「はたらかなきゃ」
「はたらかなきゃ」
「はたらかなきゃ」
本土から遠く離れた孤島、加奈島。人口数十人という、静かなここ。
いつもなら、陽が沈むと共に安らぐ人々は。
過労という毒に侵された亡者となり、祝詞のように蠢き続ける。
「ちィ――ッ!!」
「えへへ」
笑うなクソったれ。
プリナーハーケンに襲撃され、人々が勤労に強制され。
それを感知した俺は、何時ものように独りその迎撃に出ていた。
「プリナーブラックシールド、多重展開ッ」
高速で四方八方から俺に浴びせられる白の砲撃。
俺は、全周に展開した盾でそれを防御する。
ハーケンによって勤労に強制される人々を怠惰に堕とし、エネルギーを現地で回収して戦闘に用いる。
……おかげでエネルギーは、ちっとも貯まらない。ムショック様の復活の為、残しておきたいものだが。
「こっちだ――ッ!」
全周防御を砲撃で砕き切って。
肉弾、蹴りを打ち込もうとしたハーケンが俺の幻影を貫く。
シールドで守ると見せかけ、その内側には幻影。
無防備になる背後を取る……!
「それは、もう視た」
「ぐゥ、え――!?」
しかし、成長し続ける人形に同じ手は通じない。
学習する最強の魔法少女。
プリナーハーケンは、欠点を塗り潰し。
ついには、俺の手に負えない怪物として完成していた。
白の怪物、その背から延びる『腕』。その先には白のペン。
そこから放たれた、即応の砲撃。背後を取ったはずの俺は吹き飛ばされる。無人の家屋を盛大に崩壊させながら、ようやく止まった。
魔法少女の衣装は攻撃を自動的に防御するが、それでも限界はある。
「ま、だ」
ボロボロになった黒の衣装。スカートは裂け、あちこちが焼焦げ穴だらけ。
立ち上がることも出来ず腰を下ろしたまま。
「まだだ!」
――抜き打ち。
吹き飛ばされ、瓦礫を背にした俺。
ゆっくり歩き接近しようとするハーケンに、急所を狙った砲撃。
「えへへ、えへへへへ」
「……怪物め」
しかし、ハーケンの脇腹から延びた『腕』がそれを防御する。
真っ白な腕が崩れ去るが、それでも本体は無傷。
嗤いながら、怪物がいたぶるように俺へ歩を進めてくる。
「クソ、クソッ……! 俺は、お前に負ける訳には――!!」
歩み寄る怪物に、がむしゃらに砲撃を連打する。しかし奴は弾き、時には避けて。
確実に、死が歩み寄る。
俺が新たに得た平穏。
ムショック様に見送られて、働いて。
帰ってきて、おつかれさまと労われて。
そして、また明日。
奴に負ければ、そんな日々は破壊される。
「負けたく、ない……!!」
駄々を捏ねるように、撃ち続ける。
もはや理屈も何もない。それでも最後を否定したくて、俺は力を尽くす。
「つかまえた」
「……っ、がァ……ッ」
しかし。
歩み寄る白の怪物は、ついに俺を捕らえた。
首に掛かる手。ぎちぎちと締め上げるそれを両手で振り解こうとするが、力が入らない。
それでも藻掻く。
目の前にはのっぺらぼうに、白い仮面。触れる程に近い。
「――ああ」
……?
表情を見せない、白の無貌は。
確かに震えた。
「もっと抗って。もっと傷ついて。もっと――」
のしかかるように、馬乗りになるハーケン。
嫌でも発熱した体温が伝わる。その興奮が俺に流し込まれる。
「私『達』と戦って、そして」
この怪物は、俺の窮地を願っている。
堕ちて。
「ぐ、がぁああああああッ!?」
「死ぬほど働いて。今度は、死にたくないと怠惰を願う貴女を」
堕としたい。
勤労を怠惰に堕とすことで、エネルギーを得る俺達。
それと相対する奴は、真逆の性質。
怠惰を勤労に堕とすことを願うのは、自明だった。
「貴女が傷つくのが好き。怠惰を願いながら、働いてしまう貴女が好き」
ハーケンが両腕で、俺の首を締める。
「えへへ。大好き」
「ぐっ、ぇ―――」
空気が足りない。
締め上げられる首。
急速に視界が、白に染められてゆく。
朦朧とする意識に、自身の手を尽くして足りない敵に。
……諦めを、望み始めた時。
「ばーか」
蒼の砲撃が、白の怪物に反撃する。
「ブラック!」
黄の衣装に身を包んだ、魔法少女が俺の身を助け起こす。
蒼の衣装に身を包んだ魔法少女は、俺の身を守るように立つ。
「本当に、ばかなんだから」
「もう、だいじょうぶだよ」
黄山 円力華が俺を抱き締める。心地よい体温。
蒼河 氷乃が俺を守り敵に立ち向かう。天ッ才の背は、何よりも心強い。
「働く皆に英知を」
「働く皆に力を」
――二人の魔法少女が、宣言する。
世界を傾けようとする白の怪物に。
それを一人で防ごうとした、愚かな俺を背に。盾となって。
人々の日常、働く皆の為に戦う彼女達。
「「働く未来に白く輝け! プリナーズ!!」」
ハロワーに囚われた怪物と、その枷を解き放った二人の魔法少女が対決する。
畜生、これだから正義の魔法少女ってやつは。
俺が。
悪の俺が、勝てないわけだ。
◇
ようやく、逢えた。
魔法少女の衣装を裂かれ、焼かれて。立ち上がることすら出来ない。
そんなボロボロの姿。
プリナーブラック、阿久乃 黒乃。
「ジーニアス・アイス・ニードル!!」
そんな彼女を背にして。
感情が赤熱する。私は高まった敵意をぶつけるように、白の怪物へ氷弾を連射する。
全弾、軌道予測して放った重弾射撃。網より密に、面で放った多重砲撃。
「――邪魔」
私達の参戦に、苛立ったように呟く怪物。
回避不可なはずの砲撃を、白の怪物はするりと抜ける。
……一撃でも当たれば、氷結し足を止められるはずなのに!
面の砲撃を抜けたハーケンが、必殺の拳を私に放つ。
当たれば、死ぬ。
最強によって放たれる最速の攻撃。
「確かに、速いわ」
迫る怪物。
けど。
「私の方がッ、速い――ッ!!」
最強の魔法少女。
プリナーハーケン。
彼女は硬く、強く、速く。全ての性能で、私達プリナーズを凌駕する。
「ッ――!?」
――視える。動ける。
あのばかを救う為なら、私は。
プリナージーニアスは最速よりも、最速で動ける。
限りなく零に近い距離で、拳は私に届かない。
真に速い魔法少女は。
その距離を、届かせない。
「今よッ、フォース!」
「がってん!!」
ここ。
拳を振り切ったハーケン。
天ッ才の私が導き出した勝機。一点に、最強よりも強く煌めく光が注がれる。
「プリナーフォースストライクッ、マキシマライズッッッ――!!」
無防備に晒された背。
そこに神雷が振り下ろされる。
黄金を纏う白光の砲撃。
「っ」
雷光に貫かれた人形は、叫び声すら許されない。
プリナーフォースは、純粋な力に秀でた魔法少女。
円力華の、全力全開の一撃は全てを貫く。
例え、最強の防御を誇る魔法少女相手でも。
「ぎ、ぎ、が、ぁ……」
ハーケンが地に倒れ伏し、痺れたように呻く。
白の衣装は雷撃で煤焼けて、既に戦闘能力を失っている。
「ふう……」
「ばか、止めを――!」
「は?」
誰がばかだばか。
そう言い返そうとした瞬間。
「に、逃げられちゃった……?」
「……だから言っただろうが」
「う、うるさいわね! 助けてもらっておいて!!」
フォースに助け起こされながら、じと目で私を見るブラック。
黒の衣装は、あちこちが裂かれ布切れのようになり。身体もぐったりさせてはいるが、憎まれ口を叩くくらいの元気はあるようだ。
「……うん、そうだな」
ありがとう。
「――」
「あはは、ジーニアス顔まっかー」
フォースちょいお黙りなさい。
安心したような笑顔で、素直に礼を言われると何故かどきどきする。いっつも意固地で、全然誰かを頼ろうとしない癖に。
……そんな風にされちゃうと、私。
「ありがとうついでに、すまん。ちょっと限界っぽい」
「「ちょ」」
そう言ったきり、プリナーブラックは意識を失い。
光が霧散するように彼女の魔法少女、その衣装が解ける。
フォースの腕には、猫の姿。疲れ切ったようにすやすやと眠っている。
「はぁ……それじゃ、帰りますか」
「うんっ」
眠る黒乃を抱き上げたフォースと共に帰還する。
結局、ハーケンは仕留めきれなかった。
もう、一手あれば。詰め切れたのだろうか。
ここにいない、もう一人の魔法少女のことを考える。
プリナーフェイト、桃空 心愛は黒乃に対して複雑な感情を抱いている。
黒乃が私の身体を奪い、プリナーズと敵対したこともあるが。
しかし私達の為に、ハロワーと対峙したことでそこは一応解決している。
……原因ははっきり分かっている、私だ。
あれ以降、私は黒乃に惹かれてしまっている。ただ、その感情の方向性は私が心愛に抱くモノとは違う。
だから心愛を私の、と言って憚らない。
黒乃に抱いている感情――それを今の心愛に分かってもらうのは、とても難しい。勘違いが憶測を加速させるだけだろう。
今は、時間が必要だ。
そう思うから、私達二人だけで黒乃の動向を探り助けに入った。
どっちにしろ怒られるんだろうなぁ……。
解ってくれなかったとしても、解ってくれたとしても。結局、怒られそうだ。
でも、私はそれでも黒乃を救いたい。
心愛とは違う。けれども同じ言葉。
す――いや、やっぱり止めておこう。心の中で、けれどももっと奥底にその言葉は隠しておく。
◇
「ん、あ……」
「やっと起きた」
全身が倦怠感に包まれているが、意識が浮上してしまう。まだ眠っていたいが、逃避を許さないように差し込まれる声。
「ぶえー」
「ぶえーじゃないわよ、ばか」
声の主は蒼河 氷乃。どうやらここは、こいつの部屋らしい。
モニターが無数に薄暗い部屋を照らしそれらを統べるように、椅子に座る氷乃の影が伸びている。
……俺はベッドに寝かされていたようだ。怠い身体に鞭打って上体を起こす。
「助けられちまったな」
畜生。
こいつに、こいつらの手を借りないと願ったはずなのに。
「もうあれは、あんたの手だけじゃ負えないからね」
あれ……プリナーハーケン。
成長し続ける最強最適解の魔法少女。
いつか、手に負えなくなると理解しながらもあがき続けた。その結果が、これだ。
「働く未来に白く輝け、だっけか。お前さんらの望み通りじゃないのか?」
世界を勤労に染め上げる。
それはかつてハロワーが、プリナーズが望んだモノだ。
ハーケンが、実現しようとしている世界。
「魔法少女、舐めないでよ」
ハロワーの枷から解かれ。
正義の白、悪の黒という両極端から解放された彼女達は。
「あんなもの」
はたらかなきゃ。
強制される、労働。超常の力で『意思』を殺される。
そんなもの、魔法少女は許さない。
「あんたの望む怠惰の世界も、私達は望まない」
怠惰を望まない。けれど、強制される勤労も認めない。
まだ中学一年生で。大人になって輝く未来を願う、彼女達は否定する。
「私達は魔法少女」
正義と悪という世界の法則を覆す。
願いの力で世界を裏返す、理知外の存在。
聖なる法則、その法に反する魔だから魔法少女なのだ。
「一時休戦よ。互いに弱ったところを叩くのが効率的だからね」
「きったねー、魔法少女きたねー」
きたない、流石天ッ才きたない。
正義の白と悪の黒、そのバランスは白……ハーケンに傾いている。だからこちらに味方し、天秤を戻す。
そして弱った所を両方潰す腹積もりだろう。
「ほんと、ばかね」
どこか、寂しそうに笑う氷乃。だ、だまされねーからな!
しかしその提案に乗らざるを得ない。彼女達、魔法少女の助けは必要だ。
俺を狙い続けるハーケン、それに抗する手段はない。
「……だが、乗った」
こうして。
俺達の共同戦線は成立した。
世界を傾けようとする、ハロワーの置き土産。プリナーハーケンの撃退。
その一点で、俺達は共闘できる。
最後には、敵対することになると互いに分かっていても。
「まずは、世界を」
「救わないとね」
怠惰を願う俺。
勤労を願う氷乃達。
しかし、世界自体がなくなってしまっては意味がない。
だから俺達は手を取る。
願ったのは、世界の救済。
まったく。
魔法少女らしい。