夜闇に沈む、地方の工場。
そこで俺は人知れず一息つく。
――今日も、逃げられたか。戦闘を終え、変身解除。
「ふぅ」
俺が魔法少女に変身することが可能となって、二週間程の時が過ぎた。
プリナーブラックとなり、怠惰のエネルギーを回収することが出来るのならば。
すぐにでもムショック様復活の為、活動に精を出したいと思っていたが。
「全く、何度目なんだか」
安定しつつある俺の新たな日常、それを破壊し得る俺の敵。
白の怪物プリナーハーケン。
奴による、世界への襲撃。
それを防ぐ為、俺は活動する暇もなく戦い続けていた。
俺が務める『どんとわーく』は店長を怠惰に堕としたことで、無茶な経営から遠ざかり。
売上と、従業員満足度のバランスを取れるようになった。
あの腹黒店長が、適度にやる気と怠けを選んだ結果だ。
……具体的には、俺の時給は最低限賃金を保障するようになり。
店長や俺達店員のライフワークバランスを重要視した為、職場は心地よい温度を取り戻した。
キャストたる猫達も、落ち着いて。
これで平穏、と思う間もなくプリナーハーケンは再出を繰り返した。
「やっぱ、詰め切れないんだよなぁ」
自嘲するように笑う。詰めがいつも甘いと、あいつに言われ続けていたから。
最強の魔法少女、プリナーハーケン。
自動的な人形である奴は、人々を襲い続けていた。
――世界を、勤労に染め上げる。
正義の妖精ハロワーの置き土産、あの怪物はその目的に沿って世界を襲撃している。
しかし、その目標は今日のように地方の工場であったり効率的ではない。
「今は、まだ」
まだ、脅威ではない。
繰り返されるハーケンの襲撃、俺の出撃。
あの時、初めて笑って見せた人形は成長し続けている。人形が意思を持ち、ゆっくりながらも自身を育てている。
不意打ちも通用しなくなってきている。学習し、対応しているのだ。
寒気を覚えるが、経験値の上でまだあの怪物を御せている。
「……でもよ」
このまま、奴の襲撃と撃退を続けることは不可能だ。
いつか成長し続ける奴と、俺の力量差は逆転する。
「俺は、悪の魔法少女だからな」
正義の白、勤労を是とする世界を否定する為に堕ちた魔法少女。
『彼女達』に助けを求める訳にはいかない。
生まれ変わって、数奇な経緯で女の子になって。
それでも、男の意地なんてモノは残っている。
たまたま魔法少女の力を得た中学生の子供に、助けを求めるなんて情けない真似出来やしない。
――俺は、悪を願って堕ちた。
故に、正義に背を向ける。
例え敗北が運命とされようとも。
◇
「いらっしゃいませぇー」
怠気な間延びした声に、迎え入れられる。
日曜昼間。私、桃空 心愛はその一歩を踏み出した。
……ね、ねこカフェってこんな感じなのかな?
「い、一時間お願いしますっ」
出迎えてくれた人……店長さんらしい女の人にお金を差し出す。
「あー……清算は、退店時にお願いしておりますぅー」
「っ、あ、ごめんなさいっ」
早速、恥をかく。
こういうお店に入るのは初めてだ。それも私一人、スマホでお店の情報を調べてみたりはしたけれど緊張する。
普通の喫茶店すら私だけで入ったことはない。
喫茶店とは、大人の世界だ。
パパやママに連れられて入るのはともかく、中学一年生の私が入るには膨大な勇気を必要とする。
それでも僅かなお小遣いを握り締めて、このお店を訪れたのはその一歩を踏み出したいと願ったからだ。
『ね、ママ。好きな人が、誰か別の人を好きになったらどうしたらいいと思う?』
二人きり。居間でそう切り出した私をママはかなり、複雑な顔をしてから。
『む、難しい問題ね……』
『私は諦めたくない』
ママは、私とひのちゃんのことを知っている。
色々障害は在ると諭されながらも、最終的には認めてくれている。だから真剣に考えてくれている。
『――まずは知ることだと、思う』
そして考え抜いた先に、応えてくれる。
最近、ひのちゃんは何時もあの人のことを考えている。
悪の組織を、正義の私達が叩いて潰して。
正しいはずなのに。
あの人。
今は行方不明となった阿久野 黒乃。
ひのちゃんの身体を奪って、好き勝手して。その心さえ、いつの間にか奪おうとしている。
許せない。
わたしからひのちゃんをうばおうとするなんて、ぜったいにゆるせない。
そんな人のことを、解ろうとする必要なんてないよ。
正義が、悪を。
『……心愛。貴女は、これから大人になる』
『わからないよ』
『知ろうとする、解ろうとする心を忘れないで、お願い』
ママが私を抱き締めて。願いを口にする。
心を愛する。
その名を頂く、私を。
『最後に、解らなくても良い。それでも、解ろうとして欲しいの』
たぶん、ママが言っていることはとても難しいことだ。
理解することを拒み、敵を許さないことは簡単なのに。
『その先に、きっと納得出来る幸せが在るから』
納得出来る幸せ。
……こどもの私には、まだわからない。
それが出来るようになるには。
まずは知って、解ろうとして。
最後には許せるように――。
”許しちゃいけない。分かる必要なんてない。敵を、悪を倒せ”
『…………うん』
応えながら。
ナニかの声が、私に囁いた。
抱き締めてくれる、ママの体温が遠くなる。
”その声”が私を冷たく、正義と悪の論理に染め上げる。
私は正義の魔法少女。
――悪を倒す、完全無欠の白でなくてはならない。黒を許してはいけない。
くろのちゃんのことを、知る必要なんてない。
そのはずなのに、私はここを訪れてしまった。
敷居の高い、喫茶店。それも猫カフェと呼ばれる特殊な場所。
知ろうとする努力をする。
例え、ナニかがそれを否定しようとも。
……私は、諦めたくない。
ひのちゃんが最近、このお店にこっそり通っているのはくろのちゃんの影響らしい。
猫さんは嫌いではないが、特別好きでもない。
くろのちゃん本人が行方不明で会いたくても会えない以上、彼女の嗜好から知ろうと思った。
「ではご案内ぃ~」
たまたま運良く、お客さんのいないタイミングだったようだ。
店長さんらしい女の人が猫を抱えて連れてきてくれた。
人気ナンバーワンらしい、毛並みの良い黒猫。
「にゃ、にゃあん♪」
黒猫は、どこか気まずそうに鳴いた。
◇
鳴いた。というか泣いた。
いつものように猫カフェ『どんとわーく』で人気ナンバーワンの猫、クロちゃんとして働いていた俺の前に。
客としてやってきたのは、正義の魔法少女プリナーフェイト。
桃空 心愛だった。
やべぇ怖い。
最初に抱いたのは恐怖。
成長し続けるハーケンよりよっぽど怖い。最強の魔法少女より怖いって何それ。
「……」
こういう……猫カフェに慣れていないのか、接客する俺を彼女は無言でじっと見つめている。
顔は強張っていて、眼も座っている。
「し、知らなきゃ」
ヒィ!?
両脇に手を伸ばされ、抱き上げられる。
「「……」」
抱き上げられたままで、互いに見つめ合う。
あまりにも想定外の状況だが。
――こうして彼女と向き合ったのは、初めてだ。
茶色がかった黒髪。年相応に幼い顔立ち。
視線は不安げで、なのにその奥底には強い意志を感じさせる。
どこにでもいる、普通の女の子。
しかし俺が知っているのはそんな心愛ではなく、理不尽の権化のような正義の魔法少女だけだった。
超絶の戦闘技能に加え、人理を覆す剛運。それに俺は、負け続けた。
いつしかプリナーフェイトは、俺の中で怪物の代名詞となり。
知ろうとすら、しなくなった。
避けるべき脅威。
……初めて入るお店に緊張している、ただの女の子だってのに。
「なぅ~……」
触れたくなって、抱き上げる指先に頬擦る。
細く小さな、けれど温かな指先。突然動いた俺に、彼女はびくりと震えたが。
「……可愛い」
へにゃ、と頬を緩める心愛。
そこには、ただの女の子の笑顔があった。
猫として働くなんて、冗談みたいな状況だが。
これが今の俺の仕事だ。
最強の魔法少女を正面から打ち倒す、主人公補正の塊みたいな理知外の魔法少女。
けれども普通の女の子を和ませ、癒す。
今日初めて、仕事が出来た気がした。
「うん。ちょっと、解った気がする」
「にゃうん♪」
指先で俺の頭を撫でる指先が、優しい。
いつしか、心愛の強張った表情は溶け切っていた。
◇
「……なーにが『にゃうん♪』よ、あのばか」
タワーマンションの最上階、その一室……電子機器がびっしりと壁を埋め尽くす部屋の中。
遮光カーテンにより無数のモニターだけが照らす中で。
私は、蒼河 氷乃はあのばかを罵っていた。
「何私の心愛を誑かそうとしてるのよ、ぶっ殺すわよ……」
ぶつぶつと愚痴りながら、モニターに写された『どんとわーく』の店内にある二人を睨む。
店内の監視カメラをハッキングし、盗聴……いや正義の魔法少女である私がそんな違法行為はしない、ちょっと回線にアレしただけだ。
とにかく、あのばかの。
阿久野 黒乃……プリナーブラックの動向の全てを、私は監視していた。
――切っ掛けは、彼女の再来。
壊滅に追いやられ、行方不明となっていた黒乃。
私はその行方を捜し続けたが……結局、その時まで見つけ出すことが出来なかった。
彼女は変身を成した。以前、彼女と『重なっていた』ことからその変化を私は感じることが出来た。
だからその非科学的な直感に従い、彼女を追い続け。
ついには捕捉、その動向を探っていた。
街中の防犯カメラで発見、生活拠点の特定。全てを失った彼女は、金銭を得る為『どんとわーく』で日々働いているようだった。
猫として。時には人として。
何それ。頭悪いの? 天ッ才の私なら、すぐ解決してやったのに。
「ほんと、頭悪いんだから」
そのばかに、再び戦うことを決意させた相手。
プリナーハーケン。黒乃は、奴と戦い続けている。
人々を襲い、世界を侵略しようとする敵。
前。
黒乃が世界を怠惰に堕とそうと、必死に抗って。
私達、正義の魔法少女はそれを阻んだ。
今。
黒乃は、世界を勤労に堕とそうとする敵と一人で戦っている。
「もう、あんたは一人じゃない」
ハロワーの枷から解かれた私達、正義の魔法少女は。
そんな不幸を、認めない。
「――国内、加奈島。来たわね、プリナーハーケン」
私の構築した監視システムが、奴を捕捉する。
加奈島……少数の人々が暮らす、小さな離島で。プリナーハーケンは、その機能で人々を勤労へと強制している。
まるで、誘うように。
そろそろ黒乃だけでは、相手取るには厳しくなる程に成長した怪物。
根本的な対処に、まだ目処は立っていない。
その為にハーケンの襲撃を認めながらも、未だ介入することはなかったが。いい加減、状況とか私の我慢とかが限界だった。
『どんとわーく』の店内、モニターに写る黒乃も気づいたようだ。
慌てて仕事を抜け出して、その迎撃に向かっている。
心愛には、まだ知らせていない。まだ、時間が必要だと私が判断した。
「行くわよ、円力華」
「がってん」