夢を見る。
何度も。何度も。
大切な人を、失う夢。
幻のように、消えていく夢。
荒い息づかいで飛び起きた俺の体は、みっともなくブルブルと震えていた。
もしかしたら、顔色も酷いものかもしれない。バクバクと鼓動を早めたままの心臓も、一向に収まってくれる気配が無かった。
吐き気こそは無いが、体から流れる冷や汗はなかなか止まることが無く、意識して、何度も何度も呼吸を繰り返す。
ここで過呼吸まで起こしたりすれば、今度は同じように夢の中にいるであろう隣室の妹まで起こしかねない。そんな焦りもあったからだ。
「はぁっ……はぁっ……はあっ……!」
漸く冷や汗が引き、瞬きをする余裕が出来たのは、目覚めてからどれ位が経った頃なのか、収まった時には正確には俺自身にも分からなくなっていた。
「夢……だよな……あれは……」
かみ締めるように呟いたのは、なんのためにか。
分からないまま、俺は再び少しでも眠ろうと目を閉じる。
今はまだ普段起きる時間よりは大分間があるだろう深夜だ。
しかし、すぐに横になっても、再び眠ることは出来そうもなかった。
「……あれ? 君は……」
その人物、倉橋が勤務時間を終え、病院から退勤しようと一階の正面入り口に向かって歩いていた時に彼と出会ったのは、本当に偶然と言って良かった。
今年の四月上旬にこの世を去った一人の少女、
「……桐ヶ谷君?」
正面入り口のすぐ脇。人の流れに流されないように壁を背にして佇んでいた少年は、最後に会ったときからあまり変わっていないように見えたのですぐに分かったのだ。
声をかけたこちらに答えるように俯いていた視線が上を向く。
半年前に一時的に交流していただけの自分に気づいたのだろう、二、三度瞬いてから「倉橋さん?」と疑問系で呼びかけられた。
「やあ。久しぶりだね」
そう声はかけたものの、その後に続ける言葉を迷う。
入院患者の見舞いか、若しくは自身の診察か。
平日の午前中という時間と、現在の彼の服装が学校の制服と思われる姿であることから、どう会話を繋げれば良いのかが分からないのだ。
彼自身も、次の話題に迷ったのだろう。僅かに逡巡するように視線をうろうろと彷徨わせた所で、ピタリと、受付の更に先、診療棟から出てきた相手を捕らえて、その表情が露骨に変化した。
どこか苦々しさを含む、嫌悪の混じったものだ。
短い付き合いながらも、どこか濃密だった彼……正確には、彼の連れ合いであった少女と、己の受け持っていた患者の少女の時間の中では終ぞ見たことの無い表情に、思わず目を見張っていると、相手の方もこちらに気が付いたのか、声をかけてきた。ただし、彼では無く、こちらの方に。
「倉橋先生ですか。お疲れ様です」
にこにこと、人当たりの良いと言われている笑み。
同時に、作り笑いの鉄面皮と同僚達の間で呼ばれる目の前の男は、良くも悪くもこの病院内でも特別な位置にいる存在だった。
国家特別資格を持つ、特科専門医。
本来ならば倉橋達他科の医師とは面識も持たないだろう存在だが、件の少女、木綿季もまた、一時期特科の治療を受けた事があったので、そこに倉橋医師も同席したのだ。
特科……正式名称、
その名の通り、
その診療内容故に、一般に多いとされる
(そんな彼と知り合いと言うことは、桐ヶ谷君は……)
驚愕の感情を隠せずに、思わず振り向いた倉橋の目の前に立ったままで動く様子のない少年に、言葉をかけようとした時、割って入ったのは陽気な明るい声だった。
「やっほぅ! 少年っ! 数日ぶりっ!!」
「うわっ!?」
聞き慣れない女性の声と、これまた聞き慣れない彼の焦った様子に目を瞬かせている間に、事態は倉橋を置き去りにして動いている。
「お久しぶりです。
「あら? 皆さん集合ですね? もしかして、私時間間違えてました?」
チラリとこちらに向けられた視線は思った以上に鋭く、やましいことは何もないはずの倉橋をひやりとさせる。
「いえ、時間としてはちょうど良いくらいですよ。寧ろ僕たちが早すぎた位です……ね?」
男がチラリと目線を流した先に居る彼が、ぺこりとこちらに頭を下げた事で場は崩れた。
「すいません。……今日はこれで失礼します」
おそらくこれから診療の予約を入れていたのだろうその姿に、いやと軽く首を振って笑った。
「お大事にね」
そんな当たり障りの無い一言と共に、倉橋は入り口から外へ歩き出す。
(……いやまさか、しかしそれなら、VRに限られているとはいえ、あの強さも納得かもしれないな)
(……おそらく桐ヶ谷君は
そこまで倉橋が関与することでは無いが、何故か気にかかった。
最もその理由は、己の担当していたあの少女と親しい間柄だった、連れ合いの少女を思っての事だろうが。
(
一般性別型と異なる、俗に「異性体」とも呼ばれる
特に
「……何もされていないだろうね?」
問いかけてきた男に顔を顰めて、桐ヶ谷和人は言葉を返した。
「ただ世間話していただけじゃないか。……別に普通の事だろう」
「そうは言うがね、油断は出来ないよ? 今回彼らから送られてきたこのデータを見ると」
そう言った男が目線を投げたのは、今回保護者役兼、紹介者として同行している安岐なつみだ。
今から約一月前まで彼女たちが関わっていたある仮想世界の騒動に巻き込まれていた和人は、その間の検査で突出的な数値を叩きだしてしまったある項目の再検査という名目で、ここを訪れていた。
「……まぁ、寧ろ僕としては、やっときたと言ったところだけどね。……だからこそ、いつもよりも注意をもって、生活して欲しいな」
こちらを見つめる視線は、どこまでも事実のみを突きつける。
「この数値ならばいつ
まるで聞き分けの無い子どもに言い聞かせるようなその言葉に、和人はただ視線を逸らして無言を貫いた。
「……君だって、身近な人間に性的暴行者なんてレッテル、張りたくないだろうと思うんだけどね?」
特殊性別の分類に使っている言葉は、読み方以外は全て造語です。
実際にそう書いて読むところは無いと思われます。
おそらく。
主治医さんは完全にオリジナル設定ですが、基本名前はつけない予定ですので、どうぞご了承ください。