「いや俺大したことないって言ったよな!?頼んでないよな!?なんでヒールしてくれたんだ!?ノーカン!今のはノーカンだからな!!」
突如ダストは私の両肩をその大きな両手で掴んで嘆くように猛抗議した。私は理解が追いつかず、ただ瞳をパチクリさせながら戸惑うしかできなかった。
冷静に考える。そもそもダストは何故ここまでヒールされたことを嫌うのか。ヒールが問題なく傷を治したのは間違いないので失敗したとかではないだろう。うん、わからない。理解できないことを理解した私はそのままの状態で聞いた。何か問題があったのですか?と。わからないなら聞く方がはやい。
「いや俺は金そんなに持ってないからな?ちなみに今のヒールはいくらだよ?払うにしても安くしてくれたら助かるんだけど。」
冷静になったようにダストは言うが私としてみれば余計に訳がわからないしもはや会話になっていない。そもそも何故ヒールを使うことでお金を払うことになっているのか。…それともこの世界ではスキルで回復したらお金を払うのが常識とでもいうのだろうか?私は思考を巡らせる。…いや、それはない。何故なら私が冒険者ギルドでアークプリーストと名乗った時のダストの反応はまだまともなものだったのだから。もしお金を払うことが常識でなおかつダストがそれを嫌っているならそもそもアークプリーストと名乗った時点であんな風に歓迎するわけがない。むしろダストの様子がおかしいのはリーンとのヒソヒソ話からだ。とりあえず金銭をとるつもりがない私は落ち着いた様子でその気がないことを告げた。
「は?金はいらないって…じゃああれか?言っとくが入信はしないからな!?」
入信…その単語でまた私の頭の中で複雑に見えてそうでもないパズルのピースがはまる。はまってほしくなかったけどはまる。もうこうなれば彼の質問1つ1つに冷静に丁寧に答えてあげよう。それがこの複雑な状況を脱出する1番の近道だと私は考える。
「別に何も勧誘する気はない…って…、おいリーン!話が違わないか!?」
「えっ、でも私昨日見たんだから!貴女が中央広場でアクシズ教の勧誘してたのを!」
想像とは違う話になっているからか、慌てた様子でリーンはこちらに駆けつける。私は1から説明しますから、落ち着いて話を聞いて貰えますか?とため息混じりに告げた。
「う、うん…それはいいんだけど…ダスト、いい加減離してあげたら?今の状態、控えめに見ても事案だからね?」
ジト目でのリーンのその言葉で私とダストはハッと気が付く。このやり取りの最中ずっとダストと私は向き合うようにしたままダストに両手で肩を掴まれたままだったのだから。私は状況に気が付くと顔がめちゃくちゃ赤くなってるのに自覚し、ダストはわ、わりぃ!?と慌てた様子で私から離れるのだった。
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私は私の今までの経緯を簡単に説明した。
冒険者になる為に遠くから旅をしてきて3日前にアクセルに来たこと。
その道中で財布を落とし無一文になってしまい路頭に迷っていたところアクシズ教団のプリーストの人に保護されたこと。
アクシズ教徒ではないことをめちゃくちゃ強調した上で、アルバイトという名目で1日だけアクシズ教の布教活動を行ったこと。
財布云々以外で嘘は言っていない、あえて言うなら保護ではなく拉致だったことくらいだけど些細なことだろう。うん。
以上を説明した時に、私たちの間にあった氷の壁が文字通り氷解したような錯覚を感じた。
「ごめん!!私はてっきりアリスがアクシズ教団の人かと思って!」
リーンは私に向かい本当に申し訳なさそうに頭をさげるが布教活動をしている姿を見られたのであればそれもまた仕方ないし逆の立場なら私でもそう思ってしまうだろう。
「俺も謝っとくぜ、悪かったな。いや俺はむしろアリスがアクシズ教徒なわけないって、信じてたぞ。」
「どの口が言うか!ヒールしてくれた時にめちゃくちゃ狼狽えてたでしょうが!」
私は内容云々よりも、ようやく名前で呼んでくれたことが嬉しかったりする。さっきまでは『貴女』とかでまず名前呼びは出てこなかったのを考えるとアクシズ教の嫌われっぷりがわかるところであり一応お世話になった身としては複雑な想いである。
2人がアクシズ教を嫌っている理由を聞いてみたら、普段4人パーティで活動しているダストたちは難しいクエストを受ける時に1度だけ外部からプリーストを募集したことがあるのだという。その時にパーティメンバーとなったアクシズ教徒のプリーストのハチャメチャっぷりがとんでもなかったと哀愁漂うノリで伝えられた。つまりその人が有料ヒールに有料バフにアクシズ教にはいれば無料になりますなどと宣ったのだろう。私はただその控えめに言ってクズなプリーストさんが唯一私の知る某美人プリーストのお姉ちゃんではないことを心から祈るしかできなかった。
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それから目的地につくまで、先程までの空気は嘘のように変わり、アクシズ教という幻の壁が陥落されたことで私達は今日知り合ったばかりとは思えないほど仲良くなれた。2人とも年齢も近く気さくなところがあるのでこちらからみても好感をもてたし、相手にとってもそんな感情をもってくれたのか、自然と会話に華が咲いていた。
「私がいい加減に貸したお金返せーって言ったらね、ダストが言ったの。今日受けたクエストの報酬を全部あげるから勘弁してくれってね。そういう意味じゃアリスには感謝しないとね。あのままだとクエストいかないままお流れになってそうだったし。」
今は掲示板の前でダストとリーンが揉めていた原因を聞いていた。どうやらリーンはダストに何回かお金を貸していて、いい加減自分の手持ちも苦しくなってきたので催促したらしい。その額は総額で4万エリス。ただそこには問題があった。今受けているゴブリン討伐の報酬は仮にホブゴブリンをも討伐成功したとしても9万エリスである。ちなみにホブゴブリンがいなく、ゴブリンのみを討伐した場合は6万エリスである。私達は3人いるので、単純にこれを3等分する必要がある。つまり、ホブゴブリンを討伐したとしても得られる額は4万エリスに届かないのだ。
「あー…そこはもういいわ。少しでも返ってくるだけマシってことね。」
あまり仲間内でお金の問題をあーだこーだ言いたくないし、と苦笑するリーンに、私はそもそもお金を貸さなきゃいいんじゃ…と小声で言う。
あまり他人の金銭事情に関わりたくないし、知ったことでは無いのだけど聞いてしまったからには少し踏み込んだ回答をしても仕方ない。
「うーん、そうなんだけどさ…あいつに頼まれると、色々言いながらも結局貸しちゃうのよねー」
その言葉に私は目頭を抑えたくなった。どう見てもダメ人間製造機です、本当にありがとうございます。借りるほうも借りるほうだが貸すほうも貸すほうである。私達が付き合いの長い友人ならダストに一言物申したりリーンにお小言をいれたくなるのだけど、流石に今日出会ったばかりの人たちにそこまで土足で踏み込んでいく度胸も勇気もない。
「それにね、今あいつが聞いてないから言うけどさ、なんかダストって、手のかかる弟みたいな感じがして、ほっとけないのよね。」
聞いてないと言うか聞こえない位置にいると言えばいいのか。今ダストは私達の先頭を歩いている。職業的にも剣士な彼は前衛なので自然とそうなる。それから5mほど離れて私とリーンは並んでおしゃべりしている。まぁこの位置なら大声や普通に話すならともかく、今のリーンのように小声で話す分には聞こえないだろう。正直弟というのが意外に感じたけど。私はてっきり恋人同士かと思ってたのだから。
「私とダストが?あははっ、ないない。」
平然と否定するリーンを見るからして、本当にそんな発想はなさそうだ。だけど弟としてみるなら余計に甘やかしてはいけない気もする。
「うっ…言われてみればそうね…そうよね。私なりにかなり甘やかしてきた自覚があるし、いい加減心を鬼にしてみてもいいわよね。うん、それがダストの為にもなるし!」
決意するように拳を握るリーンだけど、結局甘やかしたいお姉ちゃんオーラがでちゃうんだろうなぁ、とまだ出会ってそんなに経ってないのに、何故か確信めいたものを感じた。
「そろそろつくぜ、準備しとけよー?」
そんな会話を知ってか知らずか、前を歩くダストから声がかかる。ホブゴブリンの強さが気にはなるけど、この2人の余裕っぷりを見る限りは何とかなるだろうなと思い、その時は完全に楽観視していた。それだけに…今から見る光景は想像だにしていなかったのだから…
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目的地についた私達3人は揃って戦慄していた。ゴブリンがすみついているらしき洞穴の前にまできたのだがそこの景色は騒然としていたのだから。
「な、なんだこりゃ…?先客がきたのか…?」
洞穴の前にはゴブリンたちの死体の山。あちらこちらに血飛沫が残り、死体の体はえぐれていて臓器が剥き出しになったり、ゴブリンの頭がなくなっていたり、最近まで日本で生きてた私にはとても直視できる光景ではなかった。それでも無駄に知力が高いせいか、その状況を冷静に分析する自分もいた。口元を抑え気持ち悪さを表情にだしつつ私は告げた。
「そうね、これは人間の仕業じゃないわ。」
「あん?」
「武器とか魔法でやったなら、もう少し綺麗に殺せてると思うわ。このゴブリンたちは…食いちぎられたみたいになってる。つまりはゴブリンを捕食するようなモンスター…」
リーンが私の言いたいことを引き継いでくれたところで、周囲に重いざわめきが走る。まるで何かに見られているかのような、形容しがたい威圧感。そしてそれは洞穴の中から強く感じ…案の定洞穴から何かが出てくる。
「ひっ…!?」
リーンの短い悲鳴があがる。洞穴から転がってきたのは…大きめのゴブリンの生首。当然ながら既に息絶えてるそれを後目に、ダストは震えるように剣を構える。
「ホブゴブリンを…捕食したっていうの…!?」
驚愕するリーンに応えるように洞穴の中から赤い2つの光が見えた。下手人の目で間違いない。その口からしたたる血と涎。鋭利そうな牙。おぞましいほどの血のような赤い毛並み。2~3mはあろう巨体は、次の獲物を私達にしたようだ。ゆっくりとその姿を日の元に晒していく。
「…初心者殺し!?でも、あの毛の色は…!?」
「ちっ…亜種か…!?」
リーンが初心者殺しと呼んだそれは、巨大な1匹の狼のような虎のような獣だった。