話の進みが遅い…気がする。
―アクセルの街・エリス教会―
――何故?
この言葉が私の真っ先に思い浮かべたものだった。
信頼してくれているのは嬉しく思うし、私としても別にクリスという一人の人間が嫌いではない。ただ私が今まで知り合ってきた人にはクリスのようなタイプはいなかったから、付き合い方に戸惑いを感じる程度だ。
クリスは今、私の質問に全く躊躇することなく答えた。それは何故――?
私が妙な正義感を振りかざして通報するなり捕まえようとするなりするとは考えなかったのだろうか?
確かに銀髪の義賊の評判は決して悪いものではない。貧困に苦しむ人からすればヒーローのような存在だろうし、実際捕縛の依頼に気乗りしなくて受けなかったことも私達の義賊への評価がそんな評判に似たものだったからなのも一つの理由だと思う。
だけど国や警察組織のような立場から見たら当然容認できる行為ではない、貴族の屋敷に忍び込み、盗みを行う。これは明らかな犯罪行為である。
……そこまで考えて、私は自分の中で矛盾を感じてしまった。
私が近日やろうとしていることは、銀髪の義賊とどう違うのだろうか、と。
悪魔であるマクスウェルは魔王軍の幹部をも操ることのできる脅威の存在だ。どうしても倒さなければならないという大義名分はあるものの、それをするまでの私達の行動はアルダープの目を欺き、屋敷内部を無断で探索すること。もしこれで悪魔の証拠が見つかることなく、その作戦が露見してしまえば、アルダープは私達を盗人として国に訴えるだろう。これは私達が何かを盗んだりしないから問題ないなどの言い訳は何一つ通用しないと思われる。
そう考えてしまえば、クリスのことをとやかく言う筋合いは私にはないではないか。
それともクリスがもしそこまで知った上で私に正体を明かしたのなら――
本当に彼女は一体…何者なのだろう…?
……
「アリス…?アリスー?」
「……っ!?」
そんな考えが私の脳裏を駆け巡り、気が付いたらクリスに呼ばれていた。とりあえず話はまだ終わっていない、最後まで聞かないとどう判断するもわからないままだ。
「すみません、色々考えてしまって…」
「あー…うん、ちょっと軽率だったかな、お願いだからダクネスには言わないでね?」
悪戯っぽく笑うクリスに私はもっともだと思った。これをダクネスが知ればどうなるか想像がつかない。まさか自分の友人が犯罪行為を行っているなどと思ってはいないだろうし。とりあえず私は無言ながらも首を縦に振ることでその返事とした。
「それでエリス様に教えてもらいながら今まで神器回収をして、悪徳貴族とかの家だったらついでに表に出せないだろうお金とかも掠め取ってたんだけどね…、あ、これはもちろん全部寄付してるからね?…それで、次のターゲットがあのアルダープなんだ」
「…それはつまり……アルダープも神器を…?」
「うん、それも2つもね。どちらも非常に危険な代物らしいから、エリス様も急いで回収したいみたいなんだ、だけどあの屋敷には上手く潜入できなくて困ってたんだ……そういえばさっき悪魔がどうこうあったけど、もしかしてアルダープに関係あったりする?」
「……」
さて、これはどうしたものか。クリスに正直に話すこと自体は難しいことではない。だけどこれ以上巻き込みたくないという気持ちもあるのだけど…。
クリスに目を向ければ、クリスの視線は何かを物語っていた。それは『私は正直に言ったんだから、アリスも言ってよね?』と催促されているように見えてしまう。
これは言うしかないのかもしれない。それに言わないで終わってもクリスはアルダープが所持する神器とやらを諦めないと思われる。それで単独で盗みに行って、悪魔に返り討ちにでもされたらそれこそ不味い事態になってしまう。
私は溜息をつくなり、クリスにアルダープと悪魔の件を全て打ち明けることにした――。
……
「…なるほどね、そういう事かぁ…」
私はクリスにアルダープと悪魔に関して知っている事を全て話した。
悪魔が私やアイリスを狙ったこと、アルカンレティアで魔王軍の幹部ハンスを乗っ取り大暴れしたこと、そしてカズマ君が裁判の時に聞いたアルダープの言葉まで。更には私が既にお見合い話を受けるつもりであることまで。
「それなら私もアリスに有益な情報を送らないとね」
「…有益…?」
「うん、それはアルダープが所持する神器のことさ、おそらくアルダープはそのうちの一つを使って悪魔を使役しているんだと思うよ」
なるほど、確かにアルダープ自体は普通の人間だ、悪魔を使役することなんて出来るわけもない。
「その神器は…モンスターをランダムに召喚することができるんだ」
「……それだけ、ですか?」
流石にそれはおかしい気もする。それだけの効果なら召喚した途端悪魔に殺されておしまいではないか。私としては召喚した上で意のままに操れるくらいあるものと思っていたのだが。
「そこは悪魔そのものの特性じゃないかな、悪魔は契約を重んじるからね、多分アルダープとなんらかの対価を支払う契約をしていると思うよ」
「…なるほど…」
その発想はなかったと言わざるを得ない。だけど身近にバニルという悪魔がいるのに何故そっち方面に頭が回らなかったのだろうとも思えてしまう。とはいえ結局バニルには悪魔についての話は大してできていない。聞こうとした時に限っていつもいないのだからどうしようもなかったのだが。
それに効果はあくまでランダムにモンスターを呼び寄せるもの、どんな経緯でアルダープがそんな危険な物を使おうと思ったのかわからないがどうやらアルダープとしては大当たりを引いたようだ。後に大ハズレに変わる可能性もあればこちらから見たら既に大ハズレなのだけど。
「アルダープはどんな対価を支払い使役しているのでしょう…」
「流石にそこまではわからないかなぁ、だけどその神器さえ回収できれば、その悪魔はアルダープの元に留まる理由はなくなるかもしれない」
確かにそれでアルダープの元を離れれば一応の危険は去ることになるかもしれないがマクスウェルは既にアルカンレティアで大暴れをして被害を出してるのだ、討伐できるのならしてしまいたい気持ちは強い。
「…できたら逃がしたくはないのですけどね…ちなみにもうひとつは?」
「もうひとつは…他人と精神を入れ替えることができる神器」
「……それだけ、ですか?」
正直拍子抜けしたとも言える。ただ入れ替わるだけなのに何故そこまで危険視されているのだろうか。
「いや、こっちがある意味何よりも厄介でね、入れ替わってから入れ替わった対象を殺すと、そのまま入れ替わった状態になっちゃうんだ。だから例えば…アルダープが子供にそれを使ってアルダープの肉体を殺したら…アルダープの精神は子供にあるままになる、つまりこれを繰り返せば…」
「……っ!?……擬似的な不死になることができますね…」
私は戦慄していた。ようは使い方次第ということなのか。何よりもそれは使えば使うほど不幸な犠牲者がでることになってしまう。まさかその神器を作った神様もそのような使われ方をされるとは思ってはいなかっただろう。アルダープが既にそれを行ったかはわからないが今後そのように使おうと思っているのなら是が非でも阻止しなければならない。
だけどやっぱり悪魔を相手に単独潜入は危険すぎる、それは変わらない。私が手引きしても私は下手に動けない可能性があるから仮にクリスに協力することになったとしても精々私が泊まる部屋の窓から潜入を許すくらいだと予測する。…それならいっそ。
「それにしても既にお見合いを受けるつもりだったのは予想外だったよ、それに悪魔の存在も…」
「クリス、どうせなら潜入じゃなくて堂々と中に入りませんか?」
「……え?」
何を言い出すんだこの子は、そんな視線で見られた気がする。だけど何も強行突破しろと言っている訳じゃない、私がお見合いに行った際の付き添いとして行けばいいのだ。ダクネスが共に来てくれる事は確定してるのでダクネスの従者とかとして着いてくればいい。
「お見合いは私と、ダクネスが仲人のような役割で着いてきてくれる予定です、ですからダクネスの付き人のようなポジションで行けば怪しまれることはないかと」
「……なるほど…確かにその方が場合によっては見つかった時も誤魔化しがきくかもね…うーん…」
クリスが共に来てくれるのならこちらとしては心強い。こっそり探索など余裕でこなせるだろう。これならより成功確率をあげることができる…そう私が安堵したその時だった。
ゴーン……ゴーン……
教会の鐘が鳴り響いた。一瞬何事かと思うもその意味をすぐに理解した私は首にぶら下げていた懐中時計を開く。
「…12時ですか、すみません、そろそろ帰らないと…この作戦はカズマ君が考えてくれてますので、明日にでも屋敷に来てもらえれば…」
「…うん、わかった。今日はありがとね、お陰でなんとかなりそうな気がしてきたよ」
そのまま立ち上がった私は、クリスを一瞥して教会を後にした。これから慌ただしくなりそうだと思いながらも。
―王都ベルゼルグ―
王城で着るドレスなども用意した。それはトランク…ではなく収納用の魔道具によって持ち運びが気軽にできる。王都で買ったものだけど本当に便利だ。結局はいつも通りの杖だけを背中に携えて、私達は王都ベルゼルグの入口にテレポートで移動した。なおテレポートは4人までしか運べないので先にカズマ君達パーティをゆんゆんがテレポートで移動させた後に私とゆんゆんもまたテレポートで移動した。ミツルギさんは直接王城で合流する手筈となっている。
「ここが王都か…、分かってはいたけどアクセルとは全然違うな…!」
「帰りに美味しいお酒買って帰らないとねー、今から楽しみだわぁ♪」
「おいおい…今日は遊びに来た訳ではないのだぞ…」
「ふっふっふ…遂にこの日が来ましたよ!今日この日にっ!!我が名を王都中に轟かせてみせましょう!!さぁ、冒険者ギルドはどこですか!?」
王都の規模に圧巻するカズマ君を見ていると私とゆんゆんが共に初めて王都に足を踏み入れた時を思い出す。あの時は確か突然守衛さんに声を掛けられておどおどしてたなぁ…ゆんゆんが。なんて思い出しながら私はクスクスと笑っていた。
アクア様は目的を完全にお酒にしているしこれにはダクネスも胃を痛めるばかりである、そっとしておこう。
そしてめぐみんが気合を入れている理由はひとつ。実はアルカンレティアで討伐した魔王軍の幹部ハンスの討伐報告は未だに行われていないのだ。どうせ王都に行くのなら王都で報告して思い切り目立ちたい、とはめぐみんの談である。もしかしたらアクセルのような冒険者を巻き込んでの大騒ぎになるようなことを期待しているのかもしれないけどそっとしておこう。後で現実を知るだけだし。
……
―王都中央公園―
冒険者ギルドを出た私達はひとまず近場の公園にきてみた。冒険者ギルドでの出来事は割愛させてもらおう、そうしたいくらい特に変わったことはなかった。
「……これならアクセルで報告した方がマシでしたね…」
「…なんていうか、真面目だったな、アクセルと違って酒場もなかったし」
「なんで冒険者ギルドなのに酒場がないのよ!?王都のお酒を飲んでみたかったのに!」
「あの…アクアさん…その…流石に真昼間から飲むのは…夕方からは会食もありますし…」
ガックリと項垂れためぐみんとカズマ君、そして酒場がないことに怒りを顕にしているアクア様。更にそれにつっこむゆんゆん。
まぁこうなるだろうなとは思ってはいた。まずめぐみんが冒険者ギルドに入るなり高々と冒険者カードを掲げてハンス討伐を公表したものの、即座にギルド長の部屋に通されて事務的に討伐を受理された事。勿論驚かれてはいたけど内々でギルド職員のみから褒め称えられてもめぐみんが満足するはずもない。私的にはこっちのがいいのだけど。目立ちたくないし。
唯一の利点はアクセルと違って討伐報酬が即座に貰える事くらいだろうか、アクセルだとそんなにお金がないのですぐには用意できないのだがそれは駆け出し冒険者の街故に致し方なし、本来アクセルで億単位の報酬など想定されていないのだから。
ただ現在の私達にそこまで早急にお金が必要な理由はないのでこれも利点と呼ぶには難しい。多分めぐみんはアクセルの街のように王都の冒険者から賞賛されたかったのかもしれないからめぐみんとしても良い事なしである。
「まぁ、色々言ってても仕方ないし、飯でも食おうぜ?アリスやゆんゆんはこっちの美味い店とか知ってるだろ?案内してくれよ」
「わかりました、とは言え皆の口に合うかは分かりませんが…私とゆんゆんが良く行くお店に案内しますよ」
こうやって街を案内するのもなんだか新鮮だ。本当に短い時間ではあるけれど今は力を抜いてカズマ君達の観光を優先してしまおう。
それは旅行とまではいかないけど、私の気分転換には良きものとなっている気もした。
さてさて、まずは夕刻からのアイリスとの会食。そこではアルダープとも出逢うことになる、ちゃんと返事をしなくては。
そんなある意味激動となる前のほんのわずかな時間を、私は満喫することにしたのだった――
次回、いよいよアイリスとの会食。細かい内容は今から考えるので遅れます()