クリス回。そして作者はアリゆんを挟まないと死んじゃう病のようだ
―アクセルの街・カズマ君の屋敷―
――翌日。
ふと目が覚めたのは窓から射し込む陽光のせいだろうとすぐに理解できた。ゆっくりと私は起き上がると小さく背伸びをして両手を天井に向けて伸ばした。朝弱い私がこうやって自分で目覚めるのも珍しいことで、普段ならゆんゆんが起こしに来てくれる。
そんな私は寝ぼけ眼のまま、自室のテーブルの上に無造作に置かれた大金に注視していた。
それは昨日、アルダープから報酬と言われてもらった50万エリス。これについてどうしようかと頭を悩ませた結果、考えるのをやめて放置しておいた。
今更アルダープに返すのも変な話だし、ミツルギさんもゆんゆんも受け取りを拒否したのだからそれはもう困った。
なら自分で受け取ればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうしようとは思えない理由がある。
昨日の豪勢な食事、そしてこの50万エリスという大金。
一見すれば随分気前のいい見た目通り太っ腹な貴族様だと思えるかもしれない。
だけどアルダープの職業を考えてしまえば、とてもそうは思えなかった。
彼の職業はこのアクセルの街の領主、つまりこのお金の元々の出処はこのアクセルの街そのものの税金なのだ。
街の一人一人が汗を流し働いて稼いだお金の一部、それがこのお金である。
これがしっかりクエストを終わらせて得たお金ならそこまで思わないのだけどそういうわけでもない。とてもではないが素直に受け取る気にはなれなかった。
コンコンッ
そんな事を考えていたらノックする音が聞こえてくる。
ゆんゆんが起こしに来てくれたのかと思うも、すぐにそれは違うことに気が付いた。
何故ならノックする音は私から少し距離の離れた扉からは聞こえていない、私の座るベッドの傍の壁にある窓から聞こえてきたのだから。
目を向けると陽光に照らされてよく見えないのだけど、わずかながらに見えたのはこちらへ向けられた屈託のない笑顔だった。
…私は立ち上がるなり窓を開けて、ノックした張本人にぼやいた。
「……クリス、お願いですから普通に扉から来てください」
「あははっ、おはよーアリス」
そのまま窓越しに話すのもおかしな形になるので私は窓から離れることで入って欲しいことをアピールしてみた。だけどクリスは窓越しにいるまま動かない、入りたくないのだろうか?
「…入らないのです?」
「あー…すぐに帰るから大丈夫だよ、実はアリスと話したい事があってね」
クリスの言葉に私は思わず首を傾げてしまう。というよりもわざわざ2人で話す内容に心当たりが全くないのだ。一昨日冒険者ギルドでダクネスといるところを偶然出逢ったのが久しぶりの再会だったのだからそれも当然である。
「…はぁ…どんな要件ですか?」
「流石にここじゃちょっとね…、アリスは今日時間空いてる?あまり長くはとらないからさ」
空いてるも何も今日は王都でアイリスとの会食が行われる。……とはいえそれは夕刻だ。ただダクネス以外のカズマ君達のパーティ3人は何気に初めて王都に行くことになるようで、観光もかねて昼すぎには行こうと話していた。
それに私も一緒する形だったとしても、今は早朝、お昼まではまだ時間があるので特に問題はない。
「…午後から予定がありますので、それまでに終わるのでしたら構いませんよ」
「そっか、それじゃ朝ご飯を食べてからでいいからこの街のエリス教会まで来てくれるかな?」
「エリス教会…ですか、わかりました」
「うんうん、それじゃ、また後で!」
私の答えに満足したのか、そう言うなりクリスは壁を蹴ってそのまま下に降りて行ってしまった。
さてさて、エリス教会なのだが実は行った事がない。ないのだけどセシリーさんのいるアクシズ教会よりも目立つ場所にあって大きな建物なのでわからなくはない。
そういえばエリス教会には孤児院も併設されていると聞いた事があるような…
そう思えば何かを閃いたように私は満足気な顔になっていた。とりあえずこれで目の上のタンコブが一つ綺麗に取れそうである。
「あれ?アリスもう起きてたの?」
気付けば扉を開けたゆんゆんがいた。私を起こしに来てくれたのだろう。
「はい、おはようございますゆんゆん」
「…そっかぁ…起きてたんだ……」
何故かゆんゆんは露骨に残念そうにしている。私が起きてる事に何か不都合なことでもあるのだろうか?というよりむしろ喜ばしいことのはずなのに。
「な、なんでもないよ!?今日はアリスの寝顔が見れないんだ…、とか全然思ってないから!!」
「……ゆんゆん…」
どうやら私が気が付かないうちにゆんゆんに起こされるとゆんゆんに私の寝顔を見せてしまうという罰ゲームが発生していたらしい。
言われてみれば普通に恥ずかしいので今後はできる限り自分で起きるように努力しよう。できるかは分からないけど。
それにしてもゆんゆんってもしかして…
―アクセルの街・エリス教会前―
朝食を食べた私は1人、何気なく出かけることを告げた上でこのアクセルの街にあるエリス教会に足を運んでいた。
町外れの目立たない場所にあるアクシズ教の寂れた教会と違いこちらは冒険者ギルドの近くという一等地。草花で飾られた庭に鉄製の柵、肝心の建物は白を貴重とした清潔感のある見た目であり、壁には落書きがされていてそれをエリス教会のシスターらしき人が必死に消していた。邪教とか書いてるし多分、おそらく、絶対にアクシズ教徒の仕業だろう。今も掃除を続けるシスターさんに同情した瞬間である。
「…あら…?」
そんな目でつい見ていたせいかシスターさんと目が合ってしまった、そして同時にシスターさんの目つきは険しいものになる。
「先に言っておきますが私はアクシズ教徒ではありませんよ」
先手必勝。今もまた青いゴシックプリーストの姿なのでアクシズ教徒と疑われる可能性は読んでいたし今の目つきは間違いなくそれだろう。
「…本当ですか…?」
どうやらまだ半信半疑らしい。シスターさんは疑惑の目を向けているがもうこちらとしては面倒でしかないのでさっさと要件を済ませてしまおう。
そう考えた私は白い布で包んだ物を取り出し、シスターさんに差し出した。
「…あの…こちらは…?」
「御布施です。孤児院の運営資金の足しにでもしてください」
シスターさんはゆっくりと白い布を開いていく、すると次第にシスターさんの表情は驚きとともに綻んでいた。
「こ、こんな大金を…!?あ、ありがとうございます、どうか貴女様に女神エリスの加護があらんことを…!」
掌返しとはこういうことなのか、拝まれてしまった。とりあえず私のアクシズ教徒疑惑は晴れたようだ。まずアクシズ教徒ならエリス教会に御布施なんてするわけが無いし。
ちなみに御布施の中身は昨日アルダープからもらった50万エリスだ。元手が街の人達の税金ならば街の為に使ってしまえば良いではないか、我ながらナイスアイデアである。
お世話になった的な意味ではアクシズ教会に寄付しても良かったのだけどそうなるとアクセルの街の為にはなりにくいと思ったしそのうち私個人のお金で寄付しよう。
「すみません、クリスはいますか?ここに呼ばれたんですけど」
「あら、クリスさんの友人でいらっしゃいましたか、クリスさんなら奥の孤児院で子供達と遊んでいると思いますよ、どうぞ入ってください…その、本来ならご案内したいのですが…」
気まずそうなシスターさんの目線は未だに残ってる壁のラクガキに向けられ、私は苦笑することで返事とした。確かにこのラクガキをそのまま残しておくことはあまり良くはない。
「どうぞお構いなく、では入らせていただきますね」
私は再びシスターさんに同情の念を送りながら、エリス教会の中へと歩を進めていった。
エリス教会の建物に入らずそのまま建物の周りを回るように歩を進めれば、子供達の笑い声が聞こえてくる。きっとここが孤児院だろうと思い向かえば、そこは現世でいうところの保育園のような光景。建物があり、その周りは小規模な公園のようになっていて、そこには何人もの子供達がはしゃぎ回る姿が。その中心には前かがみになって子供に話しかけて頭を撫でるクリスの姿があった。
「おねーちゃんだれー?」
「髪きれいー!すごくながーい!」
「えっ、あ、ちょ、ちょっと…!?」
私がクリスに近づくなり私の周りには子供達が興味津々な様子で群がってきてスカートやらツインテールやら引っ張り始める始末、痛い、普通に痛い。
「こらこら、お姉ちゃんにそんなことしたら駄目だよ」
「あはははっ、わぁいにげろーー」
それに気が付いたクリスが一喝すれば、子供達は笑いながら逃げていった。なんというかすごいパワフルだ。私は引っ張られた髪を気にしながらもクリスへと向き直った。
「ごめんごめん、まぁ子供がしたことだからさ、大目にみてあげてよ」
「それは…まぁいいのですけど…」
「それじゃ、教会に行こうか、これでも此処にはよく来るから融通が効くんだ、部屋を一つ借りておいたから、そこで話そう♪」
そう告げるクリスは常に笑顔のままだった。…なんというかクリスの新たな一面を見たような気がした。…というよりよく考えてみたら私はどれくらいクリスの事を知っているのだろう。
出逢いは奇妙なものだった。私が独り宿で泣いているところを鍵を勝手に開けて入って来て私を慰めてくれた。…今冷静に考えたら物凄いことのような気がする。
そしてダクネスと初めて出逢った時に再会して…王都でも出会って一緒にクエストを受けて…と、はっきり言えば私はクリスとそこまで付き合いが深くないような気がする。
出逢っては、食事したり、クエストを受けたり、それが終わればさようならしちゃう程度の浅い関係。
なのに、どうして私はクリスをこんなに信頼に似た感情を持つことが出来るのだろうか。
そしてクリスにとっても私との繋がりはその程度のもののはずなのに、今朝のように気楽に接してくる。それがクリスの性格だと言われたらそこまでかもしれないけど、それでも思い返せばクリスと出逢った時は常にクリスから私へと声をかけてくれていたような気もする。
もしかしたら考えすぎなのかもしれない、だけど…そうやってクリスと出逢った時はいつも…
私に、何かしら大きな進展がある時だけだった――
―アクセルの街・エリス教会―
教会に入るなりまずは礼拝堂で一礼。そして両手を結び祈る。
別にエリス教徒というわけではない。だけどアクア様が存在していることは知っている。なのできっとエリス様も実在するのだろう。
幸運を司ると言われている女神エリスに私は祈った。今夜の会食が無事に終わりますように、そして…アルダープの裏に潜む悪魔を…無事討伐出来ますように…と。
「あ、悪魔!?!?」
そんな祈りを込めていたら突然クリスが私の横で叫んだ。流石にこれには私も驚き、目を無言で目を大きくパチクリさせてクリスを見ていた。あれ?私口に出してたかな…?
「…クリス?」
「あ、あぁ…ごめんなんでもない!」
いや全然なんでもなくないようにしか見えないのだけど。明らかにやらかしたと言いたげな顔をしているし本当にどうしたのだろうか。
「えっと…えっと…そ、そのね!私ってエリス信徒だからさ、悪魔って単語にすっごく敏感なの!今もしかしたらアリス、悪魔の事考えなかった?」
「え……あ、はい…そうですけど…」
「ほらね!やっぱりね!私ほどの熱心なエリス信徒になると悪魔って単語限定で相手が思ってる事だって感じ取っちゃうんだ!」
「…そ、そうなのですか…す、すごい特技ですね…」
クリスの大声で早口の
「秘密の特技だから、みんなには内緒ね!それじゃ部屋で話をしようか!」
「…あ、はい…」
こわい。今日ほどクリスを不気味に思った事はないかもしれない、もちろん色んな意味で。
案内された部屋に入ると簡素な場所だった。最低限テーブルと椅子があって、部屋の角には2段ベッドが備えられている。似たような場所がアクシズ教会にもあった気がすると思えば、おそらくこの部屋はエリス教徒が巡礼に来た時用の宿泊施設なのかもしれない。
「どこから話そうかなぁ…とりあえず頼みたいことから言うね!」
「…は、はい」
相変わらずクリスの勢いに押されまくりなのだけど大丈夫なのだろうか。私は不安な気持ちしか顔に出せていないと思われ、それでいて今からクリスの言う話が予測困難でいた。
「…実はね…アルダープの提案したお見合い…受けて欲しいんだ…!」
「……え?」
ダクネスが話したのだろうか?いやそんな時間はないと思われる。あの猛特訓は寝る間際まで続いて終わると同時に全員疲れ果ててそれぞれ寝てしまっていたのだ。カズマ君達も理由は同様。
「ごめんね、実はアリスがアルダープの屋敷に来た時…こっそり着いてきてたんだ、あの時話を聞いて心配でさ…あのおじさんの噂は…あまりいい事を聞かないし」
「…そ、そうだったのですか…、ありがとうございます。で、でもどうして受けろと…?」
全然気が付かなかった。確かに彼女は盗賊だしその程度のことはやってのけるだろう。だけど私が言いたかったのは私の為にそこまで身体を張って欲しくないが正直なところだ。万が一捕まったらただでは済まない。…とはいえ、それを私が言わなかったのはなんだかんだクリスはプライドが高い。それを言って私が見つかるわけないとか言って怒りそうな気がするので言わなかった。
そもそもお見合い話は別の理由で受けるつもりなのだけどそれを言ってもへそを曲げそうな気さえする。
ある意味貴族とかよりも気を使っているこの展開は、はっきり言うとかなりのめんどくささしかない。
「…それはね…お見合いを受けて、アルダープの屋敷に泊まる事になると思うからさ、その時に私が潜入できるように手伝って欲しいんだ」
「せ、潜入って…」
「まぁまぁ、ちゃんと理由は説明するから聞いてよ」
「……」
クリスの職業は盗賊、そして潜入。そうなればクリスが何をやろうとしているのかは想像することは難しくない。
「…こんなこと言っても信じられないかもしれないけど、これは本当の話だからね?…実は、エリス様から神託を受けたんだ…」
「…し、神託…?」
本当に信じられないのだけど。神託とかあまり聞き覚えが薄い言葉だけど意味合い的には神様を深く信仰する神官とか巫女とかが神様の意を伺い、そして伝える…そんな感じだったと思う。
それを盗賊であるクリスが受けるのはどう考えても不自然でしかないのだけど。ただここで疑っても話が進まないしとりあえず言いたい事を最後まで言わせてしまおう。
「うん、私が盗賊で熱心なエリス信徒だからだと思うんだけどね、そしてその内容なんだけど…神器って…知ってる?」
「神様が作ったと言われるチートめいた能力を持ったアイテムのことですよね?」
神器と聞いて私に身近なのはミツルギさんの持つ魔剣グラムがあげられる。そしてグラムほどのチートはないけど私の持つ杖や服もまた神様が作ったという意味では神器なのだ。それでも私の杖や服は王都で売っているどんなものよりも強いらしい。まぁアクア様があんな感じなので実感はあまりないけど。
「そうそう、実はね…一部の強力な神器、それが持ち主を失った後も人伝いに流れて、悪用されたりしているみたいなんだ。だからエリス様はそれの回収を頼みたいって私にお願いしてきたんだ。私も半信半疑なところはあったけど、それ以来は神器の回収をしているって訳」
「……」
その時の私の脳裏には先日王都の冒険者ギルドでの会話が浮かんでいた。クリスはこの言い方だと既にその神器の回収とやらを頻繁に行っているようだ、更にクリスは銀髪の盗賊…。
「……まさか…王都を騒がせている銀髪の義賊って…」
とは思ったが流石にそれはないだろうと思ってもいた。クリスの目的は神器らしいし金品ではない。だから私がこう聞くことでクリスがそれを否定するのを期待したのかもしれない。…だけど…
「あははっ、察しがいいね、それ私だよ♪」
…悪びれもなく、いつも通りの眩しい笑顔でクリスは即答した。私は驚きのあまり声を出すことが出来ずにその場で固まってしまうことしかできなかった――