「いらっしゃいませぇー」
「いらっしゃいませーッ!!」
からんころん。
そのドアを開けると、ベルの音と共に迎える声。
「あ、待ち合わせしてるんですけれど」
「お二人とも、来られてるッスよ。ご案内します!!」
間延びした声の店長さんと、威勢のいい店員のお姉さんが出迎えてくれる。その後に付いて店内へ。
猫カフェ『どんとわーく』。
すっかり通い慣れたその店で、待ち合わせしていた二人が座るテーブルに混ざる。
――季節は巡って、夏の名残を残しながらも秋。
週末のお休み。
「お待たせー」
「ん」
「心愛ちゃん、待ってたよー」
ローテーブル、囲むように置かれたソファー。
その上に座りながら、虎柄の猫ちゃんを膝に乗せたえりかちゃんと。
ふかふかのカーペットが敷かれた床に、完全に脱力し寝転がったひのちゃんが私を迎え入れる。
「クロちゃんは?」
私もソファーに座りながら、周囲を見渡す。
クロちゃん……『どんとわーく』人気ナンバーワンでありながら、居ること自体が珍しいという彼女の姿を探す。
「またオフだって」
先にクロちゃんの不在を知っていたえりかちゃんが、苦笑したように教えてくれる。
すっかり私達の溜まり場と化したこのお店。
常連にはお馴染みの、稼ぎ頭不在だ。
「そっか」
……それでも、少し期待していたけれど。
不労を願う彼女が、働きたくないのは当然だ。お店の売り上げが厳しい時には、店長さんに乞われてその重い腰を上げるのが常だったが。
仕方ない人だなぁ。
「むぅ……なんか、心愛ちゃん最近大人っぽくなった?」
「そうかな?」
ぷくぅ、と先を越されたとばかりに頬を膨らませるえりかちゃん。
大人かぁ……。
確かに前よりも、心の余裕が出来た気がする。誰かを許せるようになって、少しは大きくなれたのかも。
「うん。追いつきたいからかな」
私は、子供だ。
けれど、何時か追いついて並び立ちたい。
頭が良くて、大人達より大人なひのちゃんの隣に。
――大人だった。今では私達と同じ子供の姿で、それでも大人のあの人の隣に。
今この場にいない、あの人の。
「心愛ッ!? 今何か邪なこと考えなかった!!!?」
がばりっ、と突然ひのちゃんが起き上がって声を上げる。どうやら、あの人を想っての言葉に反応してしまったらしい。
「駄目よ心愛、あいつは駄目人間で頭悪くって――!」
「そうだねひのちゃん。最初に、そんなあの人に唆されたんだもんね」
天武とかいう、急所を穿つことに恵まれた私の言葉に。
ひのちゃんが『う』に濁点を加えた声と共に、胸を押さえて再びカーペットの上に沈む。カウンター決まっちゃった。
「あはは」
そんな様子にえりかちゃんが笑う。
私達のやり取りに距離を置いているような天然の、純粋なえりかちゃんだが……実際、私はひのちゃんより彼女を警戒している。
あの人にとって彼女は、妹とか娘のポジション。だが、それ故に死角だ。
死角から、その圧倒的な力でぶん殴られたら……主にあのだぷんだぷんした胸であの人も堕とされるかもしれない。あぶない。
そんな要警戒を考えていると。あ、来た。
「――あいつ、また」
「プリナーズ出動、だね」
「うん、行こうっ!」
平和な昼下がり。
正義の魔法少女、プリナーズの三人はその気配を感じ取る。
世界を侵略せんとする、悪の気配。
あの人の気配を。
私達は、あの人を追い続ける。
私達を堕とした、あの人を。
だって、正義の魔法少女なら悪い人を捕まえなくちゃ。
――正義の勤労を信じた私達、魔法少女プリナーズを堕とした。
悪い、あの人を。
◇
「……はい、それでは第六十八回。襲撃失敗反省会を始めたいと思いまーす」
自動的、もう慣れ切ってしまった俺は司会として反省会開始を宣言する。
ここは人里離れた古い洋館。
山中、大昔の金持ちが立てたらしいそこを俺達は新たな本拠地にしていた。今までの住居が手狭となった為、買い取ったのだ。
「俺様は悪くない! あそこでサボリーナが逃げたからだろう!」
「はぁー!? 戦略的撤退と言いなさいよこの脳筋!!」
「けんかはー、良くないよー」
洋館の一室、会議室として使っているそこで悪の幹部達が叫び合っている。慣れた光景だ。
「あーはいはい。とりあえずムノー様、突撃するのはいいんですが俺のタイミングに合わせて下さい」
お願いします。いやマジで。
ムノー様はフォースに比肩する力の持ち主だが、端的に言って馬鹿過ぎる。敵がいたらとりあえず突っ込む。猪かよ。
「ふん、俺様の凄さをお前にも見せつけてやろうとだな……!」
「あー、はいはい。ムノー様、超格好良かったですよ」
「……わ、わかれば良いのだ! これからも俺様を頼るが良い!!」
はいはいムノー様すごい。
こうして褒めていれば、いくらか思うように動いてくれるムノー様はまだ御しやすい。
だが。
「ねー、ブラックちゃーん。私も偶にはご褒美欲しいなー」
「……ご褒美、とは?」
「ブラックちゃんを辱めたいの」
真顔で何言ってるんだこいつ。
サボリーナ様は相変わらずやばい。これが悪の幹部……絶対に見習いたくないが、超恐ろしい。
「戦果なしなんで、ご褒美もなしです」
「ちぇー」
ご褒美を求めながらも、サボリーナ様はやる気を出すつもりはないらしい。畜生、めんどうくせぇ。
「チコーク、なんとかしてくれよぉ……」
「うんー……むりー……」
最後に、縋るように愚痴った俺の言葉は非常に退けられる。
だらけた様に伸びた声、幹部たちの中で唯一気軽く話せるチコーク。
今回の襲撃は絶対に成功したはずなのに。
チコークの新兵器が投入されていれば勝てた。だが、その直前になって百一回目のセーフティーチェックをしたこいつのせいで投入が間に合わなかった。
……チェックは百回までって、約束しただろぉ……!
そんな三幹部に振り回され。
俺の完璧だったはずの、世界襲撃計画は頓挫した。また負けた。
あー、どうしろってんだよぉー。
――ハロワ―の残滓を消し去って。
それでも俺の戦いは終わっていない。
正義の魔法少女、プリナーズは健在だ。一度は悪に堕としたとはいえ、彼女達が俺と戦うことを迷わないのなら相乗りし主導権を握ることは出来ない。
あの時は共通の敵がいたからこそ、彼女達は堕ちて俺と共に在っただけだ。
……何でだろうなぁ。確かに俺と戦いたくないと、願ってくれたと思ったのに。彼女達全員と相乗りして以降、三人とも俺を追うのに容赦なくなっている気がする。
倒そうとするというより、捕まえようとしているような。
「こわい」
彼女達が僅かなりとも願ったとはいえ、その想いを利用し身体を奪った。
捕まってしまえば、一体どうなるやら。超こわい。
それでも、俺は。俺達は戦っている。
こそこそエネルギー集めに努め。
今では三幹部を復活させ、本拠地もボロアパートからこの洋館に移した。
プリナーズには敗北続きだが、確実に少しずつ。
怠惰の力は収集出来ている。
「皆の者、ご苦労である」
紛糾し、何時ものように進展しない反省会。そんな会議室に我らが首魁が労いの言葉と共に現れる。
ムノー様も、サボリーナ様も、チコークも。
俺も、そのお姿に頭を垂れる。
「失敗に終わったのは残念だが、皆よく頑張ってくれた」
銀髪金眼、漆黒のドレスに身を包んだそのお姿。
偉大なる怠惰の悪。
「細やかだが、宴を用意しておる。英気を養うが良い」
「「「「ムショック様万歳」」」」
「今日は中華でまとめてみた」
俺も、三幹部も揃ってムショック様を称える。
食堂には悪の首魁謹製の、家庭的ながらも本格的な中華料理が並べられていた。我先にと、食堂に向かう三幹部。
おいムノー俺の麻婆豆腐残しておけよ!? 声に出来ずにいながら、会議室の片づけの為に残る俺は叫ぶ。
ぐぬぬ……仕事が残っていれば、働かずにいれないこの身が恨めしい。
「プリナーブラック。黒乃よ」
そんな俺の背に、ムショック様のお声。
「貴様には、プリナーズと共に生きていく道も在ったのではないか」
二人残った、広い会議室にその言葉が突き刺さる。
「いやー、負けてはいますが順調ですんで! 負けませんよ、俺は!!」
実際、三幹部の復活を成して結構いい所までいけている。
ボロアパートから始めた世界侵略は、確実に歩みを進めている。
集めた怠惰のエネルギーで、ムショック様も幼女から少しずつ育っている。俺の理想のばいんばいんに近づいている。具体的にはDまで来た。
「……そうか」
「……はい!」
互いに、それ以上言葉を進めない。
ムショック様は、俺の願いと。俺の限界を見極めながらも。
俺の我儘を、認めてくださる。
「俺は、諦めません」
魔法少女。
そんな理知外の、魔法の力を操る存在は。
助けを求める声が。
助けを求める手がある限り、諦めない。
俺は、魔法少女。
働きたいというプリナーズと背を向けた、怠惰を願う人々の叫びに応える魔法少女だ。
怠惰を願う者がいるのならば。
俺の戦いは、終わらない。
俺達の戦いは終わらない。
「うむ。我らと共に」
――世界を、怠惰に染め上げるのだ。
その夢見た世界の為に。
俺達の願った不労の世界を成す為に。
俺は、悪を働き続ける。
これにてTS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願い完結となります。
今度こそ完結、正義と悪の戦いは続きますが本作で語るべきはここまでです。
あれこれ語りたいことは尽きませんが、残りは活動報告にて。
ご読了、ありがとうございました! ムショック様ばんざーい!!