内気な少女がこのすば世界に行ったようです   作:心紅 凛莉

97 / 183


鬱展開…?シリアス…?





episode 97 アリスと梨花

 

 

 

――?

 

気付いたら私は、真っ白な空間にいた。

 

それはどこまでも果てしなく白く、何処までも何もない。

 

思い出すのはアルカンレティアで見た夢。だけど今回は黒い手が出現することはなかった、ただ真っ白なだけだった。

 

…また夢なのだろうか…?とりあえずあの黒い手が出現しないことには安堵するも、私は周囲を見渡すが何も起こらなければ何かあるようにも見えない。

 

そう思ってたら…人がいた。

 

私は無意識のまま、その人に近付いた。何故か話しかけないといけないような気がしたから、何も抵抗も躊躇もなく、だけどゆっくりと様子を伺うように。

 

体育座りで俯いている女の子のように見える。その女の子は私の存在に気が付いたのか、ゆっくりとその顔を上げた。

 

「……っ!?」

 

「……」

 

茶髪でセーラー服を着た少女は、何も言わずじっと私を見つめていた。

その表情は不快そうに見えたのは気のせいなのだろうか、まだ何もしていないのに何故そんなに不機嫌そうなのかはわからない。

 

だけど私はその少女のことを、知っていた。

 

「…知らないはずがないよね…?私の事、覚えてるよね?」

 

私と同じ声が聞こえた。思わず後退してしまう。それしかできなかった。ありえない、有り得るはずはないと私は頭の中で言葉にならない言葉を連呼していた。

 

「…私は梨花。有栖川梨花。初めまして、アリス」

 

何故ならその少女は、かつての私そのものだったのだから――

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

私は何も言えず、ただただ梨花と名乗った少女を見つめていた。

 

何を言ってるのだろうか、梨花は私だ。アリスであり梨花は私なんだ。開き直るようなその気持ちは、私の中で虚しく響き渡る。

 

「貴女が梨花を語るのはおかしいと思う…だって貴女はアリスになる為に梨花を捨てたじゃない」

 

言葉にも出してないのに反応して反論してくる。無表情のまま、ジト目で。私はその様子に恐れを抱き、何も言えないでいた。

 

「貴女はこの世界に来て、アリスである為に、身体を捨てて、名前も捨てた」

 

「だから貴女はアリスでしかない、違う?」

 

淡々と、だけどしっかりとした言葉だった。まるで私に一語一句言い聞かせるような喋り方には違和感を覚えてしまう。

 

だけどこの子が有栖川梨花であるはずがない、なんなんだろう、この子は。それだけを考えてしまう。

 

「両親からもらった身体を、名前を、捨てたんだよ、貴女は」

 

「…っ!」

 

「勝手だよね、逃げる為に自殺しただけで両親がどれだけ悲しんだかわかる?」

 

「やめて…!」

 

ついに声が出てしまった。単純にそれらを聞き続けることから逃げたかっただけかもしれない、だけどどうしてもやめてほしかった。聞きたくなかった。目の前の少女が怖くて仕方がなかった。

 

「やめて?違うでしょ、アリスなんだからちゃんと敬語で話さないと」

 

「私が気に入らない?なら自慢の魔法で私を殺せばいいじゃない、私はただの人間だよ?フィナウどころかアロー一発で私は死ぬよ」

 

…震えながらも私は自身の状態を確認していた。確かに今の私は普通に魔法を使える、そう確信できた。今はいつものゴシックプリーストの衣装にいつもの杖も背中に携えている。

…だけど、そんなことが出来るわけがない。

 

「……貴女は何が言いたいのですか!?!?」

 

私はただ大きく叫んだ。それはまるで恐怖に震える犬が吠えるように。それは意識できたものの、仕方ないとも思えた。それだけ目の前の元の自分の姿をした少女が怖かった。

 

「……」

 

梨花と名乗った少女は喋らない。大体これは夢なのだろうか、それすらも分からない。もし夢ならばすぐにでも覚めて欲しい。

 

「貴女の目的はなんなのですか?貴女が梨花と言うのなら、私を乗っ取るつもりですか?」

 

「…私にそんな力は無いよ、言ってるじゃない、私はただの人間だって」

 

「……それに、乗っ取るも何もないし」

 

それを聞くと私の震えは少しだけ収まっていた。確かに彼女からは何も魔力も感じない。では何故今このような形で対峙しているのか。

 

「……ですから、目的はなんですか…と」

 

「目的もないかな…あえて言うなら……うん」

 

ずっと体育座りだった梨花はゆっくりと立ち上がった。私はまた一歩後退して、自然に背中の杖に手を回していた。

 

「今はね、中途半端にアリスの中に私がいるの、お城でアリスが倒れたのは、それが原因。だから……」

 

 

「私を殺して、完全なアリスになれば、いいんじゃないかな」

 

 

梨花はそう告げるなり、私に向けて儚い笑顔を向けていた――

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

何も出来ずに、時間だけが流れていた。私が何も言わなければ、梨花も何も言ってこない。

梨花を殺せば解決する――、そう梨花は言った。

 

だけどそんなことが出来るはずがない、とにかく訳が分からないままのこの状態から抜け出したい。特に考えはまとまっていないけど話しかけないと…。

 

「…あの…」

 

「…何?」

 

相変わらず無表情無感情で返事をする。だけどそんな事はどうでもいい、とりあえず何か情報を得ないといけない。

 

「…梨花は死にたいのですか?」

 

私の質問に、梨花は悲しそうに俯いた。同時に深く溜息をしてこちらに力なく睨むような目を向けてきた。

 

「…はぁ……それはアリスが一番よく知っているはずだけど」

 

…この子は本当に私なのだろうか。言い方がいちいちグサリと刺さるものがある。彼女の声を、言葉を、想いを、聞く度に胸が苦しくなる。

 

梨花は死にたいのか、その質問の答えは…おそらく死にたかった、だろう。だから自殺したんだから。

 

「……正解」

 

「…ですから心を読まないでいただきたいのですが…、では、今は死にたくないのですよね?」

 

「…うん」

 

「なら私は梨花を殺したくはないです」

 

私はそれだけを告げる。確かにかつて捨てたとまで忌み嫌ったかもしれないが、自分自身を、自分の心を捨てる事なんてできるはずがない。

だけど私がそう告げると、梨花は困ったような顔をしていた。

 

「……それもひとつの手だけど……多分またアリスが倒れると思う」

 

「…どういうことですか?」

 

「多分、だけどね…、アリスが倒れたのは病気とかじゃない、アリスがアリスであることをちゃんと受け入れきれていないからだと思う、だから…」

 

「……梨花を殺すことで、完全なアリスになればいいってことですか?」

 

「……」

 

梨花は無言で頷く。というよりなんともおかしな内容だった。

 

私としては梨花でありながらアリスを演じている…この世界に来てから無意識に身に付けたスタイルだ。

そうでもしないと多分私は、人前で堂々と話す事も、魔物を倒すことどころか目の前に対峙することすらできないと思う。

 

だからアリスを演じた、無意識に、必死で、そうすることでそれが当たり前になっていった。演じ続けたまま、友人ができて、魔王軍の幹部なんかも相手にしたりして。

 

私が想い描くアリスという自己投影したキャラクターに近付く為に、そしてそれは元々の梨花とかけ離れすぎた存在だった。だからきっと…

 

「きっと梨花とアリスの精神が分離したんだ…とか考えているなら、違うからね?」

 

「……え?」

 

梨花はそう言うなり頭を抱えていた。どこか恥ずかしそうにしながら。

 

「…いや、私が言うのも変だけどラノベとかゲームとかに影響されすぎ、そう簡単に二重人格になれるわけないじゃない」

 

「…喧嘩売ってます?」

 

「自分に喧嘩売ってどうするのさ」

 

「…さっきと言ってることが矛盾してますけど」

 

なんだかイライラしてきた。なんなんだこの子は。さっき私にアリスであって梨花ではないと言ったばかりじゃないか。

 

「あれは嘘だよ、そう言った方が面白そうかなって」

 

「…やっぱり喧嘩売ってますよね?というより本当に梨花なのですかあなたは?梨花…私はそんなこと言いませんよ」

 

「言うよ?」

 

「…え?」

 

なんだか段々私への応対が適当になっている気がする。確かにそういうところは昔の私に似ている。長話が何より嫌いだったし。

 

「だってこの世界での私の言葉は全部…貴女が私に言わせているのだから」

 

 

 

…いやいや何を言っているのかこの子は。私にそんなことができる訳がない。

 

「もう…面倒臭いなぁ…、はっきり言うよ?ここはただの夢の中、夢の中で独り言を言ってるだけなの、アリスの疑問、困惑、在り方とか全部を私に代弁させてるだけ」

 

つまり出会い頭の私を責める言葉も私が自分で自分に言っていたと。確かにそんな想いが心奥底にないと言えば嘘にはなるだろうけど。

 

「本当にそれだけ。念の為に言っておくけど今この夢には女神様も悪魔も介入してないからね、多分」

 

「…そこは多分なのですか」

 

「言ったじゃない、私はただの人間。そんなやばいのに介入されても気付くわけないじゃない」

 

「…」

 

「つまり、夢という空間を使っての壮大な自問自答をしてるってわけだね、相談したいならアリスにはいっぱい友人がいるのに、なんでしないんだか」

 

「…うぐぅ…」

 

返す言葉も見付からない。私のくせに私に対して風当たりがきつい気がする。別に私はダクネスのようなドMではないのだけど。

 

「…で、まだアリスではいられない?難しく考えてるね、どんなキャラ設定なのよ、梨花ならもっとのんびりした性格でしょうに、だったらアリスも緩むところは緩ませてもいいじゃない、アリスは何と戦ってるの?」

 

「…何と、と言われても…」

 

「自分で決めたキャラ設定で自分で苦しんでるんだから笑い話でしかないよね、そして結果的にアリスというキャラを演じるのに疲れちゃった、だからこんな事になってるんだよ、多分」

 

「そこも多分なのですか!?」

 

多分と言ってるけど私にはもうそれで間違いないのではないかと思えてしまっている。実際思い当たる節はかなり多い。言われて初めて気が付いたと言うべきか。

 

「…もっと自信持ってよ、じゃないとまた倒れるよ?自分でも分かってるでしょ?全部自分で選んで進んできた道、そこに後悔はないのなら、後は自分は梨花であってアリスなんだって、そう思うしかないんだよ」

 

「……っ!」

 

結局、自分から自分に言えるのはこの程度でしかない。だけど、それでも、自分から面と向かって言われるのは、なんだか普通に考えるだけよりも違って感じた。

 

私は梨花であってアリスでもある。捨てるなんてことを言いながらも、梨花であった私まで捨てる必要はない。そういったことも何もかも含めて、アリスなんだから…。

 

「さっき私に殺せばいいとか言っていたのはなんなのですか…」

 

「その理由も分かってるはずだよ、それが一番手っ取り早いからね」

 

確かに分かってる、そしてもはやその必要もないことも。

結局私はアリスという自分の作り上げたキャラクターに固執しすぎていたのだ。それは王都ではゆんゆんの為だったり、裁判ではカズマ君の為だったりして必死でやってきた。

だけど今回の会食となると、誰の為という指針を見つけられないまま、無理にアリスであった結果なのだろう。

分かってしまえばなんとも馬鹿らしい。何をそこまで難しく考えているのか。そう思えば私の心情は澄み切っていた。

 

「なんか良い感じに締めくくろうとしてるけどさ…全部自問自答だからね?めちゃくちゃ恥ずかしいからね?」

 

「それは言わないでください!?」

 

まったく…私はこんなドSな面白キャラじゃなかったはずなんだけど。もう自問自答でもなんでもいいや、なんだかスッキリした事実はあるし。

 

そう思った直後だった。

 

「…あ、あれ?」

 

梨花は何処にも居なくなっていた。周囲を見渡すもどこにも見当たらない。私がもう大丈夫と判断したからいなくなったのだろうか。それにしても夢とはいえ妙な体験をした気分だ。体験と言えるのかはよく分からないけど。

 

 

 

そう考えていたら、次第に私の意識が呼び起こされるような感覚がした――

 

 

 

 

 

 

 

ふと目が覚めると見知った天井だった。知らない天井と表現したさはあったけど知ってるのだから仕方ない。ここはカズマ君の屋敷の私の部屋なのだろう。僅かに窓から差し込む陽光を感じ取るとおそらくお昼くらいの時間帯なのかなと予想した。

 

部屋の中には誰もいない。どうやらあの後私はここまで運ばれたようだ、服装も私がいつも来ているパジャマになっていた、おそらくゆんゆん辺りが着替えさせてくれたのだろう。

 

そっと布団から手を出して見つめてみる。綺麗な白い肌、整った爪。そして改めて身体を動かしたことで感じるのは妙な疲労感、これは完全に寝すぎた時のあれに似ている。この世界に来て初めてかもしれない、それだけこの世界にきて毎日が慌ただしくて、だけど凄く楽しくて。

 

そんな事を考えていたら、扉の外からギシギシと足音が聞こえ、それはこちらに近付いてくる。そう気が付いたと同時に私の部屋の扉が開かれた。

 

「あら?ようやく起きたのね、おはよう」

 

「…お、おはようございます」

 

アクア様だった。手にはおしぼりと桶が持たれている。私がその存在に注視していることに気が付いたのか、アクア様は軽く笑いながらそれらをテーブルの上に置いた。

 

「アリスが全然起きないからね、お風呂にもいれられないし、身体を拭いてあげようとしてたのよ」

 

「…お風呂にもって…私はどれくらい寝ていたのですか?」

 

「3日よ。正しくは4日目かしら、あの後大変だったのよー?」

 

「み、3日!?」

 

流石にそんなに寝ていた事は前世を含めても過去類を見ない。驚愕の事実に震える私にアクア様はそっと近付き、目を閉じたと思えば私の額に手を当てた。

 

「……魂が身体と同調しきれてないからどうなるかと思ったら…なるほど、少しは自分を見つめ直せたみたいね、これならもう心配ないかしら」

 

「…わ、わかるのですか?」

 

「そりゃわかるわよ、貴女をその身体にした張本人よ、私は。…聞きたいんだけど、アリスは今のその姿になったこと、後悔してる…?」

 

目を逸らしながらのアクア様の質問に、私は呆然としていた。私が何故倒れたのかもおそらく看破しているからこそ出てくる質問だ。もしかしたらアクア様なりに私をこの姿にしたことで責任を感じているのかもしれない、実際にアクア様は今もまた気まずそうにしていた。

 

「…アクア様が気にすることは何もありませんよ、私は自分の意思で今、アリスであり続けていますので。私は今この姿であることに、後悔はしていません…」

 

今までは演じているとばかり思っていた。

 

だけどそうじゃない、色々な理由をつけてアリスとしてやってきたつもりだったけど、それを含めて全部『私』なんだ。梨花もアリスも全部。

アリスとして苦労してきたことは他人ではないのだから。梨花として生きてきたことも私なのだから。

 

姿が変わろうが、どうなろうが、私は私でしかないのだから。

 

ありがとう、梨花。おかげで少しだけ、自信を持つ事ができたと思います――

 

 

 

 

「それじゃ、いいわ!回復祝いに秘蔵のお酒を持ってくるから、一緒に飲みましょ!!」

 

「えっ…!?そ、そのアクア様…私はお酒は…」

 

「たまにはいいじゃないのよ!すぐに持ってくるわね!」

 

アクア様は私の制止も聞かないまま、部屋を出ていってしまった。

 

その後、下の階からはアクア様の声とカズマ君の怒鳴り声が聞こえてきた。おそらくアクア様が私にお酒を飲ませようとしてるのに気付き病み上がりに酒なんか飲ませられるわけないだろうが!!とか怒ってるのが容易に想像できてしまった。

 

…とりあえず復帰したら忙しそうだ、今はもう少し横になろう。

 

そう思えば、私は身体が軽くなったような感覚とともに、心地よい眠りにつけたのだった――。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。