―ホテル内温泉―
羞恥による勢いのままに行動した結果、カズマ君はどざえもんのようになり、私は怒りの感情を顕にしていた。
確かにスケベな一面もあったけどそこは男の子だし仕方ないのかなと考えていたけどまさかここまで堂々と犯行に及ぶとは思わなかった。
「見損ないましたカズマ君、ここまでやる人ではないと思っていたのですが」
その結果カズマ君を見る目が白けたものになるのは仕方ない。多分今の私は人に向けたことのない目をしていると思う。
「…しかしいくらカズマでもここまで堂々とするだろうか?何か事情があったのではないか?」
「女湯にいる事情ってなんなんですか!?というより事情があればいてもいい訳ではありませんよ!」
「確かにそうですが…」
「ね、ねぇアリス落ち着いて?気持ちは分かるけど…」
気が付けば皆落ち着きを取り戻していて私だけが未だに騒いでいるようにも見える。というより私が騒いでいるおかげで逆に皆が落ち着いているような気さえする。こんな状態で私だけが荒れていても仕方ないかと半ば強引にため息をついた。
「……すまない、落ち着いて聞いてくれるだろうか?」
突然の声に身構える。何故なら声は男性のものでその姿は見えない、だけどカズマ君ではない。
「……ミツルギさん?」
まさかのミツルギさんである。カズマ君に続いてミツルギさんまでもがこの場に居てしまっているというのか。ただ姿が見えないことと、ミツルギさんの落ち着いた対応で先程のように取り乱すことはなかった。見渡せば皆温泉に浸かったまま互いの意思を視線で確認している。
「ミツルギ殿、これはどういう事なのだ?カズマはまだしも、貴方までここにいるとは…」
「僕も不思議に思って1度出て調べたんだけど…どうやら手遅れだったようだね…とりあえず言うから落ち着いて聞いて欲しい」
相変わらずミツルギさんは声しか聞こえない。おそらく最奥にいるのだろうか。ミツルギさんはいちいち声を張り上げていることからそう予想できた。
「この温泉は…混浴だ」
……
んん?
「混浴…?そんな事はどこにも…」
「このホテルの決まりでね、どうも時間帯によって混浴の時間帯とそうでない時間帯に別れているらしいんだ、僕達はそれを知らなかったから……」
「……」
沈黙が訪れる。誰もが喋ろうとしない。ぷかぷかと浮かぶカズマ君は微動だにしない。めぐみんはおそるおそる近付くとカズマ君を揺さぶっていた。
「……大変です、カズマが動きません」
「!?…アリス、すぐにヒールを!!」
「えっ、あ、はい!?!?」
そこからはてんやわんやの大混乱だった。焦燥と羞恥とが入り混じる中、私達はカズマ君の救出に踏み込んだ。
……
ゆっくり温泉に入っている余裕は全く無くて、私達はすぐに温泉から上がりフロントに殴り込みに向かった。するとぐうの音も出ないほどちゃんとした説明を受けた。
このホテルでは毎日21時から24時までの3時間のみ、男湯と女湯の間にある壁を取り払い混浴にしているのだという。なおそのことについては各部屋にあるホテル設備の説明にしっかり記されていて、更にチェックインの時にもその話はされていたそうな。…だけど私もカズマ君もそれぞれチェックインした際には疲れきっていてまともにその話を聞いていなかった。説明がきちんとされているのなら落ち度はこちらにある。
今回の不幸の積み重ねはまずチェックインをしたのが私とカズマ君だけで他のメンバーはロビーのソファで待機していたこと。私もカズマ君も疲労によりまともに話を聞いていなかったこと、ホテルの設備なんてわからなければ後で調べればいいと安直に考えたこと。安直に考えたものの誰一人温泉設備についての注意書きを見ていなかったこと。そして時間がちょうど21時になってから入ったこと。脱衣場の前には混浴かそうでないかの表記があるのだがちょうど切替の時間だったので混浴と表記されていなかった。なお出た時に見れば混浴と表記されていた。
以上のことが皆に伝わると、皆して何も言えずにその場のソファに座り込み俯いていた。
「…まずは本当にごめんなさい、私がちゃんとチェックインの時に説明を聞いておけば…」
「それを言うなら私達も同罪だ、受付を任せきりにした上にそれぞれ確認をしていなかったのだからな」
ただ言い訳をするのなら時間帯による混浴など誰が予想するのだろうか。確認を怠ったと言われればその通りなので何も返せないのだけど。やり場のない気持ちが支配していてそれは皆して同じのようだ。
「それでカズマ、弁明があるなら聞きますよ?答えによっては爆裂魔法を撃ちますので慎重に答えることをオススメしますが」
「待て、それだけはやめろ、俺だって混浴のことは知らなかったんだよ!!」
「それを信じるとして、では何故あの場で潜って隠れようとしていたのです?アリス達が近付く前に声をあげれば良かったのでは?」
「確かにな…、アリス達のいた場所からミツルギ殿がいた場所まではかなりの距離があったみたいだからな、混浴と知っていて近付いた可能性も…」
「おい待て!?少しは俺の事を信用してくれよ!」
今のメンバーはカズマ君、ミツルギさん、ダクネス、めぐみん、ゆんゆんと私。アクア様は飲み過ぎで食後に部屋に戻ったのでこの件は知らない、ウィズさんは自分は特に被害を受けていないからと同じく部屋に戻った。よく考えるとウィズさんは温泉にいた時も奥に来ることなく浸かっていたので多分唯一この旅行を満喫できている存在なのかもしれない。こっちは温泉に入って余計に疲労がたまった気しかしないのだけど。
「佐藤和真、とりあえずこちら側の状況を話すぞ?それをどう受け取るかは分からないが…」
「ぐっ…」
ミツルギさんがそう言うとため息をつく。置かれた立ち位置はカズマ君と全く同じだったはずなのに事件が終わってミツルギさんは特に責められてはいない。むしろカズマ君を止められなくてすまないとまで言っていたし、こちらを配慮して見えない位置から動かなかったし責める理由がない。
私達はミツルギさんの話を聞くことにした。
…時は遡り―視点・無し―
―温泉・男湯側―
ぽちゃん、と湯が落ちる音が聞こえる、そんな静かな温泉。客は2人しかいない、ミツルギとカズマである。2人は身体を洗い掛け湯をして温泉に浸かると、2人して息を吐きゆったりしていた。
「それにしても…君とこんな風に旅行することになるとは…初めて出会った時は考えもしなかったな」
「そりゃこっちの台詞だ、…それにしてもめちゃくちゃ広いな…奥が全く見えねぇ…」
カズマは温泉に浸かりながらも奥を見ようとするも、そこは湯気がたちこもり全く見えなかった。それでもこの時は特に動く事はなかった。
だがふと聞こえて来るのは女性陣の声。これにはカズマの耳がピクピクと反応する。視線が見えぬ奥へと向く。
「佐藤和真、まさかとは思うがこの僕の前で覗きなんてしたりしないだろうな…?」
「は、はぁ!?なに言ってんの!?そんなことするわけねぇし!?ちょっと声が聞こえたから気になっただけだし!?」
明らかに声が上ずっている様子にミツルギの目線はよりきつくなっている。
「……じゃあ聞くけどよ、ミッツさんはあいつらが何を話しているのは気にならないのか?」
「なっ!?いや、僕は…そ、そんなことないぞ!」
僅かに動揺を見せたことでカズマの目が光る、ここは押すべきとカズマの直感が働いた。
「まぁまぁ、別に何も覗く訳じゃないんだからさ、奥に行けば壁があるだろうしそこまで行って少し聞き耳立てるだけだから」
「い、いや、盗み聞きとは関心できないな、おい佐藤和真!何処へ行く!?」
ミツルギの言葉を半ば無視してカズマは動く。奥へと足を進めていく。ミツルギはこのままではいけないと少し間を開けてカズマの後に続く。
「なんだよ、やっぱりミッツさんも気になるんじゃないか」
「誤解しないでもらおうか佐藤和真、僕は君が覗きをしないように見張りに行くのだからな!」
「はいはいそういう事にしておいてやるよ」
ニヤニヤと笑いながらカズマは進む、それを歯噛みしながらも着いて行くミツルギ。…そしてミツルギは違和感を感じた。
「待て佐藤和真、確かにこの温泉は広いが…いくらなんでも広すぎないか?未だに壁が見えてこないのは不自然だ、女性陣の声からしてこのまま行くと鉢合わせるかもしれないぞ?」
「何言ってんだよ、混浴じゃないんだからそんなことあるはずないだろ?」
カズマは構わず進むがミツルギはその違和感を捨てることができなかった。確かにカズマの言う事はわかるが万が一ということもある。その万が一が起こってしまえば下手したらパーティ崩壊までありえる。
「いいから止まれ、万が一という事もある。僕は1度戻って調べてくる、絶対にこれ以上奥に行くんじゃないぞ!」
そう告げるとミツルギは真っ直ぐに帰っていった。カズマは大袈裟だなと思いながらも一応その場に留まっていた。
…
5分ほど経っただろうか。カズマはそのまま湯に浸かっていたことで少し眠くなり欠伸をしていた。そんな呑気にしていたところで聞こえてくる声。
「あ、あれ?」
「どうしたの?アリス」
ふと聞こえてきたのはアリスとゆんゆんの声。しかもカズマから見ても僅かながらに湯気の向こうから人影が見える、それは距離にしてそう遠くはない。これにはカズマも慌てて岩陰に隠れた。
(なんで!?ここ男湯だろ!?なんであの2人がいるんだ!?)
「今誰かいたような…」
「えぇ!?脱衣場には私達の服しかなかったよ!?」
そのまま岩陰に潜むカズマは自然と潜伏スキルを使った。こんなところでバレたら人生終わりだ、何としてもそのまま逃げ切ってみせると思い少しずつ岩陰から移動する。
(潜伏スキルを使っているからバレないはずだ…このままさっきの位置に戻れば…いや…)
これは失敗は許されない。潜伏スキルの有用性はわかっているが万が一がある。皮肉にも先程のミツルギの言葉だ。その万が一に今出くわしているのだから。カズマはそのまま息を大きく吸い込み、湯の中に頭を潜らせた。そしてそのままゆっくり波を立てないように慎重に動く。だがその時カズマは知らない。2人がその倍以上の速度で近付いていることに。
慎重に動きすぎたせいかあまり距離は稼げていないがそれでもカズマとしては湯気で見えないであろう位置までは移動したと自覚していた。
(ここまで来れば見えないだろ…1度上がって呼吸をし直して…)
「ぷはっ!?」
ふうと息をつくのも束の間だった。ふと振り返ると光を失った目のアリスと思い切り目が合ったのだから。
「なんだカズマさんだったのね…」
どこか安心したようにアリスの後ろにいたゆんゆんが言う。そして力無くカズマは返事をした。
「お、おう…」
終わった。完全に終わった。アリスは小刻みに震えてゆんゆんも安心した顔が一変して驚愕に変わっていく。
「…………え?…カズマさんが…なんで…!!」
もはやカズマは力無く目を逸らし俯いていた。そんな中響く2人の悲鳴と共に押し寄せる大量の風呂桶。ガンガン当たるがそれどころではないと我に返る。ちゃんと話せば分かってくれるはずと信じて。
「どうした!?……な、ななななな!?何故カズマが此処に!?」
するとダクネスも加わり状況は更に悪化する。それでもカズマは説得を諦めない。諦めたらそこで人生終了だからだ。
「待て!お前らまずは俺の話を…ぐはぁ!?」
どちらが投げたのかはわからない。木製の風呂桶が綺麗に頭にヒットした。意識が持っていかれそうになる。
「いいからさっさと後ろを向きなさい!!」
めぐみんからの桶乱舞が完全にトドメになった。再び頭を強打したことで、カズマはその場で白目のまま意識を手放した。
……
時は元に戻り。―視点アリス―
―ホテル・ロビー―
「佐藤和真の言い分をまとめると、ざっとこんな感じになると思う…」
話が終われば全員疲労を隠せないような顔をしていた。確かにおかしなことはないし今回のケースは事故に等しい。幸いタオルを巻いていたので見られた訳でもないし私としては許してもいいかなと思った。
「以上が弁護側の主張ですね、ではどうしますか?ゆんゆん裁判長」
「えぇ!?」
なんか始まった。どこから持ってきたのかめぐみんはいつの間にかキツく見えそうな眼鏡をかけて、それはどことなくセナさんに似ていた。
「やめろ。頼むから裁判ごっこだけはやめろ、未だにトラウマなんだからな…」
「何を言ってるのですか被告人カズマは、これはごっこ遊びなどではありません、ちゃんとした裁判です。この通り嘘を見抜く魔道具も借りてきました」
「無駄に本格的!?なんであるの!?なんでそんなのがあるの!?」
テーブルに置かれたベルは私も見たことがあるものだ、本物であることが伺える。ふとフロントのスタッフに目をやればこちらに気がついたのかいい笑顔でサムズアップしていらっしゃる。流石アクシズ教徒、ノリがやばい。
「ちっ…なら言ってやるよ!!俺は覗きを狙ってあそこにいた訳じゃない!!混浴だということも知らなかった!」
必死にカズマ君が叫ぶ。ベルは鳴らない。完全に勝ち誇った顔をしている様子のカズマ君にめぐみんは面白くなさそうだ、当然私も。
せっかくだから憂さ晴らしにこの遊びに付き合ってあげよう、配役はめちゃくちゃ嫌だけど。そんな事を思っていたら有無を言わせぬ様子でカズマ君が追い討ちをかけた。
「ほらゆんゆん裁判長!判決を頼むぜ!!」
名指しされたゆんゆんは戸惑いながらも辺りを見回す。実際カズマ君に落ち度はないように見えるしゆんゆんとしても許しているだろう。だけどそうはさせない。
「え、えっと…ではカズマさんは無z「ストップですよゆんゆん」…っ!?」
私の声にゆんゆんの言葉は止まる。私は鋭い視線をゆんゆんに送ると、ゆんゆんはあわあわと震えていた。
「駄目ですよ、この人は有罪です」
「ぶふっ…!?!?」
私の言葉に我慢が出来なくなったのかダクネスが盛大に吹き出した。まさか私がアルダープ役をするとは思わなかったのだろう。今もおかしそうに笑っている。私も釣られそうになったけどここは我慢しておく。
「私とて根拠なく言っているわけではありませんよ?」
私がそういうなりめぐみんに目配せする。あの時のアルダープと同じように。これにはゆんゆんさえも笑いを堪えている。
「ふっふっふ…そうでしたね…では聞きましょうか被告人カズマ、貴方は何故アリスに気付かれた時に即座に声をださなかったのですか?みっつるぎさんのようにこちらに声をかけていれば驚かれはするものの今回程の事にはなっていなかったと思うのですが?」
「えっ?いや、それは…」
ちなみにめぐみんとは一切打ち合わせをしていない。つまり私はめぐみんに無茶振りをしたわけなのだけどそこは流石知能の高い紅魔族の天才、見事にアドリブを発揮してくれた。とはいえこれは先程めぐみん自身が聞いてはぐらかされた質問ではあるのだけど。
「…いや、お前ら俺が声を出したところでどうしたよ?多分同じ未来になってると思うんだけど」
「そんなことはありませんよ、少なくとも私は。裁判長、これは仲間を信頼していない、いわゆる侮辱罪になると思いますよ?」
もはやゴリ押しだった。多分私は既に笑いを隠しきれていない。ミツルギさんでさえも口元を抑えて笑いを堪えているし、ゆんゆんもそれは同じだった。
「で、では被告人カズマさんは有罪で…明日の昼食奢りの刑に処します!」
「おいおい…なんだよそれ…」
ゆんゆんの判決にカズマ君以外の全員がどっと笑う。カズマ君は呆れ顔だったが諦めたように項垂れていた。
「ふむ、ゆんゆんにしてはまともな刑を思いつきましたね、皆さん明日は存分に喰らい尽くしましょうか」
「いや加減してくれよマジで…」
気付けば全員が笑っている。私達にはこんな終わり方が1番相応しいのかもしれない。これにて裁判は閉廷。残念ながらカズマ君は有罪となりましたとさ。