手を伸ばす感覚。
その理由は、奪う為か。助けを求める為か。
俺自身、はっきり分からない。
ただ、求めた。
『……本当に、ばかなんだから』
ハーケンに追い詰められ、全身を締め上げる白い腕。喉笛にまで噛みつくように絡む、その指先に二度目の死を感じた時。
伸ばした手の先。
その先で、聞こえた声。
呆れたようで、けれども優しい声に。
「ジーニアス! 俺に……寄越せぇッ!!」
――求めた。
天ッ才を自認し。年齢に見合わぬ大人らしさ。賢く、諦めるべき時を知っている。
青河 氷乃は、少女であり大人である。
そんな彼女と同じ時間を過ごした俺は、知っている。
俺は、蒼河 氷乃を知っている。今も。過去も。
だから彼女を求め。
手を、伸ばしたんだ。
◇
……幼い頃から、抜きん出て優秀な子供だった。
蒼河 氷乃は天才だった。
感情最優先で動く周囲の子供達に比べ、理屈……大人達の論理を理解して行動する。
大人達が泣いて欲しくない時には泣かず、笑って欲しい時に笑う。
次第に、少女を囲む大人達は彼女を特別視した。
『この子は特別だ』
『天才だ』
とびきり頭の良い少女は、大人達の期待に応えた。応え続けた。
『凄い……!』
否。
応え過ぎてしまった。
小学校に上がる前には、国内で最難関とされる大学に合格し得る頭脳を得ていた。
その才は両親を喜ばせた。元々優秀な家系に産まれはしたが、それでも破格の才能。
喜んだ周囲は、少女に更なる飛躍を求める。
もっと。
もっと、お前は出来るはずだ。
少女は、喜ぶ周囲の。両親の笑顔を、見たかっただけだった。
だから他の全てを捨ててでも、勉強や研究に費やした。
もっと。
もっと、高みへ。私は、出来るはずなんだから……!
求めた。求められるがままに。
生きる為に必要なこと以外を全て削ぎ落した。
無駄なモノを全て、削ぎ落した。全ては、両親に喜んで貰う為に。
私は、天才でなくちゃいけない。
勉強する。思考する。発見する。
その繰り返し。使える時間全てを使って、私の天才を証明し続ける。
摩耗しても、周囲の子供達が無邪気に時間を浪費していようが私はしなければならない。
「……何、なの?」
そんな風に、数年を過ごした私の前に。
――現れた。
天才の私にすら理解できない、怪物。
巨大な怪人。後に、悪の組織ヒキニートーの遣わしたモノだと知った。
周囲の人々を、強制的に怠惰に堕とすという理知外の存在。警察官のニューナンブも、自衛隊の89式も通用しない怪物。
蹂躙。
対抗していた人々は、その怪物を前に成すすべなく気力を奪われていく。無辜の市民を守りたいと、真っすぐに働いていた人々はその想いを奪われる。
私の想いも、奪われようとしている。
ただ、両親に褒めてもらいたいだけなのに。
こんなの。
理解できない。理不尽だ。
私もこの怪物に想いを奪われ、怠惰に堕ちる。私の存在意義を奪われ、ただ何もしない……死人に成り果てる。
「やだっ……やだ、よう……!」
初めて、泣いた気がした。
この世に、天才の私が理解できないモノはない。御せぬモノなど存在しない。
理不尽――知ることすら出来ない存在なんて許さない。
未知を許さない。
だって、私は天才だから。天才じゃなくちゃいけない。
解明できないのなら、私に価値なんてない。お父様もお母様も、褒めて下さらない。私に笑って、くれない――。
「――大丈夫?」
自身の非力。無力を、理解してしまった時。
伸ばされた手。
白の手袋に、桃色の衣装。
それは、一度たりとも視たことのない女児向けアニメに登場するような姿で。
「必ず、助けるから!!」
魔法少女、プリナーフェイト。
普通の女の子が、普通に通る憧れ。
けれども、普通じゃなかった私が初めて抱いた憧れ。
伸ばされた手を掴む。その手は、私と同じくらい小さかったけれど確かに温かくて。
……後にその魔法少女と共に戦うことになる。
フォース、円力華も加え悪の組織と戦い。
初めての敗北を経験し、どこぞのばかが身体を乗っ取り。
本当に色々あったが。
私の、魔法少女の原点はそこだ。
「――寄越せ!!」
ばかが、手を伸ばしている。
黒の手袋に、黒の衣装のあのばかが。
一人きりで戦い。私達に助けを求めず、いくら傷つこうが敵を倒そうとしていた。
なのに、最後に求めた。
私……天才と評されようが、子供の私に対する責任を忘れず、それでも私を一人の。
大人になろうとする私を認めてくれているから。
それで、出してくる言葉が寄越せだなんて。
笑っちゃう。これだから悪の手先は。
正義の理屈なんて無視して、純粋に私を求めている。
私とあいつの望みは一つ。
私は私の、天ッ才の頭脳を働かせ世界を導く。英知で以って、親も友達も笑える未来をもたらす。
あいつは働く『必要』のない世界を望み。安寧で以って、自身だけじゃなく私達も笑える未来をもたらす。
だから。
私の、望みも。
伸ばされた手を、迎えるように掴む。力いっぱい、ぎゅっと。
あの日。
フェイトが差し出し、掴んだように。
その手も、確かに温かかった。
今度は、私とあいつが。
◇
――繋がった。
「「働く皆に、英知と安寧を……プリナーブラックジーニアス」」
「は……? 何なんだよ、お前……ッ!!」
「ジーニアスでもない……ブラックでも、ない。ううん、違う」
同じなんだ。
続くフォースの言葉。それに『俺達』は頷く。
黒と青のオッドアイ。深く、強く混ざり合うような青と黒の衣装。
二人で一人の魔法少女。
『やるぞ、氷乃』
『……状況は理解してる?』
あー、そのなんだ。要は前と同じだろ。
言葉にせずとも、氷乃と会話できる。繋がっている。
『うん、理解してないことは分かったわ』
うるせー! 俺だってよく分かってないんだよ!!
ただ何となくお前の力が必要だと思ったら、気づけばこうなってたんだよ!
身体の内側から響く声……氷乃の声に、口にせず反論する。
『前と同じ……ではあるけれど、深度も濃度も桁違い』
以前、俺は猫型魔法生物に意識を移した氷乃と『相乗り』した。
その力はハーケン相手に圧倒し得る力を発揮し。しかし、無数の物量を誇る軍勢に押し切れなかった。
「……また」
ハーケンが苛立ちを隠しもせず呟く。
『相乗り』で勝ち切れなかった後。
俺は、初めて魔法少女プリナーブラックとなり。勤労に染まる世界丸ごとを怠惰に堕とす事で、無数の軍勢を打ち払うことが出来た。
「またァッ!!」
そして。
再び会敵したプリナーハーケン。
打ち漏らした最強の魔法少女。成長を続け、真の最強となった白の怪物。
まるで、俺自身よりも再度『相乗り』したこと自体が逆鱗に触れたように。
怒り狂っていた。
「「プリナーブラック・アイスシールド!!」」
集中砲火。
ハーケンが狂乱するように放った、白の閃光が『俺達』に殺到する。
しかし。
黒の氷壁。
冷たく、何物にも染まらない漆黒の壁が白を拒絶する。
最強を凌ぐ絶対防壁。
……今度は正真正銘、魔法少女と魔法少女の『相乗り』だ。
その力は、二倍ではなく二乗している。
『でも、あんたと私ッ! 火力は足りない!!』
最速の魔法少女と防御特化の魔法少女。
耐久に徹するならば、最強のハーケンを凌駕する。
……耐えるだけならできる。
しかし、成長し続ける奴はここで仕留めなければならない。
「「フォース、合わせてッッ」」
「が、がってん!!」
いきなり合体してみせた俺と氷乃に混乱しつつも、フォースは応えてくれる。
「クソッ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔っ、なんでスよぉぉおおお!!」
ハーケンが、決して破れない黒の氷壁に砲撃を連打する。
――ここだ。
「プリナーフォース、ストライク!!」
「「プリナーブラックジーニアス……体当たり!!!!」」
フォースの最大砲撃。それが夢中に氷壁を撃つハーケンの背を撃つ。
『俺達』はそうして開いた正面を挟みこむように。
……力一杯、体当たりした。
はぁ?
体当たりて。昆虫かよ。
ジーニアス成分どこにいった。頭悪すぎだろ。
『最硬最速で使える最大火力!!』
うん。
めちゃくちゃ硬い物をめちゃくちゃ速くぶつけたら強いよね、うん。
「……がッ!?」
パキン。
しかし『俺達』と、フォースの砲撃に挟まれ。
白の怪物がひび割れる。
「こん、なぁぁぁアアア!!!!」
……仕留めた。
硬く。速く。
プリナーブラックの、最硬の力。
プリナージーニアスの、最速の力。
掛け合わせ、重ね合わせた。
ただの体当たりは、最強を打倒した。
白の怪物は砕け散って。
ついに、最強の魔法少女プリナーハーケンを撃破した。
『目標沈黙……はい、お疲れ様』
「おつかれさまぁぁぁあああ!!」
心の中で響く氷乃の声、そして飛びつき抱き付くフォース。
――ぐ、え。
ついに最強の魔法少女を仕留め、完全勝利したとはいえ……フォースは力が強い。とても強い。
意識が吹っ飛びそうな衝撃を受け止めつつ、よしよしと頭を撫でる。
……俺一人では、決して勝てなかった。
『相乗り』してくれた氷乃と、挟撃を合わせてくれた円力華。二人がいなければ、俺はあのままハーケンに殺されていた。
三人で、勝利した。悪の俺ではあるが、魔法少女三人で。
それは、まるで。
無邪気に勝利に酔う、俺達。
そこに、彼女はいなかった。
彼女は断罪する。
俺の罪を。
「どうして」
◇
見て、しまった。
『どんとわーく』で突然、クロちゃんが店を飛び出して行った。
私はそれを追うように走ったが見失って。
ただ直感のまま、隣町まで駆けた。何故駆けた先がそこだったのか、私にも分からない。
けれど。
運が良い/運が悪い私は、その場に居合わせてしまった。
運命の魔法少女である私は、見てしまったのだ。
「どうして」
私の、天性の戦士としての部分が状況を理解する。
既に決戦は終わった後。勝利した『三人』がそれを喜んでいる。
あの人/ひのちゃんにえりかちゃんが、抱き付いている。
「やめて」
そこは、私の場所だ。
私と、ひのちゃんと、えりかちゃんが居る場所だ。
正義の魔法少女三人が居る場所だ。
「――どうして、くろのちゃんがそこにいるの?」
私の場所にいるのは、プリナーブラック。
例え、姿形がジーニアスと重なっていても私にはわかる。
あの人が二人と居て。
私の場所に、居る。
”また、盗ったんだよ。許せないよね”
ざわめく。
心の内側に棲み付くナニかが、火を付けようとしている。
”あいつが、また君の大切な物を盗った”
嫌。
私は、そんな火を望んでいない。
”許せない。許しちゃいけない”
火を付けないで。
これは燃やしちゃいけない。駄目、なのに。
”取り返すんだ”
その甘美な響きに。
とても、とても甘い炎に。
焦がされる。
「……ゆるさない」
”そうだ。悪を許しちゃいけない”
――囁くナニかが、嗤った気がした。