1946年12月1日、オーストリア=ハンガリー帝国軍はイギリス本土上陸作戦«ナランチュシャールガ作戦»を実施。この上陸作戦は大日本帝国海軍とトランスヴァール海軍とオーストラリア連邦海軍(完全に独立している。)が参加する大規模な作戦である。
戦力はこんな感じ。
大日本帝国海軍
戦艦 13隻
空母 5隻
駆逐艦 40隻
軽巡洋艦 6隻
重巡洋艦 5隻
大日本帝国海軍航空戦力
戦闘機
光武改 500機
噴式一四型戦闘機 500隻
噴式零型戦闘機 500機
零式艦上戦闘機 500機
ミサイル
奮龍 700発
○六式噴進弾 300発
オーストリア=ハンガリー帝国海軍
戦艦 16隻
駆逐艦 48隻
軽巡洋艦 10隻
空母 5隻
重巡洋艦 4隻
戦闘機 5000機
オーストリア=ハンガリー帝国陸軍(上陸部隊)
戦車 800両
歩兵 16個師団
工兵 2個師団
狙撃兵 4個師団
砲兵 3個師団
トランスヴァール海軍
戦艦 10隻
空母 1隻
駆逐艦 40隻
オーストラリア連邦海軍
戦艦 17隻
空母 2隻
駆逐艦 30隻
戦闘機 2000機
敵側
イギリス連合海軍
戦艦 15隻
駆逐艦 50隻
巡洋艦 16隻
空母 7隻
その後、大日本帝国海軍の潜水艦である«伊8000»がドーバー海峡でイギリス連合海軍の艦隊を捕捉。
海戦になると判断した大日本帝国海軍とトランスヴァール海軍は臨戦体制に入った。
2時間後、大日本帝国海軍とトランスヴァール海軍はドーバー海峡でイギリス連合海軍と衝突。
まず、大日本帝国海軍の空母«信濃»から飛び立った対艦攻撃機500機がイギリス連合海軍に襲いかかった。
これにより、イギリス連合海軍は軽巡3隻、空母3隻、駆逐艦16隻、戦艦4隻の大損害を負う。
しかし、その後のイギリス連合海軍の反撃により、大日本帝国海軍も戦艦2隻、駆逐艦4隻、空母1隻、重巡1隻を損失。
空戦が終わった後は、戦艦同士による砲撃戦が始まった。
この海戦は3日ほど続き、最終的にはイギリス連合海軍は駆逐艦2隻以外をすべて失い、撤退した。
そして、1946年2月2日、オーストリア=ハンガリー帝国陸軍は無事にリバプールに上陸。
電撃的な侵攻を行い、1946年2月13日にマンチェスターの戦いでイギリス連合陸軍を破り、ロンドンへ進撃。
そして、1946年5月6日にロンドンが陥落。同日、イギリス連合は無条件降伏をした。
オズワルド=モズレーの処刑は取り敢えず、対米戦終結まで延ばすことにした。
しかし、イギリス連合軍で活動していた督戦隊«ホームガード»の指導者である«ジャック=チャーチル»は大日本帝国軍によって逮捕され、3日後に処刑されることとなった。