竈門家襲撃から数ヶ月が経とうとした。竹雄の容態を聞いた後、私達は竹雄のことをそのまま医者の人達に預け、一度竈門家に戻った。医者の人達には他の家族達も襲われていて、息をしていたのが竹雄だけだったから、竹雄を連れてきたことを話し、放置したまま来たので他の家族達を弔いに行ってくると言ったら送り出してくれた。中には手伝ってくれると言う人もいたが、私達はそれを断った。
私と七海には他にも目的があった。それは炭治郎達の現状を確認するためである。癸枝さん達の弔いも大事だが、今後の展開もとても大切である。
私と七海がここにいる間にかなりの時間が経っている。おそらく炭治郎は家に帰り、あの惨状を見たところだろう。そして、助かるかもしれないと思い、禰豆子を背負ってここへ向かう途中で、禰豆子が鬼として目覚め、炭治郎は禰豆子に襲われる。だが、炭治郎の呼びかけで禰豆子は正気に戻り、その時に義勇さんが現れ、禰豆子が鬼となったことを知る。義勇さんは禰豆子を殺そうとしたが、禰豆子が炭治郎を襲わないのを見て、義勇さんは禰豆子を見逃すことにしたというのが原作の始まりの流れだ。
同じ流れになるのかは分からないけど、竹雄のことが気になっていて、そちらを気にする余裕がなく、原作通りになると信じた。ただ、やはりそうなるのか気になるので、様子を見に行くことにしたのだ。
なので、他の人達が来るのは正直に言えば困る。だって、側から見たら義勇さんが炭治郎と禰豆子を襲っているように見えてしまうからね。刀を持っているわけだし、義勇さんは口下手だから誤解を解けないと思う。義勇さんに鱗滝さんを紹介してもらわないといけないし、頼みたいこともあるから、それは勘弁してほしいのだよね。
雪が降っているので、医者の人達から離れた後、七海を籠から出し、二人で山を登った。炭治郎は禰豆子を医者に診せるため、この道を辿っているはずだ。なので、途中までは私達が来た道を使っていたのは間違いない。
だが、禰豆子が暴れたことで崖から滑落したので、道中で崖のある場所から覗いて探すしかない。.....あの崖の高さだと山の中腹辺りなのかもしれない。けど、確信もないので一つ一つ確認していかないとね。
私と七海は周りを見ながら炭治郎と禰豆子を探した。その時、
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
その声が聞こえ、私と七海は顔を見合わせた後、すぐにそちらへ向かった。何せ、その言葉を私達は知っている。
義勇さんの言葉だ。この言葉は物語の最初の....特に印象に残っているもので、私も七海もはっきり覚えている。なので、この言葉を聞いただけで私達は原作のどの段階なのか分かる。
私と七海は義勇さんにバレないように気をつけながら少しずつ近づき、様子を見た。
どうして義勇さん達にバレないようにしているのかって?
一つは私と七海がこの後の展開に深く関わってしまうと、何が起こるのか分からないからだ。中でも、ここは炭治郎と禰豆子の今後に左右する重要なところだ。それを崩してしまったら色々終わる。物語的にも禰豆子がいなければ詰むところが多いし、私達も私情から禰豆子がここで斬られるのは避けたいところだ。
なので、私達は禰豆子が炭治郎を庇うところまで介入しないことにした。そのくらいなら禰豆子が他の鬼と違うのではないかと義勇さんに疑問を持たせることができる。
でも、私と七海は近くで待機することにした。原作と違って、禰豆子が炭治郎を襲ってしまう可能性はあるからね。禰豆子を信じたい気持ちはあるが、ここは重要なところだ。これからのためにも最初の一歩を踏み外すわけにはいかなかった。
他の鬼と違うと思わせないと、禰豆子は問答無用で斬られるので、もしもの時は炭治郎が襲われる前に止めなければならない。
私も七海も少し緊張しながら様子を見ていたが、展開は原作通りだった。義勇さんの言葉を受けて、炭治郎は斧投げをしたし、義勇さんが驚いている間に禰豆子は義勇さんの拘束から脱出して炭治郎を庇った。
私と七海はそれを見た後、安堵しながら互いを見て頷き合い、禰豆子達に近づいた。
「禰豆子。大丈夫?」
私は禰豆子に声をかけた。私の声を聞き、禰豆子と義勇さんがこちらを向いた。禰豆子は威嚇してきたが、途中で私に気づいたらしくて止めていた。少し不安だったが、ここで私と禰豆子が一緒に暮らしていたというのは間違いなさそうだ。私に気づいた途端、警戒するのを止めたということはそれくらい信頼しているのだと思う。
一方で、義勇さんは困惑しているようだった。鱗滝さんの教えで判断力は高いが、流石に色々起きて混乱しているみたいだ。
七海と手を繋いでいるのは義勇さんに無害だということを訴えているのと、いざという時に互いを助けられるようにするためである。普通の鬼は人間が近づいたら襲うので、禰豆子のように人間を庇うという行動も、七海のように人間と手を繋ぐという行動も受け入れがたいことだろう。
鬼殺隊の柱でたくさんの鬼と戦ってきた義勇さんには信じがたいと思う。だから、この光景を見れば少しは動揺して止まるはず。
そう考えていたが、どうやら上手くいったらしい。
私は義勇さんを見て、次の段階に移るために話しかけた。先程聞こえたけど、鬼とは何かということや人間に戻す方法があるかということを尋ねた。一度義勇さんが七海に刀を向けようとしたので、私が前に出ると、七海が私の前に出た。
義勇さんに七海の頸が斬られる可能性があるので、私はできれば七海が後ろへ下がり、私が中心に交渉という形にしたかったので、念のために後ろにいてほしいと七海に言ったが、七海はいざという時に避けられるから大丈夫だと言って聞かなかった。
そんな私達の言い合う様子を見て、義勇さんは無言で何かを考えた後、私達に尋ねてきた。
「.....お前達は...なんだ」
「「友達」」
義勇さんの質問に私と七海は即答した。色々あったけど、私達にとってお互いは友達だという認識だ。一度殺し合いはしたが、一緒に暮らして、鬼殺隊として肩を並べた仲だ。まあ、正確に言えば友達であり、家族でもあるなのだが、それは置いておこう。
何故かというと、こちらの世界では七海とは一緒に暮らしていない可能性があるからだ。禰豆子が七海のことを少し警戒しているように見えるので、ここでは私と一緒に暮らしていても七海も同じなのだというわけではなさそうだ。なので、言わない方が良いと考えたのだ。
私達の言葉を聞き、義勇さんは刀を鞘に戻した。鬼である禰豆子も七海も斬る気はないということだ。心配だったけど、禰豆子の様子に気づいた様子はない。いや、禰豆子が一番警戒しているのは義勇さんなので、それが原因だろう。
その後、炭治郎が目覚め、禰豆子の無事と私がいることに安堵していた。どうやら既に戻ったはずの私が家にいなかったことを凄く心配していたようだ。私はそれに思い当たらなかったことを申し訳なく思った。
私はそのことを謝罪した後、ここに来るまでのことを話した。家に着いた時は既に襲撃された後だったこと、その中で竹雄に僅かだが心臓が動いたので、医者のところへ運んだこと、竹雄は一命を取り留めたが意識が戻るか不明だということ、癸枝さん達をそのままにしていたから、供養しようと思って戻るところで炭治郎達を見つけたことを話した。嘘はついてないので、大丈夫だろう。七海に襲われたことは抜かしたけどね。
話がややこしいことになりそうだから。
炭治郎は竹雄が生きていることを喜んでいたが、私は嬉しいとは思えない。目覚める可能性は低いと再度言ったが、それでもまだ可能性はあると言った。私も可能性があるだけマシだと思うが、炭治郎に竹雄を助けてくれたお礼を言われても喜べなかった。あの時、忘れずに早く家に着いていればという後悔がどうしても残る。
そんな私の気持ちに気づいたのか知らないが、七海が私の背中を叩いた。少し痛かったけど、鬼である七海の力はこんなものではない。手加減してくれたのだろうし、励ましの意味でやったのだと思うから、私はそれに対して何も言わず、受け止めることにした。
七海が私の背中を叩いたことで炭治郎が七海のことに気づき、聞いてきた。それにより、この世界では私と知り合いでも七海は違うのだということを確信した。
私は七海を同い年の友達でよく会っていると紹介し、七海も禰豆子同様に鬼になっていて、私は七海を人間に戻したいと話した。それを聞き、炭治郎は納得したようだ。私は炭治郎のことが少し心配になったが、私が一応嘘を言っていない(よく会っているというか、前の世界で一緒に暮らしていたのだが)わけなので、それを信じてくれているのだと思うし、そちらの方が私達も好都合であるため、特に指摘しなかった。
まあ、私も炭治郎もお互いの交流関係を全て理解しているわけではない(この根拠は前の世界から)ので、何処かで知り合ってもおかしくないというのもあるのだろう。
私達が話していると、義勇さんが竹雄のことを聞いてきたので、竹雄の居場所を教えた。すると、義勇さんが専門のところへ預けると言った。炭治郎は驚いていたが、私と七海は安堵した。
何せ、ここで義勇さんと話す目的のようなものだったから。優先しないといけなかったことの一つ目は禰豆子と七海を見逃してもらうことだ。義勇さんには負担をたくさんかけてしまうことになるが、禰豆子と七海には生きていてほしい。二つ目は竹雄を蝶屋敷に預かってもらうことだ。竹雄が寝たきりになっている原因は鬼舞辻無惨だ。竈門家襲撃の時に無惨がどんな血鬼術を使ったのかは分からないが、背中からの触手の可能性はある。
さらに、その触手に血がついていたら竹雄は鬼の毒が原因で眠っている可能性もある。無惨の血は人間にとって毒のようなものでもあるからね。それが原因ならこの村の病院ではなく、専門知識のある蝶屋敷で診てもらった方が目覚める可能性がある。
何より、この後のことを考えると、安全な場所にいてくれる方がいい。
義勇さんは竹雄の話の次に鱗滝さんのところへ行くようにと言った。それも予想通りであったため、私も七海も互いの手を握るだけで、特に何も疑問に思わなかった。
私も七海もこの世界に何故か来て?からたった一日しか経っていないが、既に覚悟は決めている。
もう一度鬼殺隊に入ることになるけど、それでもいいと思っている。竈門家襲撃を防げなかったことや禰豆子と七海を人間に戻すこと、竹雄を目覚めさせることなどの理由はいっぱいあるし、これからのことを知っていて、放置はしたくない。
この世界に来た理由も原因も分からないけど、今回も鬼殺隊に入った方がいい。そう思ったのは確かだ。
義勇さんが去った後、私達は家に戻り、癸枝さん達を供養した。そして、薬作りの道具と七海が入っても大丈夫そうな籠を持って、鱗滝さんのいる狭霧山へと向かった。
道中で禰豆子は眠っていることがほとんどだったが、七海は七、八時間眠れば回復していたため、私と話すことが多かった。本人曰く、たぶん個人差ではないかと言っていた。七海が前に鬼だった時、そこまで睡眠時間は必要ではなかったと聞いていたので、その可能性は高いと思っている。
その所為か七海は夜中になると、必ず外に出すことにした。暇なのかもしれないと思って出したら私を抱えて行ってしまったため、炭治郎が追いかけるのは大変そうであった。
私はそんなに退屈だったのかと思ったが、七海は鬼になった自分がどれほどなのか確かめたいらしく、炭治郎達と離れたそうだ。炭治郎達の前ではできないことだし、話し合うのも難しいため、このような手段を取ったようだ。
まあ、確かに鱗滝さんのところではそれをする時間があるか分からないため、今のうちにやっておいた方がいいかもしれない。
炭治郎には私が最初に思ったことを理由として話し、それからは七海が私達と離れてもあまり驚かなくなった。私も心配だからと追いかける形で体力と肺を鍛える訓練になったので、一石二鳥だと思っている。ただその所為で炭治郎達を巻き込んでしまい、かなり速いペースで目的地に辿り着くことになった。疲れている炭治郎と禰豆子に申し訳なかったので、御堂の鬼(御堂を襲撃する前)は私と七海で抑えた。
藤の花も日輪刀も持っていないため、私と七海は拘束した鬼をどうしようかと話していると、鱗滝さんが来た。私と七海に止めを刺す方法について聞かれ、私も七海も(本当は知っているけど、詳しすぎて怪しまれる可能性があるので)義勇さんからそれについて聞いていないと言い(本当)、色々説明を聞いた。
ちなみに、炭治郎と禰豆子も私達の隣で一緒に聞いていた。
御堂の鬼が消滅し、私と炭治郎はあの質問をされた。七海と禰豆子が人間を食べたらどうするのかということだ。私は知っていたし、その時はどうするのか決めていたし、七海とも話し合っていたので、これ以上七海が人を殺さないように頸を斬り、私も同じようにして亡くなるというようなことを即答した。一方で、炭治郎は私の答えにギョッとしていたし、鱗滝さんの質問に答えられなかったので、鱗滝さんからビンタをもらっていた。
その後、炭治郎と私であの狭霧山の罠の試練を受け、二人とも突破することができた。少しだけど体力と肺を鍛えていたので、試練の時は助かった。
それから始まるのは呼吸を修得するための訓練であり、狭霧山の罠(試練よりも殺意のあるもの)を避けながら鍛練が始まった。私の最初の目標は前の世界での時のこの頃の私くらいにまでなることである。
私は体が覚えてなくても、頭が覚えているという感じだ。なので、私は鍛練ばかりをしていた。私は全然平気だが、それが原因で周りに心配されたので、少し控えるように意識している。
正確にいうと、目的を達成するためだけでなく、もやもやした気持ちをどうにかしたいという方が当たっているだろう。
私がもやもやしている原因は七海が眠ったままになったからである。あれほど元気にしていたのに、修行が始まった途端に目を覚まさなくなったのだ。禰豆子も同じように眠ったままなのだが、そちらは体質を変えているのだと原作の知識から分かっている。それなら、七海もそうなのではないかと思うかもしれないが、確証がなくて不安になる。
七海と禰豆子は同じ鬼であっても体質とか色々異なると思うから。
でも、時間というのはあっという間に過ぎていくもので、気づけば一年が経っていた。全集中の呼吸は修得でき、次は岩の試練を受けることになっている。だが、私の目標は岩を斬ること以外もある。この体でできるかは分からないが、華ノ舞いの修得を優先しようと思っている。
今までは鱗滝さんの目があったので、華ノ舞いの練習はできなかった。代わりに全集中の呼吸・常中の方を練習していたけどね。
岩を斬る試練の時、鱗滝さんは近くにいないので、炭治郎にバレないようにすれば華ノ舞いの訓練ができる。華ノ舞いの修得ができれば岩を斬りやすくなるから、岩を斬るための鍛練ということにもなれる。
それと、私は炭治郎達に隠れて密かに華ノ舞いや全集中の呼吸・常中の訓練をしていたと言っていたが、同時に狭霧山から気づかれずに出る方法を考えることもしていた。どうしてそんなことを考えているのかと思われるかもしれないけど、今がある意味のチャンスだと考えたからだ。原作の二年前だということで過去の悲劇はもうほとんど終わっている。でも、まだ時透君のところは鬼の襲撃が起きていないはずだと思った。
詳しくは七海が知っているけど、私のぼんやりとした原作の記憶だと、今の時透君は両親を亡くしているけど、双子の兄弟で協力して暮らしているはずである。それはつまり有一郎君が生きているということだ。
有一郎君が生きていて、何か良いことでもあるのか。
華ノ舞いについて何かしら分かる可能性があるのだ。華ノ舞いは御館様に聞いたけど、全く情報がなかった。それを知っている人が生きているのだと知れば会いに行きたいと思うでしょう。それに、カナエさんのことも知りたいのだよね。カナエさんがこの二年前では生きているのかどうか私は知らないけど、一応知っておきたいのだ。カナエさんも華ノ舞いについて知っているようだし、偏見なのだがカナエさんの方が有一郎君よりも色々教えてくれそうな気がするんだよね。
......まあそういったことを言っているけど、私は個人的な感情からあの二人といたいと思うのだよね。カナエさんも有一郎君も何か知っているようで、その知らない何かで私に対して思うところがあるのだと考えている。これは私が二人と夢の中で話していて、二人が私のことを何故か気にかけているように感じたからなのだよね。
それがどうしてか分からないけど、カナエさんと有一郎君が死ぬのだと原因も分かっていて放置するのはどうしてもできないのだよ。
...その後でゆっくり話したいなあとは思っているけど。
........でも、今はそれを止めた。何故かというと、止められたからだ。
.....鱗滝さんや炭治郎にバレたからというわけではなく、順調に狭霧山から出て動くことができそうなところまで来ていたのだ。
だけど、狭霧山から出ようとしたところを物理的に止められたのだ。錆兎が私の目の前に現れ、道を塞いでしまったからだ。
......その時は本当に驚いたよ。
『....えっ?錆兎?』
『ここから出るな』
突然錆兎が目の前に現れ、私は困惑した。この時、まだ炭治郎は錆兎達に稽古をつけられていないはずだった。錆兎が現れるのはもう少しだと思い込んでいた。
後で思ったが、まだ炭治郎の稽古が始まっていないから、錆兎は私のところに来れたのだと私は考えた。
『まだ出るな。今は呼吸を身につける方を優先しろ』
『確かにそうだけど.....。でも、少しだけ狭霧山から出させてほしいの。気になることがあるから、それを調べに行きたいし、会いに行きたいし...力になるか分からないけど、助けにも行きたい.....』
錆兎の言葉を聞き、私はどうしてこうなったのかと思いながらも説得しようとした。原作ではそんな情報が一斎なかったので、修行の最中に錆兎がこうして止めに来るのは予想外だ。まあ、そもそも炭治郎は真剣に修行に取り組んでいるので、狭霧山から出ようとしないのだろうけど....。
まだ混乱しているが、ここから出てもいいという許可がないと、錆兎が毎回立ち塞がって駄目だと分かるので、なんとしても納得させようとした。具体的な人物の名前は言わずに会いに行きたいとか、助けに行きたいとか口に出しているところから考えると、焦っているなあと感じる。でも、錆兎はそんな私の話をしっかり聞いてくれる。
しかし、錆兎は駄目だとしか言わないので、もう本当のことを言った方がいいのではと思い、少し暈しながら説明しようとした時、逆に驚かせられることを錆兎が言った。
『彩花がここから出て、何をしようとしてるのか知ってる。だが、それは駄目だ。.....ただでさえ、これからのことで手いっぱいになってるところを、さらに増やせば潰れるぞ』
『....えっ?ど、どうして...!?』
『......彩花は背負い過ぎるところがある。先のことだけでも十分重いはずだ。....俺達は既に受け入れてる。だから、そこまでしなくていい。彩花がやりたいからやっているように、俺達も俺達で満足してる。もう、それで充分だ』
錆兎の説教のような言葉に私はまた困惑した。錆兎の言っていることに心臓がドキッという音が鳴った。私が混乱しているけど、錆兎はカナエさんと有一郎君のことを言っているのは分かる。でも、それは錆兎が私の事情を知っているということであるし、さらに錆兎はカナエさんと有一郎君を助けなくていいと言っているのだ。
それがとても信じられなかった。原作で錆兎は藤襲山で参加者全員を助け、山の中の鬼をほとんど斬ってしまうほど正義感が強い人物だった。その錆兎が助けなくていいと言ったことに衝撃を受けた。
『......彩花が次にすることは休息だ。炭治郎は眠ってるし、まだ行動するのは早すぎる。彩花も今は備えることを優先した方がいい』
『待って。どうして充分だと言うの。錆兎も知っているの。カナエさんや有一郎君のことも、華ノ舞いのことも知っているんだよね』
錆兎は私に休むようにと言った時、辺りが霧に包まれ、錆兎の姿が見えなくなった。私は錆兎を呼び止めようとしたが、錆兎はあっという間に私の前から姿を消した。私は錆兎が死人だと既に分かっているから、隠す必要がないと思っているのだろう。
私は周りを見渡しながら錆兎に呼びかけるが、錆兎は何も答えてくれなかった。
『一体どこまで知っているの....』
私は茫然としてその場に立ち尽くした。錆兎もカナエさんと有一郎君のように知っている側なのだとは分かった。けど、私に教えてくれる気はないみたいだ。
その後も私は鍛練しながらも錆兎を探したが、錆兎はその日以来私の前に姿を見せることはなかった。狭霧山を出ようとすれば現れるのではと思って試してみたが、霧で方向感覚をおかしくして出れなくするだけだった。
......もしかして錆兎だけでなく、真菰とか他の弟子達もやっているのかな?
錆兎には会えず、狭霧山から出てカナエさん達に会うこともできなかったけど、時間は過ぎていくので、私は華ノ舞いと全集中の呼吸・常中の修得に集中した。
炭治郎の岩の試練を突破した時に私もできていないと、最終試練に参加できなくなるからね。
そして、私は炭治郎が岩の試練を突破したその日に岩を斬り、最終試練に参加することが決まった。
厄徐の面を貰い、藤襲山に行き、私は辺りを見渡して参加者の中に善逸達がいることを確認した。前の時は色々違いがあり過ぎていて、ここでもまた違うところがあるのではないかと身構えてしまうのだ。でも、私の心配は杞憂だったみたいだ。
.....だが、違うところはあった。私は人間の方を意識しすぎていたけど、他を見ていなかった。藤襲山にあの手鬼と同じくらい強い鬼がいるのは予想外だった。前は鼓屋敷や那田蜘蛛山に行った時、あまり気に止めず、特に問題なく終わっていたから、そういうのがこれからも現れる可能性を感じていなかった。それに、もしかしたら前の時は七海達が全滅させていたから、その鬼を見つからなかっただけなのかもしれない。
だけど、私は手鬼と同じくらいの強さの鬼の存在を感じ取った。
けど、今はその鬼が危ないのだとはっきり分かった。なので、私はそれに気づいた時、色々理由を言って炭治郎から離れた。炭治郎は手鬼と相手にして、その鬼に勝つので、炭治郎を少しの間一人にしておいても大丈夫だろうと考えた。手鬼でも被害者が出るだろうが、一人一人を順番に倒していくより両方とも叩いた方が被害者の人数を減らすことができると思った。
あの鬼をそのまま放置するのは駄目だ。手鬼と同じくらいなのだから、参加者達には尋常ではない強さである。手鬼でも明らかに選別の鬼と違って強かったようだから。
私と炭治郎が会うまでに何人か殺される可能性があるけど、被害者を最少限にするためにも別々に動くべきだと思った。結果、私はその鬼の頸を斬ることができたし、炭治郎も手鬼と決着を着けることができ、その後で合流して二人で行動した。
道中で鬼に襲われて危機的状況に追い込まれている人の助太刀をしたり、怪我をした人の手当てをしたりした。炭治郎の方は鬼を人間に戻す方法について聞いていて、そちらに集中しているように感じた。
まあ、炭治郎は鬼殺隊に入った目的であったわけだから、そちらを優先するのは分かっている。全く答えてもらえてなかったけど。
私はここにいる鬼に聞いても意味がないと分かっているので、鬼を倒しながら参加者を助ける方を優先している。炭治郎にも手伝ってほしかったけど、炭治郎は人間に戻す方法を鬼が知っているのではないかという希望を抱いて行動しているし、頑固なところがあると分かっているので、納得するまで止めないだろうと思っている。
そのため、私は炭治郎が納得できる(おそらくこの最終選別が終わる)まで止めずに行動させようと考えた。私は私で死者をなるべく出さないように行動するので。
互いに優先するべきと思った行動をしていて、七日が経った。前の時と比べて鬼を全滅させることはなかったが、生存者が前の時よりも少なかった。前の時は七海と禰豆雄(禰豆子)が暴走していたので、鬼も人も巻き込まれていたけど、それくらいではないと参加者全員を救えないのだと分かった。現実はそんな甘くないし、この最終選別はそれほど厳しいものなのだと実感した。
そう思うと、七海と禰豆雄は広範囲で攻撃できて周りが巻き込まそうで危ないと考えていたが、それができないと救うのは難しいのだと言われているようなものだった。だから、七海と禰豆雄の存在が凄く感じた。
炭治郎も半分くらいの人数が亡くなっているのだと知り、それほど厳しい世界だと認識したようだ。炭治郎も衝撃を受けていたわけだが、私もショックだった。前の時は救えた命がここでは救えないというのはかなり応えた。私では全員を救うのは無理だと思っていたし、なるべく最低限にしようと考えていた。でも、結果を見せられると私も悔しく感じる。
私は表面上で大丈夫なように見せようとしていたが、衝撃を思ったより強く受けていたらしく、気がついたら玄弥が輝利哉様とかなた様に近づいていたところだったので、慌てて間に入った。それにより、私の肩に遠藤(私の鎹鴉で、前の時と変わってない)をいたままだったので、遠藤も一緒に巻き込んでしまったのは申し訳なかったと思っている。
「急ニ動クナ!ワタシモ連レテクナ!」
「本当にごめんなさい!」
反省しています。
その後、炭治郎も私と同じように間に入り、玄弥の腕を折ろうとして、私がそれを止めるということになったが、なんとか丸く収まった。
生き残った人達のうちのほとんどが鬼殺隊を止めたり、修行し直したり、隠に入ったりすると言っていた。私は前の時と同じだったし、その方が良いと思った。前の時は七海と禰豆雄の暴走で自分が弱いのだと自覚したからというのが強かったけど、ここでは鬼を目の前にして何もできなかったことへの後悔や恐怖などが強く、どちらかというと非戦闘員の隠になるという人間の方が多かった。
なんだかんだ七海と禰豆雄はあまりに衝撃的すぎて、他の人の精神にも影響を与えるほどだったのだなというのがよく分かった。
ここで隊士になるのは私を含めて六人だけだった。正確にいうとここにいるのは五人なのだが、ここにいる人達は善逸、カナヲ、玄弥という原作や前の時から変わらない顔ぶれであるため、伊之助もいるのだと考えた。
そういえば、私も炭治郎も何故か選別中で善逸達と遭遇することは一度もなかったことに気づいた。前の時も同じだったし、それは偶然なのか どうか分からないけど、今はそれを深く考えすぎるような気もするので、そこらはあまり考えないことにした。
私と炭治郎はそれぞれ猩々緋鉱石を選び、色々準備を終えた後、狭霧山へと帰った。私は大丈夫だったが、炭治郎は枝を支えにしないといけないくらいだったので、私が肩を貸し、日が暮れ始めた頃には狭霧山に着くことができた。
原作よりも早く着いてしまったため、私はまだ禰豆子が寝ているかもしれないと思っていたが、狭霧山に着いて鱗滝さんの家に入ると、禰豆子が布団から出てきて、炭治郎の方へと走り寄ってきた。炭治郎は日の当たる場所に出る前に禰豆子に駆け寄って抱きしめ、涙を流した。
私はそれを安堵しながら見ていた。
禰豆子が目を覚まして良かったというのもあるが、あのまま日光に当たったら危なかったので、間に合って良かったという思いもあった。原作では夜だったので、外で大丈夫だったことや禰豆子が日光を克服できることを知っていると、そういう判断が少し遅れてしまうのである。一瞬、禰豆子が駆け寄ってくることに危機感を感じなかったので、それはまずいと思った。鬼の弱点が日光だというのに、危険だと認識できないのは流石に駄目だろう。
炭治郎が行動してくれなかったら本当に危なかったよ。
「炭治郎。ぎりぎりセーフ」
「いや、本当にそれだよね。まさか禰豆子が迷いなく駆け寄ってくるのは予想外だったよ。私もあまり日光に対して危機感を覚えていなかったけど、禰豆子本人もそうだとは思ってもいなかった」
「そうよね。アタシも禰豆子が止める間もなく走ってっちゃったから、慌てたわよ。下手したらアタシも禰豆子に巻き込まれて、日光に当たって消滅するかもしれなかったわ」
「七海も鬼だから、日光を浴びたら危ないものね。...........七海!?」
私が大きく息を吐いていると、隣からも安堵しながら息を吐き、同じ感想を言っていたので、私もそれに同意した。私の言葉に共感できるらしく、七海が頷いていて、私は七海の方を見て納得し、そこで漸く七海が隣にいることに気がついた。
七海は狭霧山に着いてから、禰豆子同様に二年間眠り続けていた。私はそれで七海も禰豆子と同じくらいに目が覚めるのではないかと思った。だが、それでも私は七海が本当に目を覚ますかどうか確信を持っていたわけではなかったので、不安があったのだ。禰豆子は目を覚ましても、七海は起きないのでないか、と。
だがその心配はなく、七海は起きて私と話している。
「七海。急に寝たままになったから、私はびっくりしたよ。二年前はあんなに眠くないって言っていたのに.....。というか、いつ起きたの?」
「さっきよ。ごめんごめん。て、アタシもよく分からないのよね。普通に寝て、起きた時には二年後でしたという感じなのよ。だから、アタシだって訳が分からないわ。よく寝れたと思ったけど、二年間も眠ってたらそうなるわね。浦島太郎の気持ちが分かったわ」
「いや、寝坊どころじゃないからね」
私が七海に文句を言いつつ、質問もした。七海はそれに答えた後、手を顔の前で合わせて謝った。でも、七海もどうして二年間も眠ることになったのか分かってないので、そこは答えられなかった。だが、その話の中でツッコミたかったところは言っておいた。
私と七海が会話していると、誰かに抱きしめられた感覚を感じた。私が驚いて顔を上げると、天狗のお面が見えた。鱗滝さんだ。周りを見ると、七海だけでなく、炭治郎も禰豆子もいて、どうやら鱗滝さんが私たち四人を抱き寄せているのだと分かった。
抱きしめられていることで七海とくっつき、そこに温もりがあるのを感じた。私はその暖かさに驚いて、無意識に体を動かしてしまったが、鱗滝さんの抱きしめる力の方が強く、離れることはなかった。
私が体を動かしたことに反応し、七海も少し体を捩った。それにより、私は七海が動いているのだということを実感した。
これは生きているから当たり前のことだが、七海が眠っている間は気が気じゃなかった。七海は息をしていたし、脈もあった。それは私が何度も確認していたので、生きているのだと分かっていた。
だが、それでも不安があった。七海は生きているし、布団を被って眠っているため、体温もそのまま保っていた。だけど、体を全く動かさないので、生きているかどうかは触れないと分からなかった。
確認をする度に私は凄い緊張していたし、原作でも回想されていた炭治郎の心情のように、いつ心臓が止まってしまうのか、脈を打たなくなってしまうのか、冷たくなっていないのかという心配でいっぱいだった。今はある七海の暖かさが消えてしまうのをずっと恐れていた。それでも、私は大丈夫だと自分に言い聞かせていた。原作の禰豆子のように、いつかは目を覚ましてくれると信じていた。いや、期待していたという方が正しいかもしれない。
だけど、触れる時はどうしても身構えてしまう。その温もりが感じられないと分かるのが嫌だった。
「七海.....」
私は七海を呼びながら静かに背中に腕を回した。そして、七海の存在を確かめるようにギュっと抱きしめた。七海はそんな私の様子に気づき、特に文句も言わず、私にされるがままだった。私の腕が少し震えていたからなのかは分からないが、七海は私の腕の震えが止まるまでそのままにしてくれた。
そうしていくうちに私も落ち着いていき、七海は私の背中に腕を回し、優しく撫でた。
「おかえり、彩花。その様子だと鬼殺隊に入れたのでしょ。....それと、ただいま」
「...ただいま、七海。そして、おかえり。七海が眠っている間に色々あったのだよ。修行して、鬼殺隊にも入ったし、話したいことはいっぱいあるの」
七海は微笑みながら私に確認し、私も頷きながら返事をした。口角が自然に上がり、表情がすっかり緩んでいるのに気づいていたが、私はそれを止められなかった。
あの後、七海と眠っている間の二年間のことを話した。原作や前の時と比べて変わったことと変わらないこと、錆兎の態度などを思い出しながら伝えた。特に、錆兎に関しては衝撃的すぎて記憶に残っていた。
「.......確かに。彩花の言う通り、錆兎も何か知っていそうね。いや、真菰たち兄姉弟子全員が共犯と考えてもいいわね」
「やっぱりそう思うよね」
七海の言葉に私も同じことを感じていたので、同意されて空を見上げてしまった。
ちょうど夜であり、雲もないため、星が綺麗に見えるのだが、私の心は曇っていた。錆兎も真菰も何かを隠しているのは間違いない。でも、それがどうしてなのかは分からない。意図的にその部分が隠されていて、上手く見えないのだ。
....だけど........。
「...錆兎達が何を思っているのかは分からないけど.....一応ヒントみたいなのは渡してくれるんだよね」
「あー。わざわざ彩花の前に現れてるようだけど...アタシもそれをする理由があるのかって疑問に思うのよね。有一郎君と錆兎達は彩花を止めようとする動きを見せてたから、彩花がバレないようにしてるんじゃないかと考えられるわね。だけど、カナエさんの場合は彩花にヒントとして花の呼吸を教えてもらったようだし、有一郎君も錆兎も止めておきながら何かを伝えようとしてるみたいにも感じ取れたのよね?そのために彩花と直接会ってるとアタシは思えるわ。そして、それらことを考えてみたら、アタシは錆兎達が彩花との間に何かしらの厄介ことが起きてるのは間違いないんじゃない?」
「....そうだね。まあ、あの口振りだと私のことをよく知っているようにも感じられるよね。でも、錆兎や真菰はここでの修行でお世話になっていたからともかく、カナエさんと有一郎君とは初対面のはずなんだよ。鬼殺隊に入った時には二人とも既に亡くなっているし、何処で私のことを知ったのかは分からない。カナヲと時透君とは友達で、その友達だからなのかとも考えたが、それは少しおかしいと思う。それだけで済むことではないと感じるの。何か別の理由があって、それで錆兎もカナエさん達も知っているのだというのは分かる。でも、錆兎達はそれを意図的に隠しているのだと思う...」
私の言葉に七海はそれに納得したような声を出し、おそらくずっと疑問だったであろうことを話題に出した。その七海の意見に私も同意した。七海に話す際に頭の中で一度まとめて言ったが、錆兎達についての情報は本当に分からないのだ。
それなら、錆兎達のことを義勇さん達に聞いてみたらどうかとも思ったが、聞いたらどうして知っているのかと怪しまれて、逆に質問されるのは間違いない。説明するにしても、前世とやり直しのことなどを話さないといけなくなるので、安易に聞くことができない。
実際に経験しているならともかく、こんな本でしか起きなさそうなことを信じてもらえるわけがない。一度前世の記憶を持っていることを話せたのも、周りの人達に逆行が起きていたからであり、その経験から私の前世の記憶を信じてくれる可能性があると思ったからでもある。それがなければ信じてもらえないし、疑われたのもあって、そのまま話すことは止めた方がいいと考えた。
それを抜きにして話そうとしても、何処かでボロが出そうなのもあり、義勇さん達に錆兎達のことを聞くのは難しいとなったが、死人となった人について調べるにはやはりその人のことを知っている人に聞くしかない。この時代だとそれしかない方法がないからね。
さて、どうするか。
「情報が少ない!これ以上考えても答えは出ないわよ!」
「そうだね。今日はここまでにしよう。また何か分かったら考えよう。今決めつけるのは早そう」
「はあ。彩花の使う華ノ舞いに加えて、錆兎達のことも調べないといけないなんて.....アタシ達の方が原作を読んでいるから、この世界について詳しいと思っていたのに、分からないことが多すぎるわ」
「あはは....」
しばらく考えていたが、七海はこのまま考え続けても無駄になるだけだとなり、寝る体勢になった。私も七海と同じことが思い浮かんでいたので、同意して寝る準備をし始めた。七海の溜息を吐きながら言ったその言葉に私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
確かに知らないことが多いし、私達の知っている原作とは違うことがあれこれ起きているのもあり、私も七海も色々考えながらもそれを知ろうとしている。だが、全然分からないのだ。
七海がそう言うのも分かる。
「それにしても、錆兎達は本当に何をしたいのかしら?目的がよく分からないわ」
「何か訴えているようにも感じるし.......そういえば、前にまだ早いみたいなことを言っていたような.....」
「....何かを待ってるのかしら」
それに、悩んでいるようにも感じられるんだよね...。
「......ねえ、錆兎。彩花と炭治郎、大丈夫かな」
「分からない。だが、もう限界だろう。この状況もそろそろ崩れる。...いつまでも続かないとは真菰も分かってただろう」
「彩花と炭治郎が先ならいいけど、あいつの方が早かったら危ない」
「だが、俺達にできることは少ない。それに、あまり強い衝撃を与えられない。何かあったら前と同じだ」
彩花の斬った岩を見ながら二人、錆兎と真菰は話していた。真菰は心配そうな顔で、鱗滝さんの家で寝ている彩花の方を見ている。錆兎は狐面をつけているため、表情がよく分からないが、錆兎も真菰と同じことを不安に思っているようだ。そして、何かについてずっと考え続けている。慎重に考えて行動しているようだ。
だが、数十秒後には何かを決めたらしく、それを口に出した。
「今回もどうなるか分からない。だが、もし今回で思い出したら...その時は動くしかないだろう」
「....大丈夫よ。なんとかなるわ」
錆兎の言葉に誰かがそう言った。女性の声が辺りに響くが、誰の気配も感じられない。だが、錆兎も真菰も落ち着いた様子でその声が聞こえた方を向いた。
「カナエか。だが、放置はできないだろう。あの時と同じことが起きたらどうなる。幾らあの時と変わったからといっても繰り返すだろう。いや、今度はあの時よりも酷いことになるかもしれない。楽観視はしない方がいい」
「まあ、有一郎は過保護すぎると思うけど」
「はあ!?」
錆兎がいつの間にかいたカナエに向けてそう言っていると、真菰がカナエの隣の木の方を見ながら話しかけた。すると、その場所から突然有一郎が現れ、有一郎は真菰を睨んだ。だが、真菰は笑うだけで気にしていない様子だった。
「夢の中の時、カナエが出てくる前に有一郎が行くと言ったでしょ。本当なら彩花にあれを見せるはずだったのに、有一郎が止めちゃったから、彩花が凄く混乱してたよ」
「....あれは刺激が強いだろう。その代わりに別のことは教えただろう」
「だが、今回はあれを見せた方がいい。今のうちに少しずつ手がかりを出さないと、取り返しのつかないことになりかねない」
「........そんなの、分かってる」
真菰の指摘に有一郎は真菰から視線を外しながら答えた。それを聞き、錆兎が有一郎に告げた。有一郎は下を向きながらもその言葉に頷いた。有一郎も本当は分かっているのだろう。
「それにしても、二人があそこから出てくるのは珍しいね。柱合会議が始まる辺りだと思っていたけど」
「二人とも話し合わないといけないからな。今はここにいるんだろう。次に集まる時に何か起こるかもしれないし、この機会にやった方がいいもんな。それに、まだ一人残ってるしな。俺達が離れても大丈夫だと思った」
「追い出されちゃったのよね。それと、次は有一郎の代わりに出るとか言ってたのよ」
「おい!」
「分かった。任せるぞ」
真菰の質問に有一郎は答えていたが、カナエの言葉で顔を真っ赤にした。どうやらカナエの言う通り、追い出されたという方が正しいみたいだ。
カナエの次の言葉に反応したのは錆兎だ。錆兎は頷き、空を見上げた。
「そろそろ日が昇る。カナエと有一郎は戻ってろ。....真菰。俺は直前までここに残るが、真菰はどうするか」
「私もまだここで鱗滝さんを見ていたいから、錆兎と同じ時に戻るよ」
「そうか」
空が少し明るくなってきたのを見て、カナエと有一郎に声をかけ、最後に真菰へ聞いた。真菰は鱗滝さんの家の方を見ながらそう言うと、錆兎は頷き、カナエは笑顔を浮かべ、有一郎は頭を掻き、その場から消えた。真菰も家をじっと見つめていたが、上から光が差した瞬間、姿が見えなくなった。