――最初の、魔法少女。
この世界で初めて生まれた魔法少女。それが、私だった。
平凡で、何の取り柄もない。ちょっと運がいいだけ。
そんな私は正義の妖精ハロワーと出会い、悪の組織ヒキニートーと戦うことになった。
最初は『特別』がない私に、突然現れた命運に喜び。その力で親友のひのちゃんを救えたことで、そして一緒に戦えることに喜んだ。
戦いを続け……えりかちゃんもプリナーズに加わって。三人いっしょに、わるい奴らと戦って。勝ち続けて。
あの人は、そんな充実した日々にいきなり現れた。
順調だった日常に割り込んだ、あの人。
ひのちゃんの身体を奪い。いつしか、心まで奪った。
あの人は、わるい人だ。
”そうだ”
ハーケン軍団との決戦が終わって。
それでも、ひのちゃんはあの人と隠れて逢っていた。どうして?
私達は、働く未来を夢見る正義の魔法少女。プリナーズの仲間なのに。
どうして、わるい人に惹かれているの?
解らなくちゃ。何故か、知ろうとしないと。ママは、その努力を諦めちゃいけないと言った。
だから私は――。
”あいつが、奪ったんだ”
そして。
私はその場を、見てしまった。
全滅したはずのプリナーハーケン。世界を勤労に染め上げて、支配しようとする敵と相対する三人。
ひのちゃんと、えりかちゃんと……あの人。そこには、私がいるはずなのに。いなきゃいけないはずなのに。
激情が、身を焦がす。
”盗ったんだよ。許せないよね?”
プリナーズ。
私と、ひのちゃんと、えりかちゃんの場所。
少しの幸運しか取り柄のない私の居場所。
それが、奪われた。
火が、付いた。灯してしまった。
”あは”
――そうだ。悪を許しちゃいけない。
その嗤い声と共に。
私は最後の一つを奪われた。
◇
プリナーフェイト。
彼女は、最初の魔法少女だ。異世界からの来訪者……ムショック様と同じく、侵略者と言っていい。
そんな存在が、初めて見染めた現地の尖兵。
運命の、魔法少女。
「あは。あはははははッ!」
「嗤うな、クソ犬」
暗い空の下。
土埃がゆっくりと舞い落ちていく中で、狂笑する『白』い影。
頭頂には、人ならざる形。柴犬のように立った耳が在る。
その後背には、丸まった尻尾。
文字通り、尻尾を出したというわけか。
「何時から、気づいていたんだい?」
ハロワーが、心愛の顔と声で問う。
こいつはムショック様に消し去られる前に、バックアップを残していた。
最初の魔法少女。運命の魔法少女の、その奥底に。
だが、ようやく引きずり出せた。
限界ぎりぎり、そのちょっと先を超えた場所でなんとか立ち上がる俺は。
奴に答える。
「最初からだ」
桃空 心愛の在り方。
今、氷乃と。円力華を呑み込んで。
二人の記憶と心を共有した俺には、二人を通して彼女が理解る。
氷乃は、心愛の奥底に潜むハロワーの存在に論理的に気付いていた。
円力華は、理屈抜きに心愛の淀みに感づいていた。
二人分を合わせて、結論した。
蒼河 氷乃は孤独だった。天才で、それが故に両親にすら距離を置かれた少女。
そんな彼女に差し伸ばされた、平凡な彼女の手の温かさ。
黄山 円力華は弱かった。特別な容姿を生まれ持ち、遠巻きにされた少女。
そんな彼女に差し伸ばされた、普通の彼女の力強い手。
二人を、救った。そんな彼女。
人々を救いたいと言う。
――魔法少女に最も相応しい、彼女の在り方。
そんな桃空 心愛に注ぎ込まれた『悪意』に俺達三人は。
「……へぇ?」
何も、特別な物を持たない。
平凡で、普通で。けれどもただ人々の幸福を願う。願うことの出来る。桃空 心愛は。
だからこそ特別だ。
……魔法少女になるべくしてなった魔法少女。それが、プリナーフェイト。
「だから。俺の敵はフェイト……心愛じゃない」
純粋だからこそ、彼女はハロワーに誘導された。
友を奪い、自身達の未来を奪う敵。
そんな敵に容赦せず戦い続けることができるように。そう、誘導されてきた。
人々を、善も悪もなく救いたいという彼女に熾烈な戦いをさせてきた。
「お前がッ!」
少女の純粋な想いを偏向し、過激化させて。攻撃的に、許すことを許さず戦いに強制させる。
働くことは正義でも悪でもない。
勤労を願うことは間違っていない。怠惰を願うことは間違っていない。
願いを、強制する奴こそが。
俺が倒すべき敵だ。
悪の組織ヒキニートーは怠惰を願う心を増幅し、人々からエネルギーを吸い上げる。だが、この力は怠惰を願う心がなくては力とならない。
勤労を願うプリナーズ、彼女達を今まで堕とせなかった理由はそれだ。
今、俺と戦いたくないと……そう、不労を願った氷乃と円力華が堕とせた理由はそれだ。
「悪に堕ちた俺の」
願った二人。願う人々。
そんな全て。
「願う人々全ての。世界の、敵だ」
勤労に世界を染め上げようとする、異世界からの侵略者。
「……」
プリナーフェイトの身体を支配し、俺の前に立つハロワーの表情が消える。
ようやく、正義だの悪だの。そういった建前が崩せたらしい。
「君たちのような下等生物が、願うだなんて烏滸がましいんだよ」
かつて無垢な少女達を、世界侵略から守るという幻想で戦わせたこいつは。
効率を尊ぶからこそ、イレギュラーに取り乱される。
「未熟で、未発達で、非ィ効率的でッ! せっかく僕が、導いてあげようとしたのに!!」
白い円が、闇を侵略するように浮かび上がる。一つ、二つ、三つ……数えるのも馬鹿らしい程に、無数の円がハロワーの背後に展開される。
「ただ君たちは従っていれば良いんだよ!」
自称、俺達よりも上位で。
効率良く働けるハロワーが告げる。
「出来損ない共め。君たちに、僕の世界に居場所はない」
無数の、白銀の円。そこから暴風のように魔法弾が連射される。
天を埋め尽くすような銃口、全てが俺一人に収束され滅殺の意思の下に放たれる。
『――全方向、弾道予測』
『ばーか。何一人で、戦おうとしてるのよ。あんたの敵は、私の敵なんだから!』
「誰が下等生物だ。天ッ才なんだよ、こいつは/俺は」
蒼の光が、俺を加速させる。
放たれた無数の魔法弾を、全て躱し捌いて。最速で、彼女の元に走らせる。
「くそ、ジーニアスの力か!?」
ハロワーの声に焦りが混じる。
最速の魔法少女。プリナージーニアス、氷乃の力。
「だったら――!!」
砲撃戦を捌かれたハロワーが、近接の構えをする。
天武のフェイト、その技巧に俺の力は及ばない。
――俺の、力ならな。
『邪魔なんて、させないんだからぁぁぁあああ!!』
『心愛ちゃんを取り戻す。難しいことなんて知らない。けれど、私と黒乃ちゃんはその為に力を合わせる』
「烏滸がましい? 円力華の/俺の力はお前よりも強ぇえんだよ!!」
黄の光が、俺を助力する。
超絶の技巧を圧倒的な力で押し潰す。いくら力を逃そうとしようが、捌き切れない力。
「ばかなっ!? フォースの、力で……!?」
――辿り着いた。
力を逸らそうとするハロワーの抵抗をねじ伏せて。
プリナーフェイト、その眼前に俺は立った。
「働く皆に安寧を」
全ての力を使い切り。
ジーニアスとフォースの力が霧散する。俺の下から離れていく、二人の力。
『やっちゃいなさいな!』
『後はお願い、黒乃ちゃん!!』
二人の声を背にしながら。
彼女の元に辿り着かせてくれた二人の願いと共に。
ただの、プリナーブラックとして。
「やめ――ッ」
ハロワーに心を縛られたプリナーフェイトを。
抱き締めた。
「……不労の、安寧に」
働いて人々を助けたいという願いを歪められ。
願わなかった嫉妬の炎に、無理矢理焦がされた少女。
プリナーフェイト、運命の魔法少女。
天武に恵まれながらも戦いを、望まなかったからこそ。
ジーニアス、フォースの二人を堕とし、共にある今だからこそ。
俺は、彼女も堕とすことが出来る。
「堕ちろ」
下等生物だの、烏滸がましいだの。俺達を、願う俺達に余計なお世話だ。
これで最後。
今度こそ、お前という完全無欠の白を黒で塗り潰す。抱き締めたフェイトの身体が、呑み込まれるように消える。
――俺とフェイトは『相乗り』を果たした。
「犬が人を飼おうなどと……ってな」
ムショック様のお言葉を借りる。最初の、運命の魔法少女の中にバックアップとして残された。
侵略者の残り香は塗り潰された。
◇
『……ここは、くろのちゃんの……中……?』
心の奥底に潜む、誰かの声で。
私が私でなくなって。
灯された火。それは瞬く間に燃え盛り、私の最後の一つまで焦がし尽くした。
あの人。
プリナーズという私の場所を、ひのちゃんを、えりかちゃんを奪ったあの人に嫉妬し憎む。
誰かを助けたいという願いを忘れ去り、ただ敵を倒す。
ヒキニートーの本拠地を焼き、敵を追い詰める。許さない、許さない、許さない。
そんな私になってしまった私を、倒すのではなく抱き締めたあの人。
『くろのちゃん』
今、この中ではあの人の全てが解る。
いつしかママが言っていた言葉が蘇った。
――まずは、知ることだと。
許せなくてもいい。最後に解らなくてもいい。
それでも。
心を愛することが出来る私を願った、パパとママの想い。
私は、許せなかった人のことを知ることが出来た。
相乗り、というらしい。
怠惰を願う人々を、不労に導く悪の魔法少女。
だが、悪であろうと。正義であろうと、助けを求めて伸ばした手を掴む。
そんな在り方は。
『……そっか。くろのちゃんも、誰かを助けたかったんだ』
くろのちゃんは、前世で限界まで働いて死んだらしい。
一度死んで。
それでも、労働自体を憎んでいなかった。
私達プリナーズの働きたい想いを否定せずに、自分のようになる人々がいなくなることを願った。
『私と、私達と――同じだったんだ』
助けを求める声。求めて伸ばされた手。
それを前に、善も悪もない。
『くろのちゃんも、魔法少女なんだ』
私の成りたかった私。
人々の伸ばされた手を掴む、救う為の手を持つ。私も、その手に救われた。
魔法少女。
プリナーブラック。くろのちゃんは、正しく魔法少女だった。
もっと、彼女のことを知りたい。
もっともっと、お話したい。
くろのちゃんのことを、知りたい。
何時しかひのちゃんに抱いた、この気持ち。
その気持ちの名前を知ることはもう少し、先だけれど。
――最初の魔法少女。運命の魔法少女。
最後の、正義の私は堕とされたんだ。