内気な少女がこのすば世界に行ったようです   作:心紅 凛莉

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ネタバレ。ゆんゆんやらかす。





episode 96 この紅魔の名乗りをご一緒に!

 

―王城・謁見の間―

 

学校の体育館ほどの広さのその場所は、前回来た時とは違い入口側に丸いテーブルが所狭しと置かれ、更にそのテーブルには見たことも無いような見るからに高級料理と言わんばかりの料理の数々が埋め尽くす。

玉座の前には長方形の長いテーブル、そこには料理はなく純白のテーブルクロスの上に花が飾られていた。そのテーブルの後方にある玉座にアイリスは座っていて、その両隣にはいつものごとくクレアさんとレインさんが立ち、私達を待ち構えている。

 

私達はテーブルの前の椅子に座るより前にその場で横一列に並び、片膝をつく。昨日の猛特訓が効いたようで、この辺は全員なんなくこなしていた。

 

左から順にめぐみん、アクア様、カズマ君、ダクネス、ミツルギさん、私、ゆんゆんと並んでいると、後方にいる貴族からひそひそと声が聞こえてくる。

 

「まさかあの者達が魔王軍幹部やデストロイヤーを討伐したと言うのか?半分は子供ではないか…」

 

「とてもではないが信じられんな…しかしこうやってこの場にいるとなると…ううむ…」

 

「静粛に!アイリス様の御前であるぞ!」

 

そんな僅かな声はクレアさんの一声でぴたりと止んだ。するとアイリスがクレアさんに目配せする。いよいよ始まるのかとより緊張が高まっていく。

 

「…では、私達としても初めて見る者もいる、後方にいる貴族達からすれば全員見知らぬ顔と言うこともあるだろう。よってお前達には、1人ずつ名乗りをあげてもらおう、…とアイリス様は仰せだ、そちらの者から順番に名乗ることを許そう」

 

「「「…っ!?」」」

 

いきなり非常事態だ。今クレアさんが指差したのは私達から見て一番右側にいるゆんゆん。こんな大きな場でゆんゆんがまともに挨拶などできるのか?いや無理だろう。実際ゆんゆんは驚きのあまり固まってしまっていた。

 

「え、あの……えっと……その…」

 

案の定である。ゆんゆんは片膝をついたまま震え上がっていた。こうなってしまってはこちらからのフォローも効かない、なんとかゆんゆんに頑張ってもらうしかない。私は祈るようにゆんゆんの言葉を待っていた。

 

(そ、そうよ、アリスも言ってたじゃない、目を閉じて話す事に集中すれば…)

 

そんなゆんゆんの考えが私には手に取るように分かった。

 

…同時に嫌な予感もした。ゆんゆんは立ち上がるとポーズを決めた、その目は力強く閉じられている。

 

 

 

「わ…我が名はゆんゆん!!アークウィザードを生業とし、上級魔法を操る者!!…やがて、紅魔の里の長となる者!!」

 

 

 

会場は見事に静まり返った。めぐみんはとても嬉しそうにガッツポーズを決めている。だけど私達は驚愕で空いた口が塞がらない状態だったのだ。

 

ダクネスから私に何故止めなかったんだ!?という視線を感じるがめぐみんならともかくまさかゆんゆんがやるとは思わなかったのだ。最近は紅魔族の名乗りをしてなかったしこれは予想外すぎた。多分名乗りを上げろと言われて緊張の中考えついたのがこれだったのだろう、何故クレアさんは名を名乗れと言わなかったのか。これはクレアさんが悪い、うん。

 

 

そしてそんな名乗りを見て、アイリスはその場で立ち上がった。

手にはあのなんとかカリバーが鞘に収まった状態で持たれ、アイリスはその場でその剣を抜いたのだ、これには一同騒然としてしまう。

 

「アイリス様!?何もそこまでなさらなくても…ど、どうかお怒りをお鎮めください…!」

 

クレアさんが制止にかかるものの、アイリスは剣を抜いたままその場で立ち尽くしている。傍目から見れば無礼な挨拶をしたゆんゆんを王女自ら斬り捨てる流れにしか見えないのだけどあのアイリスがそんな事をするとは思えない、ゆんゆんとは特に仲が良かっただけに。万が一そんなことをしようものなら私は全力で阻止するつもりではあるが。

 

誰の言葉に耳を貸すことなく、アイリスはその場で頭上に高々と剣を上げた。

 

 

 

「我が名はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス!この国の第一王女であり、やがては父上に代わりこの国の民を導く者!!」

 

 

 

アイリスはそう宣言するなり剣を鞘に戻して座り、呆然としているクレアに耳打ちした。

 

「…紅魔族の挨拶は存じていた為、その風習に倣い、名乗らせてもらった…と、アイリス様は仰せだ…」

 

そりゃ存じてますよね、初めて出逢った時にゆんゆんがやってたし。この言葉には戸惑いしか感じないのだが実際戸惑っているのはクレアさんだけではない、私達も、後ろで見ていた貴族や騎士達も同じだろう。

中にはアイリスの声を聞いたのがこれが初となる人もいる。それがこの名乗りなのはどうなのだろうか。

 

だが次第に拍手が起こる。その拍手の主はめぐみんだった。言葉には出さないものの、その赤い瞳はキラキラと輝いていて、今もまさに惜しみのない拍手を送っている。この国の王女が自分の里の名乗りをしてくれたのだ、それを誇りに思っているめぐみんが喜ばないはずはなかった。

これに触発されたのが意外にも後ろにいた貴族や騎士達である。戸惑いも混ざったような拍手ではあったが、まさかこの国の王女であるアイリスに恥をかかせるわけにもいかない。次第に拍手は大きくなっていく。

 

…名乗りそのものはともあれ、その内容は立派なものだ、もしかしたらそこまで悲観的に考えなくても良かったのかもしれない。それにこのアイリスの名乗りは、友人であるゆんゆんをフォローしたものではないかと思えば、私は釣られるように拍手をし、安堵していた。アイリスへの感謝の念を送るように。

 

しかしその安堵は…安直なものと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

「……皆さんも、今のように名乗りを上げて欲しいと…アイリス様は仰せだ……えっ、私達もやるのですか!?!?」

 

まさかの爆弾発言である。つまりは紅魔族の名乗りを私達とクレアさんやレインさんもやらなければならなくなったらしい。

 

えっ?何その罰ゲーム、聞いてないんですけど。アイリスはさも当然のように振舞っているし悪気は全く無いらしい。私は無言で元凶のゆんゆんに視線を移していた。ゆんゆんへの憤怒の念を送るように。本当になんてことをしてくれたのでしょう。

 

この流れになったからにはやらない訳にも行かない。羞恥心しかないのだけど。

気付けばアイリスの目線は期待するように私に向けられている。

 

演じよう――

 

私は紅魔族…私は紅魔族…私は紅魔族……。

 

とにかくカッコよく、とにかくカッコつけて、とにかく目立ちたがる…

 

私はそのまま立ち上がり、ゆんゆんを模倣するようにひらりとポーズを、覚悟を決めて名乗りを上げた。

 

 

「我が名はアリス!アークプリーストを生業とし、蒼の賢者と呼ばれる者!!」

 

そう叫べばすぐさまアイリスとめぐみんから拍手が飛んでくる。更にゆんゆんは申し訳なさそうに俯いている。やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい、誰よこんな挨拶考えたの…、私は自身の顔に確かな熱を感じていた。

 

 

 

 

 

このすば。(わ…、我が名はミツルギ…!)

 

 

 

 

 

「我が名はめぐみん…!!紅魔族随一のアークウィザードにして、爆裂魔法を極めし者!!果ては魔王を討ち滅ぼし、世界を平和に導く者!!」

 

めぐみんの自信満々の名乗りが終わり、アイリスは嬉しそうに拍手をする。一方私達もクレアさんもレインさんも羞恥と疲労でぐったりしていた。

いくらなんでも無茶振りがすぎる。どうしてこうなった、あ、ゆんゆんのせいだった。

 

「コホン…と、とりあえず挨拶はこれくらいでいいだろう…、では此度の数々の功績を称え、国より贈与する物がある、代表は前に出るがいい」

 

これには打ち合わせ通りダクネスが立ち上がり、アイリスの前に移動するとその場でまた片膝をついてしゃがみこんだ。

アイリスの両手には宝石箱のようなものが持たれており、それをダクネスへと手渡す。

 

「その中にはテレポートの魔法が封じられた特別な魔晶石がはいっている、1日に使える回数に限りがあるものの、登録した場所なら人数制限なく飛ぶことができる。今後の冒険に役立ててほしい、とアイリス様は仰せだ」

 

「…そのような貴重な物を賜り、感謝の言葉もございません…、必ずやアイリス様の期待に応えられるよう、今後も活動を続ける所存であります」

 

ダクネスは深く頭を下げてそう告げると、すぐにカズマ君とミツルギさんの間に戻り、そして嬉しそうにしていた。なおカズマ君は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

ダクネスの考えはよく理解できた。まさにタイムリーな贈り物だ。ついさっきピザ屋での言い争いがこれひとつで解決するのであるから当然だろう。

 

「それではこれより食事にしよう、諸君らは席についてくれ」

 

言われるままに私達は目前にある席に座る。するとメイドさんが次々と豪華な料理の品々を運んできて、あっという間に花だけが飾られていた大きな長方形のテーブルは様々な高級料理で埋め尽くされた。

これには私個人としてはホッとしていた。料理がないことからまさか後ろの貴族達に混ざって食べる事になるのかと危惧していたのだ、流石にそれだけは勘弁願いたいのでこの対応はありがたかった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「もし良ければ諸君らの冒険譚を聞きたい、とアイリス様は仰せだ」

 

クレアさんのその言葉と、アイリスのキラキラさせた目により、代表してカズマ君が語り始めた。

魔王軍の幹部ベルディア、バニル、そしてハンス。更にはデストロイヤーとの戦いまでも。デストロイヤーは知らないけどそれ以外については多少盛られているなぁと思う部分もあったが特に何か言う事はなかった、アイリスの手前言えないとも言える。というより主に私の事前の話のせいで盛らないと辻褄が合わなくなるまであるのだから仕方ない。

 

食事についてはやっぱりほとんど喉を通らなかった。アイリスがクレアさんを通して遠慮なく食べてくださいと言ってくれたけどそれに反応してがっついたのはめぐみんくらいである。アクア様はアクア様でまさかの高級なお酒が出てきてご満悦で飲んでいる、物凄く不安だ。

 

この後、案の定お酒で有頂天になったアクア様による宴会芸が披露され、ダクネスは胃を痛めていたけどアイリスは大喜びだったので結果オーライだった。多分今日だけでダクネスの寿命は1年くらい縮んでる気がする。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

食事も終わりに近付き、既に最初の式典のようなものは終わっていたので、後方にいた貴族達の数は少なくなっていた。帰ったのだろうか。

だけどアルダープはまだ居ることを確認できた。私に話を聞けるタイミングを伺っているのか、他の貴族と話しながらもチラチラとこちらに視線を寄せてきていた。傍から見ればストーカーか何かにしか見えなくて率直に言うと気持ち悪い。

 

「アリス…大丈夫…?」

 

顔に出ていたのだろうか、右側に座るゆんゆんが声をかけていた。別に心配されるほどのものでもないが先程の件もあるのでちょっといじめてやろう、なんて想いが私の中に生まれていた。

 

「…大丈夫ですよ、慣れない名乗りとかで疲れただけですから」

 

「…それは…その…ごめん…」

 

「ふふっ、冗談ですよ」

 

本当に冗談なのだけどゆんゆんは普通に凹んでしまった。多分自分でも訳がわからないままあーなったのだろう。冷静に考えたらあの場で噛むことなく紅魔族の名乗りを言い切ったのだ、ある意味普通に挨拶するより凄いのかもしれない、私は二度としたくないけど。

 

「アリスさん、本当に大丈夫ですか?あまり顔色が良くないような…」

 

私とゆんゆんの会話が聞こえたのか、対面に座るアイリスが小声で話しかけてくれた。後方にいた貴族も少なくなったのでもう大丈夫と判断したのだろうか、クレアさんはあまり良い顔をしていなかったが何か言う事はなかった。

 

ただそう言われるとちょっと身体がだるく感じてきた。変に無理してあまり心配かけるのも良くない、か。

 

「…そうですね、ではさっきの応接間で少し休んできます」

 

「着いて行くよ?」

 

「大丈夫です、そこまで悪い訳でもないので」

 

心配そうに見つめるゆんゆんに断りを入れつつ、私は席を立ってその場から退散した。できるだけ元気があるようにアピールしながら。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…」

 

通路に出てからようやく一息つけた。同時にどっと疲労感が私に襲いかかると少しよろめいてしまった。

多分極度の緊張状態から解放されたからだと思う。はっきり言えば物凄く疲れた。

正直に言えば完全に地が出ている感覚。今まで『アリス』を演じていたと認識しているから多分今の私は『梨花』なのかもしれない。

 

突然演じている、なんて言っても理解はされないのかもしれない。だけど二重人格とかではない、どちらもちゃんと私だと認識はしている。

 

……例えるなら、やっぱりこの世界はゲームのように思ってるからこそ、そんな発想を思いついたのだろう。

 

地はゲームをプレイしている梨花なら、アリスの発言はゲーム内のチャットといったところだろうか。

 

多分今の私は面倒臭い生き方をしているのかもしれない。だけどどれだけ時間が経っても、今のこの身体が、この容姿が完全に自分だと認識しきるのはとても、とても難しい。

確かに可愛い、自分でも気に入ってはいる、だけど、やっぱりこれは私ではないのだ。

 

転生したあの時、アクア様が忠告したのは、もしかしたらこういう事だったのかもしれない。

 

特に悲観的に思ってはいない。自分で今の状況を悪いものだとは思ってはいない。

 

だけど、この世界でどんな事をしようと、自分ではないという違和感だけは拭うことができなかった。

 

それでも…、この生き方を希望したのは、決断したのは、他の誰でもない、私自身だった。後悔はない、だから今は…どれくらい時間がかかるか分からないけど、アリスとして慣れていくしかないのだから。

 

「…あっ……」

 

バタリと特に何もない通路で転んでしまった。よほど疲労を感じていたのか、こうならないように長いスカートは避けたというのに。

 

「大丈夫ですか?お手をどうぞ」

 

「…え?…あ、はい…すみません…」

 

ふと気付けばスーツ姿の男性が私の元へ駆け寄っていた。しゃがみこみ私の手をとるその男の人はとても優しそうな笑顔を私に向けていた。私は照れくさかったでその目線から自然と目を逸らしてしまった。

 

「…ありがとうございます」

 

「いいえ、お気になさらず。それでは失礼します」

 

スーツ姿の男性は私に礼をするとそのまま立ち去ってしまった。今あんな格好でこの場にいると言う事はあの人も貴族か騎士なのだろうか。

年齢は多分20歳前後、長身で顔立ちは整っていた。

なんて言うか貴族のイメージはあまり良くなかったけど、あんな優しそうな人もいるのだな、が最初に思った事。とはいえよく考えたらダクネスもいるし、貴族=アルダープみたいなのばかりと思うのも失礼な話だろう。

 

考えていたらまた疲労を感じてきていた。やっぱり少し応接間のソファで横にならせてもらおう…。

 

「おや、どうしたのかね?あまり顔色が良くないようだが?」

 

「…っ!?…いえ、大丈夫です、領主様」

 

最悪だ。考えていたらまさかの本人登場である。自分の屋敷から連れてきたのか、後方には金髪ポニーテールのメイドさんもいる。

 

「そうか?ならば良いのだが…時に先日の件、答えは決まったかね?」

 

やはりそれを聞きにきたかと私は軽く、目立たない程度に息を吐く。切り替えないと、演じないと、アリスを。

 

「……はい、正直冒険者でしかない私にはとても過ぎた話とは思ってはおりますが…お会いもせずにお断りするのも失礼かと思い、お受けさせていただこうかと思ってます」

 

私の返事を聞くとアルダープは口角を大きく上げた。言うならば下卑た笑いとでも言うのか、私の嫌悪感によるフィルターでそう見えてるだけかもしれないけど。その顔はさも当然だと言わんばかりにも見える。

 

「そうかそうか、では日取りが決まったら改めて冒険者ギルドを通して連絡をいれよう、ではな」

 

満足そうな様子のまま、アルダープは去っていった。私はその姿が見えなくなることを確認するなり、その場に座り込んでしまった。

 

なんだろう、身体が重い。太ったのかな…。あまり食べないしいつも動き回ってるからそんな要素ないはずなのだけど。

 

「アリス!?」

 

私を呼ぶ声が聞こえたのだけど、私はそれに反応する余裕がなかった。なんだか意識したら息が上がってきていた。自身の呼吸がすごくはやく聞こえている。そう思っていたら誰かが私の額に触れてきたことがわかった。

 

「…アリス…すごい熱…!?もう!全然大丈夫じゃないじゃない!」

 

「今はそんな事を言ってる場合じゃない、すぐにさっきの応接間に運ぼう」

 

声が鮮明に聞こえたと思えば、それはゆんゆんとミツルギさんだったようだ。

そう思えばどこか安心したのか、…私の意識はそこで途絶えた――

 

 

 

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