働きたくなかった。
そう願いながら、結局過労死して。
二度目の生を得て。
また、俺は不労を願いながら働いている。
――俺は、怠惰を願った。
それだけで成り立つ世界を、ムショック様は実現して下さる。世界を怠惰に染め上げ、支配すれば。
最強の敵を排して、これからまた我が主の為に活動しようと考えて。
……しかし、その意思は砕かれた。
まるで理知外。天上の才。
蒼河 氷乃。プリナージーニアス。
悪が戦うべき正義の魔法少女。俺が/私が、戦わなければならない敵。
一度は諦めかけた。
勝てなくても良いと言って下さった。
けれども、それでも俺は。
決着を、付けなければならない。
やらなければならない。悪と正義の、決着を。
「――確かに、降伏勧告したはずよ」
「ああ」
俺とムショック様の住居を、彼女達が襲撃してから三日。
悪の魔法少女、プリナーブラック。俺は、東京山の手線。その先頭車両の、上に立っていた。
「いい加減、諦めなさいよ……ッ」
風が、強い。
魔法の力でその暴風や、慣性によって身が動くことはない。
俺の正面に、同じように車両の上に立つジーニアスも同様だ。
ただ、俺とジーニアスは不動のまま対峙していた。
……平日の、朝。
月曜の通勤ラッシュ時。もっとも、人々が働きたくない時間。俺が、最大の力で戦える時。
超過密で押し込まれた人々を乗せる電車は、不労を願う心で今にもはち切れそうな程だ。
ビル群の隙間を縫って走る車両群を朝陽が照らしては、林立するビルの影で包まれる。
光と闇が、組み合うように逆転し合う。
「分かっているはずでしょう。あんたは、私には絶対に勝てない」
光に照らされ、ジーニアスが告げる。
この対決は、約束されている。
いくらムショック様が、敗北を許そうが俺は諦めない。俺は、勤労を願う正義に立ち向かわなくちゃいけない。
俺に相乗りを強制し瞬時に無力化可能な、この天才相手であろうと。
「ハーケンは倒した。世界は、もう救われた」
あんたと、私で。
真の相乗りで。
世界を壊そうとした怪物は、打倒された。
「もう、戦う必要なんて、ないじゃない……!」
ジーニアスが、泣きそうな声で叫ぶ。俺はただ、その声が風に流されるのを聞いていた。
降伏勧告を無視して、再び世界を襲撃した俺。
彼女は、氷乃はすぐさま駆け付けた。まるで待っていたように。まるで、この時が来ないのを願っていたように。
そうだな。
ムショック様の言うように、俺は敗者のまま。
ただ、怠惰を貪っていれば良かったのかも知れない。
ただ、だらだらしていれば。それによって生まれたエネルギーで、A5和牛だろうが食い放題だ。
――俺はな。
「まだだ」
「え?」
だが。
俺には聞こえるんだ。
怠惰を願う人々の声が。
『いやだ』
『もうやめたい』
『はたらきたくない』
正義の、勤労を願う人々の叫び声が正義の魔法少女に聞こえるように。
悪の、怠惰を願う叫び声が。
俺には聞こえる。俺の願いは、俺一人のものじゃない。
彼らはかつての俺だ。
俺は未来の彼らだ。
もう、俺みたいに働いて。働く為に死ぬ奴が、いない世界の為に。
――世界を怠惰に染め上げるのだ。
「何時か、俺は言った。俺達は、働きたくないんだよってなァ!!」
それは、決戦のあの夜に叫んだ言葉。
ハロワーが率いる量産型魔法少女軍団、その白く染め上げられた夜空を裂いた激情。
「この、ばか――っ!!」
搾るような、ジーニアスの声。
以前、やられたように感じる力の流れ。
強制的な、相乗りが発動される。俺の身体が吸い上げられ、彼女の中に包まれる。
それでいい。
俺の身体は消え去り。だが、信じらないとばかりに俺/私は自身の両手を見つめている。
『なん、で――?』
『今。お前は、願ったんだよ』
声にせずとも、互いの声が響き合う。
俺と、ジーニアスは確かに相乗りしている。この場には一人の魔法少女しかいない。
だが、俺は確かに俺として。
この身体の、支配権を得ている。
たった一つの勝機。願い、祈り、博打と言ってもいい。
『戦いたくないってな』
『――っ』
ジーニアスの心が、震える。
こいつは、この期に及んで俺を倒そうと。滅しようとしなかった。
彼女が望む、自身の才を存分に振るえる世界を願うなら――降伏勧告なんて悠長な真似なんてせずに、さっさと俺を潰せば良かった。
相乗りで無力化するだなんて、遠回しな勝利を選ばずにただ力で叩き潰せば良かったんだ。
眩しい程に真っすぐな、正義の魔法少女なら。
だが、それが出来なかった。俺とこいつは相乗りを経験している。二人で一人となるということは、心の底まで共有することだ。
蒼河 氷乃に、俺は倒せない。優しいこいつは、それを選べないってことを俺は知っている。
――俺は、悪の魔法少女らしく。
そんな清く正しい彼女を、堕とす。
『僅かであろうと、俺との不戦を願った。戦いたくないってな。お前も、怠惰を願ったんだよ』
戦い。勝ち、負けて。
その論理。戦い……競争自体を否定するのが、怠惰の願い。
戦いたくない。競いたくない。ただ、休んでいたい。
『なら。その願いも、俺が呑み込む』
『ひ――っ!?』
この場に在るのは、たった一人の魔法少女。
朝陽が照らしていた街も。
今は、安寧の夜闇が全てを包んでいる。
「働く『皆』に安寧と英知を」
――暗闇に在って、暗い光を放ちながら走る電車がゆっくりと停車する。不労を願う人々を詰め込んだ車両の上に立つ、黒と蒼の魔法少女。
プリナーブラックジーニアス。
俺は、氷乃の弱さを突いて呑み込んで。最低上等、汚いは誉め言葉だ。
なにせ、俺は悪の魔法少女だから。
「来たか」
停まった車両、その上で。
線路の先に降り立つ二人を迎える。
「頑張るみんなに力を」
「頑張るみんなに祝福を」
ジーニアスは、俺の挑発に真っ先に乗った。通学時間でもある、朝を狙って襲撃したこともあり彼女は一番槍で俺の前に立った。
……あいつ、真面目に学校通ってないからな。
狙い通り。ジーニアスを、呑み込むことが出来た。
後は。
この二人を。
「プリナーフォース」
「プリナーフェイト」
黄と桃の、正義の魔法少女。
「う、そ……」
黄の衣装に身を包んだフォースが困惑する。先行して、俺の迎撃に向かったジーニアスはもう『俺』だ。
この俺の姿……蒼を呑み込んだ黒、その姿にフォースは状況を理解した。
既に、戦うべき敵がどういう相手なのかということを。
「……やだ、よう。ジーニアスとも、ブラックとも、戦いたくない」
「それでいい」
プリナーフォース、黄山 円力華も優しい子だ。
だから。
俺は、呑み込んだ。
ジーニアスの時と同じだ。戦いたくない。
そう願ってしまったのならば。
俺の力は。
怠惰を願う俺の、魔法少女の力は同調し迎合させる。世界を埋める最強の魔法少女、プリナーハーケンを壊滅させたその力。
はたらきたくない。
その願いを糧として、世界を支配する力。俺はジーニアスに続き、フォースを呑み込む。
強制的な相乗りを実行する。
『もう、いい。もういいんだよ、円力華』
『くろの、ちゃん……?』
優しく、それでも強い。
それがプリナーフォース。円力華が、俺の内に在る。抱き締めるように、頭を撫でるように。声だけで対話する。
彼女は優しいからこそ、傷ついて。それでも立ち上がる力のある子だ。
『――戦いは終わる。俺が、終わらせるから』
包み込むように。けれども確かに。
『だから、任せろ』
なんて、狡い。
強い彼女を唆す。甘い言葉で、安心させた。
父のように立派に、働ける未来を夢見る少女を。
汚い俺は、悪の俺は……目の前の親友と俺と、相対することを拒ませた。優しいこの子は、友達を倒す選択が出来ない。
これで。
三人の魔法少女が、一つに纏め上げられた。
プリナージーニアスの、英知と速さ。
プリナーフォースの、力と魔法力。
蒼と黄、二つの輝きは悪の黒に支配された。
……黒を基調とした魔法少女の衣装、その所々に蒼と黄がひび割れるようにその輝きで裂いている。
まるで全てを呑み込まんとするように、両の瞳は底知れぬ黒。蒼も、黄も呑み込む色。
二人の魔法少女を堕とした力で、俺は『その』前に立っている。
「どうして」
そこには、たった一人残った。
正義の魔法少女。
「どうして」
白と桃の衣装、フリルとリボンがたっぷり飾られた少女たちの憧れ。
桜色の髪が垂れる、俯いた顔は見えない。
「奪うの?」
はッ……えぇぇぇえええ!?
速度自体はジーニアス程ではない。しかし、刹那の見切りを極めた達人のような一撃だ。認識の外を突くことで、最速を超える縮地の領域。
拳の一振りは、ぎりぎりで躱した俺の前髪を『砕く』。
最強の魔法少女であるハーケンと対峙した時でも、感じたことの無いアラートが響く。
ジーニアスとフォース、二人の魔法少女を呑み込み。
かつてない程に力を得ているはずの俺でも、避けるべき敵であると本能が叫んでいる。
魔法少女三人分を束ねれば、という考えが浅はかだったと思い知らされる。
プリナーフェイトは、成長しきったハーケンよりも強い。最強を超える強さ。
「ひのちゃんも、えりかちゃんも」
「ぐぇッ!!?」
桃色の光が、桜吹雪のように舞う。
季節外れの光は俺に殺到するように襲い掛かり。熱と鋭さで、電車の上から暗い曇天の中へと打ち上げてステージを移させる。
プリナーフェイトの拳がそれを促すように連打される。
空中戦。
暗い空の中、俺とフェイトが乱打戦を繰り広げながら空に舞い上がる。
最速のジーニアス、その力で何とかそれらを捌くが……それでも尚、押し込まれる。
「く、そぉぁぁぁああああああッ!!!!」
拳と拳、二人のそれが合わさる。
フォースの力を呑み込んだ俺なら、フェイトのそれを上回るはず。だが、天武を授かる彼女は芯を的確に外した。
「かえして」
ずるり。
合わせた拳が、外されて。態勢を崩した俺の背に、容赦なく回し蹴りが叩き込まれる。中空から、振り落とすように放たれる一撃。
見る見る内に地面が近づく。
「ぐ、え……ッ」
蹴り落されて。
大地の大質量で、まるごと殴られたような衝撃。防御と耐久に優れる黒の魔法少女であって尚、今すぐにでも変身解除してしまいそうなダメージ。
「っ、ッ――!!」
だが。
倒れるわけにはいかない。
腹に力を入れ、四肢に活力を送り込む。衝撃で一時的に失い、ようやく回復した視界で周囲を見渡しながら身体を起こす。
……土煙が舞い上がっている。
「――あは」
暗く、土煙に包まれたそこにあって尚。
『白く』浮かび上がる影の主は。
嗤った。
「ッッッ、がぁぁぁあああ!!!!」
やはり、俺は立ち上がらなければならない。
痛みに縛られる身体を、怠惰の安寧に浸ることを願う心を引き剥がすように俺は立ち上がる。
世界を怠惰に染め上げる。俺のように働きたくない人々の為に。
それ、よりも。
目の前の、彼女の為に――!!
「……ひのちゃんと、えりかちゃんの力を奪って。結局、その程度」
悠然と俺の前に降り立ち、歩を進めるそいつは。優位を確信している。
クソ野郎。
あの子は……そんなこと言わねぇんだよ。そんな風に、嗤わねぇんだよ。
働く皆に祝福を。
ただ働くことを願ったあの子は。働く皆に、心からの幸せがあることを願ったあの子は。
お前みたいに、嗤わない――!
「返せよ」
「は?」
まるで、オウム返しするように。
氷乃と円力華を奪った俺に対する言葉。あの子の……心愛の、言葉を『そいつ』に告げる。
「何を言ってるの、かな?」
「うるっせぇ!!」
立ち上がる。
膝はがくがく震えているし、背筋を伸ばす力もない。
――それでも。
俺は立たなきゃいけない。目前の彼女/奴を。
救い/倒す為に。
「フェイトを返せ、ハロワー!!!!」
「あは」