であるようなユニットバスのようなものではない。西洋風のその場所はユニットバスの3.4倍の広さがあり、磨かれた白い大理石のような何かで床や壁が覆われている。魔道具による灯りで中はとても明るく、どこか神秘的な感じもした。
服を全て脱ぎ、脱衣室の籠に入れればそのまま頭の細いリボンを外す。そうすれば今までツインテールにまとまっていた長い金髪の髪は静かにまとまって重力に逆らうことなくバサリと落ちれば、私の足にも届きそうなほどに長く存在を意識させる。
「…いつも思うけど凄く綺麗な髪よね…羨ましいなぁ…」
「…私としても誇りたいのですが手入れがめちゃくちゃ大変です…」
前世での髪はセミロングといったところだった。だからここまで長い髪に最初は戸惑ったものの、今では慣れたもの。時間がかかるのがネックなのだけど。髪の手入れだけでお風呂タイムの半分以上を使ってしまうのだからそれはもう大変である。これもまた転生前には全く考えなかった苦労のひとつだ。
シャワーといっても天井に設置された魔道具から流れるもので、それはもはやシャワーというよりも雨に近い。だからこそ範囲も広く、私とゆんゆんが同時に浴びれるほどの余裕がある。
「……ゆんゆんってお母さんみたいですね」
「えぇ!?急にどうしたの!?」
つい思った事が口にもれてしまった。あっ、と呟けば私はシャワーを浴びながら無言で俯いた。いくらなんでもこれは恥ずかしい。けど言ってしまったなら仕方ないと開き直りに近い何かが私の感情を支配していた。
「母性がものすごいですし、これからはゆんゆんママと呼びましょうか」
「やめて!?それだけはやめて!?」
ゆんゆんの顔を見れば嫌がっているというより恥ずかしがっているが正しいのかもしれない、そんなゆんゆんの様子には既に自分が優位に立ってると確信してその悪ノリは加速する。
「ゆんゆんママだと長いですね、ゆんママにしましょうか、ゆんママー♪」
「ちょ、ちょっとアリス!?今の状態で抱きつかれるのは流石に…!?」
今の私とゆんゆんはシャワーを浴びているので勿論今の状態は服を一切着ていない。そんな状態にも関わらず私は思いのまま抱きしめた。悪ノリに見せてるけど実は違ったりもする。
まだ恐怖は完全に消えてないのだ。あの少年のような声は常に頭の中で響く、それは幻聴で、私の恐怖心が生み出しているとわかっていても。
「アリス……?」
「ごめんなさい、ゆんゆん…少しだけこうさせてください…」
身体の震えが再び蘇る。悪寒を感じる。恐怖心からぐっと腕に力がこもる。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの、とあの声に嘆きたくなる。
「大丈夫、もう夢は終わったんだから…」
そんな私にゆんゆんは優しく頭を撫でてくれた。それに合わせるように震えが、悪寒が、恐怖が薄れていく。
…ふと我に返ると流石にやりすぎたかなと思うと今の状態は私としてもかなり恥ずかしい。慌てて離れようとする。すると足元がぐらついた、こんな滑りやすい場所にも関わらず、まぁ私が悪いのだけど。
「アリス、そんなに動いたら危ないよ…」
「ごめんなさい、もう大丈夫ですから…あっ…」
「…きゃぁぁぁ!?」
そして案の定転ぶ。頭を打ったりしたら大変なので私の片手はとっさにゆんゆんの後頭部に伸びた。そのままの状態で盛大に転んだ。
その瞬間、シャワールームの扉が勢いよく開かれた。
「ちょっと!!どれだけ待たせるつもりですか!?何二人して呑気にシャワーなど……浴び……」
扉を開けためぐみんはそのままの状態で硬直した。それもそうだろう。
友人2人がシャワールームで倒れ込んでお互いを大事そうにしながら抱きしめているのだから。
「……めぐみん!?これは違うから!ちょっとした事故だから!!」
「えぇ大丈夫ですよ私は分かってますから。それよりお構いなくイチャイチャしてろとは言いましたけど私としては冗談のつもりだったのですがまさか二人がここまで進んでいるとは思いませんでした、すみませんお邪魔しました、今度こそお幸せに」
早口で告げられたまま勢いよく扉が閉められた。これには私も何も言えない。言う余裕すらない。
「だから違うってばぁぁぁぁ!!!」
ゆんゆんの絶叫は虚しくシャワールームに響き渡るだけだった。
ベッタベタだなぁ(遠い目)