笹の葉の少女は幸せを願う   作:日々草

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苦労人の少女は謝る

 

 

 

私達が十三歳になり、原作が始まるであろう年となった。そのため、私と七海は竈門家の襲撃を警戒していたが、何も起きなかった。

炭治郎が鬼殺隊に入った時が十五歳で、竈門家の襲撃がその前の二年前だったから、十三歳になった年に鬼舞辻無惨が襲ってくると思っていた。

と言っても、今は炭治郎ではなく、炭華なのだけどね。

 

 

これは前の時に炭治郎と同い年だったし、炭治郎にもいつ頃に鬼舞辻無惨が襲ってきたのかを聞いていたから、間違いないと思っていたのだけど......。

....これも前と今回の違いなのかな...。原作では鬼の存在を知っていた三郎爺さんのところに行ったのだけど、鬼のことを知らない様子だったのだよね。もしかして、この世界に鬼はいないのかな.....。

 

 

私と七海が鬼の存在を調べるために夜に出るけど、全く鬼に出会わなかったし、鬼殺隊の人達とも出会うことはなかった。それと、おそらくまだ鬼殺隊には入っていない人達にも会おうとしたのだけど、その人達とも会えなかった。

 

 

この世界は原作と違う世界の可能性があったけど、本当に何が起こるのか分からないので、周囲への警戒は怠らないようにしていた。

 

 

だが、そう思っていても平和な時間が続いていくと、だんだんその警戒も緩くなっていった。

私は薬屋でありながら医者紛いのことを珠世さんのところや蝶屋敷でしていたため、村の医者の手伝いもするようになった。私は何か手助けできるならと思い、喜んで手伝っていた。

一応お給料は貰えたし、何か食べ物もお裾分けされるからね。何より周りの人達が良い人ばかりだ。私はこの仕事を気に入っている。

 

 

竈門家って家族が多いけど...その、貧乏でしょう。しかも、炭華達のお父さんも亡くなって、ますます余裕がなくなり、やりくりして生活しないといけなくなった。

そこに私と七海も加わったのだから、さらにお金の余裕がなくなったということなの。それで、私も七海も一緒に暮らしている身として働かなければならないと思った。

特に、七海は炭華に綺麗な着物を着せたいらしく、色々な仕事をしている。

七海は炭華が好きすぎて、崇拝の領域に入っているからね。本人曰く、この好きは推しに対しての好きだと言っていた。本当に貢いでいる。鬼や鬼殺隊の捜索も炭華に何か起きた時のために続けていた。

 

ただその仕事のほとんどが力仕事なので、私は怪我をしないのか心配になるけど、今のところは特に問題がないから大丈夫だと思う。

 

 

まあ、問題になるとしたら七海と禰豆雄が炭華にどんな綺麗な物を買って、炭華を喜ばせられるかという勝負をしていることだが....。...それについては放っておこう。

あの二人が力仕事でどっちが多く運べるかなどの勝負を頻繁に行い、最近ではそれがこの村の名物と化したのは些細なことだからね。

 

 

私からしたら、互いに勝負するだけであり、その勝負中二人は真剣に働いているため、注意をしなくてもいいだろう。

今までにあの二人が起こした問題に比べればこれは軽い方だし、仕事もきちんとこなしているから問題ない。村の人達もその方が平和だから何も言う気はないみたい。

村の人達もあの二人の暴走に頭を悩ませているからね。そのほとんどは私が対応しているので、被害はあまりないけど、かなり頻繁に起きているから.......。

あと、私以外で二人の喧嘩を止められるのは炭華だ。ただ炭華は激しい喧嘩なら止めてくれるけど、気づかないものが多くて、私が止めに行くことが多い。それでも、炭華が止めに行くのが一番効果があるので、これ以上暴れられると危ないと思ったら炭華を頼っている。

 

 

...でも、あの二人は問題を起こすけど、悪い人ではないからね。時間があったら私の仕事の手伝いに来てくれているので、二人のことを頼りになると思っているし、信じてもいる。

ちなみに、炭華の手伝いには必ず現れる。だが、全部をやろうとするので、炭華がそれに対して文句を言い、七海と禰豆雄は狼狽えながら説得しようとして折れることになり、私はよく苦笑いを浮かべながら三人のことを見ている。

炭華至上主義だからね、あの二人。

 

 

七海と禰豆雄は競争とかよくしていて、張り合うことが多いけど、いざという時には...特に炭華が絡んだ時は意見が合うらしく、連携が凄いのだ。炭華の身に何かあった瞬間、二人は互いに言い争わず、協力し合うことになる。

つまり、炭華に何かがあれば二人の暴走は確実なのである。本当に仲良く暴走していて、それは分かっていたのだけどね.......。

 

 

 

「...どうしてこうなったの....」

 

 

私は目の前の光景に頭を抱えることになった。

 

私の目の前で何が起きているのか?

それは修羅の顔をした禰豆雄が投げる斧や石から、義勇さんが避け続けながら刀を構えている。斧や石が地面に落ちたズドンッという音が聞こえる度に、義勇さんの顔が心なしか焦りや恐怖で引きつっているように見えるのだけど.....気のせいかな。

禰豆雄の背中には血だらけだが元気そうな炭華がいて、二人の様子を見ておろおろしていた。

 

そして、私の隣には七海がいて、その七海は.......。

...あれ?いない。さっきまで炭華達の姿を見て、義勇さんを睨んでいたのに.....。

 

 

 

キンッ!!

 

 

 

私が七海を探そうとした時、炭華達の方から金属と金属がぶつかり合い、擦り合う音が聞こえた。その音を聞いて、私はあちらの状況が変わったのだなと思った。

 

先程から避け続けていると言っていたように、義勇さんは禰豆雄の攻撃を避けていた。まあ、あんな音が聞こえるうえに殺気が込もっている斧や石をわざわざ受け止めたくないという気持ちは分かるけどね。

そのため、義勇さんは禰豆雄から一定の距離を保っていた。

 

 

そんな状況でこの金属がぶつかり合う音が聞こえれば何か起きたというのはすぐに察せる。特に私の隣に七海がいないとなると....。

 

顔を上げてその光景を見た瞬間、私は顔を真っ青にした。本当に顔を上げたことを後悔するくらいに見たくなかったと思った。

 

 

七海が義勇さんの刀を木の伐採用の鋏で受け止めていた。いや、受け止めただけでなく、鋏を動かして刀を挟み、刀の横に力を入れていることから、これは刀を折ろうとしているね。絶対に。

刀は縦の力に強いけど、横の力に弱いし、七海はそれを知っている。それに、七海の顔を見れば本気なのは間違いないし、義勇さんが汗をかいていることからも折られそうなのだな。このまま行くと、七海は確実にあの刀を折るだろうね。

うーん........。

 

 

「七海!とりあえず、一回落ち着いて!」

 

 

現実逃避したかったけど、流石にまずいし、収拾がつかなくなりそうだと思うので止めることにした。

 

 

 

 

とりあえず大体のことと現状の説明はできたので、詳細を説明しよう。

気になるのはいつの間に原作?(炭治郎達の性転換とかで、既に原作ではないと思う)が始まったのかだよね。

では、昨日と今日のことを話そうかな。

 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨が竈門家を襲撃する予定の日から一年が過ぎようとした時のことだった。

ある日、医者の仕事の手伝いで離れたところにある村へ向かわないといけなくなり、二日間外泊しないといけなくなった。その時の費用は払ってもらえるため、泊まる場所は問題がなかった。

 

そう。泊まる場所に関しては何も問題がない。だが、問題は竈門家と村から離れないといけなくなることだ。

竈門家は大丈夫だが、村の方だと大変なことになりそうなんだよね....。主に禰豆雄と七海の暴走が原因で。

 

 

禰豆雄と七海が問題を起こしていることは話していたよね。その二人が起こした大きいものも小さいものもあって、私は自分がいない間に大きな問題を起こさないかと不安なのだ。

特にあの二人は炭華が関わるとなると、何でもしてくるんだよね。

 

 

だが、何故か私と一緒に七海も来ることになった。せっかく遠くに行く機会だから、鬼がいるかどうかの確認をしに行こうと思っていたし、七海も同じ考えなのだと思う。鬼の気配が一切ないことで、ここは鬼のいない並行世界ではないかという考えもあるが、それでも本当に大丈夫だという確信を得るまでは続けておくことにしたのだ。

それに、なんだか嫌な予感がするのだよね。ほっとくのはまずいという、そんな気がしてね...。

私の杞憂なら良いのだけど.....。

 

 

 

....話を戻すね。七海は私と一緒に行くことが決まった。医者の人達も人数は多い方がいいと言っていたから、七海の参加はあっさり決まった。今までの手伝いで私が色々教えたこともあって、最低限のことはできるから、仕事に関しても問題はない。炭華達は禰豆雄がいるから大丈夫だろう。

 

 

うん?村の人のことはって?

ああ。禰豆雄だけになったのなら、被害も半減することになるし、七海がいないなら喧嘩も起きないので、たぶん大丈夫だと思う。

....炭華に余計なことをしなければね。

 

 

まあ、禰豆雄と七海の暴走に困ることがあるのは事実だけど、炭華へ危害を加える場合は正当防衛だと個人的に思っている。

 

何故かというと、前に行き過ぎた行動をする人がいたんだよね。その時は禰豆雄と七海がすぐに動いてくれたから、大事にはならなかったし、他にもそういう行動する人達がいて、その度に禰豆雄と七海が動いている。

大体はあの二人でなんとかできるので、私は後片付け(そういった人達を縛ったり、大人達に報告しに行って引き渡したりなど)をして、あの二人だけでは手に負えないと思ったら、その時は私も一緒に動いている。

 

 

そんなに炭華が巻き込まれるのかって?

......えっと、巻き込まれたり、巻き込まれに行ったりという感じかな。炭華の見た目は炭治郎と禰豆子を混ぜたような感じで、かなりの美人だということもあり、村中の人達にモテる。

でも、本人はそれに自覚していないから、意味が分からないまま何処かに連れて行かれそうになることが多いのだ。

 

まあ、これは禰豆雄と七海が周りの男性に牽制していたので(片方は大事な姉を奪うなと、もう片方はアタシ達に勝てる男じゃないとダメという感じ)、仕方がない。このようなことがあって、炭華にはそういう好意を持つ人が近寄ることはなく、恋愛経験すら一度もないんだよね。

 

 

これが原因で炭華の危機感がないのではと言われるが、炭華がそういうことに鈍いのは元からだからね。指摘してもこういうことに気づかない。

そもそも炭華が禰豆雄と七海のことに気づけたら暴走もマシになっていたと思う。だけど、気づいていないからこそ、こういう事態になっているんだよね....。

 

 

それに、女の子に変わったとはいえ、本質は炭治郎と同じなんだよね。嗅覚も炭治郎と同じくらい敏感で、困っている人が即行動して助けに行くのだよ。これも炭華の性格から全く直す気配がないため、必然的に炭華が巻き込まれることになっていく。

......そして、その時は大抵私や七海、禰豆雄が駆けつけて、それでなんとかなるんだよね。主に禰豆雄と七海が瞬殺しているから。

 

 

そういうわけで、私は禰豆雄と七海の暴走を止めて落ち着かせようとしても、過保護すぎるとか大袈裟だとか言って、暴走を禁止することはできないのだ。

というか、止めたら炭華が危ない。なんだかどんどん計画的になっているから、ますます警戒しないといけなくなっているし、なんだか相手も強くなっているから、暴走状態の方がこちらの都合に良い。

それなら、別の方法を考えてもらったらと思うでしょうが、それも既に思いついて提案してみたんだよ。そうしたらさらに悪い方に行きそうになったので、今の状況の方が良いと考えて現状維持になったんだよ。

 

 

なので、村の人達も禰豆雄と七海の暴走をなんとかしたいと思っていても、それを本気で止めさせようとは考えていないのだ。

まあ、禰豆雄も七海も炭華に手を出さなければ何もしてこないからね。炭華に何もしない、巻き添いにならないようにすることの二つに気をつければ大丈夫なんだよね。

というか、もうこの村の掟のようになっている。

 

 

......それで、話を戻そうと思うのだけど、禰豆雄と七海が起こす問題は張り合いと炭華関連の事件だ。張り合いに関しては禰豆雄が勝負を仕掛けて、七海がそれを受けることで始まる。最初は普通の勝負なのだが、途中から白熱していき、それが周りを巻き込むようになっていくんだよね。それを頻繁にするため、村の人達は困り果てているのだ。

 

 

つまり、あの禰豆雄と七海の張り合いは二人ともいないと発生しないことであり、二人が起こす問題のうちの一つはこれで起こらない。

残りの問題も村の人達は炭華に何かあれば禰豆雄が動くのを知っているので、禰豆雄を暴走させないようにしてくれると思った。

 

 

 

なので、私と七海は安心して遠くの村に行ったのだ。

 

....そう。それで気を抜いてしまったのだ。誰が来ても禰豆雄ならなんとかしてくれるし、村の人達も気をつけてくれるから、あまり大きな問題は起きないだろうと、そう思ってしまったのだ。

 

 

......でも、ずっと平和だったことで油断していた。禰豆雄が守ってくれるとか、いざという時には村の人達がいるから、なんとかなるだろうとそう思っていた。

だからこそ、私は無視してしまった。自分の感じていた予感を無視しなければこの先は変わっていたかもしれない。

 

 

 

 

私達が帰ってきた時にはもう終わっていた。私と七海が遠くの村から戻り、家が見えたと思った時、風で血の臭いが運ばれてきた。

私と七海はすぐに誰かが血を流しているのだと分かり、それと同時に私達の脳裏に原作の最初の光景が浮かんだ。

 

 

家の玄関で血塗れで亡くなった弟を抱えて倒れる禰豆子に、その玄関から家の中を覗いた先には.....家族が血塗れで重なった状態で亡くなっていて、下に敷いていた布団や近くの障子は血で真っ赤に染まっていて...。

 

 

私はそれを思い出してすぐに走り出した。七海も追いかけてくることから、同じものが思い浮かんだのだろう。

時間が長く感じた。私は凄く焦っていた。今は冬であるため、雪が降って積もっているのだ。私は雪に足を取られそうになるが、それでも足を動かすのを止めなかった。

 

そうしているうちに、私達は家に辿り着いた。そこで見た光景はまさしく原作と同じものだった。

遠くの村へ出かける前まで話していた、一緒に暮らしていた人達が真っ赤になって絶命していた。

 

 

「........!」

 

 

私はそれを見た瞬間、悲鳴を上げそうになったが、口を押さえた。眩暈もしてその場で倒れそうになったが、家の柱に手をついて耐えた。

 

今は気を失っている場合ではないからだ。泣きそうになるが...信じたくないが、もう一度家の中の惨状を見た。

 

 

竈門家には七人いたはずだ。しかし、家の中にいるのは四人であり、玄関の近くには一人いた。その一人が小さいことから、竈門家の末っ子である六太で間違いないだろう。

原作では禰豆子が六太を抱えて倒れていた。だが、ここにいるのは六太だけだ。そして、その六太の周りの雪には大量の血が染み込んでいた。だが、この血の量からして六太だけではない。広範囲に広がっているし、六太の着物にも血がついていた。その場所は致命傷とは正反対のところに飛び散っていたから、この血は六太のものではない。

つまり、ここに倒れていたのは六太だけではなかったのだ。

 

 

さらに、周りをよく見渡したら誰かの足跡があることに気づいた。惨状の方に目がいっていたので気づけなかったが、その足跡は森の中へと入っている。

 

あの足跡の大きさからして、おそらく子どものだろう。しかも草履となると、鬼舞辻無惨の足跡でないことは間違いない。確か、原作で無惨は竈門家を襲った時に何故か洋風の服を着ていたので、靴も革靴であるはずだ。

 

 

たぶん、原作のように炭華が禰豆雄を背負って行ったのかな?

だが、炭華と禰豆雄は体格が一緒でも、炭華に禰豆雄を持ち上げる力があるのだろうか。炭華はずっと禰豆雄や七海が力仕事を手伝ってくれるので、炭華がどれくらいの力を持っているのかは分からない。

まあ、炭華の石頭は炭治郎の時のままだったよ。

 

 

私と七海は顔を見合わせた後、足跡を追っていった。山の中に入ったのは少しでも早く医者のところに行くためだろう。いつもの道なら安全に通れるが、その道は少し遠回りになっている。一方で、山を突っ切る方は村に早く着きそうだが、道が全く整備されてない場所のため、足場が不安定だ。

もしそんな場所で何かあったら、大変なことになる。特に、私達はこの後のことを知っているため、もう大慌てだった。

 

 

私と七海が足跡を辿った先に炭華と禰豆雄がいた。そこで、私達は予想外の光景を見て、思わず口を開けて固まってしまった。

視線を炭華から外せなかった。

 

 

今の炭華は肌が真っ白になっていて、目は猫のような縦長になっている。しかも、爪が長くなっていて、牙も生えている。

 

これは炭華が鬼になっているね.....。て、いやいや。どうしてではなくて、炭華が鬼になっているの!炭華と禰豆雄の立場逆転しているよね!

まさか、ここでは禰豆雄が主人公であると言うの!だから、一年くらい遅れ、禰豆雄が原作の炭治郎と同じ年齢になった時にあの襲撃が起きたの!

 

 

そう思ってしまったが、それよりも大変なことも起きているので、これ以上は考えるのを止めて、目の前の状況について考える。

 

 

義勇さんが禰豆雄の投げてくる斧を避けたり、振り下ろしてくる拳からも何か重い物が落ちていく音がして、その音が聞こえる度に義勇さんが冷や汗をかいているのは分かる。

なんだか義勇さんが可哀想だし、このままだと収拾がつかない状況にもなりそうなので、あの二人をなんとかしないと....。

.....この後の行動のためにも義勇さんの協力が必要なのだから。というか、七海もそれを知っているでしょうに...。

 

 

そう思いながら、私はため息を吐きながら行動し始めた。

 

 

 

まあ、そんなことがあり......そして、現在に至るということです。

 

 

 

 

 

「この度は禰豆雄と七海がご迷惑をおかけいたしました」

 

 

私は義勇さんに土下座して謝罪をした。私の隣では炭華も頭を下げている。

 

 

「....いや、別に構わない」

「本当に申し訳ありません。あの二人は私の隣にいる炭華に何かしようとする人がいたら我を忘れてしまうのです。何をしたのかは知りませんが、その様子だとかなり苦労したようで.....」

 

 

私達の視線の先には私の羽織を枕にして、炭華の羽織を体にかけて眠っている禰豆雄と七海がいた。

目が覚めた時に炭華の羽織を掛け布団のようにしていたと知ったら、どう反応するのかは分からないな...。

 

 

あの状況では説得不可能だったため、仕方がなく最終手段を使うことにしたのだ。

私が禰豆雄と七海を眠らせた手段は麻酔だ。前の時から人食い熊が出た時用に麻酔を作れるようにしていたので、作り方は知っている。

ただ、あの二人用を作るためにその調合を少し変えてみた。睡眠薬の効果を強力にしながらも、体に害がないようにし、麻酔の効果の持続を短くなるようにしていた。

 

 

だが、それでもできる限り麻酔を使わないようにしていた。害のないように作ったとはいえ、それが絶対ではないからね。

それに、何度も使用すれば耐性ができてしまうので、私はあまり使いたくない。

効かなくなれば新たにその調合を考えて作らないといけなくなるのは私だし、もしも私が近くにいない時に大怪我をして、その治療のために麻酔を打ったのに全く効かないという状況になるかもしれないから、使用は最終手段ということにしている。

私が強力な麻酔を作って使い過ぎたことで何かあったら嫌だからね。

 

 

えっ?それなら気絶させればいいのではないかって?

無理です。忘れていませんか?私はそんなに力がないことを。一応呼吸は使えるようになっているのだけど、禰豆雄も七海も私の単純な力でなんとかできる相手ではないんだよね。最初はどうにかできたけど、今ではもうどっちも耐えられるようになっていて、私はお手上げなんだよ。

 

なので、物理で止めることはできないと考え、この方法を思いついたのだ。あまり乗り気ではなかったのだけど、これ以外に有効なものはなかったんだよね...。

 

 

今は炭華と禰豆雄以外の竈門家が殺され、禰豆雄も七海も情緒が不安定な状態だったから、これ以上何かをする前に落ち着かせておきたいと思った。そういう意味でも、これが一番有効かなと思ったのだ。

 

今は禰豆雄も七海も寝息を立てている。魘されている様子がなくて良かった。これで少しは休めるだろう。

 

 

「貴方が禰豆雄....先程貴方と戦っていた少年とどうしてあのような状況になったのかは大体察しがついています。ですが、私には貴方と禰豆雄がどのような会話をしていたのかを知りません。

なので、貴方が何を話そうとしたのかを教えてもらえませんか?」

「......やっと話が通じる...」

 

 

私は一瞬炭華のことを見た後、禰豆雄に視線を向けながら義勇さんに聞いた。義勇さん、冨岡義勇は私が炭華に一度視線を向けたことで理解しているのだろうと思い、安堵の息を吐いた。

 

.....義勇さんの一言でどれほど困っていたのかよく分かりました。本当にあの暴走状態の禰豆雄を相手によく耐えられましたねと思いますよ。その後に七海の相手もしたのだから、お疲れ様でしたとも。

 

 

「まずはその娘のことだが......」

「炭華のことですか」

「....そうだ...」

 

 

私が苦笑いしていると、義勇さんが私から炭華の方に視線を向けた。私もそれに気づき、炭華の方を見た。炭華は私達に見られて、きょとんとした顔をしていた。

 

 

「お前達の家を襲ったのは鬼だ。鬼に襲われ、その娘は鬼になった。鬼は人を食う生き物だ。その娘が人を食べていたらすぐにでも頸を斬り、まだ人を食べてなければ、人を食う前に殺しておいた方がその娘のためになるだろう」

「..........」

 

 

義勇さんの話を聞き、私は何も返事をせず、この後をどうするのかと考えた。

もしかしたらと予想していたのだが、私は実際に聞くまで確信は持てなかった。何故ならあのゴタゴタの所為で、今の義勇さんがどう判断するのか分からなかったからだ。

 

 

原作では鬼になった禰豆子が炭治郎を守る動作をしたため、炭治郎達を何か違うのかもしれないと考え、二人を師である鱗滝さんのところに送ったのだ。

だが、今の義勇さんの言葉や態度からして、原作と同じ流れにならず、禰豆雄が義勇さんに襲いかかったのだろう。

 

 

.....今はそういうことを考えている場合じゃない。炭華を殺すのを止めてもらわないと.....。

....少し遅いけど、原作と同じ流れを再現すればいいのかな?...いや何をするにせよ、情報が大事だ。もっと情報を得ないと。今の鬼殺隊が私の知っている鬼殺隊と同じものなのかを確認しないといけない。

もう既に原作と変わっている炭華達がいるのだから、鬼殺隊に何かしらの変化が起きている可能性はある。その場合、鬼となった炭華を受け入れてもらえるかも分からないので、鬼殺隊に入るかどうかも考える必要があるだろう。

 

 

.......でも、今の義勇さんに色々聞いても、答えてくれなさそうだな。もう既に説明は済んだと思っているようだし....七海と禰豆雄のことを出せば少しは私の質問に答える気になるかな。

 

 

「あのですね。色々と事情があると思いますけど、きちんと説明してくれませんか?

二人が目には覚ました時に、私が事情を説明しないといけないので。炭華はこの通り話せませんし、貴方から話さそうとしても、先程の様子からまた攻撃してくる可能性もありますから。それだけの説明ではあの二人は納得しません。.....下手したら、あの二人は納得するか死ぬまで追いかけてくるかもしれませんよ」

 

 

私がそう言うと、義勇さんは動きを止めた。心なしか顔が真っ青になっている。

 

どうやら禰豆雄と七海の暴走を思い出した様子だ。もう一度同じ状況になるのは勘弁したいらしく、

軽い気持ちで言ったけど、そこまで脅えるくらいだったとは思ってもいなかったので、私は義勇さんの様子を見て、苦笑いしてしまうと同時に申し訳なく思った。

義勇さんがここまで脅えるのはあの二人の行動が原因だから、何も悪くないからね。

 

 

「炭華やあの襲撃のことは分かりました。なので、次は貴方のことを聞かせてもらえませんか。貴女が鬼を斬る人間だというのは聞きましたが、貴方と同じような人はいるのですか?もし組織とかそういうのがありましたら、その組織についての説明も聞かせてほしいです。あと、鬼の詳細もお願いします」

 

 

私は義勇さんにそう聞くと、義勇さんはそれに頷き、質問にも私が聞いた順番通りに答えてくれた。

 

 

 

その結果、義勇さんも鬼殺隊も鬼も原作と変わっていないということが分かった。話を聞く限り、特に変わったことはなさそうだ。義勇さんの様子からして、正直に話してくれたようだから、嘘をついていないだろう。

 

まあ、義勇さんが最初に『....冨岡義勇だ。...好物は鮭大根だ』と言った時は笑いそうになってしまったけど。

でも、真面目に答えようとしてくれているのは分かるから、笑わないように頑張った。

......ただ、自分の好物とかは答えなくて大丈夫ですからね。

 

 

「....ありがとうございます。おかげで、鬼のことも鬼殺隊のこともよく分かりました」

「なら...」

「では、これが最後の質問です。ここにいる鬼となってしまったのは炭華というのですが....。

......炭華は貴方の話した鬼と違う様子ですが、これは一体どういうことなのですか?貴方もさっきから炭華を見ていて、分かっていると思いますが、炭華は私達の話を大人しく聞いているだけです。誰かを襲う気配はありませんよ」

 

 

私が義勇さんにお礼を言い、義勇さんは話が終わったと思って立ち上がろうとするが、その前に私が炭華のことを聞いた。

 

 

ここが一番重要だ。今のところ、義勇さんは炭華を討伐対象だと思っている。だから、それを変えるためにこのことを追求しないといけない。炭華はまだ誰も食べていない。それに、現在の炭華は暴れる様子なんてなく、むしろ暴走する禰豆雄と七海を止めようとしていたのだ。

 

 

「...それは.....」

「あと、鬼になったばかりだと重度の飢餓状態になると言っていましたが、炭華の襲われた家には死体がありましたが、食べられたような形跡がなく、襲ったのが炭華でないことは間違いありません。ここらは山の中のため、その家以外に人もいません。

つまり、炭華は誰も食べていない状態です。にも関わらず、炭華は私達を襲う気配なんてありませんし、先程も禰豆雄と七海に羽織をかける時もそんな素振りはありませんでした。特に、禰豆雄は炭華の身内です。身内の血は栄養価が高いと言っていましたよね。ですが、炭華は禰豆雄を食べていません」

「.......確かにそうだな...」

 

 

義勇さんが目を見開きながら何か言おうとするが、私はそれを言わせないために口を開いた。義勇さんがそれに乗じて聞かせた私の言葉に同意した様子を見せたので、このまま押し切ろうとした。

 

 

「....はっ!ここは」

「...あとちょっとだったのに......」

 

 

だが、その前に禰豆雄と七海が目を覚ました。それに気づき、義勇さんは二人の方を見て警戒体勢になり、私は頭を抱えたくなった。

 

 

また目を覚ますのが早くなっている。もうすぐこの麻酔も使えなくなさそうだ。麻酔の調合を変えないといけなくなったけど.....あまり気乗りしないな...。

それと、七海のその言葉は私が言いたい。もう少しで義勇さんを説得できそうだったのに....タイミングが悪いというか.....。

 

 

禰豆雄と七海が周りを見渡し、炭華の方を見た途端に安堵したような表情を浮かべたが、義勇さんの姿が視線に入った瞬間、二人の表情が消えた。

それを見て、義勇さんの顔色が悪くなった。真っ青を通り越して、真っ白になっていると思う。

状況を見る限り、義勇さんが危ないのは分かる。....大変だし、あの状態の二人を止められるか分からないけど、止めないといけない。

 

 

私は不安になりながらも二人のことを止めようとしたが、その前に炭華が動き出した。炭華は禰豆雄と七海に近づき、二人の頭を優しく撫でた。その瞬間、禰豆雄と七海は義勇さんのことを忘れ、炭華に甘えたり頭を撫でたりというようなことをしていた。

 

 

「炭華に助けられましたね...」

「........ああ....」

 

 

私が安心してくださいという意味を込めてそう言うと、義勇さんは禰豆雄と七海が大人しくなったのを見て、少し安堵したような表情をしていた。

 

だが、安心するのはまだ早いですよ、義勇さん。今は大丈夫なだけですから。

炭華がいないとどうなることやら.....少し言っておきますか!

 

 

「今もかなり危なかった様子ですが、禰豆雄と七海からしたら、もし貴方が炭華を殺した場合は地の果てまで追ってきますよ。例えどんな理由があろうとも、あの二人はそんなの関係ないということになります。もしかしたら、貴方のことを探して鬼殺隊に乗り込むということもやりかねません」

「........それは....」

「あり得そうだと思いませんか。そうなった場合、私には止めきれません。ですので、日夜あの二人に命を狙われる覚悟がありますなら、どうか気をつけてください。これは忠告です」

 

 

私は義勇さんに禰豆雄と七海がするであろう行動を話した。義勇さんはそれを聞いて顔を真っ青にしたが、嘘だと言わなかった。あの二人ならそういう行動をしても、おかしくないと義勇さんは思っているのだ。私もそうだ。

今、義勇さんに言ったことは本当だ。行動の例も既に似たようなことをやっている。あと、止められないというのもまた本当のことだ。

 

 

確かに私は何度もあの二人の暴走を止めていたけど、その暴走を絶対に止められるというわけではない。私も二人が何をするのかを完全に把握できていないのだ。それに、二人が別々に行動したらもう無理だ。今までは私がほとんど中心だったが、竈門家の人達がいたから(家族であるため、禰豆雄達の行動を大体理解している)、なんとか暴走を止めることができた。だけど、今回の襲撃事件で竈門家の人達は亡くなってしまった。

 

 

つまり、ここからはもう私一人でやるしかない。でも、私だけではやれることにも限りがある。何せ、あちらは二人で協力し合って動き、私は一人で行動していかないといけないのだ。二体一では圧倒的に不利であり、分身の術なんて使えないし、二人の行動を抑えることはできなくなる。そこで、さらに炭華が亡くなったら二人はもう止まらない。

 

 

その二人の様子を言い表せるとしたら...車かな。車はアクセルを踏めばスピードが上がるし、ブレーキを踏めばスピードが下がっていって、最終的に止まる。

禰豆雄と七海の暴走状態をアクセルが踏まれた状態だと仮定し、ブレーキが炭華であり、壁やブレーキを踏むように言う人が私ということだ。

 

特に間違っていないし、こう言えば想像しやすいだろう。実際に、私はあの二人の前に立ったり、炭華のことを口に出したりする方が多いからね。

...それで、改めて言おう。無理である。

 

 

「問題があるのはあの二人であり、炭華は何も問題がないと思いますよ。私達を襲おうとしませんし、逆に貴方を庇っていましたよね」

「.........」

 

 

私はそう言って義勇さんに帰る前にそう言った。義勇さんは顔色がすっかり良くなったが、私にはここからだからか問題だと感じる。

 

 

これは脅しじゃないかって?

うん、きっと脅しだよね。だけど、炭華がいないと色々困るし、私も炭華に死んでほしくないと思っているからね。この世界に来てから一緒に暮らしてきたのだから、炭華には生きてほしいと思う。

この世界で楽しんでいるけど、自分の大切な人が傷つけられたら怒るし、その人のためにも私もできることをするつもりだ。

 

 

ここで炭華が生き残るためにも、義勇さんが原作で炭治郎達のように私達を見逃させる状況にしないといけないと

義勇さんには悪いですけど、これから私達はその分を償うためにも頑張りますよ。

 

 

「狭霧山へ行き、鱗滝左近次を訪ねろ。冨岡義勇に言われてきたと言え。彼女を日の中に出すな」

 

 

 

 

 

 

 

「.....ごめんなさい」

「彩花は悪くないわよ。そもそも悪いのは殺した無惨よ」

「そうだけど.......。...嫌な予感はすると思っていたのに、こんなことになってしまったのだから....少し罪悪感が......」

「油断していたのはアタシも同じよ」

 

 

義勇さんと別れた後、私達は狭霧山に向かう前に竈門家に戻り、死体を埋葬した。あのまま放置するわけにはいなかったからね。炭華は眠そうだったので、休んでもらうことにした。今の炭華には睡眠で回復することを覚えてほしいからね。

私達三人は埋葬を終え、禰豆雄は炭華を起こしに行った。七海も禰豆雄と一緒に行くのかと思ったけど、禰豆雄が走っていく姿を眺めているだけだった。

 

七海達がいない間にと考えていたが、今しかここにいられないだろうし、この機会しか言えないと思った。

七海は私の視線に気づいた後、無言で頷いた。それを見て、私は墓の前で手を合わせ、謝罪をした。

 

 

七海はそんな私に対して悪くないと言ってくれるが、私は首を横に振った。

 

あの時に私はここから離れたら駄目だと薄々感じていたのだ。なのに、私は気のせいだと思って、それを無視してしまった。もしそれに従っていれば私達は対処できたし、何かが変わった可能性もあったかもしれない...。

今更どうこう言っても仕方がないのは分かっているけど、私は納得がいかないんだよね.....。

...でも、仮定を考えていても仕方がない。もしとか、例えばとかを考えていても現状が変わるわけはないと分かっている。これから先を考えると、やるべきことがある。

 

 

.....だけど、今は竈門家の人達の死を追悼させてほしい。そして、助けられなかったことをこの時間だけは謝罪したいのだ。

 

 

七海は気に病むなという意味でそう言ってくれているのだとは分かっているし、私も七海なりの優しさでそう言ってくれていて、私の隣で一緒に手を合わせて黙祷している。

 

七海も知っていたから、私の隣から離れず、一緒に謝罪しているのだろう。七海ともかなり長い間つきあっていたので、七海がどういう考えでいるのかは分かる。七海も私と同じくらい悔しいと思っている。私達は襲撃が起きることを知っていたのに、何もできなかった。

だからこそ、私達は.......。

 

 

「......七海」

「....何?」

「絶対に...炭華を人間に戻そう。禰豆雄にもこれ以上のことが起きないように、炭華のことで無理しないようにね。そのためにできる限りのことを私達でやろう」

「....そうね。もう前提が崩れてるから、どうなるか分からないものね。なら、アタシ達がやることは原作の知識と前の経験を活かして、あの二人を守ることかしらね」

 

 

私の言葉に七海は考えている様子だったが、私の方を見て頷いた。そうしているうちに、禰豆雄が炭華を連れて戻ってきた。

炭華と禰豆雄が来たということで、今度は四人で黙祷した。黙祷を終えた後、私達は互いに無言で背を向け、狭霧山に向かって歩き出した。

 

 

 

また、ここに全員で戻ってきます。

 

 

 

 


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