内気な少女がこのすば世界に行ったようです   作:心紅 凛莉

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episode 76 女神アクアの弊害

 

 

 

―アルカンレティア・南エリア温泉宿―

 

後から知ったのだがどうやらこの宿は私達が目指していた毒の混入された温泉とは違うらしい。…というか毒が混入された温泉だったらこうして営業しているはずがない。温泉から毒を取り除いたとしても早すぎるしそんな簡単にも行かないだろう。

私はプリーストを名乗り流れるままに宿の主人らしきおじさんに連れられて部屋に青ざめて横たわっている3人の女性を視認した。どの人も青ざめているし呼吸が荒い、典型的な毒の症状だった。

その状態は裸の上に強引に浴衣を着せたような状態でおそらく温泉から救助して適当なものを着せたのだろう。

毒の症状は過去ダンジョンに潜った時に出くわした他の冒険者などで見かけた事があるので私としては手馴れたものでもあった。

心配そうに宿の女性店員が見つめる中、私はすぐさま解毒のスキルとハイネスヒールを唱える。

 

すると淡い翡翠色の光が3人の女性客を包み込み、少しずつ顔色は正常なものへと戻っていった。どうやら無事に解毒できたらしいと私はホッと胸を撫で下ろした。

 

「ありがとうございます、本当に助かりました!」

 

「いいえ、まだ終わってません」

 

宿の主人もまた、大事に至らなくて良かったと安心しているが解毒をしたらはいさよならと言う訳にも行かない、何故このような毒が発生したのか調査しなくてはならない。

 

「その人達は温泉に入ったことでこうなったのですよね?その温泉を調査したいのですが」

 

「ちょ、調査ですか?それはできるのでしたらお願いしたいのですが…」

 

正直に言うと状況はかなり切迫している。アクア様より賜った情報から見るこの毒混入の事件は発生時よりも悪化していることに確信が持てたからだ。

 

まず毒の混入とはいえ、今までの被害は温泉に入ったことで気分が悪くなったり、軽く吐き気がしたりなど、そこまで重い症状ではない。あくまで聞いた話だけど今思えば温泉に混入した毒の濃度が低かったのだろうと推測できる。だが今回はどうだろう、温泉に浸かったことで明らかに重度の毒の反応を起こしてしまっている。重い症状ではなかったからこそアクシズ教側も内々で解決したかったのかもしれないのだがこうもなってしまえばもはや猶予はほぼないだろう。

 

「ウィズさん、許可は降りました、行きましょう」

 

「は、はい!失礼します!」

 

入口で様子を伺っていたウィズさんは慌てるように駆け込み温泉があるだろう場所へと向かっていき、それにめぐみんとゆんゆんも続く。私はというと流石に温泉の調査などできないので回復したものの意識の戻らない3人の女性客を見守ることにした。大丈夫と確信しているものの万が一もある、人命がかかっている以上油断はできない。

 

「ごめんなさい、待たせた……わね……?」

 

そうしていれば宿に飛び込んできたのは昨日も会ったセシリーさん。勢いのまま走ってきたようで見ただけでもその疲労の具合がよくわかる。こんなに真剣な表情をしているセシリーさんを私は初めて見るかもしれない。

 

「あれ?アリスちゃん??」

 

「おはようございます、セシリーさん。治療なら終わりましたよ」

 

私が落ち着いた調子でそう語りかければ、セシリーさんはその場に座り込んでしまった。どうやら状況が理解できたらしい。

 

「…観光中に偶然通りかかったのです、流石に放ってはおけませんでしたので」

 

「え、あ…大丈夫よ、むしろありがたいわ」

 

関与しないように釘を刺されたのは昨日だ。だけどプリーストとして目の前で困っている人を無視することはできない。半ばごまかすようにだが落ち着いてそう答えた。通りかかったという点で考えたらまったくの嘘というわけでもないのだがセシリーさんがどう取ったか不明ながらその様子は安堵したようにも見える。

 

「話によると今までの温泉への毒の混入は濃度が薄く、体の不調を訴えたりする程度だったようですね、…ですが今回はそうも行かないようでした、私が診た時には患者の誰もが顔を青くして力無く横たわっていました。……これでもまだ内々に解決すると?」

 

「……アリスちゃん、私だってアリスちゃんと同じ気持ちなのよ。昔出逢った時と違って今のアリスちゃんは強い。アクセルにいたら貴女の噂を聞かない日はなかったわ。王都でも名をあげた実力者でそのパーティメンバーも魔王軍の幹部を撃破してきたと聞くし…」

 

「でしたら…何故…」

 

「それが私にも分からないのよね、いつものゼスタ様なら喜んで協力を仰ぐと思うし今回もそうすると思っていたのよ、だけどゼスタ様はあのアクアさんを見てから様子がおかしいのよね……まるで本物のアクア様を崇めているようにも見えるし、昨日だってアリスちゃん達が立ち去った後も長々と深々とお辞儀をしていたし、あれには私達もどう反応したらいいかわからなかったわ」

 

セシリーさんのぼやくような嘆きに私はふと目を逸らした。おそらく悪い予感が当たってしまったと言うべきなのか、やはりゼスタさんはアクア様の正体に勘づいている、もしくは気付いている。幸いなのはだからといって大きく声を張り上げて公表したりする訳でもなく、誰かに言った訳でもなさそうなのだけどどうも何を考えているのかわからない。このままそっと見守るだけでいたらいいのだけど。

 

「それはそれとして…今は私の仲間が温泉の毒について調査しています、勝手をして申し訳ないとは思いますが、どうか私達に任せてくれませんか?……別にここでセシリーお姉ちゃんが見なかったことにすればそれで済む話ですよ?」

 

「んぐっ……そこでお姉ちゃん呼びはずるいわアリスちゃん…!これじゃそうするしかないじゃない!でも温泉の水質の調査なんてできるの?」

 

久々にお姉ちゃんと呼ばれたからか、セシリーさんの口角は完全に緩んでいて嬉しそうだ。そしてその疑問ももっともだろう。仲間というか一緒に旅行にきたお友達と言うべきか、ウィズさんのことなら同じアクセルの住人だし知っている可能性はあると思うけど。ウィズさん自身がアクセルの街で貧乏魔道具店店主として有名ではあるし。

 

「ウィズさんですよ、アクセルの街の魔道具店の店主さんの」

 

「ウィズさんって…確か昔王都でぶいぶいやってた『氷の魔女』の異名を持つアークウィザードだったあの…?」

 

ふいに紹介してみたら私の知らない情報まで入ってきた。『氷の魔女』って…ウィズさんが?…私にはちょっと想像するのが難しかった。氷をとっても魔女をとっても今のウィズさんから連想できる単語ではない。

 

…そういえばウィズさんはどうして魔王軍の幹部になんてなってしまったのだろう。その人柄からして見てもとてもそんな風には見えないし正体さえ分からなければ誰もが魔王軍の幹部などと思うことはないだろう。そんな人が人間に敵対意識がある訳でもないのにも関わらず。こんな事態でなければ気になって仕方ないことなのだがそんな想いを巡らせていると当の本人が温泉から出てきたようだ。不安そうな表情のゆんゆんと無表情のめぐみんもいる。

 

「ウィズさん!こちらは大丈夫です、そちらはどうでした?」

 

「はい、えっと…流石に道具もないですから今ここで何の毒であるかまではわかりません…ですがそういった道具なら常備していますからホテルに帰ればすぐにでも調べることができます…それとその方は確か…?」

 

ウィズさんは透明の液体のはいったポーション瓶を両手で持っていた、瓶の中で曇っている様子から見てもおそらく温泉のお湯を回収したのだろう。そんなポーション瓶をウィズさんは目の前に座るプリーストのセシリーさんから隠すような仕草を見せた。思い切り見ちゃっているので無駄なことなのだがウィズさんとしては気まずかったようだ。

 

「アリスちゃんから話は聞いているわ、心配しなくても私は貴女の行動を全て見て見ぬふりをするつもりよ」

 

「え?…あ、はぁ…」

 

そんなセシリーさんの言葉にいの一番に違和感を顕にしていたのはめぐみんだった。怪訝そうに見つめる様子からも言いたい事は理解できた。少なくとも私には。

 

「話には聞いていましたが正直意外ですね、貴方達アクシズ教徒はもっと強引な集団と思っていたのですが。今のような真面目で組織的に尻込みしている様子はとてもじゃないですが普段の行動からは考えられません」

 

「…私もそれは思ったかも…、上手く言えないけど…その、アクシズ教らしくないと言うか…」

 

めぐみんが言えばゆんゆんも同じ想いだったようでおそるおそるながらめぐみんに続いた。多分アクシズ教を知る人から見て今回の対応の仕方は違和感しかないものなのだろうし私から見てもそう思う。事態を軽視しているのか、あるいは排他的思考で余所者の力は借りないとか考えられるのだけどアクシズ教にそのような考え方があるとも思えない。何せ御神体があれなのだから。

 

私もまた同意見だと目で訴えてみる。セシリーさんは気まずそうにしているけどそれもまた違和感しかない。

 

「多分アリスちゃん達の思うところは私達アクシズ教徒も思っていることよ、実際私も今回の対応の仕方は納得していないのよ」

 

それはつまりアクシズ教徒であるセシリーさんから見ても今のやり方は疑問視されているということ。それなら何故と聞きたいところでもあるが既にその答えはでてしまっている。

 

「ゼスタ様の在り方よ、特にあのアクアって子が来てから萎縮しぱなっしというか…」

 

先程話が出てはぐらかしたもののやっぱりそっちに行き着くのかと私は内心溜息をつく。めぐみんとゆんゆんは訳が分からない様子でいるが正体を知っていると思われるウィズさんは静かに納得しているようにも見えた。

 

とりあえず下手にゼスタさんを動かせばこちらとしてもあまりよろしくない事態になりかねないしこうしてセシリーさんが味方についただけでもよしとするしかない。

 

私達は患者の容態を見届けるなり、水質の調査の為に一旦ホテルへと戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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