TS悪堕ち魔法少女俺、不労の世界を願う   作:蒼樹物書

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続・TS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願う
第一話『四畳半から始める世界侵略』


 怠惰に満ちた世界を願う、悪の組織。

 ――ヒキニートーは敗北した。

 

 「ぶえー……」

 「その、すまぬ」

 

 家賃三万五千円のボロアパート、四畳半のその一室。

 擦り切れ切った畳敷きの上で俺は寝転び。

 偉大なる悪の巨魁、ムショック様に土下座されていた。

 

 「本ッ当にすまない……」

 「……いえ、ムショック様のせいではありません」

 

 夏の足音を感じる昼下がり。

 むわ、と梅雨の名残を感じさせる湿気を振り払うように断る。

 

 ムショック様は悪くない。

 

 俺の頑張り過ぎだ。

 正義の魔法少女、プリナーズに敗北し続け。

 

 焦ってしまった。

 

 ――各国首脳が集まる、国際会議の場。

 そこを襲撃し、国のトップを怠惰に堕として国政を怠惰に傾けさせれば。

 

 「一気にエネルギー回収、出来たはずなんですがね……」

 「否。プリナーブラック……貴様の発案に許可したのは我だ、その責任は我にある」

 

 泣きそう。泣いた。

 報連相を守る部下に対し、しっかり責任を負ってくれる上司……ムショック様に改めて忠誠を誓う。

 

 国際会議を襲撃した俺。

 これで勝ったはずだった。

 世界を怠惰に堕とし、俺達の願う働かなくていい世界が実現するはずだったのに。

 

 しかし襲撃は失敗。

 プリナーズはその勢いのまま俺達、悪の組織を壊滅させた。

 

 

 

 ……その襲撃前日。

 プリナージーニアス、蒼河 氷乃と偶然温泉宿で出逢ったせいだ。

 

 

 世界を一気に怠惰へ傾ける為の、襲撃作戦。

 

 俺は必勝を祈願し、前祝として一人その温泉宿に泊まっていた。

 猫島と呼ばれる程たくさんの地域猫がいるのが売りの、観光地だった。

 

 「「あっ」」

 

 いったい何度目になるか、そのやりとり。

 

 「ストーカー! ストーカーなのあんた!?」

 「俺の台詞だ!!」

 

 温泉宿、その風呂場で取っ組み合いになる俺と氷乃。

 なぜか俺と氷乃は偶然、そこで出逢ってしまった。映画館だの猫カフェだの、最近妙にエンカウントしてしまう。

 

 なぜ正義の魔法少女と、悪に堕ちた魔法少女……俺がこうして出くわしてしまうのか。

 分かりはしないが。

 

 「……見るな、ばか」

 「見ねーよ」

 

 一通り、いがみ合ってから。

 二人っきりの温泉。露天の岩風呂、そこで背を向け合って落ち着く。

 蒼河 氷乃は中学一年生、前世でアラサーだった俺からすれば子供だ。ロリコンじゃない俺は、その薄い胸や尻に目を奪われることはない。

 

 が。

 

 「慰労でもしてるの?」

 

 口を尖らせながら糾弾する、勤労という正義を掲げる魔法少女。

 労働を慰める。その為によく用いられるのが温泉旅行だ。

 

 「俺は怠惰……悪を働く魔法少女だからな」

 「ばーか。怠惰の為にいっつも働いてるなんて、矛盾してるじゃない」

 

 ぐぬぬ。

 これだから天才は。言葉遊びのように、怠惰……悪を働く魔法少女を名乗ってはいるが。

 

 実際、苦労しっぱなしだ。

 怠惰を願いながら、俺は苦労を続けている。

 

 ムショック様は理想の上司だが。同僚達はアホとサボり魔と、何もかもが遅い不安症。

 共闘しようにも、癖が強すぎる。

 プリナーブラックとなった俺の性能は低くはないが、彼女達プリナーズと比べ優位ではない。

 

 つまり数で劣る以上、勝つことは出来ない。

 頭を捻り、そもそも見つからなければ。戦わなければ。と策を弄しても、結局勝てはしない。

 

 ……悪は、正義に敗北する。

 

 そんな論理を否定するように、戦い続けてきたが。

 

 「――いい加減、諦めなさいな」

 

 互い、湯船に浸かって。

 背を向け合いながら、背と背が触れ合う。

 柔らかい感触と、湯船に在ってなお暖かい背中。

 

 どこか寂しそうな、氷乃の声。

 

 「諦めないよ、俺は」

 

 敗北を続けて。

 幾度負け続けようが。

 

 俺は、諦めるわけにはいかない。

 ……これは復讐であり、逆襲だから。

 

 前世で俺は労働に殺された。

 だから、不労の世界を願う。

 二度殺されるなんて、まっぴら御免だ。

 

 「ばか」

 「知ってるよ」

 

 ……足りない頭を振り絞り。

 敗北を繰り返す悪の俺は、正義の天才からすれば滑稽だろう。

 だが俺は、それでも不労の世界を信じて戦い続ける。

 

 「付ける薬がないってのは、本当に厄介」

 

 自称、天ッ才のお墨付きだ。ばかに付けるモノはない。

 

 

 それでも――それでも。

 

 

 『俺』と『私』が重なる。反目し合う。

 

 「あんたを、取り戻す」

 

 かつて、俺と氷乃は一つだった。

 悪の組織に捕らえられたプリナージーニアス、その身体を奪って好き勝手した俺。

 正義の魔法少女に負け続けた俺を、ずっと中から見続けてきた氷乃。

 

 一方的な被害者のはずだ。

 

 糾弾し、その損害を請求すべき俺を『取り戻す』。

 俺に賠償を求めるなら、解る。

 しかし『俺』を取り戻す――?

 

 「……悪に堕ちた、仲間を取り戻す。魔法少女なら当たり前よ」

 

 ああ。

 これだから正義の魔法少女って奴は。勝てないわけだ。

 

 「あんたは私達を救った。だから」

 

 ハロワーによる、世界侵略。無数の白に埋められた世界に、立ちはだかった悪の黒。

 俺は、彼女達を背に戦った。

 たまたま偶然、あらゆる状況が噛み合って。唯一の勝利を飾れはした。氷乃達を、救うことが出来た。

 

 怠惰という悪。

 その場に今も身を沈める俺を、無理矢理にでも引き上げるのが。

 ハロワーという枷を解き放って尚、正義の魔法少女の作法らしい。

 

 「負けねーぞ」

 「知ってる」

 

 

 

 ……その後、なんとなくいい感じの雰囲気になりながら。

 

 俺と氷乃はその温泉宿で一夜を共にした。

 なにか悪さをしないか監視する為という名目の下、俺の部屋に付いてきた氷乃。

 ロリコンではない俺は、若干辟易としながらもそれを許した。

 

 気づけば二人、一組の布団の中。

 どうしてこうなった。

 

 「ちょっと、もっとあっち行きなさいな!」

 「俺の布団だぞ! おまえこそ、そっち寄れや!!」

 

 風呂上りで火照った互いを、布団の隅に押しやり合い。

 気づけば、互いに疲れて眠っていた。

 

 今思えば、偶然で得た時間。和やかな、何の邪気もない時間だった。

 何の浮ついた気もなかったはず。

 けれども。

 

 

 

 「ぎゃぁぁぁああああああ!?」

 「いやぁぁぁああああああ!!」

 「燃える……ぜんぶ、燃え堕ちて……」

 

 ――阿鼻叫喚だった。

 

 悪の組織、ヒキニートー本拠地。

 世界と世界の狭間にある、ムショック様が作り上げた安全地帯。

 

 そこは、業火に焼かれていた。三幹部……ムノーが、サボリーナが、チコークが悲痛な声を上げている。

 慰労施設が揃った俺達のオアシスが、全て焼かれている。

 

 「……」

 「……」

 

 俺の国際会議襲撃、それを防いだ勢いのまま。

 ……悪の組織は逆襲されていた。

 

 その惨劇を起こした三人。その内、二人は俯いている。

 

 プリナーフォース、黄山 円力華は惨劇に涙目。

 プリナージーニアス、蒼河 氷乃は怯え切っている。

 

 ――彼女達を率いて、悪の本拠地を襲撃した奴は。

 

 「くろのちゃん出せやオラ☆」

 

 怒り狂っていた。

 プリナーフェイト。桃空 心愛は、嫉妬の炎で悪の組織を焼いていた。

 

 ……どうやって、俺と氷乃の逢瀬を知ったのか。いやおめーだろ氷乃、心愛に嗅ぎつけられ問い詰められゲロったなお前。

 心愛と氷乃は『そういう』関係だ。どこまで進んでいるかは知らないが。

 とにかく、浮気を許さない程度には深く繋がっている。

 

 その結果がこれだ。

 くろのちゃん……プリナーブラック、阿久野 黒乃。

 浮気相手と目された俺は、地下の最果て。そこで怯え震えていた。

 

 正義の魔法少女、プリナーズによるカチコミ。

 今、俺達、悪の組織は。

 

 正義の魔法少女、その愛の力によって滅ぼされようとしていた。

 

 「……プリナーブラックよ。すまぬ、もう駄目かもしれん」

 「申し訳ございませんムショック様……!!」

 

 地下の最果て、狭く暗いその先で。

 本拠地を焼かれ続け、力を失いすっかり小さなお姿になったムショック様を抱き締める。

 巨山のように大きかったムショック様のお姿は、哀しくなるほど弱々しく小さな影となってしまった。

 

 「三幹部は、我の下に撤退させる」

 

 プリナーズの迎撃に出たムノー、サボリーナ、チコーク。

 幹部達がムショック様の『内部』に帰還する。姿形を失うことにはなるが、いつか力を取り戻せば復活出来るように。

 彼らのように、ムショック様から生まれ出た存在ではない俺はそれに倣うことはできない。

 

 ……逃げることは、叶わない。

 

 「行きます」

 「……すまぬ」

 

 もう既に、最果て。

 

 夫に内緒で不倫お泊りデートしてた、嫁を誑かした間男に対する襲撃というあまりに情けない理由だが。

 俺達悪の組織は、壊滅しかけていた。

 その責任は取らなければならない。ムショック様が逃げおおせる為の、殿を務める。

 

 「働くみんなに安寧を……!」

 

 決め台詞を吐きつつ。

 プリナーフェイトに立ち向かった俺は。

 

 「やってやるよチクショー!!」

 「見ーつーけーたっ☆」

 

 超ぼっこぼこにされた。

 

 

 こうして。

 悪の組織、ヒキニートーは愛の力によって壊滅した。

 愛というか狂愛によって壊滅した感は否めないが、とにかく完全敗北した。

 

 ムショック様によって構築された本拠地。

 そこは、魔法少女によって焼き尽くされて。

 俺達は命からがら、この四畳半に落ち延びた。

 

 ……ただの子犬となって、飼われていたハロワ―は氷乃が回収したようだ。

 とりあえず、人的被害がなかったことは幸いだが。

 

 ここは、俺が地球での活動をし易くする為の仮住まいだった借家。

 地球での戸籍と住居を、最低限で確保する為の場所だ。

 

 ――以前は快適を追求したが本拠地が在った為、ほとんど利用したことがなかった俺の部屋。

 なので、家具すら置いていない殺風景。

 

 俺達に残されたのは、このボロアパートの一室だった。

 

 「すまぬ……本当にすまぬ……」

 

 四畳半。その畳敷きに、うつ伏せで倒れる俺に土下座する幼女。

 

 ……腰まで伸ばした銀髪、二本の角のように突き上がる癖っ毛。

 涙目に潤んだ、人ならざるモノを思わせる金眼。

 喪服のように黒で染め上げられた、ゴシックロリータに身を包む幼女。

 

 「おやめ下さい、ムショック様」

 

 そう。

 

 俺に土下座する幼女は、偉大なる怠惰の悪。その巨魁ムショック様だ。

 本拠地を焼却され、俺達が集め続けたエネルギーも焼き尽くされ。

 

 我らが主、ムショック様はこのような力なき姿に堕とされてしまった。

 

 「再び、立ち上がるのです」

 

 プリナーズに壊滅させられ、ムショック様は力を失くし。

 俺も、変身すらままならない程に力を削がれた。

 怠惰のエネルギーを回収する目途もない。

 

 ……状況は最悪最低だ。

 

 ムショック様はエネルギーさえあれば、ありとあらゆる物質を生成することが出来る。

 だがその為の最低限すら無く、回復させる為の活動をする手勢もいない状況。

 

 今ここにいるのは。

 無職の中卒な俺と、戸籍すらない合法ロリのムショック様だけだ。

 

 詰みである。

 

 「……俺は、諦めません。全ては、地球を怠惰に染め上げる為に」

 

 それでも。

 地の底のような敗北にあっても俺は諦めない。

 膝を突き、ムショック様に頭を垂れる。

 

 ――前世、俺を殺した労働をなくす為に。

 俺は労働を今世から殺してみせる。

 

 諦めて堪るものか。

 ゼロどころかマイナスから始まろうが、例え悪に堕ちようと魔法少女は諦めない。

 

 地球を怠惰に染め上げるのだ。

 

 「プリナーブラック、黒乃よ」

 

 ムショック様が土下座を止め、立ち上がる。

 膝を突く俺とそう変わらない背丈、小柄になってしまわれ幼い顔立ち。

 

 「貴様の忠誠に感謝するぞ。我は、今一度立ち上がろう」

 「……ムショック様、万歳」

 

 やはり、王の器だ。

 怠惰の世界を渇望し。

 配下を手厚く扱い、なお酷使することを決断できるお方。

 

 俺が、尽くすべきお方。

 

 「世界を侵略する! 付いてこい、黒乃!!」

 「はっ!!」

 

 ボロアパート、四畳半の一室から始まる世界侵略。

 ――俺達は不労の世界を、改に願う。


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