先に書いておきます、またアリゆんです←
―アクセルの街・カズマ君の屋敷―
その日の夜。この際だからカズマ君達にも手紙の件を知ってもらおうと考えた。ミツルギさんは宿に泊まる手筈となってはいたけど私がせめて夕飯だけでもみんなと一緒に食べましょうと半ば強引に引きづりこんだ。最初は遠慮していたけどどこか嬉しそうにも見えたので悪い事ではないと思う。
今日の夕飯の当番は私とゆんゆんだから何も問題はない。何故2人なのかと言うと私は料理なんて全くできないのでゆんゆんに教えて貰いながら作っているのだ。ゆんゆん曰くそんなんじゃ何時かお嫁に行った時に困るわよ!とのこと。ちなみに私にそんな気も予定も全くない。
ないのだけど私の感覚はあくまでも日本の感覚だ。あちらの結婚適齢期は多分25歳から30歳くらいだと思う。あくまでも私の推測なので異論は認めるが私から見れば後10年もあるのだ、何を焦る必要があるのか…と、なるのだけど…。
この世界の結婚適齢期はなんと14歳から17歳らしい。聞いた時はかなりビックリした。更に言えば14歳で成人扱いである。私の感覚では考えられないのだけどダクネスが現在18歳らしく、それでいてアルダープに求婚を何度もされている、更にダクネスは父親からも何度もお見合いの話を持ちかけられては断っているらしい…、なるほど、既に結婚適齢期を過ぎているので親としては焦りがある訳だ。日本だと30過ぎた娘の父親の心境なのだろう。
話は逸れたけどようは私の15歳という年齢はこの世界では一般的に結婚して産まれたての子供がいてもおかしくは無い年齢だということ。…はっきり言えば私にとってキャベツが空を飛んだり畑で秋刀魚が取れたりするよりショッキングな話とも言えた。だからといって早く結婚しなくてはと焦るつもりもないしする気もないのだけど。
いくら身体が変わって転生したとはいえ、その感性までも変えられる訳が無い。大体元より異性への興味が薄い私が簡単に結婚などできるとも思っていないしまずその候補がいない。
「アリス、手が止まってるけどどうしたの?」
「…っ!な、なんでもないですよ、もうすぐ切り終わりますので」
今は屋敷のキッチンで調理中だった。私もゆんゆんもいつもの服の上から前掛けのエプロンを纏ってゆんゆんは火をかけた鍋の前にいて、その横で私が包丁を使ってジャガイモらしき野菜の皮剥きをして適度な大きさに切っていた。
「ゆっくりでいいからね?じゃないとまた手を切っちゃいそうだし…」
「はぁい…」
ゆんゆんの仰る通りこれで私が怪我をしたのは一度や二度じゃなかったりする。皮剥きからみじん切りやら、こんなことをテキパキやっていた母親を思い出して改めて思う、お母さんは凄かったんだな、と…。まぁ日本では皮剥きの為のピーラーとかフードプロセッサーとか便利な道具があるのだけどこちらにはそんなものはない、無骨な包丁か果物ナイフあたりの2択である。
「よし、こっちは良さそうね……アリス?切り終わったなら鍋に入れる…って…アリス…流石にこれは大きすぎるわよ…」
「うっ…」
改めて見てみれば酷い出来栄えだ。大きすぎたり小さすぎたり、中には若干皮が残っているものまである始末。とてもこれをそのまま鍋に入れて煮詰めても美味しそうになるとは思えない。
「ジャガイモはこうやって……これくらいでいいかな?こっちのも大きいから切ってみて?」
「…うぅ……、こ、これくらいです?」
ゆんゆんが包丁を使うとトントンとリズミカルな音が聞こえ、私が切ればトン…トン…ゴトン…となる。何故ここまで違うのか。
「まぁ…うん、これくらいならいいけど…アリスの場合上手く切ろうとして力が入りすぎてる気がするから…もっと気楽に切るといいのかも…」
「…善処します…」
ゆんゆんはそう言いながらも手際よく料理を作っていく。ぶっちゃけこんな様子はかなり前から見ているのだけど正にこれこそ私がアルカンレティアでゆんゆんをママ扱いした由来のひとつでもあったりする。
「…うん、味はいいと思う。アリスも味見してみて」
小皿にスプーンを乗せて私に差し出してくれたので私はそれを受け取りパクりと一口。
「…まろやかで美味しいです」
というよりほとんどゆんゆんが作ってるのですよね。私いらないんじゃないかな…?今味見しているのはシチュー。ジャガイモのようなおイモと、ブロッコリーのような野菜と、鶏肉と見せかけてカエル肉。カエル肉以外はあくまでもような物としか言えない。似ているけど日本で知っている野菜とは少し違うのだ。ジャガイモとかブロッコリーは収穫時に襲ってくるらしいし。
カエル肉も実際このブロック状のお肉を日本に持っていったらまさかこれがカエルだなんて思わないだろうと思われる、脂身の少なめになった豚肉のような見た目なのだから。
「後は煮詰めたら完成ね、ご苦労さま、アリス」
「…作ってるのはほぼゆんゆんですけどね…私は紅茶でも淹れておきますか…」
言いながらも紅茶の準備にかかる。料理関係で私が唯一ちゃんとやれることなので自然に気合がはいる。ゆんゆんが教えてくれなかったらこれすらできなかっただろうけど。
それにしてもゆんゆんは幸せそうに料理を作る。私に教えてくれながらも常に上機嫌だ。理由を聞いたらこうしてお友達と一緒に料理したりするのが夢だったんだそうな。ゆんゆんらしいと言えばらしいのだけど。
「…アリス、どうしたの?」
「…いえ、ただゆんゆんをお嫁にもらう人は幸せだろうなぁ、と思いまして」
「き、急に何!?」
食器を並べていたゆんゆんの手が止まる。その赤い顔と戸惑いようを見て私はクスクスと笑っていた。
「わ、私が簡単に結婚なんて…その、 できるわけないじゃない…普通に話せる異性も最近までいなかったし…」
「まぁその辺は私も同じですけどね…どちらも貰い手がいないままでしたらいっそ私とゆんゆんで結婚しちゃいますか」
「え…?…ええっ!?!?」
ゆんゆんは動揺のあまりその場で持っていた金属製のボールを落とす。中に入っていたサラダは盛り付けた後なのでボールの中身は空である。そこは問題ではないのだけど…落としたこと自体が問題だった。
ガシャンと音が鳴るなり、ゆんゆんは苦悶の表情を見せたと思えば、その場に座り込んでしまった。…どうやら落としたボールが足に当たってしまったらしい。
「だ、大丈夫ですか?」
「だいじょばない……もう…アリスが変なことを言うから…」
足の甲を見れば赤く腫れていた。このままではまずいと私は即座にヒールをかけた後、クリエイトウォーターで濡らした布巾を被せる、更に弱めのフリーズを使うことで応急手当とした。ともあれこれですぐに痛みはひくだろう。咄嗟なことでも自然と魔法を使うあたり、私もいつの間にかこの世界に馴染んでいるなぁ、なんて思いながらも処置を終える。一方ゆんゆんの顔は赤いままだった。
「ゆんゆん?まだどこか痛いです?」
「…ううん、大丈夫……ありがとう……そ、それよりアリス」
「はい?」
相変わらず顔は赤いままだ。ゆんゆんは何か言いにくそうに口ごもっている。
「今言ったことは……その…」「大きな音がしたが何かあったのか!?」
ゆんゆんが何か言おうとしたところで扉が勢いよく開かれ、ダクネスが顔を出した。どうやらボールを落とした音が聞こえていたらしい。
「なんでもないですよ、ゆんゆんがボールを落として足が腫れていたので今治療をしたところです」
「…やれやれ、そそっかしいなゆんゆんは…まぁ結果的に何事もないのなら良かった」
私がアークプリーストということもあり、私の言葉でダクネスは安堵したのか、ふうと溜息をついていた。一方ゆんゆんは無言のまま相変わらず顔が赤いままだった。
「それより料理は大体作り終わりましたので良かったらダクネスも運ぶのを手伝ってもらえますか?」
「あぁ、勿論だ。今日はシチューか、これは美味しそうだ」
ダクネスはシチューの香ばしさを楽しみながらもそれらをトレイに乗せて運んでいく。私もまた立ち上がり紅茶をティーポットに淹れ始めた。
「…そういえばゆんゆん、先程何か言おうとしてませんでした?」
「…っ!?な、なんでもない!?私も料理運んでくるから紅茶はお願いね!!」
ゆんゆんは赤い顔のまま早口でそう告げるなり料理を運んでいってしまった。この様子には首を傾げるしかない。まさかさっきの結婚云々を本気にしたわけでもないでしょうに、いくらゆんゆんでも流石にそれくらい冗談だとわかるだろう。
――翌日。
私とゆんゆん、ミツルギさんは今アルダープの屋敷に向かって歩いている。アクセルにも王都のように貴族街が存在する、流石に王都と比べたら大分小規模ではあるけど、アクセルで私が唯一入ったことのないエリアである。というのも流石に街を巡っても貴族の住むエリアに用はない。アクセルに来たばかりの頃に街中を巡ったことがあったが結局そこだけは入る事がなかった。
結局あの後カズマ君達に話したものの、不審に思われるだけで特に話に進展は無かった。何故かカズマ君だけは深く考え込むようにしていたけど結局答えは出なかったようだ。ダクネスからアルダープの屋敷の詳しい位置を教えてもらった程度だった。
「ここ…ですね…」
聞いていた屋敷の前に着いた。というよりダクネスの説明がわかり易すぎた、何せ1番庭が広い建物、なのだから。
高い塀は先が見てない程続いていて、入口には守衛さんとは違う無駄に豪華な鎧を身に纏う門番らしき方が2人。なるほど、確かに分かりやすい。小規模な貴族エリアながら、その屋敷と塀の誇る総面積は他の貴族の屋敷と比べて圧倒的に差があったのだから。
「ここはこの街の領主、アルダープ様の御屋敷だ、それ以上不容易に近づかぬよう」
門番のその一言で私達は歩を止めた。呼び出しされたのにめちゃくちゃ警戒されているのだけどどういう事なのこれ。とはいえまるでRPGゲームのような屋敷の紹介の仕方のお陰で目的地はここだと確信することができた。後はダクネスに言われた通りに封筒を見せるだけである。
「冒険者、アリスと申します。領主様からお手紙をいただき呼び出されました、こちらが手紙になります」
門番はそれを受け取る事もなく、じっと封筒を見ていた。いや中身の確認をして欲しいのだけど。
「アルダープ様から客人が来る話は確かに聞いているが…聞いているのは冒険者のアリスという者だけだ。そちらの2人は?」
「…私のパーティメンバーです。依頼の話を聞きに来たという形なので同行してもらいました」
「…ふむ…領主様に確認する、少し待っていろ」
門番はそう告げるなり何やら魔道具らしきものに声を発しているように見える。日本でいう無線機のようなものなのだろうか。それにしても連れがいるだけでこの対応。冒険者というだけで上から目線だしあまりいい気分ではない、そりゃ王城のように下から目線でも困ってはしまうけど王城の対応の仕方に慣れてしまったのかもしれない、本来貴族から見た冒険者という身分はそんなものだし気にしない方がいいか。
「……失礼しました、アルダープ様から丁重に案内しろとの通達がありました、貴方達を客人として屋敷内へ案内させていただきます、すぐに執事が迎えに来ますのでもう少々お待ちください」
と、思ったら突然の掌返し。門番がアルダープにどのように言われたのかはわからないが若干の気持ち悪さはある。アルダープから見た私の印象は裁判で敵対したことからあまり良くはないはずなのだ。私がシンフォニア卿…クレアさんの名前を出した時のアルダープの悔しそうな顔は今でも私の脳内に想起できてしまう。そんな間柄なのだから不気味に感じるのは仕方ない。
やがて歳若い執事らしき風貌の人が屋敷から出てきたようで、入口が開かれるなりこちらに向かって丁寧に頭を下げた。
「冒険者のアリス様、お待ちしておりました。突然のお呼びだて申し訳なく思っております。中でアルダープ様がお待ちです」
着いて来いということなのか、執事さんはそのまま踵を返して屋敷へと歩を進める。私はミツルギさんやゆんゆんの顔を伺いつつも、2人の頷きに合わせてそれに続いた。
だだっ広い芝生の庭、あちこちに趣味の悪い鎧のオブジェやらが置かれている。赤レンガで彩りを見せる道の上を歩いて館へと近づけば、執事さんはその大きな扉を丁寧に開いて、扉の横に立った。そして深く頭を下げた。
「アルダープ様はここを入ったエントランスにいらっしゃいます、どうぞ中へ」
いよいよ対面である。私は静かに喉を鳴らした。そして目立たない程度に身構えてもいた。中に入った途端捕縛されるかもしれない、あるいは何か攻撃されるかもしれない。可能性は低いが決して0ではない。それ程までにこれから何が起こるのか予測困難だった。その緊張は私の後ろを歩く2人にも伝わったのだろうか、緊迫した空気を肌で感じた気がした。
中に入ればまず見えたのは大きなシャンデリア、そして敷き詰められた赤いカーペット、中央には外にあったものよりも一際目立つ大きな金色の鎧兜のオブジェ、やはり趣味が悪い。
その鎧の左右には曲がった階段があり、それはまるで以前めぐみんと入ったことのあるベルディアが潜んでいた古城を彷彿とさせる。
その左右の階段の上が繋がった場所に、私達を呼び出した張本人がいた。太った丸い体を包む立派な衣装、金髪と髭が特徴的な男性、アルダープはどこか機嫌が良さそうにこちらを見下ろしていた。
「おほん、よく来てくれたな。君と顔を合わせるのはこれで3度目になるか…、特に初見は大した礼もできず、2度目は裁判所だ。君達にとって、正直ワシのことはあまり良い印象はないだろうな」
全く持ってその通りなのだがそれを肯定する訳にも行かない。意外な対応ではあるが私達はアルダープの話を何も言うことなく聞くことにした。
「だが今回の件はそれらとは関係の無い話だ、どうか過去の話と水に流してくれるとこちらとしても話しやすいのだがね?」
正直意外な対応すぎて気味が悪いまであるのだけどここで変な事を言っても話がややこしくなるだけだ。例え本音がどうであれ。
「こちらに対する配慮、感謝の言葉もございません、領主様。私としてもそのつもりでしたので、穏便に話が進むことを望みます」
あくまで否定はしない。これが今出せる精一杯の表現だろう。あまり下手に出ても厄介なことになる気もするし。
「ふん…だが冒険者にしては最低限の礼節は弁えているようだな、まぁ良い。改めて自己紹介しておこう、ワシはこの街の領主、アルダープだ。そちらの紹介を聞こうか」
アルダープの目線は私ではなく…、私の後ろにいた2人に向けられた。それは私だけを呼び出したのに何故余計な輩がいるんだ?とでも聞いているようにも見える。
「お初にお目にかかります、領主様。私は冒険者でありソードマスターのミツルギと申します、…不肖ながら魔剣の勇者と呼ばれているものです」
「お、おおおお初にお目にかか、かりますっ…!同じくぼ…冒険者でアークウィザードの…その、ゆんゆんと申します…!こ、紅魔族の族長の娘でふ…す…!」
…軽く場の空気が死んだ気がした。ゆんゆんとしては頑張ったよ、うん。だけど最後に噛んでしまった。これには私も慌ててフォローにまわる。
「不敬ながら申します…私達は冒険者故に、こういった場にはあまり慣れておりませんので…多少の粗相はあるかもしれませんが領主様の寛大な御心でお許しくださると幸いです、今回は私に依頼があるとのことで、パーティメンバーであるお二人にも同行して頂きました」
私がそう言っても、アルダープは不機嫌そうにしていた。ちょっと噛んだくらいでそこまで不機嫌にならなくてもいいのではとは思うのだが、それは私の勘違いであるとすぐに理解できた。
不機嫌そうなアルダープの視線は…ゆんゆんでも私でもなく…ミツルギさんに向いているのだから。
一体何故?彼の自己紹介は聞いた限りでは特に問題はなかったと思える。それとも魔剣の勇者というワードに何か思うところがあるのだろうか?
「ふん…魔剣の勇者に蒼の賢者…どちらもその名と活躍はワシの耳まで届いておる。特に魔王軍の幹部ベルディアの討伐はこの街にも関わりが大きい。この街の領主として、この国の貴族として、まぁ感謝してやらんでもない」
「恐縮です」
…言い方は気に入らないけどとりあえず問題はなさそうだ。ゆんゆんが入ってないですよ!と思える空気でもなかったし。
「いつまでもこうやって話している訳にもいくまい、丁度昼食時でもある。ささやかながら食事を用意した。おい」
「はい、皆様、私がご案内させて頂きます」
アルダープの呼ぶ声に反応したのは金髪のポニーテールのメイドさんだった…というより私から見えるメイドさんは全て金髪のポニーテールだった。そしてその髪型は既視感を感じる。
…もしかしてこの髪型はダクネス…?そう思うと自然と寒気を感じた。どれだけお熱なんだと。私達はメイドさんに案内されるがまま、館の奥へと進んで行った。