―アクセルの街 冒険者ギルドの酒場―
翌日――
私達やカズマ君のパーティの王城訪問は4日後となっている。どうやら手紙そのものは私達が旅行中に届いたようで普通に考えたら時間にまったく余裕がない。本来ならばすぐにでも馬車に乗って出発してギリギリという形なのだけどこちらにはゆんゆんという便利な女がいるのでテレポートで一瞬である。
流石に今はアイリスの護衛はしていないので王城前へと飛ぶ事はできないが王都入口まで飛ぶことなら何も問題はない、よって当日まで慌てる必要もないのである。
「…なんかまた失礼な事考えてない…?」
「ソンナコトアリマセンヨ」
最近ゆんゆんの勘がするどくなっている気がするけど気にしないでおこう。今は酒場で昼食をとっております。王城へ招待されたことで流石に普段着ではよろしくない、特に会食時には正装をしなくてはならないのでカズマ君のパーティの面々は今やダクネスの家でタキシードなりドレスなり借りようとしているらしい。お金があるんだから買えばいいのにとは思ったけどダクネスの家に行く口実にしたかったのかもしれない。
それを思えば私達も着いていけば良かったのだけど私とゆんゆんは複数に渡り王城にアイリスの元へ遊びに行ってるので既にそれっぽいドレスを見繕っていたりする。ミツルギさんは言わずもがな。ゆんゆんが王室と繋がりができていることにめぐみんは驚嘆していたけど割愛しておく。
ちなみにウィズさんは王城行きを辞退しました、万が一正体がバレでもしたらシャレにならないし妥当な判断だと思う。今回の功績者でもあるのだから残念といえば残念なのだけどそこは仕方ない。
とまぁ…これからに向けて私達は動いていますが、当然ながら気になることもあった。
「失礼、相席しても宜しいかしら?」
「あ、はい、大丈夫で……す…?」
ゆんゆんはティーカップに口をつけながら突如聞こえてきた声に反応して目線を向ければ、その動きが止まる。
今はお昼時だし酒場はそこそこに賑わいを見せている。空いている席もあまりないのだから相席することに抵抗はない。
…ないのだけど…問題はそこでは無かった。私もサンドイッチをもぐもぐしていた口が止まった。明らかに聞いた事のある声だったのだから。
「……セシリーさん、冒険者ギルドに来るなんて珍しいですね…」
「うふふ、前を通りかかったらアリスちゃんの匂いがしたからお姉ちゃん飛んで来ちゃったわ♪」
「いやそういうのいいですから」
私がぎこちない対応をしても相変わらずの様子だ。正直気まずさが顔に出てしまっているかもしれない、その証拠に私とゆんゆんの頬には冷や汗のようなものが目立たない程度には流れていたのだから。
だけどある意味ではこの再会はありがたいものでもある、私達が全力で逃げ出した後にアルカンレティアはどうなったのか?マクスウェル兼ハンスによる毒はアクア様により残さず浄化されたとはいえ、街は破壊されたままなのだ。それにアクシズ教団の動きも気にかかる。
私はふと気になり周囲、そして窓から見える外の様子をチラリと見てみる。まさかアクア様を探す為にアクシズ教団がアクセルの街に乗り込んで来たなどということはないだろうか、そんなことすら考えて。
「…心配しなくても、アリスちゃんが思っているようなことは何一つないから、安心しなさい?」
そうしていると私の考えを察したような様子でセシリーさんは溜息をついて私達と同じテーブルに備えられた椅子に腰を落ち着けた。
私もゆんゆんもそれを聞いて不安が拭えないものの、半ば強引に溜息をつく。
「……では…私達が逃げ出した後、アルカンレティアはどうなったのです?」
これはアクセルに戻ってすぐに気になったことだ。しつこい相手だったがハンスがまだ生きている事はありえない、めぐみんの冒険者カードには魔王軍幹部のハンスの名前がしっかりと刻まれていたのだから。…もっとも、バニルの例があるので完全に安心することはできないけど。
「うーん…そうね…言ってしまえば貴方達が逃げたのは正解だったかもしれないわ」
私の質問に、セシリーさんは複雑そうな面持ちでいた。いつの間にやら注文した紅茶を口に含みつつ言いにくそうなセシリーさんの様子には、流石に私もゆんゆんも首を傾げてしまう。
「…あの、何かまずいことでも…?」
「まずいというか…なんというか…最初はね、アクシズ教団でも意見が二分していたのよ、あの方は本物のアクア様だ!って言う人と、そんなわけが無いと言う人と…でもね…」
まず一番に思ったのはセシリーさんの様子の異常さだった。なんというか話に纏まりがない。よくよく考えたらセシリーさんなら私を見るなり有無を言わさず抱きついてくるくらいはあるはずなのだがそれすらなかった。
そこまで考えた私はその理由を理解した。
そうだ、セシリーさんもまた熱心なアクシズ教徒なのだ。出逢った頃から常に二言目にはアクア様ありがとうございます!と祈りを捧げながらも言っていた気がする。
そんな熱心なアクシズ教徒であるセシリーさんにとっても、自分の目の前にいたプリーストが自身の深く信仰する水の女神アクア様だとなれば平静でいられる訳がないのだ。例えそれが本物であれ偽物であれ。
ましてやアクア様はそう名乗る事前に女神としての力を盛大に発揮してしまっている。あれでは信じてしまうのも無理はないと思われる。
そして、その理由は他にもあるようだ。
「貴方達が泊まっていたホテルの浴室なんだけど…その…アクア様と名乗っていたプリーストの方の部屋のなんだけどね…浴槽のお湯が全て純度の高い聖水になっていたのよ…触れた液体を全て浄化して聖水にしてしまう…これはアクシズ教団に伝わる女神アクア様そのものなのよ…それもあってほとんどの人は、完全にあの方は本物のアクア様だと信じているわ…」
「……」
逃げたのが正解なのは例え本物と捉えられようと偽物と思われようと間違いはないと断言できるのだけどこれで二度とアルカンレティアに行くことはないだろう。一方ゆんゆんが何か言いたそうな様子だけど例えセシリーさん相手でもゆんゆんが思ってる事を告げるのはよろしくない。
今やゆんゆんはめぐみんやダクネスと同様にアクア様は自分を水の女神と本気で思っている痛い子扱いの状態である、これは言ってしまえば偽者である。それを熱心なアクシズ教徒であるセシリーさんに言う訳には行かない。
「……正直ね、私は未だに半信半疑なのよ…だからアリスちゃん教えてほしいの。……あのアクアって方は…」
「本物ですよ」
「「!?」」
なるほど、ようはセシリーさんはアクア様とともに居た人の中で一番聞きやすい私に確認をとりたかったのだろう。…だから私は小声で即答した。してしまった。これにはセシリーさんだけでなくゆんゆんまで驚いている。
「アクア様は訳あってこの世界でカズマ君のパーティのアークプリーストとして存在しています、目的はこの世界を脅かす魔王軍の討伐です。今回アルカンレティアに来ていたのは戦いに疲れて休息の意味で湯癒に来ていました」
「…………」
セシリーさんは絶句している。当然のようにゆんゆんもだけど。…まぁ嘘は言っていない、カズマ君やアクア様から聞いた話だけどアクア様は天界に帰る条件が魔王討伐らしいし。そして正体を暴露した私の目的は次にある。
「ですが…今回アクア様の正体がアクシズ教団の方々に露見したことで今後動きにくくなる可能性もあります、ですからゼスタさんに伝えてください。どうかアクア様並びに私達のことをそっと見守っていてほしい、と」
これが目的である。本物なのか偽者なのかなんてどちらを答えてもろくな事にならないに決まっている、それは旅行前からカズマ君が危惧していたし私もそう思う。だったら本物と認めた上でそっとしておいてほしいと懇願した方が安全ではないかと判断したのだ。これが偽者なんて言おうものならそれこそダクネスが危惧していたようにアクシズ教団の人々に襲われそうだしもはや私に解決策はこれしか浮かばなかった。
それを聞いたゆんゆんも理解はしたようだ。ホッとして胸を撫で下ろしている。…というのは多分ゆんゆんは私達が結果的にアクシズ教団に追われることのないように話を合わせた、とまでしか思ってはいないだろうけど。
ここまで聞いたセシリーさんは無理矢理落ち着くように紅茶をゆっくりと口に含み、一気に飲み干した。…そしてむせた。
「ケホッケホッ…」
「だ、大丈夫ですか?」
紅茶は運ばれてそこまで時間は経ってないし未だに湯気があがっていた、温度は高かったと予想できるのだけど…それほど冷静ではいられなかったのかもしれない。
「…えぇ、大丈夫よ。そして、アリスちゃんの言う事も何も心配はいらないわ。ゼスタ様は既にあの場にいたアクシズ教団の人全員にお告げをだしたのよ、『我々アクシズ教団は、アクア様をそっと陰ながら見守るようにしましょう』ってね、これには全員涙を流しながら同意していたわ」
「…そ、そうなんですか…」
正直に言えば意外としか。何せあのアクシズ教団なのだ。アクア様の傍に駆け寄って拝み倒すくらいはしそうなものかと思っていたのだけど変なところで常識があるのがなんか不気味でさえもある。
「ねぇアリス、こうやってアクシズ教徒のセシリーさんに逢えたんだから、あの事も言った方がいいんじゃないかな?」
「…そうですね」
「えっ?まだ何かあるのかしら?」
ゆんゆんの提案に私は頷き、セシリーさんはキョトンとしていた。私はゆんゆんに言われた事でセシリーさんやゼスタさんに言わなければならない事があることを意識したのだ、かなり心苦しいのだけど。
「…今回の魔王軍幹部のハンスにはセシリーさん達も存じているように悪魔が取り憑いていました、そしてその悪魔の狙いは…私だったんです」
「…っ!?」
セシリーさんはかなり驚いているけど私はゆっくりながらも言葉を紡いでいく。まるで懺悔をするかのように改まって。
「ですから、私がアルカンレティアにいなければ、あの街はあそこまで被害が出る事はなかったと思います。今回のハンスの討伐報酬は4億エリスにもなるそうです、私達はこのお金を、アルカンレティアの復興資金として寄付することにしました」
「よ…4億!?!?」
「街の中心部があのようなことになったので…それでも足りないかもしれません。それでしたら足りない分も……私が何年かかっても支払いますので…」
「ちょっとアリス…!?」
「そうよ、ちょっと待ちなさいアリスちゃん!?」
ゆんゆんもまた驚きその場で立ち上がった。それもそうだろう、4億を寄付するまでは皆と話して決めたことだがそれで足りない場合のことまでは話していない。これは私が勝手に決めたことなのだから。私が原因であのようなことになったのだから当然だ、私が一生かけても償わないと。…私にはそんな想いでいっぱいだった。
その時だった。
バシッ…と音がしたと同時に…私の頬に衝撃を感じた。
「……えっ?」
何が起こったのか分からなかった。ふと原因に目を向けたら、それは手を振りかぶった後の涙目のゆんゆんの姿だった。
「ゆ…ゆんゆん…?」
「アリスの馬鹿!!どうしていつも独りで抱え込もうとするのよ!?そうやってアリスはいつも…いつも…」
「……」
気付けば場は静寂に包まれていた。人が多く、賑やかだった酒場にいた冒険者の人達は、トレイを持ったウェイトレスは、ルナさん達ギルドの職員、誰もがこちらに無言で目を向けていた。…だけど少なくとも今の私にはそれらを気にする余裕は全く無かった。
その静寂の中、私の頬はズキズキと痛みを訴えていた。それは頬の痛みというより…誰よりも信頼している親友によってもたらされた心の痛み。
「……今のは、アリスちゃんが悪いわね」
「……えっ…?」
多分今の私の目に光はない。軽く放心状態になっていた。セシリーさんはふうと大きめの溜息をつくなり、その席を立った。
「…ここだと目立つし、場所を変えましょう?私の教会にくるといいわ、ゆんゆんさんも、それでいいわよね?」
「……はい……」
ゆんゆんは私を平手打ちしたその手を心苦しそうに胸に抱いて蹲っていた。私を叩いたことを後悔しているのか、そんな様子に見えたけど…多分それだけじゃない。
私は会計を済ませるなり、何があったのかと心配そうに見つめるルナさんや冒険者の人々の視線を後目に、冒険者ギルドを後にした。