遅くなりましたm(*_ _)m
―アルカンレティア・中央広場跡地―
跡地。街の中心部に位置するこの場所はアルカンレティアでもっとも人々が集まる場所だった。
アクシズ教のシンボル、女神アクアの像は倒壊して毒々しい色に変貌した湖の中に倒壊してしまっている。
通常の宗教の信徒であればこれほど絶望することはない。…ないはずなのだ。実際に街が破壊された直後、その場にいた街の住人の心境は絶望に包まれた。それをマクスウェルは満足しながら食した。
だが今集まったアクシズ教徒の精鋭達にその色は見えない。どんな窮地に立たされようと見ているのは希望と欲望、そして女神アクアへの信仰心。
今この場にいるアクシズ教徒の中には確かに戦力にならないような一般人もいる、子供もいればお年寄りさえも存在している。
ゼスタはそれを分かっている上で、彼らをこの場に連れてきた。それは一般的な思考で考えなくても無謀、自殺行為でしかない。
今なお続く聖水の入ったポーション瓶の投擲はそんな力を持たないアクシズ教徒によるものだ。
そして力を持つプリースト部隊や少数の冒険者はそれぞれ武器を構えてゼスタの指示を待つ。
そんな中…、デッドリーポイズンスライムの眼前には1人のクルセイダーが1人、白銀の剣を抜いて両手で持ち、構えていた。
「この街の人々は私が守ってみせる!!私はエリス教徒ではあるが…本来女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄という言い伝えもある、そしてどちらにとっても悪魔は忌むべき存在…ならば共闘することをエリス様も認めてくださるだろう…」
金髪のクルセイダー、ダクネスは決意の眼差しを向け、そして叫ぶ。
「さぁ来い!!お前の毒とやら、この私に通じるかどうか試してみるがいい!!」
「…ヒュー…また1人増えたね…その感情は…僕の好みじゃないよ…」
また1人絶望とは程遠い者が現れた。マクスウェルの声からは不愉快そうな感情を誰もが感じた。そしてその声にもっとも反応したのは…アリスだった。
「ちっ…ダクネスのやつ……おい、アリス?どうした?」
舌打ちしながらも最前線にいるダクネスの存在に心配しながらもカズマはアリスの異変に気が付いた。カズマだけではない、ゆんゆんやめぐみん、ミツルギも同様に。
アリスはマクスウェルの声を聞いた瞬間小刻みに震えていた。表情から伺える感情は恐怖。水の魔晶石をセットした杖を両手で握りしめるがとても落ち着いて詠唱できそうにはない。
「…アリス…?」
ゆんゆんにはその震え方に見覚えがあった。それはホテルで目覚めた時の怖い夢を見たと震えていたアリスそのままだったのだから。
「なるほど、あれの中身がアリスを狙ってた悪魔って訳ね」
「…っ!?」
何も言えずにいたアリスの代弁の言葉はいつの間にやら背後にいたアクアだ。よくよく考えればダクネスが今ここにいるのなら共に行動していたアクアがいることは何もおかしなことではない。
「アリスを狙っていた…?」
「悪魔だって…?」
再読するようにアリスに目を向けたのはゆんゆんとミツルギ。アリスのパーティメンバーの2人だった。
アリスは結局悪魔の事どころか狙われていることすらアクア以外の誰にも話していない。もっともアクアの場合話すまでもなく気付かれたことでやむを得ず話したので可能ならばアクアにすら話すつもりもなかった。
以前王都でアイリスとともにいた時に狙われたのもアイリスが狙われたものであるとゆんゆんは認識している。あれがアリスが狙いだったと知っているのはアリスとバニルだけである。
だからこそ2人の表情は深刻なものだ、アクアが告げたことで今それを知る事になったのだから。
「…色々話したいことはあるかもしれないけど、終わってからの方が良さそうだな」
カズマがそう言えばミツルギとゆんゆんはすぐにマクスウェルへと向き直る。だが深刻そうな表情は変わらない。それはどこかショックを受けているようで、俯いたままのアリスはその顔を見るのが何よりも怖かった。
「…そうだな、話は終わらせてからでもできる。僕はダクネスさんを援護しに行くよ、いくらクルセイダーとはいえ1人では危険すぎる」
「で、ですがそれだとミツルギさんも……あっ、ミツルギさん!?」
ゆんゆんが止めようとするも言うよりも早くミツルギはダクネスの元へと走って行ってしまった。そんな中、アクアはゆっくりと背後からアリスに近づいてそっとその肩に手を置いた。
「……」
「ほら、何をくよくよしてんのよ。ずっと退治しようとしていた悪魔が今目の前にいるんだからっ!」
アリスとしては呆気なく暴露したアクアに対して何かを思っている訳では無い、どの道悪魔に狙われていることはこの旅行が終われば話すつもりだったのだ。なら今目の前にその対象が現れたことで順序が変わってしまうのもまた、仕方ないことだ。
…だが結果的には、形式的にはアリスが隠し通しているのをアクアが教えた形になってしまった。今のアリスにはミツルギやゆんゆんの気持ちが、憤りがよく理解できていた。何故話してくれなかったんだと、何故頼ってくれないのかと、僕は、私はアリスの仲間なのにと。
そんな2人の想いは何をするまでもなく雰囲気でアリスに伝わっていた。実際逆の立場ならアリスだってそう思うだろう。だからこそアリスは今の心境がとても苦しいものだった。
「でも、アリス…私も、アリスの気持ちはよく分かるから」
「…ゆんゆん?」
そんな心境を察したのか、ゆんゆんが落ち着いたように優しく告げた。実際ゆんゆんがアリスの立場だとしても同じことになる可能性は高いと思えたのだろう。今までここまで大切に思う友人や仲間は彼女にはいなかった。だからこそ、今いるそれらを大切にしたい、危険な目に合わせたくない、それが自分のせいでなら尚更のことだ。そんなゆんゆんの想いはこれ以上語る事がなくてもアリスに伝わってくる。
だが今は悠長にその話をしている場合でもない。そんな想いもまた、アリスに届いたことでアリスは重苦しかった空気を払拭することができ、ゆっくりながら俯いた顔をあげていた。
そうだ、今は目の前の敵をなんとかしなければ。考える事も謝る事も後でも可能なのだ、だけどここで万が一の事態になればそれも叶わぬ事となってしまう。それはアリスにとって何よりも耐えられない事。
立ち直ったアリスを確認したように、カズマはふっと笑う。それは安堵から出た溜息のようにも聞こえるがどちらでも良かった。それが自分達が動く合図なんだと、メンバーの誰もが思ったのだから。
「よし、やるぞお前ら!!」
カズマの掛け声で、そのメンバーは想いのままに行動を開始した。
……
そしてマクスウェルが操るデッドリーポイズンスライム。ダクネスは見る限りでは大ピンチとなっていた。防御極振りのクルセイダーということもあり、簡単に毒を喰らいその場に倒れるようなことはないものの、マクスウェルは腕のようなスライムの物体を振り回し、ダクネスへと襲いかかる。
「ヒュー…すぐに君の感情も僕の好みにしてあげるからね…」
「貴様の好みの感情が何なのかは知らぬが…この程度でこの私を止められると思うな!さぁ来い!私が全て受け止めてやる!!」
勢いはあるものの、マクスウェルの攻撃によりダクネスは押されていた。スライムの流動する腕はかなり太い鞭のようにダクネスを殴りつける。ぶつかる飛沫によりダクネスの髪の1部や露出部分の皮膚は火傷のように荒れる。本来ならその程度で済む訳がないのだがそこは流石クルセイダーといったところなのか。
「…確かに彼女が言うように、アクア様とエリスは先輩後輩という言い伝えもあります、いいでしょう…皆、ここはあのエリス教徒のクルセイダー殿と共闘といきますぞ!今支援魔法を!」
「お構いなく!!」
「えっ」
即答。即答である。予想外のこれには流石のゼスタも唖然としてしまう。少なくとも拍子抜けした声を出してしまうくらいには。
まさかエリス教徒故にアクシズ教団の力など借りないとでも言いたいのだろうかとゼスタの脳内に一瞬過ぎるもののすぐに否定する。アクシズ教団を嫌っているのならそもそも身を呈して強大なモンスターの前に立ちはだかるだろうか?それに女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄だと言ったのは他でもない彼女自身なのだ。こちらの支援を断る理由が皆目見当もつかない。
そんな思考を働かせている間もマクスウェルによる攻撃は止まらない、先程見せた肉片による爆撃だ。それはダクネスよりも、アクシズ教徒へ向けて多く放たれていた。
「させはせぬ!!人々を護ることこそ…騎士としての使命!そこにエリス教もアクシズ教もあるものか!」
「!!」
ダクネスはアクシズ教徒の人達に向けて放たれた肉片をその両手で持った剣でガードして強引に払い除ける。だが一瞬着弾した結果肉片は弾き、飛沫となって再びダクネスを襲う。それはダクネス自慢のアダマンタイト製の鎧ですら焦がし、金属が灼ける異臭を引き起こしていた。
「ダクネスさん!僕も助力します!2人で引きつければ…」
「お構いなく!!」
「……え?」
これは危ないとミツルギが駆け寄ったがダクネスは変わらない。ミツルギの存在に気が付いたのか、マクスウェルは即座に攻撃対象に加える。そして鞭のようなスライムの腕はミツルギに襲いかかるがダクネスはすぐさまミツルギの盾となるようにそれを鎧で受け止める。無理が祟ったのだろう、既にアダマンタイト製の鎧はヒビが入ってしまっている。
口調、行動、それらは正しく模範となるような騎士そのものだ。実際何も知らない人はそれに心打たれている。
勿論実際には違う。それはダクネスの顔を見れば一目瞭然である。恍惚とした表情ははっきり言って人様に見せられたものでは無いのだがアクシズ教徒やミツルギには背を向けている為にその表情は見えない。
(なんて立派な人なんだ…この騎士としての在り方…人を護りたいという想い…)
ミツルギは深く関心を示したがそれでもダクネス1人に任せる訳にも行かない。この水の女神アクアから賜った魔剣グラムならば斬れるはず、と根拠の薄い自信からマクスウェルへと斬り掛かる。
一方アクシズ教団の方々は、というと。
「あの人は先日見かけたイケメン勇者様!!」
「私が彼を援護するわ!!」
「だから年増は下がってなさいよ!!ここは私が支援魔法を!!」
「誰が年増よ!!あんたにだけは言われたくないわ!!」
パワフルなプリーストのお姉様方による魔剣の勇者への支援争奪戦が繰り広げられていた。ひと幕開けて駆けつけたアリス達一行ではあるがここでアリスが支援してしまったらどうなるだろうか、考えるだけでも恐ろしい。
「あのドM…!相変わらず無茶な突撃しやがって…!」
「こんな時でもアクシズ教はいつも通りなのですね…とりあえず支援はあの方々に任せて私は攻撃に集中しますか…ゆんゆん、ウィズさん」
「うん、まだ魔力は残ってるわ!」
「私も問題ありません」
頼もしいゆんゆんとウィズの言葉にアリスは詠唱にはいる。リボン状の魔法陣がアリスの周囲を駆け巡ると杖に装着された青い魔晶石は眩いばかりの輝きを見せつける。それは何よりも目立って背を見せるダクネスとミツルギ以外の全ての視線がアリスに集中していた。
「…ヒュー…君は…やっと見つけた!!ヒューヒュー!」
「…っ!?…私は…貴方なんて知りません…!!水の女神の力の元に、今全てを凍てつかせろ!!《エターナルブリザード》!!」
勿論アリスは知っている。その声は夢で聞いた少年のような声。アリスが青く輝く杖を掲げれば、それは恐怖を払拭するが為のように放たれた。氷河期の訪れを想起するがごとく極寒のブリザードがマクスウェルを、アリスの視界に映る周囲の全ての人々を襲う。
これにはアクシズ教徒達も驚きを隠せない。自分達もまたブリザードの直撃を受けているはずなのに凍るどころか全く寒さを感じないのだから。
「…何これ…?アリスのこの魔法は見た事あるけど威力が以前と全然…」
「ゆんゆんさん、私達も!《カースド・クリスタル・プリズン》!!」
「…っ!は、はい!《フリーズ・ガスト》!」
もはや助力は不要なのではないかと思わせるほどの猛吹雪。それに続くようにウィズとゆんゆんの上級氷魔法はマクスウェルへ向けて放たれた。
範囲も距離も今までの比較にはならない。
「…寒い…寒い…寒い…さ……む……」
うわ言のように呟かれた少年の声はやがて終わりを告げた。魔法が終わりを告げれば見えたのは巨大な氷のオブジェへと変貌を遂げたデッドリーポイズンスライムの姿があったのだから。