笹の葉の少女は幸せを願う   作:日々草

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今週から再び再開しようと思います。毎週金曜日を目標に投稿していきたいです。今回から新章に入ります。
それでは、楽しんで読んでもらえるとありがたいです。




三度目の少女は分からない
三度目の少女は悔やむ


 

 

 

「また、なの....」

 

 

私は呆然としたまま辺りを見渡した。私の周りには木や岩、雪しかない。

先程まで私は七海や炭華達と蝶屋敷にいたはずだった。蝶屋敷でカナヲ達と話し、炭華に近づき過ぎたことで善逸が禰豆雄に睨まれ、伊之助はアオイさんの揚げた天ぷらを食べていた。私と七海はそれを笑いながら見て、きよちゃん達と楽しそうに遊ぶ炭華を呼び、ご飯の準備をしようとした。

その時、時計の針が止まる音と螺子が巻かれる音が聞こえた。私はその音に聞き覚えがあると思っていると、気がついたら山に立っていた。

私は目の前の光景が突然変わったことに長い間茫然として立ち尽くしていた。こんなのは初めて.....いや、二度目だ。最初に巻き戻った時と同じだ。あの時と同じ現象なのに、すぐに思いつかなかった。例え七年経とうと、あれは鮮明に覚えていたはずだった。

戦いを終えたことで気が抜けていたようだ。だけど、それ以上に私は何が起きているのか分からない。この巻き戻しが起きた時はどちらも鬼がいなくなっているはずだ。

 

 

「......待って。私、今は何歳なの?」

 

 

自分の手を見れば八歳でないことは分かった。手の大きさは巻き戻る前の時と変わっていない。だが、掌に胼胝ができていないため、刀を持っていないのだと察する。しかし、この巻き戻しには不可解な点がある。

 

 

それは手の大きさと胼胝の有無が一致していないということである。私は八歳の時に刀を握ったことがなかった。そのため、私は最初の巻き戻しの時に八歳の頃だと思った。手が小さくても、胼胝ができていなくても何の不思議もない。だけど、その後から私は斧を握って振ったり、木刀を自分で手作りした振ったりなどというように、何か物を握って鍛練していた。それで九歳くらいにはもう胼胝ができていた。

だから、ただの巻き戻しならこの時点で胼胝ができているはずだ。だが、今の私にはそれがない。そこがおかしいのだ。

 

 

「あれ?彩花じゃないか。こんなところで立ち尽くして何をしているんだ?」

「あっ。三郎爺さん、こ、こんばんは?」

 

 

私が考え事をしてずっとその場で立っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、私に声をかけたのは三郎爺さんだった。私は混乱していたが、とりあえず三郎爺さんに挨拶することができた。どういう状況なのかは分からないけど、周りが暗くなっていっているので、もうすぐ夜なのだと予想した。そのため、最後に疑問符がついたのだけど、三郎爺さんは気にした様子を見せなかった。

 

 

私は少し悩んだが、三郎爺さんとそのまま話し続けることにした。三郎爺さんが私のことを知っているなら、現状を理解できると思ったからだ。

 

それに、ここの私と三郎爺さんが知り合いということで、幾つか分かったことがある。その中で重要なのは私がいるのは雲取山だということだ。三郎爺さんがいるなら、私が両親と住んでいたあの山ではないのは確かだろう。原作で三郎爺さんは主人公の炭治郎のいる山の近くに住む、鬼について知っている人として描かれているので、私がいるのは雲取山で間違いない。

 

 

次にこの時の私が既に炭治郎達と知り合っている可能性があるということだ。私のいた山は雲取山から少し離れていて、一日で往復できるという簡単な距離ではなかった。だから、私がそのままあの山で暮らしているとは思えない。となると、両親と暮らしていたあの山に私はもう住んでいないだろう。

これで、私が雲取山に住んでいるのは確定した。だが、そうなると問題がある。ここの私は住む家をどうしているのかということだ。私が雲取山にいるということは両親と住んでいたあの家ではない。

 

 

それなら、私は何処で雨風を凌いでいるのか。私は炭治郎達の家に居候しているのではないかと思っている。それは七海と一緒にそうなった経験から考えているが、この可能性は非常に高いと思っている。既に見ず知らずの私と七海を信頼したことがあったからね。

住んでない可能性があるが、ここがどうなっているのかは分からないけど、それでも年の近い炭治郎と仲良くてもおかしくないため、炭治郎達との交友があると思う。こういう村の中で年の近い子は少ないから、何かと気にかけるんだよね。

 

少し話が逸れたけど、私の予想が合っているかは三郎爺さんの話で判明するだろう。

 

 

「炭治郎はどうですか?」

「ん?どうって、炭治郎はまだ帰ってきていないのか?いや、今日は二人で一緒に山から下ってきたからな。炭治郎のことを待っているのか?まだ炭治郎はここへ来てない」

 

 

私の質問に三郎爺さんは少し疑問に思ったが、すぐに納得して答えてくれた。情報がないため、こういう言い方でしか聞けないが、狙い通りに解釈してくれたようだ。

それと、大当たりだった。ここの私は炭治郎達のところに居候していて、今日も一緒に山を下っていた。炭治郎は炭を売りに行き、私は持っている荷物から薬を売りに行ったのだと分かり、私がこの山で炭治郎達と一緒にいるのは確定した。

 

あと、ここは炭華ではなく、炭治郎となっていた。炭華の可能性があったけど、性転換した世界と明らかに違う世界だと感じるし、七海の話からしてあれは前回と違うということなので、炭治郎の可能性の方が高いと思い、とりあえず炭治郎で聞いてみた。

すると、炭治郎の名前で反応したので、ここにいるのは炭治郎みたいだ。炭華だった場合はどうしようかと思ったが、その心配が杞憂で良かった。

炭治郎であるなら禰豆子だと思うので、炭華(炭治郎関係)で七海と暴走することもない。なら、平和?になるのかな.....。...そういえば、七海はどうなって.......。

 

 

「もうすぐ日が暮れる。このまま炭治郎を待っていたら家に着く前に夜になるだろう。私の家に泊まりなさい。鬼が出るから」

 

 

私が考え込んでいると、三郎爺さんがそう言って家に入れてくれようとした。それはとてもありがたいことだが、私は三郎爺さんから鬼という言葉が出てきたことにギョッとした。

何せ、私と七海が無惨の襲撃を知ろうとした時は三郎爺さんに鬼を知っている様子がなかった。

なのに、ここでは三郎爺さんは鬼について知っている。そのことに驚いたというのもあるが、それだけではない。

 

 

三郎爺さんのこの鬼が出るという言葉は原作であったことだ。それもこの言葉を受けて三郎爺さんの家に泊まっている間に竈門家は無惨に襲撃されているのだ。

私はその言葉を聞いた後、もう一度自分の手足を見ながら思い返した。私の身長がこのくらいの時はもう十二、十三にはなっているだろうと。その時だとすれば原作開始の年だということになる。

 

 

「....大丈夫ですよ。いつも帰れているのですから、今日も平気だと思います」

「確かに。いつもならもっと早くに帰るから言わなかったが、今日は流石に遅い。もうすぐ正月になるから稼ぐと言って、二人してこんな時間まで働いていて...疲れてもいるだろうから、とにかく中へ......「ごめんなさい!今日は少し事情があるので、早く帰ります。炭治郎には暗くなりそうだから、先に帰ると伝えてほしいです。それでは、急いで帰ります!」」

 

 

私は心臓がバクバクしているのを感じながらもなんとか平常を保とうとした。いきなり今日が無惨の襲撃だと分かっても

最後の方はもうめちゃくちゃだったが、今の私はそれを気にする余裕がなく、言いたいことを全て伝えでからすぐに走った。

後ろで三郎爺さんが何か言っているが、私はそれを無視した。私が優先しないといけないと思うのは竈門家の人達の安全だ。ここで竈門家の人達とどんな生活をしていたのかは分からないが、別の六年間の竈門家のみんなと過ごした記憶がある。とてもお世話になったし、例えその記憶を持っていない人であろうと、見過ごすことはできない。

炭治郎と私がこの世界でどんな関係になっているのかは分からないが、何も伝えずに行くのは申し訳ないので、伝言だけは残しておく。おそらく炭治郎はまだ家へ帰っていない。原作だともう少し暗くなっていた時に三郎爺さんと話していたから、今はその少し前なのだと思う。だから、私は急がなければならない。無惨が辿り着くのは今日だと分かっていても正確な時間までは分からない。原作のあの場面で布団が敷かれていたことを考えると、寝る前に襲われたか寝ている最中に襲われたのかとも思える。

これならまだ時間があるのではないかと考えるかもしれないが、準備する時間が必要だった。何せ、相手が鬼舞辻無惨という状況なので、それを回避するためには対策を練る必要がある。そのため、時間がたくさん必要だ。しかも、今の私は呼吸を使っていなかったらしく、そんなに体力もないし、

 

 

私は積もった雪で滑らないように気をつけながら走っていく。外は暗くなっていて、もうすぐ夜になる。無惨が来て、禰豆子しか生きていなかったあの夜が起きる。私は焦って抜け道を通ることにした。いや、抜け道と言っても道と言えないものであり、真っ暗な時は命の危機を感じるほどのものだが、今はこれが近道なのだ。呼吸を使えない私では家に着くまでに時間がかかり過ぎる。

ちなみに、私がこの道を知っているのはあの六年間の雲取山で過ごした時間である。竈門家に暮らした時はここで薬草を探して採っていたし、七海と禰豆雄の暴走を止めるため、すぐに駆けつけられるようにこういう道を見つけていたのだ。そして、その道はここでも同じであるため、私はその道を使うことができた。

 

 

私は足元に気をつけながら家に近づいていた。もう少しで家に着くと思った時、殺気を感じた。私は慌ててその場から離れた瞬間、そこに誰かが現れ、その地面が割れた。

危機一髪だった。私は警戒しながらその人物を見て、目を見開いて驚いた。

 

 

「.......七海....?」

「ヴヴヴっ」

 

 

私が見たのは七海だった。それも制服を着た.....高校生の姿をしていた。だが、私が呆然と呟いた声を聞いても七海は返事をせず、唸り声を上げるだけだった。私はすぐに気がついた。今の七海が鬼だということに。

私は混乱した。いきなりここへ来ることになり、しかもタイミング的に無惨の竈門家襲撃の日であり、急いで帰る途中に鬼となった七海に襲われる。色々なことが起きていて、私の頭はもうぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

 

「なんで、どうしてこんなことに........」

 

 

私はついそんな言葉を漏らしてしまった。意味の分からないことの連続でついて行けなくなっている。だが、冷静になる暇なんて私に与えられなかった。七海は私を視界に入れた瞬間、襲いかかってきた。私は咄嗟に避けられたが、暗くなってきて足元がはっきり見えなくなってしまった所為か、崖から転落してしまった。私はすぐに岩や枝を掴み、勢いを殺そうとしたが、雪が降っている影響で滑ってしまい、上手くできなかった。

私はそのまま下まで落ちたが、ちょうどその場所は雪が積もっていたところだったので、怪我をすることはなかった。私は無事だったことに安堵するが、すぐに気を抜いてはいけないと思い直し、心を落ち着かせた。

 

 

何故こんなことになっているのかは分からないけど、今は目の前の、七海のことを優先した方がいい。あの七海は確実に鬼になっている。それもかなりの飢餓状態で意識がない。目には何も描かれていなかったし、あまり強いと感じなかった。それなら、今の七海は鬼になったばかりだと考えられる。

それでも、疑問が残っている。前の時に聞いた七海の話では人間を食べたいと思っていなかったそうだ。それなのに、あの七海は私を狙っていた。おそらく七海にも今までにないことが起きているのだと思う。どうにか七海を正気に戻したいけど、どうすればいいのかな?

七海も原作の禰豆子と同様に飢餓状態に勝てそうだという信頼は私にある。でも、あの様子では人間を見つけたら無差別に殺してしまうくらいなので、一度正気に戻さないと駄目だ。

 

 

原作だと禰豆子は炭治郎の声や子守歌で正気に戻っていたので、それと同じことをすればいいのではないかと思うかもしれないが、私が全く自信ないのだ。

子守歌はお母さんが幼い頃に歌っていたということで凄く暖かく、懐かしくて心に残っているから効くのであって、私が歌っても効くかというと全然だと思う。というか、七海のお母さんと同じ子守歌を歌うことができない。どんな歌を歌っていたのかは分からないし、そもそも七海のお母さんは七海に子守歌とかを歌っていたのかというところから問題なのである。

それなら、言葉なら行けるのではないかと思われる方がいるかもしれないが、どうしても私はそんな自信を持てない。私は七海に届くのかというところで凄い不安になっているのだけど.......。

 

 

私は深呼吸しながら七海をどうやって止めるのかを懸命に考えた。そういえば七海が鬼になったのなら、殺すという選択肢があるのではという人がいるかもしれないが、私にその選択肢はない。

だって、七海とは一度殺し合ったが、仲直りはしたし、巻き戻った後に過ごした約八年間はとても楽しく、友達や家族のように感じていた。何より、同じ記憶を共有している仲である。私はそんな人だから鬼になっても一緒にいたいと思っているし、しかもまだ人間を食べていないのならとますます希望を抱いている。

今は暴走しているけど、七海も大丈夫なのではないかという期待をしてしまう。だから、私は七海を正気に戻す方法を考えている。

 

 

それに、今の私には鬼となった七海を殺す手段がない。日輪刀は持っていない。先程三郎爺さんと話している時に持ち物を確認したが、薬を作る道具や幾つかの薬草、稼いだお金以外はなかった。護身用の刃物なんてなく、その薬草の中に藤の花もなかったため、鬼に効く毒がない。睡眠薬はあるが、それは人間用であるため、鬼には効かないだろう。となると、後は日光を待つのみになるが、私がそれまで生き残れるという保障はない。まだ成り立てで弱い鬼だとされても、呼吸の使えない私ではそこまで逃げきる体力はないだろうし、刃物などの武器もないので、戦うこともできない。

 

 

私があの飢餓状態の七海への対処で悩んでいると、上から誰かが来る気配を感じて転がって避けた。いや誰かと言っていたけど、それが誰なのかはとっくに分かっていた。素肌が雪に触れ、それを冷たいと感じていたが、私はそれを気にしていなかった。それ以上に時間切れだと思い、向き合うことにした。

やはり来たのは七海だった。どうやら先程から狙いが私となっているようだ。私はそのことに困った。今の七海は私を標的としているため、他の人を襲う可能性は少なくなっている。

 

 

だが、私が七海を正気に戻せるかどうかでどうなるかは分からない。今の私は呼吸が使えないし、護身の武器すらも持っていない。なので、七海と戦うことになったら確実に私が負ける。私はそれが嫌だ。負けるのが嫌とかではなく、七海が最初に殺すのは私ということになるのが嫌なのだ。あの飢餓状態で、制服に血すらついていない七海はまだ誰も食べていない成り立ての鬼だから、私は最初の獲物ということになる。私をきっかけに七海が戻れなくなるのは駄目だ。だから、私はここで七海の正気を取り戻さないといけない。

 

 

......私の声が届くかどうかは置いておくとして...まずやらないといけないのは七海を動けなくすることかな。今の私では少しでも油断すれば七海に殺されてしまう。呼びかける時間があまりないので、七海を止める方法を考えないといけない。

 

 

「七海!」

「ヴッ!」

 

 

私が七海の名前を呼ぶと、七海は私に向かって突進してきたので、私は避けた。

なるほど。こうすれば誘導することは可能かもしれない。

 

 

「こっちだよ」

「ヴヴヴヴッ!ヴヴッ!」

 

 

私は七海に声をかけながら襲いかかってくる七海の鋭い爪を紙一重で避けていく。今のところ当たっていないけど、何度も襲いかかってくるから、体勢を崩したら終わりだ。

私はそのことに緊張しながらもなんとか攻撃を避けていき、勘でなんとなくその場所に誘導する。本当は確認しながらやった方が正確なのだが、七海から視線を逸らせばその時点でも駄目だ。一発勝負だけど、やるしかない。

 

 

私は緊張していても、必死で落ち着くように心の中で言い聞かせながら七海の攻撃を避けていると、背中に何かが当たった。私は感触からその何かの正体に気づき、動きを止めた。その瞬間を待っていたというように七海が飛びかかってきて、私はそれをじっと見ながら横に転がって避けた。転がる私の耳にドサッと何かが落ちる音が聞こえた。

私はすぐに体勢を整え、起き上がってみると、七海が雪に埋もれていた。この時代に除雪車のようなものはない。特に、こんな山の中は誰にも手入れなんてされないから、雪は降り積もったままだ。道だけでなく、木の上にもね。

 

 

さらに、鬼は人間と違い、とんでもない力を持っている。鬼になっている七海が勢いよく木にぶつかればどうなるか。

.....まあ、木が折れてしまったのは巻き込んで申し訳ないという気持ちになる。結果として、木に積もっていた雪が七海の上に降り落ち、七海は身動きが取りづらい状況になった。

だが、それも時間稼ぎのようなものだろう。あの七海ならすぐに体勢を整えられる。私が走って近づいていく間に七海は体を震わせて雪が落ち、自由に動けるようにしていた。この状況で近づいても私が食べられるだけだ。

 

 

やはり雪ぐらいでは駄目だ。でも、それは予想していたので大丈夫だ。

私は呼吸を使い、地面を強く蹴った。呼吸を使っていなかったとしても、頭では分かっている。だから、使うことならできるはずだ。ただ、体はそれに追いつけないから、使えるのは短時間だろう。しかし、それでも不意をつく時には最適だ。

 

 

私は地面を強く蹴って跳び、近くにある別の木に蹴りを入れた。だが、私にはへし折るくらいの力がないため、木は揺れるだけであった。それでも、僅かに揺れさえすれば積もった雪が少しずつ降ってくる。特に、あの木はかなり大きい方であるため、七海の上にも降ってくるはずだ。案の定、七海の上にも雪が降り注ぎ、七海は顔を隠した。

これを待っていた。巻き込んでしまった二本の木には申し訳ないと思っているが、今は周りのものを何でも使わないといけない状況だった。こうでもしないと隙を作るのは難しい。

 

 

いや、その条件は私も同じではないかって?

そうだよ。私の方が雪の降ってくる量は多く、その雪は明らかに視界を阻害している。だが、それも分かっていたことだ。そのため、私は木を蹴ったと同時に跳躍し、七海の後ろに着地した。それでも、七海は気配で私が気づくだろうが、私は動く前に七海を勢いに任せて押し倒した。

 

 

「ヴッ!?ヴヴヴッ!ヴヴッ!」

 

 

七海は唸り声を上げながら振り払おうとするが、私が手足を完全に押さえていたので、それはできなかった。

力がないとはいえ、今の私は全体重をかけてしっかり押さえているから、そう簡単には外れない。だが、鬼は人間より力が強いし、私もそろそろ呼吸を使えなくなる。

だから、その前に伝えないと.....。

 

 

「....前の世界の苗字を聞いていなかったし、私も覚えていないからそんな話題になることはなかったけど.....」

 

 

私は誰にも聞こえないくらい小さな声で呟きながら七海を見た。この言葉は聞こえてなくていい。誰にも聞かすつもりのない一人言なのだから、これは誰にも届かなくていい。

だけど、この後の言葉は七海の耳に入ってほしい。届いてほしい。

 

 

「起きなさい!今の七海は確かに七海だけど!それと同時に、生野七海でもあるの!お願いだから、戻ってきて!」

 

 

私は七海の目を見ながら叫んだ。こんな大声は相手が七海じゃないと出ないだろう。いや正確にいうと、七海と禰豆子(禰豆雄)の場合だ。この世界に来てから色々な人や鬼達と話していたけど、大声で叫んだこととなると、主に七海と禰豆子(禰豆雄)関係である。

だけど、今回が一番真剣だったと思う。

 

 

「......か....?」

 

 

私が七海のことを見つめていると、七海の動きが止まり、掠れたような小さな声が聞こえた。

はっきり聞こえたわけではない。でも、例え風に乗ってたまたま聞こえた声だとしても、その声が誰の声かは分かる。目の前にいる人が発したのだと分かっている。

それと、なんとなくであるが.....私の名前を言っている気がする。私は七海の目が揺れていることに気づき、戻ってきているのだと察した。

私は声が震えないように気をつけながら七海に呼びかけた。

 

 

「七海。聞こえているよね。覚えているよね。私もいきなりここへ来て、混乱したよ。でも、それ以上に七海が鬼になっていたことに驚いたよ。....たぶんだけど、七海はまだ人を食べてない。だから、まだ大丈夫だよ。間に合ったから」

 

 

私の声を聞き、七海は目を見開いた。七海が驚いて叫ぶ前に私は自分の予想を伝えていく。今の七海は鬼に成り立ての段階だと思っていることや、その証拠に七海の着ている制服には血痕がなく、気配も十二鬼月のような強い鬼の威圧感がないから、鬼になったばかりなのは間違いないと言うと、七海は安心したように息を吐き、力を抜いた。

 

 

七海が人間を食べるということにトラウマがあるのを知っている。前に一緒に暮らしていた時、食事の最中の七海に違和感を感じ、七海が肉を使った料理には眉を顰めていることに気づいた。表面では笑っていたけど、それは私以外にも炭華と禰豆雄達にもバレた。私は事情を知っているから、すぐに原因も察したし、炭華と禰豆雄も七海の様子から何かあると分かったうえで、何も聞かずに食べなくていいのだと言った。それから肉料理が出てくることはそもそも貧しくてあまりなかったが、たまたま手に入れる機会があった時は七海のために私が釣りや素潜りをして魚などを確保したり、山菜をたくさん採ってきたりしてきた。そのため、みんなで肉料理を食べている間も七海はその肉に負けないくらい豪華な料理を食べている。特に、秋になれば松茸を使うので、七海はそれで満足している。

今では七海がこのまま甘えているわけにはいかないと思ったらしく、少しずつ克服していき、食べられるようになっているので、鬼殺隊に入った時には普通に食べていた。だが、七海は全体的に肉と魚のどちらを食べているのなら魚の方だと思う。

 

 

でも、それくらいのトラウマになるほどのことをもう一度やってしまったかと思うと、それは恐怖を感じる。ああ

なので、私がやっていないと言ったことにとても安心したのだろう。七海の目が少し赤くなっている。瞳の色が青系統であるため、それが凄く目立つ。だが、私は七海が涙目になっていることに気づかないフリをした。

 

私は七海が落ち着いたのを確認し、押さえるのを止めた。七海から離れると、私も安堵して力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

 

「...七海。私は嬉しいよ。七海が戻ってきてくれて。私の声が聞こえて、凄くほっとした。七海が戻って来なかったらどうしようって、不安にもなったよ」

 

 

私が七海の腕を掴んで握ると、七海は私の方を見て呆れたような顔をしながらも私の手を握った。私はその手から伝わる温もりにますます安堵していく。今の七海は鬼になったことで肌が真っ白だ。なので、その手にもちょうど熱があると分かるのは凄くほっとするのだ。

 

 

「七海、おかえり」

「......ただいま」

 

 

私が笑顔でそう言うと、七海は少し顔を赤くしながらもはっきり言った。その顔は笑っていた。私はそれを見て、安堵した。

七海が戻ってきたと実感し、力が抜けていく。.....いや、これは.........。

 

 

「こ、呼吸を使った反動が.......」

「彩花!」

 

 

私はその場に倒れ、七海が慌てている。私も無茶をした自覚があったが、こうなるまでだったのは予想外だ。今の私は肺を鍛えてないから、回復の呼吸を使おうとしてもかえって反動を大きくするだけになりそうだ。

となると.....時間がかかるけど、七海には待ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

「....それで、今後のことを話し合わないとね」

「そうだね」

 

 

しばらくして、私も起き上がるくらいには回復し、七海と今後のことを話し合っていた。

 

 

「それに、彩花がさっき言っていたけど、アタシの制服に血痕がないのは流石におかしいわよ。鬼になるには無惨の血が体内に入った時だわ。その時に制服に無惨の血が少しでもつくはずよ」

「確かに、私も同じことが不可解に思っていたの。最初は七海が人を食べてしまったかどうかの判断を優先していたから気づかなかったけど、よくよく考えてみたらそれでは無惨がどうやって七海に自身の血を注入したのかという話になるよね。無惨の血の注入方法って、相手の体に傷をつけて、そこから血を注入していくものね。

もう一つ、自分からだった場合はその人の手に血を注ぎ、飲ませるという方法があるけど、七海が自分から鬼になるとは思えないし、手にも口にも血がついていないから、それはあり得ないと思う。でも、やっぱり七海が鬼になった原因は分からないんだよね.....。

.......そういえば、七海はさっきから無惨と呼んでいるけど、全然平気だよね。もう無惨の呪いを解いたの?」

「....言われてみれば...」

 

 

七海の疑問に私も頷いた。私も後で同じことに気づいたのだ。幾ら何でも血が全くついていないのはおかしいと思った。まあ、襲われている時は食べていないのだと気づきやすかったけどね。でも、それが明らかに不可解なことだと思われる。

 

 

私も七海の言っていることについて考えていると、七海の言葉の中で気になることがあった。それは七海が無惨の名前を普通に呼んでいる点である。私はそれに気づいてすぐに尋ねると、七海は少し驚いた。たぶん驚いた理由について知らないだろう。

七海も無意識に言っていたみたいだ。今になるまで七海は人間であり、私とこの世界のことで色々話をしている時に何度も無惨と言っていたから、特に意識せずにその名前を言っていたみたいだ。

 

 

「....はあ。アタシがどうやって鬼になったことも、また時が戻ったことも不可解なことがあり過ぎて、何処から整理していけばいいか分からないわ」

「そうだね。一つ一つ確認していった方がいいと思う。今はたぶん原作の......!」

 

 

七海の言葉に私は同意しながら持っている情報を頭の中で整理した時、私はあることを思い出した。七海のことで頭がいっぱいになってしまい、忘れていた。

今、竈門家が無惨に襲撃される危機だということを。

 

 

「...どうしたのよ?」

「ごめん。今日って、原作の始まりの......竈門家が無惨に襲撃される日、みたいなの」

「はっ!?つまり、二年前!?いや、一年前....それを考えている暇はないわね...。もう、真夜中になってるわよ!早くしないと、手遅れになるわ!」

 

 

私の顔を見て、七海が疑問に思って聞いてきた。私はそれに謝罪しながらそう告げた。この謝罪をする相手は本来なら竈門家の人達のはずなのは分かっているが、それでもやってしまった。

七海は今が竈門家襲撃の日であることに驚愕しながらも竈門家の方へ向かった。

 

 

家の場所は私達の記憶と同じところにあるはずだ。だから、そこには行ける。だが、問題は間に合うかどうかだ。無惨が来るのは何時なのかという情報がない。夜になってから既にかなりの時間が経っているため、襲撃されているかどうかは分からない。

 

 

少しでも早く行けるようにと、私は七海に背負われた。今の私は呼吸が使えないので、前と同じくらい速くない。一方で、七海は鬼となっているため、身体能力は高くなっている。だから、一刻も早く辿り着けるようにするには七海が私を運んだ方がいいと思った。七海も同じことを考えたらしく、手遅れになると言いながら背中を指したので、私はその背中に乗った。

 

 

鬼となった七海が私を背負った状態で木々を通り過ぎ、その跳躍力で木から木へ、岩から岩へと飛び越えていく。いつの間にか雪が降っていたが、それを気にせずに無言で竈門家を目指す。そうしていくうちに竈門家が見えてきた。

だが、遅かった。

 

 

「駄目だわ。もう襲撃された後のようね」

 

 

鬼になって五感が鋭くなり、血の臭いに敏感になっている七海がそう呟いたのを聞いた時には察していた。

だけど、それでも私は七海に下ろされた後、竈門家に急いで向かった。風に乗って血の臭いがしてくるが、雪が降り続けて前がよく見えなくなっていても私は足を止めなかった。頭の中に原作のあの場面や前に見たあの惨状などの自分の記憶に残っているものが何度も浮かんでくるが、私は走り続ける。

 

 

これから見るものがどういうものかは分かっている。それでも、私は止まらない。止まれなかった。あれが起きたから、こうなったのだという言い訳はしない。特に、忘れていたのは完全に私が悪い。

もしかしたら微かに生きているかもしれないという希望を抱いているし、私が忘れたのはこれだということを見るためでもある。

 

 

だが、結果は残酷であった。竈門家に着いて見たものは原作や前に見たのと同じであり、脈もなく息もしていなかった。体温も外から吹く風で奪われ、冷たくなっていった。唯一、禰豆子だけは体温があまり下がってなくて、私は禰豆子が鬼になっているのは間違いないと思った。

 

 

だけど、他は体温が下がっていき、だんだん温かさを感じられなくなっているのが分かり、私はそれに少しショックを受け、まだ助かる方法はないのかと考え、傷口を押さえて止血し、心臓マッサージをした。すると、僅かに心臓が動いたのだ。

竹雄の心臓だけ。

 

 

私はそれに驚き、竹雄の心臓に手を当てると、小さく動いているのが分かった。私が七海に竹雄の心臓が微かに動いていることを伝え、七海に私の着物を着せた後、竹雄を背負って山から下り、医者のところへ向かった。本当はそんな暇なんてないが、私は可能性を信じてここに残るし、七海の方が早く医者の元へ行ける。だが、七海の服装はこの辺りでは見当たらないものであり、それが相手に不信感を与えてしまい、竹雄の治療を拒否される可能性があるため、服だけは着替えさせておいた。

七海が行った後も私は癸枝さんや六太達に心臓マッサージなどをして蘇生しようとしたが、全く駄目であった。

私はそのことに落胆しながらも七海と竹雄のことが心配であるため、一度手を合わせた後に山から下りた。

 

 

 

医者のところへ行くと、七海がその家の前に立っていた。七海に竹雄の容態を聞いてみると、まだ治療中だそうだ。医者の人は七海を見て少し警戒していたらしいが、重傷の竹雄や私に行くように言われたことを話すと、すぐに竹雄の手当てをしてくれたみたい。

どうやら医者の人達にとって七海は初対面の人という認識のようだ。前の時は手伝いをしに来た仲だったので、やはり違うのだと改めて感じた。

 

ちなみに、七海が外にいるのは中にいたら邪魔になると思ったからだそうだ。私も手伝いたいが、集中している時に声をかけるのは駄目だと思い、一度隙間から覗くことにした。

医者の人達が今も必死に治療している。

 

 

最新の機械とかがないため、私達の知る現代や蝶屋敷に比べると、凄く不安になる。だけど、今の私には竹雄を助けられそうなものが何一つなかった。ここなら僅かにでも可能性があるため、賭けるしかないと思ったのだ。

 

 

私と七海は家の前で竹雄の治療が終わるのを待った。互いに無言だった。こんな状況でなければ色々話し合いたかったが、今は緊張していてできなかった。

 

 

 

しばらくすると、朝日が昇ってきた。私は七海に小さくなってもらい、薬を入れていた籠の中に入ってもらった。中身は空になっているが、薬を入れていたので、その匂いがしていると思う。でも、今はこれしかいいのがないため、我慢してもらおう。

一応蓋のある籠であったが、念のためにその上に手拭いをかけ、日光が差し込まないようにしていると、家の中の様子が変わった。中の気配はずっと動き回り、バタバタしていたのだが、今はとても静かだった。

 

 

私は表情が強張るのを感じた。これは治療が終わったことを指しているのは間違いないが、問題はその結果だ。

竹雄が助かったのか、それとも駄目だったのか。治療を終わりにするのはその二つが理由になるだろう。

 

緊張が高まり、呼吸が乱れそうになるのを必死に耐えた時、扉が開いてお医者さんが姿を見せた。私は縋るように近づきながらも医者の目をしっかり見た。

 

 

「ど、どうでしたか?」

 

 

声が震えそうになりながらも私は聞いた。もしかしたら最初の方が震えていたのかもしれなかったが、私はそれを気にしているどころではなかった。今は竹雄がどうなったかだ。医者の人は七海がいないことを気にしていたが、話してくれるようだ。

医者の人が話すまで凄く長く感じた。周りの音も聞こえなくなり、医者の口が動くのはとてもゆっくりに見えた。

 

 

「一命を取り留めました」

 

 

私はその言葉に安堵するが、同時に嫌な予感がした。これだけでは終わりような気がしたのだ。

....そして、それは当たってしまった。

 

 

 

「...ですが、意識が戻る可能性は低いです。このまま目覚めることがないかもしれません」

 

 

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