「――まずは、手持ちを確認しよう」
四畳半のボロアパート、その一室。
俺とゴスロリ銀髪金眼幼女……ムショック様と膝を突き合わせて、今後の方針を相談する。
「互いにエネルギーが枯渇した現状、まず必要となるのは」
エネルギー……怠惰によって得られるそれ。衣食住、全てを賄うことが出来るムショック様のお力。
正義の魔法少女達の襲撃で、それは焼き尽くされた。
俺はプリナーブラックに変身すら出来ない。三幹部を救う為に、自身の内部へ退かせたムショック様も超常のお力を使うことは出来ない。
つまりは、生存に必要な全てを現実的な手段で賄う必要があった。
「金だ」
「金ですね」
あまりにも生々しい問題だった。
怠惰によって成り立つ世界を実現する、ムショック様。
その加護の下にあった前線基地は壊滅した。何とか俺達は逃げ伸びることが出来はしたが。
互いに、身一つだった。
身分証明書も銀行の通帳も、ハンコすらない。
ここにいるのは、中卒無職と戸籍すらない幼女。
「……我が、これほどまでに身を堕としてさえいなければ」
ムショック様は、偉大なる悪の巨魁はただの幼女になってしまわれた。
三幹部の撤退、そして前線基地からの逃走。それらに、全てのエネルギーを使い切って。
怠惰というエネルギーさえあれば、ありとあらゆる問題を解決出来る異世界からの来訪者。
ムショック様は、今はただの幼女だ。
「必ず、お支えします」
「すまぬ……」
俺の、理想を叶えてくれる彼女を。
お守りし、いつか逆襲しなければならない。
――正義の魔法少女、プリナーズに逆襲し世界を怠惰に染め上げる。
前世で俺を殺した労働を、殲滅する。
労働を正義とするプリナーズを打ち倒し、悪の怠惰で世界を侵略する。
そんな目的はあるとは言え。
敬愛するムショック様の窮地、それをお助けしたい。
くう。
可愛らしい腹の音が、狭い部屋に響く。
ムショック様はお腹を両手で抑え、赤面し顔を俯けていた。
「……その、すまぬ」
可愛い。ムショック様が可愛い。
超常のお力を持っていた上司、彼女が無力な幼女となって。
父性……いや、阿久野 黒乃という女の子となった俺としては母性だろうか?
それが刺激されている。萌える。ムショック様可愛い。
「いってきます」
生身の幼女となってしまわれた、彼女をお救いするには金が必要だ。
あるはずの預金も下ろすことは出来ず、このボロアパートの一室には何もない。
本拠地で何でも揃っていた為、ここには何も買い揃えていない。
食べ物どころか、家具一つない四畳半。
そこで俺達、悪の組織ヒキニートーは活動を再開する。
まずは金が必要だ。
魔法少女の居る世界なのに現実的で、生々しい行動原理。
俺が殺された世界と、同じ。だがその先に待っているのは、怠惰という理想に染まった世界のはずだから。
「働くぞ」
ボロアパート、その一室から出て。
俺は、不労を願う為に働く。
悪の怠惰を願って、正義である労働をする魔法少女。
悪を働く魔法少女。
矛盾している、言葉遊びと呼ばれようが。
「ムショック様、万歳」
誓うように、一人呟く。
……俺の願う世界の為ならば、ありとあらゆる恥辱も汚濁も受け入れよう。
中卒で、無職で資格もない。
俺の手元にあるのは、この身だけだ。
蒼河 氷乃、彼女が創り出した猫型魔法生物。
それに意識を移された俺は、非変身時でも人の姿へ変えられる。
プリナーブラックに変身することは不可能だが、猫から人への変身はエネルギーを必要としない。
怠惰のエネルギーを集めることも出来ない、ただの人間の身だが。
一張羅のジャージ姿、ただし容姿は我ながら美少女と言って差し支えない。
艶やかな黒髪、眠たげな垂れ下がった目尻に色気もある。十代半ばの身体にしては、肉付きも良い方だ。
円力華のように暴力的な胸部装甲はないが、それでもたっぷり手に余る。
元となった氷乃とは、いくらか対照的だ。温泉で目撃してしまったが、あいつ中学一年生でつるつるだし絶壁だし。
何もない俺が、金を稼ぐ為のたった一つの武器。
それを売る。
拒否感がない訳ではない。屈辱的な状況だが、ムショック様の為ならば耐えられる。そのはずだ。
「くっ……」
――身体を売る。
決してその手の職業の方を貶すつもりはないが、実際それを選ぶとなると苦悩する。
しかし今は、これしかない。
「――やるしか、ない」
◇
「可愛いよぉ」
「クロちゃん、こっちこっちー!」
「えっろ……ッ」
媚を売る。
この『仕事』を始めて一週間が過ぎた。今日も、俺は客の相手をしていた。
クロちゃんと言う仮初の名で呼ばれる俺を囲んで、欲望に眼をギラつかせた連中に。必死に。
作った甘い声で擦り寄って、舌で先端を舐め上げる。
ぺろぺろと、小さくなった俺の舌で奉仕されたそいつは愉悦に口端を歪み上げる。
涎まで垂らして劣情を露わにした連中に、媚び続ける。
……なんて、汚らわしい。
「良い子ねー、クロちゃぁん……」
甘ったるい猫撫で声。
俺は客の欲望を、その身で満たすことで金を得ていた。
――学も身寄りもない、俺が出来る仕事なんてこれくらいしかなかった。
「ほら、ちゅ〇るだよー」
差し出されたち〇~る、4本入り140円程で売られているそれ。しかしここでは、1本500円という暴利。
「にゃぁぁぁああっ」
俺を酔わせ、狂わせるそれに飛びつく。
理性を消し去る、麻薬のように甘美な味。これは毒だと理解しながらも、俺は飛びつき媚びなければならない。
暴利の一部は、俺の給金に還元される。
客に高い酒を飲ませ、稼ぎとするホストもしくはホステスのように。
「いやぁん、本当に可愛いわクロちゃん」
「流石ナンバーワンアイドルね」
「中の人がいるとしか思えないくらいだわ」
どき。
中の人なんていません、アラサー男なんていません!
「……にゃ、なぁーご♪」
差し出されたちゅ~〇をくれた上客の先端……指先に頬を擦り付ける。
クロちゃん、その源氏名で呼ばれる俺は。
猫カフェで『猫』として働いていた。
「はい、お疲れ様ー♪」
一日の営業を終え。
閉店した猫カフェ『どんとわーく』で合法ロリ店長に労われる。
すでに夕刻、他のバイトは帰り事務所には俺と彼女の二人きりだ。
現金が足りない現状、給料は日払いで貰う約束だ。店長から差し出された茶封筒、その場で中身を確かめる。
「……十時から十七時、休憩挟んで六時間」
猫の姿で働き続け得たのは。
たった三千円だった。
時給換算、五百円。最低時給の概念が崩れている。
この街は一応都市部に分類され、倍くらいあってもいいはずだ。特に俺は客達にたくさん貢がせ、色が付いてもいいはずだ。
「店長、労働基準法って知ってます?」
「猫に給料支払う会社があるなら、紹介して欲しいですねぇ」
くそァ!
「……ありがとうございます」
『どんとわーく』は、俺が以前から客として通っていた猫カフェだ。
店長とも知己となっていたので、日銭を稼ぐ為に職場として選んだのだが。
猫になってキャストとして働けるので雇って下さい。
あまりに非現実的な提案であることは、否定出来ない。魔法少女が悪と戦う世界、常識は俺の前世とは違っているかも知れないが。
この世界では学歴も資格もない俺が金を稼ぐには、僅かなツテを利用するしかなかったのだ。
最初は店員として、普通のバイトとして雇ってもらうよう願い出たのだが。
すでに十分いるからと断られかけて、俺の秘密……猫に姿を変えられることをアピールした。
「いやぁ、黒乃ちゃん……クロちゃんが来てくれて本当に助かったわぁ」
だから、この腹黒店長のいいなりになって働くしかなかった。
猫カフェで客に媚びる猫として。
気づけば、ナンバーワンアイドルに君臨していた。
当然だ。猫好きの俺は、猫の全ての魅力を演じることが出来る。
媚を売りまくりながらも、時にはあえて釣れない態度を取って見せる。
……客たちは俺に夢中になった。
指名も、追加料金となるちゅ〇るも沢山頂いている。
あれ猫状態で食うと『飛ぶ』から、あまりキめたくないんだけどな……。
「末永くお付き合いしたいですねぇー。お疲れ様でしたぁ」
「お疲れさまでしたぁ……」
本日の給金、三千円を手に店を後にする。あの店長は、俺が他で働けないことを知っていて足元を見ていた。
クソ、復活したら真っ先にこの店襲撃してやる。
働きたく、なかったんだけどなぁ……。
墜ちに堕ちた俺は、とぼとぼと家路につく。目指すのはボロアパート。
働き続け、最後は過労死に終わった前世と重なる日常。
「はぁ……」
ため息と共に、防音性の乏しい薄っぺらいドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「……うむ。おかえり」
ボロアパート、その一室。
疲れに疲れたはずの身が、その声と香りに再び背筋が伸びる。
甘く幼いお声、追うように懐かしさを覚えるような少しスパイシーな香り。
「風呂にするか? それとも先に食事に……」
スリッパの足音をぱたぱたとさせ、俺を出迎えてくれるのはムショック様。
……悪の組織、ヒキニートーが壊滅して。
逃げ伸びた俺とムショック様は同棲生活のような日々を過ごしていた。
ムショック様は学歴どころか戸籍もない、ただの幼女。
俺は偶々、猫カフェで猫として働くという手があった為。
俺が金を稼ぎ、ムショック様が家を守る。
そんな日常が形成されていた。
「お風呂頂きます」
新妻のようなムショック様のお言葉に、疲れ果てた身体の欲求に従い応える。
一応風呂付のボロアパート、そこには俺の帰宅を待っていたかのように湯が張られている。
ぴかぴかに掃除された風呂場、追い炊きのないユニットバスは俺の帰宅時間に合わせて用意して下さったのだろう。
「ぶぇー……」
ユニットバスの狭い湯船、しかし前線基地にあった温泉施設よりも落ち着く。
俺の為に、用意してくれたからだからだろうか。
「お湯、頂きましたぁー……」
すっかり温もり、小さな折り畳みテーブルの前に座る。いくつかの家具は、ご近所様の不用品で揃えていた。
その上に、俺を待ち構えたように並べられている皿たち。
食卓に上がったカレーライスにトマトサラダ、お麩の味噌汁。
少ない俺の稼ぎの中で、安いスーパーを回りこうしてバランスの取れた食事を用意してくださっている。
「「いただきます」」
ムショック様と二人、夕陽の刺す中でささやかな食卓を囲む。
もう焼き尽くされた本拠地では、鼻で笑うような家庭の料理だったが。
「美味いです、ムショック様!」
「うむ……! 夏野菜は今が旬、安く美味しい素材を使わぬ手はない」
茄子やトウモロコシがたっぷり入ったカレー、野菜の甘味がスパイスと調和して匙が止まらない。
悪の組織、その巨魁ムショック様は嫁力パなかった。
ゴスロリ幼女に身をやつしても、部下である俺に精一杯出来ることをして下さる。
「……すまぬ。我が力を取り戻しさえすれば」
なのに、ムショック様はこうして己の至らなさに小さなその身を縮こませる。
怠惰のエネルギーを十全としているならば、夢のように高級な食材を使った食事を用意出来ただろう。
今は、現実的な貧乏生活だ。
稼ぎの悪い俺、その中で家計をやりくりしている。旬で安い食材を買い求め奔走し、疲れた俺をこうして労わった下さる。
「いえ。美味しいです」
しかし。
贅を尽くした、以前の食事よりも。
今、ムショック様と挟む食卓が嬉しい。
「このような幼い姿でさえなければ、飯炊きしか出来ない程に堕ちることはなかったのだがな……」
「――必ず、お救いいたします」
お力を亡くされたムショック様のお言葉。
必ずこのお方をお救いする。
世界を侵略して、怠惰に堕とす。ムショック様の、完全復活を目指す。
「……情けないな、小さなこの身は」
「そんな」
大きく巨山のようなお姿、それも頼もしく思っていたが。
可愛らしい、ゴスロリ銀髪金眼幼女でマッマなムショック様も魅力的だ。バブ味を感じる。オギャりたい。
しかし俺はロリコンではないからな。上司と部下として、しっかり一線は守らなければ。
「本来の我は、もっと豊満なのだが」
「詳しく。スリーサイズとか」
上から98/56/92とのことだ。
ぼんッ、きゅッ、ぼんッ。俺の嗜好特攻だった。
これまで復活前の、巨大な影のようなお姿しか知らなかったが。完全に復活されれば、この幼女がばいんばいんになる。
ムショック様の復活、その為の世界侵略。
……俺が悪を働く理由が、増えちまったぜ。
「その、黒乃よ。なんだか目が怖いのだが」
俺は世界を怠惰に染め上げる為に戦う。
銀髪金眼ばいんばいんなムショック様を取り戻すのだ。