視点変更―無し―
―アルカンレティア・中心街―
その場所はアルカンレティアでもっとも華やかな場所だった。賑やかな場所だった。栄えた場所だった。
だがその姿はもはや見る影もない。あちらこちらの建物はより巨大な物体に蹂躙され、毒々しい変容を遂げる。
水の女神アクアを祀りあげたこの街のシンボルとも言える像はゆっくりと倒壊して湖に落ちて行く。
その湖もまた、巨大な物体が入ることにより澄んだ水は徐々に禍々しい青紫へと変貌してしまう。
デッドリーポイズンスライム。巨大な物体の正体であり現在進行形でこのアルカンレティアの街を破壊している元凶。…だが、それを行っている意思は、ハンスのものでは無かった。
「ヒュー!ヒュー!…凄い!凄い!言った通りだよ!こんなにも僕の大好きな絶望の感情が…!凄く美味しい!!」
街を暴れている理由はハンスが意思を奪われる直前のハンスの言葉にあった。
『この街を破壊し尽くせば、この街の奴らは絶望に叩きつけられるだろうな』
絶望。マクスウェルはこの言葉に過剰に反応した。
悪魔は人間などの悪感情を主食としている。その好物は悪魔によって違う、バニルなら羞恥、怒りの感情。だからこそバニルは人間を殺さない、おちょくったりからかったりすることでその好物を得る事にしている。バニルにとってこんな簡単な事でなによりのご馳走が食べられるのだ、よってバニルにとって人間とは美味しいご飯製造機なのである。
しかしマクスウェルの好物は絶望。希望を絶たれたその感情こそ、マクスウェルのなによりの好物。
これは人間にとって危険なものだ。絶望なんてものをするとしたら大切な人、家族、友人、あるいは自身の命が奪われること。あるいは今のように自分の住む場所を破壊された時などだろう。
自身の好みの感情を得られたマクスウェルはまるでおもちゃを与えられた子供のように無邪気にはしゃぎ、より多くの絶望を求めて街を破壊する、蹂躙する、倒壊させる、それにより得られた絶望を食す。
マクスウェルはハンスの最後の言葉だけを信じ、頼りにして次々と建物を破壊していく。既に何件が壊されてしまっただろうか。建物によっては中で火を扱っていたのかもしれない、煙があがりやがて火がつくものもあった
「ひどい…こんなことって…」
「まさかハンスさんがここまでの暴挙に出るなんて…」
そんな現場に1番に駆けつけたのはゆんゆんとウィズの2人だった。偶然ながら近くをいた2人は騒ぎとハンスの姿を確認するなり急いで駆けつけたのだが間に合わなかった。だが不幸中の幸いと言うべきなのか、2人が見る限り死者はいないようだ、少なくとも2人が見る限りでは倒れている人などは存在しない。…人その者がハンスに丸呑みされて跡形もなく消化された可能性はあるが。
「ゆんゆんさん、これ以上好き勝手をさせる訳には行きません!2人で足止めをしましょう。氷の魔法は使えますか?」
「わ、わかりました…!やります!」
ウィズの声にゆんゆんはその正義感からすぐに動揺を押し潰し、2人ともに魔法の詠唱を開始する。とはいえ巨大すぎる故にハンスそのものを完全に凍らせることは不可能だろう。ならばやることはハンスの足元を凍らせて行動を阻害する。
「「フリーズ・ガスト!!」」
2人揃っての上級氷魔法。それはゆんゆんの杖から、ウィズの手からそれぞれ射出され、ハンスの足元を覆うように小規模なブリザードとなって広範囲に渡り襲いかかる。数多もの氷の礫が襲いかかるが、ハンスの身体はそれを捕食するように吸収してしまった。
「…ヒュー?……寒い、寒いよ、君達がやったのかな?ヒューヒュー」
巨大な禍々しい物体がゆんゆんとウィズの方に振り向く。目はあるように見えないが、その大きな牙を見せた口がその面が顔なのであろうと思わせる。
「…そんな…全然効いてません…!?」
ゆんゆんは焦燥しながらもフリーズ・ガストを連続して放つが効果はない。それよりもウィズには違和感があった。まず自分に気が付いても何も反応を見せない、それ以前に自分の知っているハンスの声と口調ではない。
「貴方は何者ですか!?ハンスさんではありませんね!?」
「ヒュー…僕の名前?僕はマクスウェルだよ…ヒューヒュー…それより…」
食事の邪魔だよと言い続けると同時にマクスウェルは動き出す、そのデッドリーポイズンスライムの巨体を飄々と揺らめかせて、まるでプリンのように揺れながら、街の破壊を再び続けようとして、止まった。
「……そうだ、君は確かあの子と一緒にいた子だね、ヒューヒュー」
「…あ、あの子…?」
スライムの顔面らしき箇所はゆんゆんに向いた。さっきから氷魔法を喰らい続けているのにまるで団扇で仰がれているかのような平静さには心が折られそうにすらなる、そんな中でゆんゆんは目を付けられた。ゆんゆんが恐怖に震えるのも当然と言えた。何よりもあの子と表現したのは誰なのか、それは推測するに難しいことでもない。ゆんゆんが多く一緒にいる人物となれば真っ先にアリスが浮かび、次点でめぐみんといったところか。どちらにせよこの怪物が何故自身の多くはない友人のことを知っているのか。
そんな恐怖から、ゆんゆんは反射的に違う魔法を詠唱した。フリーズ・ガストで駄目ならば、更に上の魔法を使えばいいだけだ。範囲こそフリーズ・ガストには劣るものの、威力そのものはそれよりも上だと確証していた。
「…カースド・クリスタル・プリズン!!」
量より質を。そんな想いでゆんゆんが放ったもう1つの上級氷魔法は明らかに先程のフリーズ・ガストより威力は上だった。足元を狙った氷の礫は確かにその一部分を凍らせて動きを鈍らせていた。その結果を見てウィズも続いた。
「その若さでそこまでの上級魔法を…流石王都で活躍しているだけありますね…カースド・クリスタル・プリズン!!」
そんな状況ではないと分かっていながらもウィズは複数の上級魔法を使いこなすゆんゆんに関心を示していた。彼女はまだ14歳、自分が王都で活躍していたのはもう少し上の年齢になってからの話だ。その魔法の威力からしても今のゆんゆんは当時の王都で活躍していたウィズとそう変わらない強さを持っているように思えたのか、ウィズはそれを見て決意を新たにした。
(…紅魔族とはいえ、若くして素晴らしい才能です…だからこそ…万が一にもこんなところで果てさせる訳には…、彼女は私が守らないと…!)
2人のカースド・クリスタル・プリズンは先程のフリーズ・ガストよりも明らかに効果はあった。ダメージの有無こそは見た目からは判別が難しいが動き辛そうにしているのは明らかだ。確かな効果を実感したことで、2人は上級魔法であるカースド・クリスタル・プリズンを連発していた。
「ヒューヒュー…どうして邪魔をするの?僕はただ食事をしたいだけなのに…」
飄々としていた声のトーンが変わった。例えるならそれは何も知らない無邪気な子供から、自分が絶対に正しく相手が絶対に間違っていると確信しているような覇気を込めた声。
これまでの相手とは全然違う。この時ゆんゆんは震えながらもそう感じていた。魔王軍の幹部との戦いはこれが2度目ではあるがバニルの時とは状況があまりにも違いすぎた。味方は現状ウィズのみ、バニルとは違い今回の相手は本気でこちらを殺してくるであろう敵、そして今まで見たこともないようなこの巨体。どうやって普通の人間のサイズに擬態できていたのかなど現実逃避めいたことまで考えてしまえる巨大さ。
それでもゆんゆんは恐怖はするが絶望はしていない。今隣にいるウィズが頼りになることもあるがそれ以上に自分の信じる仲間達の頼もしさを知っているから。
対バニルで一緒になったカズマやダクネス。ライバルであり友人のめぐみん。ゆんゆんはまともにパーティを組んだことは今のところはないのだが親友であるアリスが常に尊敬していることからきっと凄い人なのだろうと思われるアクア。
そして本来の自分の固定パーティにして魔剣の勇者ミツルギ、蒼の賢者と呼ばれるゆんゆんにとってもっとも大切な相棒のアリス。
自分の周囲にはこれだけの頼りになる仲間が、友達がいる。そう思えばゆんゆんはかつてないコンディションを発揮していた。
勝負ごとのことなど既に頭にはない…、とは言うものの、いくらウィズと一緒とはいえ2人だけで倒す事は不可能だと確信もしている。
「壊すだけじゃなくて、誰かを殺して得る絶望も食べてみたいな…!」
その巨体が大きく震えればスライムの肉片のような毒々しい大きな物体が飛来してくる。それをウィズもゆんゆんも回避しながら上級氷魔法を使い足止めに徹する、これ以上被害が出ないために。
そう、足止めなのだ。これだけの巨体。街のどこから見ても気がつくだろう。ならば頼りになる仲間達が揃うのを、ゆんゆんは必死になって待っていた。
「私には…大切な、頼りになる、お友達がいっぱいいる…!だから…怖いけど……」
次々と飛来する毒々しい肉片。触れたら1発でアウトなのは見た目からして明らかだった。実際その肉片が落ちた場所の植物はまるで酸にでも溶かされたようになり生気を失い枯れていた。普通なら絶望しか見えない。だけどゆんゆんは諦めなかった。
「怖いけど…!絶対に諦めない…!」
「ゆんゆんさん…!」
それでも気持ちだけ先行してなんとかなるほど戦いは甘くない。それはウィズが1番よく知っていた。気持ちだけで魔王軍の幹部を倒せるならかつて人間だった頃の自分が成し遂げている自信すらある。そんな経験からウィズは今のゆんゆんを危うく感じていた。
瓦礫で足場が悪く動きにくさもあった。そんな足場の悪い場所で動けば焦燥感も合わさって、疲労度合いは通常以上に蓄積されて行く。攻撃はウィズよりもゆんゆんの方に多く流れているように見受けられた。
そして…ウィズの不安は的中することになる。
「ゆんゆんさん!危ない!」
「…っ!?」
死角からの肉片の砲撃がゆんゆんに襲いかかる。それは空から影を作ることでゆんゆんも察知はしたが反応が遅れてしまった。だが普通に回避できれば紙一重でならなんとか避けられる距離でもあった。
「…ゆんゆんさんっ!?」
「あ……」
そのタイミングでゆんゆんは瓦礫に足をとられて転倒してしまう。ウィズは慌て傍に向かおうとするも別の肉片が飛来してきてゆんゆんの元へと行かせてくれない。
「ヒュー…!ヒュー…!これで君達の絶望が食べられるんだね…!」
その瞬間にゆんゆんの目に光はなかった。こんなところで終わってしまうのかと半ば諦めたような表情をしている。嫌だ、こんなところで死にたくない、そんな感情から目にはうっすらと涙が滲んでいた。
その瞬間だった。
「……ヒュー…?」
「…………え?」
一瞬時が止まったかのような感覚がその場の全員に襲っていた。見ればゆんゆんの周囲にはゆんゆんを守るかのように球体の光の壁が設置されている。ゆんゆんは勿論、ウィズにもこんな魔法は使えない。ならばそれは第三者による援護と答えを出すことは容易なことだった。
「ふむ、どうやら間一髪だったようですな」
ザッザッと瓦礫の上を歩く音とともに姿を見せたのは…司祭服を身にまとった初老の男性。ウィズはその人を見るなり顔を引き攣らせ、ゆんゆんも内心微妙な顔をしたかったのかもしれない。
「アクア様のお膝元、水の都アルカンレティアを守る為、今ここに我らアクシズ教団が参りましたぞ…!」
この男性こそアクシズ教団の最高責任者ゼスタである。見ればゼスタの後ろには何人ものアクシズ教徒が徒党を組み、それぞれ武器を持ち構えていた。
「「「悪魔滅ぶべし!!魔王しばくべし!!悪魔滅ぶべし!!魔王しばくべし!!」」」
アリスちゃんだと思った?残念、ゼスタ様でした!!