Fate/Grand Order Moon Hunter Edition 作:結城希亜
また竜の神に腹パンされるのは嬉しい限りですが、セキロに慣れてしまったのでダクソ3でも凄くもっさり感じるんですよね。大丈夫か?
でもデモンズがリメイクできるならブラボもできそうですよね、待ってます。
人理継続保障機関カルデア。ほんの2時間前にそこへやってきたオレは今、眠れない夜を過ごしていた。
「眠れない」
ガバッと勢いよく掛け布団を体の上から払うと、上体を起こす。午後11時というそろそろ日を跨ぐという時間に騒ぎ立てる主人を不快に思ったのか、人形ちゃんが休息モードから起動した。
「……どうかされましたか、狩人様。唐突に奇行へ走るのは歴代の狩人様に共通する特徴ですが、時間が時間ですので速やかにお休みなったほうがよろしいかと」
「……もしかして怒ってる?」
「私は人形です、怒りません。ただ呆れているのです」
呆れを表情に浮かべながらも、人形ちゃんは冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターを手渡してくれる。さすが歴代の変人狩人の世話をしてきただけのことはある、これくらい慣れっこということか。
ヒヤリと冷たい感覚が手から伝わる。キャップを開けて中の冷えた液体を嚥下して一息ついて、案内されたばかりの部屋を見る。
壁に引っ掛けたままの狩装束が浮いてしまうほどの白一色に統一された壁紙とインテリア。ベッド、キッチン、トイレ、バスルームとクローゼットも完備されていて安めのホテルよりは良い部屋のように思える。だが、白に統一されたせいでホテルの一室というよりも病室という印象の方が先に来てしまう。申し訳程度においている観葉植物もその印象を助長していた。
「酒飲んだら眠れる」
「変なこと言ってないで早く寝てください。それに第一、お酒で酔ったことなんてないでしょう?」
「なんで厄介な体質だ」
酒で酔わないというのはどうやら母方の血筋の影響らしい。どれだけ度数の高い酒をガバガバ飲もうが、顔が赤くなるどころか思考が鈍ることもない。ザルどころかワクすらも超えていた。体内で即時アルコール分解してるんじゃないかってほど無敵の肝臓だった。
そのかわり父は非常に下戸で、一口飲んだだけで普段無口なのが余計無口になる程弱かった。どうせなら間をとって平均ぐらいの強さで産んで欲しかったものだがどうにも母親似で生まれてしまったらしい。外見もバッチリ母親似で、代わりに父親に似たのは姉さんだった。
「ついさっき寝たばっかりだからな。寝ないでも良い訓練はしてあるが、その逆はしたことない」
こんな経験はないだろうか? 疲れて寝たくても無理やり起こされて風呂に入る、入った後には眠気など吹き飛んでいてなかなか寝付けないというものだ。今のオレの気分はまさにそんな感じだった。
ベッドから立ち上がってクローゼットへ足を向ける。どの道こうしていても眠れないのだから、このカルデアをぶらぶら散歩でもしてみようという腹つもりだ。
狩装束を装備してから机に平積みされた書類をバサバサと漁る。これは先ほどまで暇つぶしに読んでいた備え付きのパンフレットみたいなものだ。就業規則に設備案内、カルデアの成り立ちに職員紹介などそこそこ時間は潰せた。当然その中にはこの施設の見取り図のついたパンフレットもあったので、それを持って玄関へ向かう。
「お出かけですか?」
「ああ、別に着いてこなくていい。飽きたら戻ってくる」
「わかりました。いってらっしゃい、狩人様」
幼い頃から聞き慣れた声を背に部屋を出てパンフレットを広げる。標高6000mという氷山を頂上からブチ抜くように建てられたこのカルデアは地上一階以外全て地下階層が主だ。マシュに渡されたカードキーで入れるのは上層の部分だけだが、そもそも下層は発電施設や食料庫しかないらしいので行ったところで意味はないから問題ないだろう。
とりあえずここから一番近いのはシミュレーションルームらしいので行ってみるか。どうやら模擬戦闘で訓練をする場所らしい。いつも夢の中で同じようなことやってるからどうかとも思ったが、体を動かせば眠くなるかもしれない。
● ● ●
荒々しくパネルを叩く音が戦闘用シミュレーションルームに響く。それと共にARシステムと魔術によって投影されていたホログラムが影を失い、元の白一色という殺風景な一室に一変した。先ほどまで訓練をしていた少年は噴き出た汗をタオルで拭いて、壁際のベンチに倒れ込むように座った。
モニターに映るスコア表には1時間続けてカドック・ゼムルプスの文字が刻まれていて、高成績といっても差し支えないものだ。しかし、トップスコアに名前を刻んでいるのはキリシュタリア・ヴォーダイム。それをみて、少年……カドック・ゼムルプスは苛立たしげに声を漏らした、
「キリシュタリア……ッ」
爪が皮膚に食い込み、血が滲むほど拳を握る。その声音には、悔しさや嫉妬が色濃く混ざっていた。
時計塔でスカウトされたとき、チャンスだと思った。マスターとして才能があるって言われたときは嬉しかった。何もないように思えた自分に才能があって、誰かに必要とされているという満足感があって、時計塔で燻ってその他大勢として消えていく自分から変われると思ったから。
けれどそれは幻想で。
僕は特別なんかじゃなかった。
才能を言い訳に使いたくはない。努力をしてないわけでもない。
けれど、天才が努力を続けるなら、凡人の自分はどうやって勝てばいいのか、それがわからなくて。今自分がやっている努力をいくらやっても追いつけないのなら、それは無意味なんじゃないかと、そう思えてきて、とても惨めな気持ちになる。
「………帰ろう」
爪が皮膚を破って血を流す手を見て、無性に情けなさが湧き出してきた。こんな怪我をしているところをあのお節介に見られれば、また口うるさく構われてしまう。それならまだ、医者のくせに不健康そうなDr.ロマンに見てもらった方がマシだ。
荷物を持って出ていこうと扉の前に立つと、こちらが開くより先にドアが横へスライドした。
「ん? 先客か」
視界が目の前に立った人間の胸元で埋まった。カドックの身長は170弱、男性の平均とほぼ同じかやや下という程度。真っ直ぐ立って顔が見えないということは相手の身長が頭一つ高いということだ。Aチームの男性メンバーが、全員自分よりも高身長であることを微妙に気にしているカドックとしては、低身長ということを言外に指摘されたように感じて、腹立たしげにぶつかりそうになった眼前の人物の顔を見てやろうと顔を上げた。
「……………」
思考が止まった。カドックには目の前の光景が信じられなかった。目の前に立つソレは、あまりに非人間的な容姿をしていたからだ。
人は、本当に美しいモノをみたとき、感動などよりも先に恐怖がくる。それは自分に理解できないものが心底恐ろしいからだと、初めて理解した。それほどまでに、今まで見たことのある人気アイドルや女優が塵芥とも思えるほどに、目の前の存在は美しかった。
絹糸のように艶やかで、蛍光灯の安っぽい光を反射して輝く、自分の燻んだものとは比べ物にならない、一点の曇りもない銀色の長髪。眠たげに狭められたまぶたから覗く、桜色に紅を滲ませたような瞳。日焼けなど知らないであろう病的なまでに白い肌。スラリと伸びた鼻筋と、瑞々しい果実のように潤った唇。
目の前の存在が自分とは違う生物のように見えて、本当は『人間』とか違うナニカなのかもしれないと、そう思ってしまうほどに。
ソレは、暴力的なまでに美しかった。
「……おい、そこに立たれると中に入れないんだが」
「………え、あぁ……すまない」
鈴を転がすような清廉とした声音。どうやらシミュレーションルームに用があるらしく、慌てて横にずれて道を譲る。惚けるカドックを他所に、女性は物珍しげに中に入って周りを見回す。少しばかりそうやって観察した後、不思議そうに首を傾げた。
「どうやって使うんだ?」
「えっ」
しまったと思ったときにはもう遅かった。あんなわかりやすいところにモニタールームのドアがあるだろう、というツッコミが続く前に口を塞ぐ。
深夜というのは存外音が響きやすく、今のカドックの声はシミュレーションルーム全体はおろか人気がない廊下にも反響した。当然、同じ部屋にいる女性に聞こえていないはずがない。
そしてタイミング悪く、女性の起伏の少ない胸元に吊るされたゲストキーに気がついた。ゲスト、つまりはお客様か、もしくはカルデアに出資しているパトロンかもしれない。差し詰め出資先がどうなっているのか親に連れられて見にきた機械音痴の令嬢がブラブラと見学に来た、というところだろうか? 令嬢にしては粗野な言葉使いだと思うが。
いやそんなことはどうでもいい。問題はスポンサーの機嫌を損ねることだ。
このカルデアは資金のおおよそ7割をアニムスフィア家が負担してはいるが、それでも残り3割は各国が共同で出し合っている。つまり万が一、そんなことになった場合、スポンサーを通じてカルデアの所長に苦情が行くかもしれない。そうなるとあのヒステリックな所長に何を言われるか分かったものではない。
恐々と令嬢の顔をみると、半開きになっていた目を少しばかり見開いていて、口元は緩やかに笑みを描いて微笑んでいた。どういった意図で笑っているのかわからないが、いいことではない気がした。
「えっと、あの……」
思わず後ずさるが、後ろのドアは既に閉まっていて踵が無慈悲にも硬質な音を鳴らして当たる。初めて自動ドアを恨みそうになった。頬が引きつる。うまく笑えていない、きっと酷い笑みになっていることだろう。
とりあえずまずいことになる前に早く謝ったほうがいい。そう思って頭を下げようとするカドックの肩を、いつの間にか近づいてきていた令嬢の手がグッと押さえた。
「これの使い方を教えてくれないか」
「ごめんなさ………え?」
● ● ●
誇ることでもないが、オレは自他共に認める機械音痴だ。ついでにいうと家族全員が機械音痴だったので、そういう分野は全部人形ちゃんに任せてきた。
つまり人形ちゃんを連れていない今のオレは、この最新技術がたっぷり詰まったこの施設を有意義に探検することすら難しい部類に入るわけで、当然戦闘訓練のために用意されたARと魔術の複合システムを動かすなんて不可能だ。
しかも何が悪いかって人形ちゃんを置いてきたのは他ならぬオレである、こんなことならやっぱり付いてきて貰えば良かったと後悔していたところに、オレの灰色の脳細胞が光る。
そういえば先に使ってたヤツがいたはずだと。
振り返ると好都合なことに、まだドアの前でなぜか下手くそな笑顔を浮かべながら立っていた。笑顔の練習中だろうか? 鏡のあるところでやったほうがいいと思うが。
だがこれ幸いと、目の下にクマを色濃く刻んだ見るからに不健康そうなヤツに使い方を教えてくれ、と頼もうと近づくと信じられないほど怯えられた。流石に初対面とはいえこれはおかしいだろう、と不審に思って事情を聞いてみると、どうやら胸のゲストキーでオレのことを客人だと勘違いしたらしい。
「本当にやるのか? こういってはなんだがあまり顔色がいいようには見えない」
「それはギャグで言ってるのか? まず目の下のクマ直してから言ってくれ、かなり目つき悪いぞ」
誤解を解いた後、不健康そうな魔術師……カドックは操作方法を教えるくらいなら、と頼みを聞いてくれた。
親切なヤツでよかったと胸を撫で下ろしたのは秘密だ。魔術師は何人か知ってるが、大体変人で偏屈で偉そうなヤツだったので、魔術師という人種は大体そういう性格なのかもしれないと決め付けていたが偏見だったのかもしれない。
「そもそもオレの肌が白いのは貧血気味のせいだし、目つきは生まれつきだ」
「僕だって生まれつきだ」
「そのクマもか? ちゃんと寝たほうがいい、顔色もよくない」
「……余計なお世話だ、ほっといてくれ」
カドックはバツが悪そうに顔を背けて、無言でパネルの操作を続ける。どうやらこの話題はあまり触れてほしくはないらしい。無理に話を続ける必要もないので黙って小難しい設定を任せる。他人には触れてほしくない話題なんてあって当たり前だし、たとえ相談に乗ってもオレが他人にアドバイスなんて出来るわけないからな。
「……設定、終わったぞ。あとは難易度に合わせてコースを選択すればいい。上の方が簡単で、下にいくほど難しくなってる」
「わざわざ悪いな、早速使わせてもらうぞ」
カドックから操作パネルの前を譲ってもらって機械を操作する。とりあえず小手調べに、と下までスクロールして一番難易度の高いコースを選択、そのまま開始の文字を押そうとすると、横から伸びてきた手に腕を掴まれた。
「アンタ、僕の話聞いてたか!?」
「バッチリ聞いてたけど」
「僕は下に行くほど難しいって言ったんだ! 最初から最高難易度選ぶなんてバカか!?」
「バカは言いすぎだろ……」
「アンタがそれだけ非常識なんだッ!」
もうすぐ日を跨ぐというのに、すごい剣幕で怒鳴ってくる。近所迷惑じゃないのか? いやこれから騒音だそうってヤツが言うセリフじゃないな。
掴まれた腕を振りほどいて、今度は止められる前に開始ボタンを押す。チラリとカドックの顔を覗きみると、信じられないバカを見るような眼をしていた。心配してるのかバカにしてるのかどっちなんだ。
「別に心配することじゃないだろ? 所詮シミュレーションだ、死ぬ危険性もない。もっとも……」
所詮はシミュレーション。別に命を賭けた殺し合いでもない。『夢』の中での殺し合いと何も変わらない。死んで目覚めるように、負ければ多少の怪我をするだけ。
けれど。
「これが殺し合いだとしても何も変わらない。負ければ死ぬ、それだけさ」
何も変わらない。負ければ死ぬ、そこにあるのは唯々純然たる生命の循環だ。
「……クソッ、僕は止めたからな」
問題ない、と背中越しに手を振ってモニタールームを出る。
『夢』の中からノコギリ鉈を取り出して赤くマーキングされた場所に立つと、白一色の部屋がホログラムによって瞬きのうちに広野へと変貌を遂げた。そして正面に敵が現れる。黒いモヤで顔は判別できないが、得物と思われる朱い槍を持ってこちらを認識すると静かに構えた。
聞けばサーヴァントのダウングレード型らしい、あえて呼ぶなら黒霊といったところか。その構えの力強さを見て笑みが溢れる。
槍を振るい、低い姿勢のままこちらへの突貫を仕掛け、それをオレが迎え撃つ。
「前口上もなしか、お喋りは嫌いか?」
どうやら黒霊に意識と呼べるものはないらしく、答えは強烈な槍の一突きで返される。そこから派生するなぎ払いを上体を低くして躱すが、同時に蹴りが迫る。左手でガードするが吹き飛ばされて身体が浮く。
ノコギリ鉈を地面に突き刺して動きを制御する。錆び付いてボロボロになった刃がさらに欠けるがそんなことはどうでもいい。左手でホルスターから連装銃を抜いてトリガーを引く。並列した銃身から打ち出される二つの水銀弾は一直線に向かうが、あろうことか黒霊はそれを腕の一振りだけで防いだ。
槍で弾かれても牽制になればと思っていたがまさか素手とは、少し舐めすぎたか?少し敵の評価を修正しつつ、連装銃を装備したままノコギリ鉈を構える。まだ使い道はある、ここで捨てるのは早計だ。
再び自身を槍と化しての突貫が迫る。黒い人型のモヤが霞むようなスピードで襲いかかるその姿はまるで一つの弾丸だ。突きを躱して、槍を掴もうとするも引かれ、再度の攻撃がオレを襲う。
「力だけじゃなく技もある、か」
槍を扱う上で重要なのは突くことよりも、その突き出した槍を引くことだ。早く引けばその分次の攻撃に移ることができ、先ほどのオレがやろうとしたように掴まれて得物を失うこともなくなる。それに長物として常に課題としてある懐への侵入も警戒できる。
つまりリーチの長い武器と戦う場合、どうやって相手の懐に潜り込むか、または潜り込ませないかという勝負になる。
リーチが詰めにくいのであれば別の手を使うまでだ。テールランプを引くように残像を残す連続の突き。しかも避けにくいように胸から下を狙ってくる。ノコギリ鉈で弾いて防ぎきると、横あいからの薙ぎが襲う。それを受け止め、互いに武器を合わせる形となった。
拮抗は一瞬、膂力で負けてノコギリ鉈が弾かれて宙を舞う。近接武器を失ったオレへ殺到する連撃を、膝の力を抜いて後ろへ倒れ込むように躱して、無防備の腹に蹴りをたたき込む。
黒霊はたたらを踏むように数歩後ろへ下がり、俺は落ちてきたノコギリ鉈をキャッチして振るう。
ギミックオン。変形トリガーを押し込み、血で錆び付いた刃を跳ね上げる。
突然二倍以上伸びたリーチ。完全に間合いの外と思っていた場所は安全ではなく、鉈は黒霊の胸を深々と抉る。黒霊は追撃を許さぬように槍を振るいながら距離を取った。
「さあこれでリーチの差は埋まったぞ、次はどうする?」
リーチの長さはそのまま戦闘の有利性でもあるが、同時に扱いづらさでもある。そういった意味では、常に持ち手でリーチを変化させて相手に対応する黒霊の技量は素晴らしいものだ。しかし変形のワンアクションでリーチを変化させるノコギリ鉈の方が、相手の行動を見てから後出しで対応できるから優秀だ。流石最初に使者が薦めてくるだけはある、仕込み杖は忘れた。
地面が割れるほどの踏み込み。突貫をサイドステップで躱し、元に戻したノコギリ鉈を振るうが、巧みに受け流されて逆に柄の部分が横腹に叩きつけられる。咄嗟に逆方向へ飛んで衝撃を流すが、転がる中視界が捉えたのは朱いオーラを吹き出す朱槍だった。
飛槍。空気が爆ぜる音と共にオーラが解き放たれて、まるで投擲槍のようにオーラで形作られたそれは飛翔する。
この体勢だとキツイか。ノコギリ鉈を地面に押し付けて地面を蹴ると同時に変形させて、変形の反動をつけて跳躍するが、避けきれず穂先が脚を掠める。
黒霊はオレを追うように跳躍し、風を裂く轟音と共に槍を振り下ろす。その狙いはオレの頭蓋だ。なにもしなければ数秒後にはオレの頭は床から落としたトマトみたいに潰れるだろう、いや訓練だから寸止めか?
オレは空中で制御の効かない体を晒しながら、左手に持った『青く帯電する』連装銃の銃口を向ける。
やはり感情や思考を削ぎ落とした相手など面白くもない。どれだけの膂力があろうと、どれだけの技があろうと、その身体に思考が追いついていなければ駆け引きという勝負の舞台にすら上がれない獣以下だ。
「吼えろ、パール」
神速。獣が如き咆哮にも似た銃声と共に、先ほどのオーラの槍など比べ物にならない速度で雷光を纏った水銀弾が打ち出される。雷の色は青、かつて狩人たちの多くを魅了した尋常ならざる青雷だ。
【黒獣パール】のソウルを使用して生み出したこの銃、ブルースフィアは水銀弾に雷光を纏わせ、魔力をチャージすることによって雷を強力にする。2年前パールのソウルを得たときに、偶然居合わせた旅商人に加工してもらった物だ。
雷弾は通常弾と同じようにガードしようとした黒霊の左肩から先をえぐり飛ばし、威力に見合ったとてつもない反動でオレの身体を動かして叩きつけを回避する。片腕でフルチャージを撃つと肩が外れるどころか、腕の骨が砕けるんじゃないかってくらい使用者のことを一ミリも考えてない武装だが、威力は見ての通りだ。
互いに着地するが、黒霊は接地の衝撃で傷口から血ではなく魔力のような物を垂れ流す。だが、片腕を失ってもなお、黒霊は戦闘の意思をみせるように朱槍を文字を描くように操る。それはルーン文字、組み合わせずともひとつひとつが力ある言葉となるものだ。
虚空から炎が生まれ、槍に絡みつく。朱いオーラと共に溢れるそれは感嘆に値するものだった。思わず拍手したくなるほどだ。
「そうだ、それでこそだ! もっとお前の強さをオレに見せてみろ!」
黒霊は応えるように槍を構え、オレもブルースフィアに魔力を込める。
やっと体が温まって血も熱くなってきたところだ。こんなところで終わっては興醒めも甚だしい!
爆音と共に黒霊の姿が炎を残してかき消える。次の瞬間、眼前には炎を纏った槍が突き上げるようにしてオレを強襲する!
素晴らしい速度だ、これが本気というわけか! 下がらず、前への踏み込みですれ違うように回避し、横腹を裂こうと武器を振るうが柄で受け止められる。鋸の刃と槍が擦れ合い、火花が散るなかで再びの爆音。
懐に入り込んだオレを追い払うように炎が舞い踊り、飛び退いた先で追撃の振り下ろしからの抉るような突き上げが繰り出される。手首をブルースフィアで撃ち抜いて槍の軌道を逸らし、太ももを切り裂いて退く。
間髪入れずに跳躍してからの落下攻撃。まるで炎のランスのように攻撃拡大されたソレは、地面ぶつかった瞬間、旋風のように解き放たれる。炎が混じった竜巻は室内を無差別に蹂躙した。
範囲攻撃か、随分と大雑把だな。不規則に吹き荒れる炎風をステップで避け、時にはコートの裾で払って防ぐ。
そういえばカドックは無事だろうか? 部屋全体を襲う攻撃だ、いくら壁があるからといって無事ではすまないだろう。横目でモニタールームの様子を伺うと、壁の表面にバリアのようなものが展開されていた。なるほど、考えてみればそういうのがあって当然か。訓練のたびに壁を障子みたいに破られても困るだろう。
視線を戻すと、炎風を突き破ってオーラの槍が射出される。
「舐めるなよ、これは一度見た」
回避ルートを潰すようにして置かれた複数のソレを、軌道を変えるようにそっと武器を添わせて受け流して、縮小した竜巻のなかに身を躍らせる。肌が焦げ付く感覚を感じながら、抜ける手前でワンテンポ待ってから進む。鼻先を通り過ぎる朱槍。動きを遅らせていなければ脳天から叩き割られていたことだろう。
銃口を顔に突きつけるが、跳ね上がった槍に邪魔をされ、回し蹴りが軸足を蹴り飛ばす。横に転ぶように浮いたオレの顔面に、串刺しにするようにして槍が振り下ろされる。しかし独楽のように体全体を慣性に任せて回して躱すと同時に、腹を薙いで返す刃で首を落とそうとするが阻まれる。
傷が浅いな、だが十分だ。傷口から魔力が垂れ流され、供給される以上のものが流出するならそれはある種の毒だ。このままであれば致命傷がなくとも消えるのはヤツということになる。だが、オレの考えを否定するかのように朱槍は前回よりもさらに大きく炎を纏い、漏れ出した炎が地面を舐める。
なるほど、決死というわけか。刺すような殺気を肌で感じ、思わず口角が釣り上がり、自然と笑みが描かれる。
微睡んでいた『獣』が起き上がる音がした。
「……くそ、調子に乗りすぎたか」
これ以上は『遊び』じゃ済まなくなる。オレは右眼を押さえて、沸騰して熱く昂ぶる血を抑えるように背中に背負った銀剣を撫でる。もう少しやりたかったが、仕方ない。
熱の余波が髪を揺らす中、黒霊は姿勢を深くして突きの体勢を取る。片腕がなくなってもその威圧感は先よりも高い。荊棘の意匠が彫られた朱槍は、炎を纏いながら可視化されるほどの魔力を朱いオーラとして放つ。
爆炎が保護障壁を揺らす。爆風を利用して加速を高めた突貫。それに合わせてオレも踏み込む。互いに距離を詰め、先に仕掛けたのは黒霊だ。
腕を引き絞るように構えて、突進の加速度をそのまま乗せるような攻撃。矢のように迫る朱槍の穂先からは、炎が混じったオーラの槍が閃光の如く放出される。実質のリーチからオーラ分延長されたソレは、さっきオレが見せた変形攻撃に酷似していた。
オレの攻撃を学習したか。この場合、搭載されたプログラムの優秀さを褒めればいいのだろうか、それとも元になった英霊を褒めればいいのだろうか? いやどちらでも構わない。ただオレを打倒しようとする意思、それだけあれば十分だ。
延長されたリーチにより、間合いまで最早瞬きほどの距離すら残されていない。それでも速度を緩めずに疾走する。速度を落とせば逆に隙ができ、今回避行動を取っても反応されてしまう。ならば攻撃が当たるギリギリで避けるしかない。さらに距離を縮めるために速度を上げる。肌が焼けつき、目の前に紅蓮が迫る。
ここだ、ここしかない。鼻先を掠めるような紙一重の間合いでノコギリ鉈を地面に突き刺し、ギミックトリガーを押し込む。過負荷で軋む武器を下に、変形の反動でオレの身体が前方上空に跳ね上がり、棒高跳びのような形で黒霊の頭上を飛び越えてで背後を取ろうとする。
だが渾身の一刺が上空へかき消えたオレの代わりにノコギリ鉈を粉砕し、そこから周囲360度を薙ぎ払う一撃に派生する! なるほど、突きはブラフでこちらが本命か!
朱槍が迫る。これほど間合いの奥深くに入り込んでいてしまっては、先ほどのようにブルースフィアでの反動を利用した離脱も不可能だ。だがオレは狙いを黒霊の胸の中枢、ノコギリ鉈で深々と切り裂いた傷跡へと定めた。
水銀弾。それは通常の弾では殺しきれないヤーナムの獣を殺すために、水銀に狩人の血を混入させた特殊弾のことを指す。水銀弾には面白い性質があり、狩人の血は水銀と相互に作用して変質するというものだ。そして変質した水銀はある特徴を持つ。
それは行動の初動に合わせて急所を狙い撃つと、動きをほんの少しだけ止めるということだ。
しかし、その猶予の時間は一瞬かつ、一歩間違えれば敵の攻撃を食らい瞬く間にオレは敗北するだろう。そのためには行動を観察し、攻撃を読み切る必要がある。
問題ない。引き金を引く。寸分違わず本能が指し示した通りに水銀弾が傷跡を抉り、黒霊の動きが硬直して全身の力が抜けたように脱力して跪く。だが、動きの停止が続くのは5秒程度、武器のない今のオレでは殺しきれないように見えるだろう。
「楽しかった、また遊ぼう」
落下の勢いのまま、武器を持たない右手の五指を揃え、水銀弾と同じ軌跡をなぞるようにして黒霊の胸元を貫き、霊核を掴み取り引き摺り出した。
通称モツ抜き。『夢』の中で何度も繰り返した動作だ、今更失敗はしない。
朱槍が音を立てて地に落ち、核を失った黒霊が戦闘終了のブザーを合図として自らの得物と共に霧散した。
● ● ●
言葉が出なかった。ただ、目の前の光景が信じられなかった。
カルデアの戦闘訓練シミュレーションはマスター候補生の中でも悪い意味で有名だ。開発者の頭を疑うような難度の高さと底維持の悪さは、温厚なぺぺが頬を引きつらせて、いつも無表情のヒナコが眉を寄せるほどだ。その最高難度など誰もクリアできるとは思わない。そもそも挑戦すらしないのだ。だからか、開発者の暴走がたっぷりと詰め込まれた英霊の下位互換、シャドウサーヴァントなんてものが出てくるとは思わなかった。
最初はすぐに致命傷クラスの攻撃をくらってすぐ終わると思っていた。危なくなったらすぐに中断させるつもりで見ていた。しかし結果はどうだろうか。ダメージこそ何度かもらったが、終始戦いのプライオリティは藤丸にあり、最後の攻防すら完全に読み切っていた。
戦いの才能? 否、アレは才能などという次元ではない。自分が何年訓練しても追いつけないかもしれないという次元にキリシュタリアがいるとするならば、アレは例え聖杯に願ったとしても叶わないだろう。人を超えた、まさしく神かがり的な戦闘能力。嫉妬を通り越して恐怖が心を支配する。
しかし、カドックの足は自然と動いていた。モニタールームの扉を開けて、眠たそうに壊れた武器を回収している藤丸に近づく。
「カドック? どうかしたーーー」
「僕にッ!」
「おぅ!?」
人は、本能的に自分と違うものを、理解できないものを恐れる。だが同時に、神話にも描かれるようにそういったものへ惹かれる性質を持つ矛盾した生き物だ。
故にこの選択はある意味必然だったのかもしれない。
「僕に、戦い方を教えてくれ!」
画して力を求める少年は、力の権化たる少年に出会う。
次の投稿はラストオブアス2をクリアしたら投稿します。
あ、古戦場もやらなきゃ…